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リドル ― Trilogy ―  作者: 桜木樹
第二章 the second stage
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第7話 リセット

 屈強な男と別れてから休める場所を探してトボトボと歩いていた。1人になってしまった俺は心細さを感じていた。


 ゲーム開始時も1人だったがそのときと今では状況が違う。はじめは殺し合いのゲームとわかっていたがどこか他人事のように感じているフシがあった。緊張感にかけていたと言ってもいい。


 けど今は違う。今の俺は実際に人の死を目の当たりにしているのだ。


 それにさっきから誰かに見られているような感覚があった。しかし歩いては振り返り、歩いては振り返りを何度か繰り返してみるもののそこには誰もいない。


 単なる勘違いか――? だが、臆病になることは悪いことじゃない。


 どこかの誰かも言っていた。『戦場では臆病な奴が生き残る』と……


 そうやって、後ろばかり気にしながら歩いていたせいか、通路の横にあった扉を何の警戒心も持たずに開けてしまっていた。


 しまった――と思ったときにはもう遅かった。


 部屋の中には隅の方でこちらに背を向けて何かをやっている女がいた。


「だれ!?」


 俺の存在に気付いた女が振り返ってそう言った。


「順一、です……」


 とっさに出た言葉はずいぶんと間の抜けたセリフだった。


 …………


 俺は今床に座っていた。部屋にいた女は胡座をかいて俺の前に座っている。


 キャミソールにホットパンツという組み合わせは、まるで小麦色に焼けた肌を見せつけているかのようだった。正直目のやり場に困った。ウェーブがかかった髪はブロンドに染め上げられており、おおよそ実用的とは思えないサイズの大きなサングラスを掛けていた。その姿まさに『私ギャルです!』と主張していた。


 ――正直、こういったタイプの女は苦手だ。


 なぜ俺とこのギャルが向かい合って座っているかと言うと、カンパンの缶詰を開けてくれと頼まれたからだ。


 力がなくて開けられない……わけではなく、爪に変なデコレーションが施されているからという理由だ。


 生きるか死ぬかの瀬戸際なんだから付け爪くらい外せよって思った……が口には出さなかった。


 俺は頼まれた通り、缶詰のプルタブを起こして缶詰を開けてやった。


「やったー! サンキュー、じゅんちゃん」


 開けてやった缶詰を受け取った女は早速中身を口に入れた。


「じゅん……ちゃん、だと……」


「うん。さっき順一って言ったじゃん? あれ名前っしょ?」


「あ、ああ」


 ――だからって、初対面の人間をちゃん付けで呼ぶか? ふつう……


「あっ! アタシかなめゆずね。かなめは要石の要でゆずは柑橘系の柚ね」


 そう言って柚は結構な勢いでカンパンを口にしていく。


 ゲームが始まってからずっと缶詰を開けられなかったのだとしたら、その食いっぷりも納得がいく。


「ところで、アンタはこれまで誰とも出会わなかったのか?」


「んぐ? あー、会ったと言えば会ったかなー。見かけたって言ったほうがいいかなー」


「どういうことだ?」


「いやー、ゲームが始まってからこうやって人と話をするのは初めてでさ。アタシさ、これまでずっと人さけてたからね。だって怖いじゃん? 殺されるとかマジないし」


「じゃあ、俺に殺されるとは思わなかったのか?」


「それは……逃げ場なかったし、じゅんちゃんの数字『13』だったし」


 そう言う柚の首輪に表示されている数字は『4』だ。


「ってか、『4』とかありえなくない? 死だよ、死。チョー不吉じゃん」


「まあ、な」


 別に『4』という数字が忌数だからという理由で同意したわけではない。『4』という数字はゲームのルール上多くのプレイヤーから命を狙われてもおかしくない数字だ。そういう意味で不吉な数字だと言えるからだ。そう考えると、人を避けて行動していた柚の判断は正解と言えるかもしれない。


