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リドル ― Trilogy ―  作者: 桜木樹
第二章 the second stage
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第27話 一陣の風 前編

 ――迅編――


 俺は人を守るために傭兵となった。しかしながら、傭兵になってわかったのは守ることは殺すことと同義であるということだった。最初は戸惑いもあったが、守るために――何よりも自分が生きるためにと割り切った。


 傭兵家業も板についてきたころに俺は1つのミスを犯した。結論から言えば雇い主を間違えたのだ。


 とある国で幅を利かせていた権力者が命を落とすと、当然のように覇権争いが始まった。複数いた子供らの間で争いが起きて俺はその内のひとりに付いた。


 仕事の内容は護衛。雇い主の命を狙うのは何もほかの子供たちだけではなかった。混乱に乗じて民主化を進めようとするレジスタンスなんてのもいて、そいつらのことも警戒しなくてはいけなかった。それでも俺は淡々と仕事をこなしていった。


 そんな中でひとりの男が俺の前に立ちはだかった。その男は大して強くなかった。俺は労せずしてそいつ排除した――が、これがまずかった。


 その男はかつてこの国を支配していた貴族の嫡男だった。つまり跡継ぎの最有力候補者で、その男の元に付いている従者たちは歴戦の猛者たちだった。


 自慢じゃないが俺もそれなりに腕は立つ。が、多勢に無勢という言葉があるように、数の力の前ではどんな力自慢も意味をなさない。


 俺は嫡男に危害を加えたせいで多くの人間から命を狙われることになり、四面楚歌に陥った。結局その国にはいられなくなってしまって、自分の仕事を放り出し遠く離れた地へと逃げることにしたのだ。もちろん国を出るのは用意ではなかったが、なんとか死線をくぐり抜け、極東のある国へとたどり着いた。


 その国は争いごととは無縁の国で、俺はその地で身分を隠し汗水流して働いて生活することにした。とくに怪しまれることもなくすんなりと俺という人間は受け入れられた。少々平和ボケすぎやしないかとも思わなくはなかったが。その時ばかりはその平和ボケした感覚に感謝した。


 それから数年の月日が流れ、この国での生活にもすっかり慣れていた。鍛え上げられた筋肉のおかげで、力仕事に関してはどこへ行っても即戦力だった。誰の言葉だったか、『筋肉は裏切らない』という言葉をこの身を持って実感していた。


 そして……リドルと出会ったのはそんなときだった。


「あなた、ゲイルさんよね?」


 ゲイル――ほとんど忘れかけていたその名はかつて俺が使っていた名だった。


 俺に接触してきたのはリドルと名乗る女だった。赤いフレームのメガネが特徴的で、凍てついた冷気をまとっているような女だった。


 リドルは開口一番に“傭兵としての俺”に仕事を頼みたいと言ってきた。


 この国に来てから俺が傭兵だったことは誰にも教えていないし、そもそもこの国に来てからゲイルという名を使った覚えもない。なのに、リドルは俺の昔の名前と元傭兵であることを知っていた。ちなみに、これまでリドルなどと言う人物から依頼を受けたことはないし敵対した覚えもない。となると、独自に調べて俺のところに来たということになる。


 今のご時世、傭兵をやっているような人間は決して多くはない。だが、現役の人間は確かに存在する。わざわざ俺の過去を調べて声を掛けてくるより、現役に声を掛けた方が労力的には少なくて済むはずだ。今の俺にはブランクだってある。


 罠の可能性も疑った。かつていた国を出るとき俺の首に懸賞金が掛けられた事を確認している。今もそれが有効かどうかは知らんが、数年かけて俺の所在を突き止めた賞金稼ぎって可能性だってなくはない。


 するとリドルは言った。


「もし私が賞金稼ぎなら、声を掛ける前に殺してるわよ」


「それもそうだ……」


 とするならば、俺でなければいけない理由があるということか……


 不安は拭えなかったが興味はあった。俺の中に眠っている傭兵魂のようなものがそうさせているのかもしれなかった。だから、俺はリドルの話に乗ることにした。


 …………


 リドルからの依頼はある人物の護衛だった。その破格な報酬から、一体どんな要人かと思ってみれば、見せられた写真に写っていたのはどこにでもいそうなごくごく普通の学生だった。


