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リドル ― Trilogy ―  作者: 桜木樹
第一章 the liar
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第28話 嘘

「ぬぐあああぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 真部さんは、生野さんに向けていた銃を放り投げて、右手を押さえてその場に膝をついた。


 古井さんが真部さんに近づくのを見て、わたしも傍に駆け寄った。


 古井さんが真部さんに視線を合わせるように片膝を付いた。


「あなたは僕のことを愚かだといいましたが、果たして愚かなのはどちらでしょうね?」


 真部さんは右手を押さえたまま質問に答えず、古井さんをじっと見ているだけだった。


「その銃は、本物ではないんですよ。引き金を引くと、銃把から針が飛び出して手のひらに刺さる仕組みになっているんです。ちなみに今回は針の先に弛緩剤と睡眠薬を塗布しておきました」


 真部さんが抵抗しようともせず膝をついたままなのにはそういう理由みたいだ。


「そもそも、どうしてその銃が本物だと思ったんですか? 僕があなたに本物の銃を渡すわけないでしょう?」


「あ……ぅ。し、しかし、勝ちは、勝ちですよね? 私の……」


 真部さんはようやく言葉を発した。


「いいえ。あなたの負けです」


 古井さんは、持っていたタイマーを床に置いて、真部さんに見せる。


 真部さんがタイマーに視線を落とした。


 わたしも古井さんの肩越しにそれを覗き込んだ。


 タイマーは現在進行系で時間を計測し続けていた。ゲーム終了時間である14分に向かって――


 タイマーの表示の意味を理解した真部さんが顔を上げた。


「これは? そ……んなっ……しかし、確かにあのとき終了を告げる音が――」


「あれは残り半分――つまり、折り返し地点であることを知らせる音です。僕は、14分経ったら音が鳴るなんて、一言も言ってませんよ。まぁ、時間が半分を過ぎたら音が鳴るとも言っていませんがね」


「卑怯な……」


 真部さんの額には大量の汗が滲んでいた。飛びそうな意識を必死でつなぎとめようとしているようだ。


「卑怯……というのは違うんじゃないですか? あなたもマスコミの人間ならわかるでしょう? 都合悪いことは相手に伝えないというのは、人を騙すための手段の1つだということを」


「く……っ」


 辛そうで、悔しそうな声を漏らした。


「あなたは、僕が近づいてきたことで、ゲーム終了時間が近づいているんだと勝手に勘違いしたんです。そしてこのような結果を招いた。……愚かだとは思いませんか?」


 真部さんは力なく項垂れた。


「私は……どう……なるの、ですか?」


「最初に宣言したとおりです。こちらであなたの身柄を拘束します。今後どうなるかは……まあ、後の楽しみということで」


 真部さんは、古井さんの言葉の途中で意識を失ったようだった。


 後の楽しみ――の部分についてはおそらく聞こえていなかっただろう。


「さて、次は楡金君のゲームの準備に移りましょうか。――生野さん、そろそろ起きてもいいですよ」


 意識を失う真部さんを見届けた古井さんは立ち上がり、廊下に伏している生野さんに呼びかけた。


 すると、生野さんはゆっくりと起き上がり、ずれた眼鏡を直し、乱れた髪の毛を肩の後ろへと払った。


「え? ええっ!?」


「どうかしたの?」


「いや、えっと……起きてたんですか?」


「ええ。事が済むまで寝たフリをしていたのよ。何かあったときにいつでも行動できるようにね。――って、あなたこそなんて格好してるのよ」


「そう言えばそうでしたね。その仮面とマントはもう脱いでもよさそうですね」


「えっ! でも、義兄さんが――」


 続けようとして、そう言えば奥の部屋にいるはずの義兄さんが今まで姿を見せていないことに気が付いた。


「おそらく、楡金君は意識を失っているんですよ。真部さんが睡眠薬を打ったんでしょう」

 