「ってか、人を避けて行動してるって言ったけど、どうやってゲームクリアするつもりだよ」


「え? それはあれじゃん。最後にひとりになったらクリアってやつ。わかるっしょ?」


 それを聞いて、俺はため息を付いて肩を落とした。


「わかるけど……ほかのやつも同じこと考えてたらいつまで経っても1人にならないぞ。つまりクリア不可能だ」


「あー、でも、ほかの人も同じ行動を取るってことはさ、みんな臆病ってことじゃん? そのときはアタシにチャンスあるかもじゃん?」


「……たしかに」


 最後の1人になろうと考える奴は消極的な人間だ。消極的な人間同士なら差しでやりあって勝てるかもって魂胆か……


 見た目であんまり頭良くなさそうだとか思ったけど、こいつはこいつなりに考えてるってわけか。


「あーあ。それにしてもさー、ゲームのルールが人殺しだってわかってたらこんなゲーム参加しなかったんだけどなー」


 そう言いながら、柚は体勢を変えて床に寝っ転がった。


「ああ、そうだな。俺だってゲームのルールが殺人だってわかっ……。――はぁあ!?」


「うわっ! ビックリさせないでよ!」


 寝転がった柚が飛び起きるみたいに上半身を起こした。


「お前今、参加しなかったって言ったよな?」


「言ったけど?」


「それって、自分の意志でこのゲームに参加したってことか?」


「そうだけど」


「マジかよっ! 嘘だろっ!?」


「ウソつく理由ないじゃん」


 たしかにそうだ。嘘をつく理由なんてない。だがそうなると、俺はなんで自分の意志とは関係なくゲームに参加させられてるんだ?


 それから、これまで会ってきた奴らはどうだったんだ?


 創造も、まゆみも、美春も、敏弥も、眼鏡の男やチェーンソーの女に筋肉の男……あいつらも全員自分の意志で参加してるのか?


 でもそうなると、まゆみの行動はどうなんだ? ……彼女は初めてあったときひどく怯えていたように思えた。自分で参加を希望しておいてそれはないよな……それとも、柚と同じように殺人ゲームだと知らなかったからああいう反応をしてたってのか?


 てっきり全員が俺と同じような境遇にあると思っていたがそうじゃなかったのかよ――


「ねっねっ。もしかしてさ、じゅんちゃんて自分でこのゲームに参加してないの?」


「あ……ああ。まあな……」


「ぷくー。マジウケるんですけど。それってチョーありえなくない」


 柚は俺を指差しケタケタと笑い出した。


 どこに笑いの要素があったのかわからないが、柚の笑いのツボにはまったようだ。


 柚は満足行くまでひとしきり笑って、


「でもさ、じゅんちゃんにはなくてもあっちにはあるのかもね。理由」


 そんなことを言った。


「あっち? あっちって、リドルか?」


 柚がそうそうとうなずく。


「知らないところで変なことしたんじゃないの? リドルに」


 つまり俺は、知らず知らずのうちにリドルの恨みを買うようなことをして、根に持たれてたってことか。


「ほら、いじめの話でよく聞くじゃん。加害者側の人間はコロっと忘れちゃうけど、被害者側は一生覚えてるみたいな。思い当たることないの?」


「知らないうちに傷つけてたんなら、俺に自覚があるわけないだろ」


「あぁ、それもそだね」


 知らないうちにリドルの恨みをかっていた……果たしてそうなのだろうか。


「そういや――」


 俺が声を発すると、なになにと柚が興味津々に身を乗り出してくる。


「いや、リドルのことと関係あるかどうかはわからないが、ここ最近誰かに見られてる感じがあったんだよな」


 俺がそれに気が付いたのはここ2、3ヶ月のことだ。俺が気が付かなかっただけで、もっと前から見られていた可能性もある。ここに来るまでにもなんかそういう感覚があったが、さすがに俺を見張ってた奴がこのゲームの中にまで追いかけてきたとは思えないが。そもそも気のせいかもしれないしな。


「なにそれ! ヤバイじゃん! ストーカーじゃん!?」


「ス、ストーカー!?」


「わかった! リドルってじゅんちゃんのストーカーじゃんきっと。知らず知らずのうちに傷つけてることってあるんだよねー」


「おい、待て。リドルが俺のストーカーなら、ほかの人間がゲームに参加させられてる理由は何だ?」


「んー? アタシさっき言ったじゃん自分で参加したって」


 柚は適当な返事を返して缶の中身を口に運ぶ。


 俺が聞きたかったことはそういうことじゃない。ほかの奴を誘うことにリドル側に何の利があるのかという意味だったんだが……


「そういや、自分の意志で参加したって言ったよな? なんで参加しようと思ったんだ? こんなゲームに」


「ん? あー、アタシ家出しちゃっててさ、それで、お金が必要になってバイトしたんだけど、インターネットを使って人を集めるバイトでさ、すごい楽じゃんとか思ってやってみたんだけど、かなりヤバイバイトだったんだよね。

 そのバイトしたせいで、タカ? トンビ? ハトだったかな? ――とにかく鳥みたいな名前の人たちに追いかけられる羽目になっちゃって……そのとき、リドルに声を掛けられたんだよね。匿ってやるからゲームに参加しろって……。正直選択肢なんてなかったし」


「あ、ああ……」


 はっきり言って、柚の話は要領を得なかったが1つだけ気になったのは――


「リドルに声を掛けられたって言ったよな? それってリドルがどんな奴か見たってことか? どんな奴だったか覚えてるか?」


「え? うーん。見たけど……白いお面つけてたから……でも、声は女の人の声だった気がする」


「女!?」


 ――そうか、だからさっきストーカーがどうのって言ったのか。男のストーカーとかあり得ないもんな……いや、なくはないのか……?


