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リドル ― Trilogy ―  作者: 桜木樹
第二章 the second stage
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第29話 一陣の風 後編

 最初の一振りを後方へと飛び退くことで躱した。間を置かずに二の太刀、三の太刀と繰り出してくるのを躱しながら後退していく。


「ん?」


 右手側に人の気配を感じ、一瞬だけ視線を遣る。そこには垢抜けない少年が突っ立っていた。だが関係ない。今はカゲツに集中だ。


 カゲツも一瞬だけ少年に気を取られていたが、すぐにまた切り掛かってくる。俺はそれを躱しながら少年のいない左手方向に進路を取り後退して行く。


「まさかぁ。生きていたとはなぁ?」


 刀を振りながらカゲツが言った。


「しぶといのが取り柄なんでね。あれから結構な年月が経つのに、お前は変わらないな」


「変わらないのは貴様も同じよ。一目で分かったぞぉ」


 相変わらず変な喋り方だ。これも昔と変わってない。


 だが、変わっているところもあった。


 それはヤツの腕だ。腕と言っても体格のことじゃない。戦いの腕前だ。あのときは、大したことないヤツでほとんど一瞬でケリが付た。しかし、今はカゲツの放つ刀撃は浅くはではあるが少しずつ俺の腕や顔、腹部、腿に傷を作っている。


 カゲツが腕を上げたことと俺の傭兵としてのブランクが互いの腕の差を縮めてしまったようだ。


「腕が落ちたようだなぁ?」


「ま、多少ブランクがあるのは認めるさ。――だが」


 余裕の表情を作って、相手の懐へと飛び込もうとする。


 だが――


「あまいぞぉっ!! あの時と同じ轍を踏むつもりは、無いっ!!」


 カゲツが距離を一定に保つべく後方へと飛び退く。それは俺の読み通りの行動だった。


「ふんっ!」


 カゲツは後ろに飛び引く際、手にした刀に注意を払うことしなかった。俺はその隙を逃さず、注意のそれていた刀を白刃取りの要領で刃を挟んだ。


「なにぃ! ――くぅ……」


 ヤツが力を込めて刀を引こうとするも微動だにしない。


「お前の力じゃ無理だ。筋肉のついてないその腕じゃな」


()かせっ。ぅ――ッ。く……」


 虚勢を張って刀を引き抜こうとするが、やはり微動だにしない。


「お前の戦い方は芝居がかってるんだよ。チャンバラってのはフィクションの世界の話だ。殺陣(たて)ってのはかっこよく見せるための演出。実際の死合はもっと泥臭くて大抵の場合はほぼ一瞬で片がつく。だったら軽い攻撃を何度も繰り出すより、重たい一撃を食らわせる方が理にかなってると思わないか? ――なあ?」


 いい終わると同時に両手に挟んだ刀を思いっきり引いた。


「ぬおぉう!」


 刀はいとも簡単にカゲツの手から離れた。


 奪った刀の柄を右手に持ち天高く掲げる。――そして、勢いをつけてカゲツに向かって振り下ろした。


「がはっ――!?」


 ヤツの肩に刃が食い込む。


「ふんっ!」


 右腕に力を込める。


「がああああぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 カゲツの左腕がごとりと地面に落ちた。右手で左肩をかばい膝を付く。項垂れる奴の目の前に刀を放ってやった。


 カゲツが面を上げ俺を見上げる。


「お前は刀の使い方を間違えてる。刀は包丁じゃない。叩き切って使うもんなんだよ、今みたいにな」


 ――ま、俺の持論だがね……


 本来は刀なんぞで人の腕を切り落とすなんて芸当は不可能だ。できても肉を切るのが精一杯で骨を断つとなると相当な力がいる。だがこいつの場合は別だ。骨ってのは己の体重を支えるために丈夫にできている。逆にカゲツのように極限まで体重を絞ればその分骨はもろくなる。ヤツの体格が文字どおり命取りになったわけだ。


 カゲツは地ベタに転がる自分の左腕に視線を落とした。その視線をゆっくりと刀に移してから、右手で柄を握った。


「ふふふっ……。貴様に教えておいてやぁる」


「なにを――」


 この期に及んでまだなにか策があるのかと身構える。


「ここで自分が死んでも、貴様の首を狙っているものは数多く残っているぅ。(それがし)が死んだとなればそれが決起となってぇ、同胞(はらから)たちの熱もより加速するだろうなぁ。となればぁ、貴様も無事では済むまい……」