 名前は浅谷順一。年齢は18。


 正直解せない――


 俺はダメ元でリドルに理由を訊ねた。こういう場合、依頼主は理由を話したがらないのが普通だ。そして、それを突っ込んで聞くのはあまり心象がよくない行為とされているのだが、リドルは以外にあっさりとその理由を口にした。


 浅谷順一はゲームをクリアした。その際、クリア報酬として彼の願いを叶えることになった。彼の願いは、『リドルのゲームをクリアした奴は俺を殺せないようにしろ』とのことだった。だから、彼を守るために俺のような傭兵を雇う必要があったのだと言う。


 訊いておいてなんだが、ゲームとか願いとか何を言っているのかさっぱりだった。だからこそ俺に理由を話したとも言える。


 理由を話し終えると、リドルは俺に数枚の写真を渡してきた。これまでにゲームをクリアした者たちの写真だ。


 リドルが「この写真の中にいる人物が浅谷順一を殺そうとした場合それを阻止して欲しい」と説明する。そして、それ以外の人物の場合は手を出さなくていいとのことだった。


 阻止の仕方は完全自由で、極端な話殺してもよいとのことだった。ただし、俺自信が浅谷順一に接触することは避けろと言われた。たかがゲームに勝ったくらいで大げさだと思はなくはなかったが、俺はそれに従った。


 ――――


 護衛任務が始まると、さすがにブランクを感じずにはいられなかった。傭兵時代に対象に接触せずに護衛するといったことは何度か経験したことがあるが、お国柄が違いすぎてどうにもしっくりこない。昔の勘を取り戻しつつ、経験したことのない舞台での護衛任務は、はっきり言って厳しいものがあった。何度か対象に気取られそうなこともあった。


 その任務が始まってから半年が経とうとしていた。


 浅谷順一の生活は、平日は学校で休日はほぼ家、たまに外出――この半年間ずっとこんな調子だ。はっきり言って隙だらけで、殺そうと思えば簡単にことをなせる。しかし、そのような状況にあっても、渡された写真の人物たちから命を狙われるようなことはなかった。


 また、最初に依頼を受けた日からリドルとの連絡は一切ない。金は月に一度指定された口座に振り込まれていたので、俺は任務を続けるしかなった。


 一体リドルは何がしたいのか……


 そして、この仕事はいつまで続くのか……


 月日が経つに連れて、リドルに対する疑念を抱くようになっていた。


 俺がリドルのゲームに参加させられることになったのは、そんな疑問を抱くようになってからすぐのことだった。


 …………


 見知らぬ部屋で目覚めると、突然リドルのゲーム説明が始まった。なぜ俺がこんなことになっているのか見当はつかなかった。それに、浅谷順一の護衛の件はどうなったのかも疑問だった。


 ゲームのルール説明が終わって俺はすぐさま部屋を出ていこうとした。しかし、扉の鍵が開いていなかった。


「おい、どうなってんだ?」


 悪態つく。


 すると、再びルール説明が始まった。

『――と、ここまでは通常のルール説明だ。加えて君にはもう1つ特別ルールを課す。それは、このゲームに参加している浅谷順一を死なせないことだ。

 その方法は2つ。

 まずは彼がゴールすること。もう1つは君と浅谷順一が最後まで生き残ることだ。そのどちらかの条件を満たさなければ君はこのゲームをクリアしたことにならない。万が一ゲーム内で浅谷順一の死が確定した場合は、その時点で君の死も確定する。以上だ』


「……はあ?」 


 ――冗談ではない。


 俺の命は浅谷に掛かっているということだ。そして、彼を含めたゲームの参加者は殺し合うことを強いられている。ここ半年間の見立てでは、とてもじゃないが浅谷が殺し合いの中で生き残れるとは思えない。


 そもそもだ、浅谷を殺したくないのなら、なぜヤツをこんなゲームに参加させた?