 ――なるほど。


 わたしは仮面を外し、マントを脱いだ。


「それでは生野さん。これで部屋の中にいる彼らを起こしてきてください。梓さんは僕についてきてください」


 古井さんが数本のペン型の注射器を生野さんに渡すと、彼女はそれを手に中央の部屋に入っていった。


 真部さんと古井さんのゲームの中で、リドルの関係者が真部さんに睡眠薬を売ったと言っていたから、古井さんがそれを中和する薬を持っていても何ら不思議ではない。


 わたしと古井さんは階段側にある部屋に入った。


 そこには2台のモニターがあって、うち1台は隣の部屋の様子を表示していた。


 隣の部屋では、生野さんが寝ている人たちに手際よく注射を打っている。程なくして全員が目覚めぞろぞろと部屋の外へと出ていく。


 わたしが隣の部屋の様子を見ている間にも、古井さんはいろいろと次の準備をしていた。


 部屋の扉が開いて、生野さんが入ってくる。


「終わったわよ」


 それを聞いて、古井さんが次の指示を出した。


 結局、生野さんを除く6人は先に施設を後にする流れとなり、角田さんが眠った真部さんを肩に担いで出ていった。


 残ったのは、わたしと古井さんと生野さん、それから義兄さんの4人。


「さて、それではラストゲームといきましょうか」


 古井さんが音頭を取った。


 義兄さんは、すでに角田さんに中央の部屋へ運び込んでもらってあるので、先程の中和剤を投与しゲームを始めるだけだ。


 生野さんは中和剤を手にもう一度中央の部屋へと入っていった。


 古井さんが隣の部屋が映し出されているモニターの前に座り、わたしはそのすぐ後ろに立った。


 モニターには床に転がされた義兄さんが映し出されている。


 生野さんが、義兄さんの手を後ろ手に縛り付け、次に足を縛り、最後は口にガムテープを貼り付けた。


 そして、カメラに向かってオッケーサインを出す。


「始めてください」


 古井さんがマイクに向かってしゃべると、モニターに映る生野さんが義兄さんに薬を投与し、速やかに部屋を後にした。


 しばらくして、義兄さんが目を覚ました……


 最初はゆっくりとした動き、次第に状況を理解して激しく体をくねらせる。


 そんなにきつく縛られていなかったであろう拘束を解くと、部屋を見渡して何かを呟く。


 先程までイミテイションゲームが行われていた部屋に、自分がいるという状況にひどく混乱している様子だった。


「どうやら、お目覚めのようだね」


 頃合いを見て、古井さんがマイクに向かって声を発した。


 こうして、義兄さんのためのゲーム――“七人ななとのゲーム”が始まった……


 ……………………


 …………


 結論から言うと、義兄さんは答えを間違えた。


 古井さんと義兄さんの間で何度かやり取りが続いた後、古井さんは首輪を作動させるボタンを押した。


 首輪から発せられる音の感覚が早くなるに連れて、義兄さんの行動が慌ただしくなってゆく。


 そんな姿を見て、心の中で何度も謝罪の言葉を繰り返した。


 ――わたしが楡金さんに保護されなかったら?


 ――リドルになりたいなんてお願いしなかったら?


 ――そもそもわたしはどうしてリドルになりたいと願ったの?


 そして最後の瞬間、わたしはギュッと目をつぶる。


「ごめんなさい……」


 しゃべるなと言われていたのに、思わず声を発してしまった。声を出さずにはいられなかった……


 …………


「……あ、あれ?」


 一向に爆発音が聞こえてこなかったので、わたしは恐る恐る目を開けて、ちらりと画面を覗いた。


 画面には首元を押さえたまま仰臥する義兄さんの姿が映っていた。


 義兄さんの頭はちゃんとついている。ただ気を失っているだけのようだった。


「さて、これですべての工程は終了です」


 古井さんは大きく深呼吸した。


「あの、義兄さんは……なんで?」


「ああ、それはですね……彼はリドルのゲームに参加する資格を持っていないからです。ですからこれは、エキシビジョンだと思ってください。ちなみに真部さんも同じ理由で命を奪うことはしませんでした」


 真部さんのときにもゲームに参加する理由の話はしていた。たしか、奥さんと子どもでなければならないというような話だった。


 義兄さんと真部さんにはリドルのゲームに参加する資格がなくて、真部さんの奥さんと子ども、それからわたしにはその資格があったということだ。


 ――ゲームに参加する資格……それって一体……?


「ただし、真部さんのときもそうでしたが、彼はゲームに負けた……このことは事実です。なにより、リドルの存在を知っている状態で開放するわけにはいきません」


「なっ、何をするんですか?」


「それはですね――」


 古井さんの口から発せられた言葉は、にわかには信じがたいものだった。

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