「そうか……俺は未だに命を狙われてるのか……」


 ――難儀だな……


 そして、カゲツは右手に持った刀を逆手に持ち替え「これが、武士の最後よぉ……!!」と、自らの腹に突き立てた……


 自らの腹に刀を差した男は、土下座のような体制になって動かなくなった。


「切腹、か……」


 感慨や哀愁と言ったものはない。ただただアホだなと思った。


 理由は、つい熱くなってカゲツの首派の数字を確認し忘れていたからだ。もしもこいつの数字が『7』以上だったら、俺に殺されていれば道連れにできたかもしれないのだ。


「ま、今となってはどうでもいいことだ」


 ただ、こいつがさっき言っていた、俺をつけ狙うヤツらが未だに諦めていないという話は、はいそうですかと聞き逃すことのできない内容だ。


 このゲームを無事クリアできたとしても、その後の身の振り方も考えておかなければならない。


「はぁ……」


 辟易として深い溜め息をついた。


「今は言ってもはじまらん」


 頬を叩いて気持ちを切り替え、浅谷の元へ急ぐ。走りながら探知機を確認すると、そこには全部でで4つの点が残っていた。浅谷も健在だ。


 最終局面が近づいていた。


「ん?」


 通路の中央に男が倒れていた。この場所はカゲツと再会したあの場所だ。そして倒れている男はカゲツがが刃を向けていた男に違いなかった。その男は胸から血を流して死んでいた。


「これは……あの女が殺ったということか……いや、あのとき見かけた少年の可能性もあるか」


 その場を立ち去ろうとして、男が握っているものが目に入った。リボルバータイプの銃だ。俺はそれを取り上げ、使えるかどうか確認した。


 スイングアウト式で、シリンダーを確認すると弾丸が一発だけ残っていた。何も持たないよりましかと拝借して行くことにした。


 …………


 状況は芳しくない。


 探知機が示す点の数は3つになっていた。黄、青、赤がそれぞれ1つずつ。


 これでリセットが起きてないとなると、現状で『14』になる組み合わせが存在しているということだ。そして、その組み合わせが俺と浅谷である可能性も十分に考えられる。


 もしそうなら完全に“詰み”だ。


 その可能性はないとは思いたいが、とにかく浅谷のもとへと急ぐ。


 探知機によれば俺と浅谷の距離はそう遠くない。しかし、俺が接触するよりも早く浅谷は赤い点と接触したようだ。


 ――どうなる?


 2つの点に特に動きはない……しかし――


『現在生存スル――』


「なんだとっ!?」


 思わず声を発していた。


 どういうわけか、点の数が減っていないのにリセットを知らせるアナウンスが始まった。


 理解が追いついていないが、もう少しで2人がいる場所に到達する。そこに行けばなにが起きているのかわかる。それまでなんとか無事でいてくれと願う。


 アナウンスが終わると、探知機が示す赤と青、2つの点が重なった。


「駄目か――!?」


 だが俺はまだ死んでない。なら浅谷もまだ無事なはずで、きっと今は取っ組み合いのような状況になっているのだろう。


 俺はすぐにでも攻撃態勢に移れるように手銃を持ったまま走った。そして、通路の先に扉を発見する。その扉の先が俺の目指すべき場所だ。


 扉を開けた――


 俺の目に飛び込んできた光景は、仰向けになった浅谷に女が馬乗りになっているところだった。


「――諦めるなっ!!」


 女がナイフを振り上げたと同時に叫んでいた。


 生きることを諦めたような状態の浅谷に抵抗してもらうためと、女の注意をこちらに逸らすための2つの意味合いで叫んだつもりだったが、どちらも俺の思い通りの行動を起こさなかった。


 クソっ――ならば!!


 急いでいたため自分の数字は確認していない。


 だが、俺の予想が正しければ――


 どちらにせよ浅谷が死ねば俺も死ぬ。なら今の俺にできることはあの女を殺すことだけだ。


 儘よ――


 俺には持ち合わせている神などいない。だがこのときばかりはそいつに縋らざるを得なかった。


 女に向けて銃を構え……引き金を引いた――

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