 リドルの考えがまるでわからない。


「クソっ!」


 再びドアノブに手をかけると今度は鍵が開いていた。俺はとにかく浅谷のもとへ急いだ。


 …………


 コンクリート打ちっぱなしの通路をただただ走る。走りながらカバンの中身を確認する。まず目についたのは鏡。それを見て、俺は自分の数字の確認を怠っていたことに気が付いた。数字を確認すると、どうやら俺の数字は『7』のようだった。


 それからカバンに入っていたものは、水と食料だ。量からして半日分。


 そして、最後に出てきたのは……


「なんだ、これは……?」


 思わず立ち止まる。


 15センチ四方の機械で、中央に液晶パネルがついていた。パネルの中心には黄色い点が1つ。それ以外にもまばらに赤い点が11、青い点が1。


「……そうか! 探知機か!」


 かつて傭兵時代にこれと似たようなもの見たことがあるのを思い出した。中心の点は自分だ、そしておそらく青い点が浅谷、残りの11個の赤い点がそのほかのプレイヤーということだろう。リドルが言っていた参加者の数と点の数も一致する。


 ゲームを円滑に進めるための道具とはよく言ったものだ。俺は青い点に接触すべく再び走り出した。


 それにしても――


 わざわざ俺のことを調べて接触してきたのは、俺をこのゲームに参加させるためだったのかと、今更ながら思った。浅谷に接触するなと言われていた理由にも合点がいった。


 すべてはこのときのためだったというわけだ……


 そういえば、リドルが言っていた浅谷がクリアしたゲームとはこれのことなのだろうか?


 もしそうなのだとすれば……浅谷は人を殺したことがあるということにならないだ。


「意外となんとかなる……か?」


 もちろん過信するのよくない。前回は最後の1人になったことでクリアになったということも考えられる。


 ともあれ、俺は探知機に目を落とし青い点との距離を確認する。縮尺は不明だが徐々に近づいている。思ったより早く浅谷のところへ行けるかと思いきや、今度は徐々に離れていく。


「なるほど……そうか」


 失念していた。


 この探知機には、壁が一切表示されていない。つまり点と点が直線距離で近いところにいたとしても、壁に阻まれた向こう側にいるというパターンもあるのだ。


 しかも、タイミングは最悪で、浅谷が2つの赤い点に近づいて行くのがわかる。焦りを感じて足早になる。


 もしもここで命を落とすようなことになれば、俺も一緒にあの世行きだ。しばらく赤い点と青い点がの動きが止まると、3つの点は同じ方向に進み始めた。3人は一緒に行動することにしたということだろう。少なくとも先程までの焦りは消え内心でほっとため息を付いた。


 それから、浅谷のもとに赤い点が1つ、また1つと合流し、最終的に5人で行動しているようだった。


 何がどうなっているのか……


 このゲームは仲良くそろってゴールできるようなルールになっていないはずだ。それとも俺が見落としているだけでなにか方法があるというのだろうか。どっちにしろ、5人の人間が集まって殺し合いが発生していない状況をどう見るかだ。


 考えなければならないのは、俺が浅谷に接触するということは、その5人の輪に交じるということを意味する。もしその中に『7』の数字のプレイヤーがいたらこちらの状況はかなり厳しい。


 理由は、俺が浅谷と接触すまでにはもうしばらく時間がかかりそうで、それまでに5人の間に結束力が生まれていた場合、俺を殺すために5人がかりで襲ってくることも考えられるからだ。


「接触は諦めて遠巻きに浅谷を見守るべきかもしれんな」


 そう独りごちた。


 5つの点が一処(ひとところ)に留まり動かなくなった。たぶん浅谷たちは休憩を取るのだろうと予想し、俺も小休止することにした。休んでいる暇などあるのか? ……と思わなくもないが、いざというときのために適度な休息は必要だ。


 ――――


 ほんの少し休むつもりがいつの間にやら本格的に眠っていたらしい。状況を確認するために探知機を見ると、浅谷の周囲には5つの赤い点があった。浅谷を含めれば点は6つ……


 点が1つ増えていた――かと思えば、いきなり赤い点が1つ消え、さらに3つの赤い点が順に浅谷から離れていく。


 結果的に青い点と赤い点が1つずつ残った。


「こいつは……」


 消えた点はおそらく死んだということだろう。そして、誰かの死を切っ掛けに一緒にいた誰かが浅谷のもとを去った――こう考えるが自然だろう。


 この状況は俺にとっては僥倖だ。

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