「あっそうだ! チョット教えてほしいことあるんだけどいい?」


 俺が返事をする前に柚は自分のカバンの中から四角い箱みたいなものを取り出して俺に見せてきた。


「これ何かわかる?」


 柚が言った“これ”は四角い箱のような機械だった。まず目についたのは上部に並んだ4つのスイッチだ。その4つのスイッチにはそれぞれ東壁、西壁、南壁、北壁と書かれていた。

 それから箱の下の方には『残り0回』と書かれていた。その0という数字だけがデジタル数字で表示されていていた。


 さっぱりわからない……


「説明書みたいなのってなかったのか?」


「ないよ」


 俺の持っている煙幕弾に説明書がついていて、この謎の機械に説明書がないってのはどうなんだ……


「その数字のところあるでしょ? そこの数字最初は0だったんだけど途中で1に増えたんだよね。それで適当にボタン押したら何も起きなくて、数字がまた0に戻ったんだよ。それで少ししたらまた1になっててさ、そんでまた適当にボタン押してみたんだよね」


 今は数字の表示が0になってることから確実に言えることはボタンを押すと数字が減るってことだけだ。


「正直この道具が何の道具かはわからんが、おそらく数字は時間が経つと増える仕組みなんじゃないか?」


 ここに創造がいれば……と思わないでもなかった。


「そっかぁ、わかんないか。――んじゃ、アタシそろそろ行くから」


 言いながら、機械を俺の手から取り上げカバンにしまう。


「え!?」


 柚は唐突に言って立ち上がると、カバンから未開封のペットボトルを2本取り出して俺にくれた。


「いいのか?」


「うん。さっきあそこの木箱の中で見つけてさ、全部持っていこうと思ったけど、重いと逆に疲れるし」


 俺はありがたく頂戴してそれを自分のカバンにしまった。


「あと、これアリガトね」


 空になった缶を、俺に見せつけてから渡してきて、


「んじゃ、バイバーイ。ちゅっ。なんちゃってー」


 柚は投げキスをかまして、手を振って部屋を出ていった。


「はぁ……」


 どっと疲れた。肉体的な疲れももちろんだが精神的な疲れもだ。


 部屋に独りになった俺は床に大の字になった。


 まぶたが閉じそうになる。


「おっと。ダメだダメだ」


 俺は起き上がり、柚が置いていった空のカンパンの缶を創造がしてたみたいに扉のノブに引っ掛けた。さらに念を入れて、木箱の陰で身体を横にする。これで部屋に入られてもパッと見では俺の存在に気が付けないはずだ。


 俺はカンパンを食べようとカバンから缶を取り出し蓋を開ける。その1つを口に入れると口の中の水分が持っていかれる。水なしで食べるのは少々キツイものがある。横になってカンパンを食べながら水を飲む。端から見ればかなり行儀の悪い行為だがそれを咎めるものはここにいない。


 リドルか……


 これまでは特に気にしていなかったが、柚が話していたことを考えると、リドルの目的が何なのかが気になりだしていた。


 知らず知らずのうちに恨みを買っていた、か……


「そう言えば……」

 

 ――なんか忘れてることない?――


 ふと、美春の言葉を思い出していた。よく考えると、美春はなぜあんなこと聞いてきたんだろうか?


 まさか、美春がリドルで俺が美春の恨みを買うようなことした……ってか?


「はっ――」


 自然と笑い飛ばしていた。


 あるわけない。


 だいたい、俺に恨みがあるなら直接危害を加えればいいじゃないか。どうしてわざわざゲームなんかやらせるんだ。しかも、俺がクリアしちまったら恨みを晴らすどころじゃない。何でも願いをかなえるとか言ってるんだから、そんあことあるわけない。


「――やめだ!」


 今はただゲームをクリアすることだけに専念する。クリアしてしまえばリドルの目的なんかどうだっていい。今後に備えるべく俺はしっかりとした休息を取ることにした。


 ……………………


 …………


『現在生存スル……リセット……スルコトヲオススメシマス』


「んあ……なんだ……?」


 誰かの声で目が覚めた。


 ――声……


「――っは!?」


 ――それは、リセットを告げるアナウンスだった……

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