第15話 復讐 06
打ち合わせをした日から数日経って、オレたち3人はイミテイションゲームの舞台となる場所に向かっていた。
真部の運転するバンに揺られること数時間、到着した場所は閑散とした村の一角だった。そこには、村全体の雰囲気に似つかわしくない異様な建物があった。
「この村はすでに廃村となっています。ですから、まず人目に付くことはありません」
建物の前で、真部が言った。
「なあ、この建物だけ造りが違うように感じるんだが?」
廃村というだけあって、ほかの家は外壁が朽ちていたり屋根の瓦が落ちていたりするのだが、目の前にあるこの建物だけ、異様なまでに堅牢な作りをしていた。
この村に足を踏み入れる奴はいないという話だが、1度足を踏み入れれば、この建物に必ず目が行くことは間違いない。そのくらい目立っていた。
「この建物は、私の祖父が買ったそうなんです。なんでも、深く追求しないことを条件に、居抜きで格安で譲ってもらったとか……。ですから詳しいことは私もわからないんです」
真部はそう説明して、入口の鍵を開けて中へ入った。生野、オレの順で後に続く。
真部が建物に入ってすぐに壁にあるスイッチを押した。
建物の中はいわゆるコンクリートの打ちっ放しで、入ってすぐに左右に廊下が伸びていた。結構な年数が経っているのか、ところどころ亀裂が入っている部分が見受けられた。
「今回のゲームで使用するのは2階の部屋です。ついてきてください」
真部は左右に伸びた廊下を右に進む。
見る限りでは窓の類は一切なく、蛍光灯のぼんやりとした灯りが廊下を照らしている。
突き当りまで行くと、左手側にある折り返し階段を上がる。
上りきると右手側に向かってまっすぐ廊下が伸びていた。ちょうど、1階の廊下の真上に2階の廊下がある感じだ。廊下の奥は袋小路になっていた。
「2階は全部で3部屋あります。ゲームには真ん中の部屋を使います」
真部の言う部屋までたどり着くと。鉄の扉を開けて中に入った。
部屋の中は廊下と同じ一面コンクリート。広さは大体16畳ほどで、やはり窓の類はない。ここに7人の人間が入ることを考えると若干窮屈さを感じることになるだろう。
そして、この部屋で目を引いたのは、鉄扉を背にして右壁上方にある大きな電光掲示板のようなものだった。
「あれは?」
オレと同じことを思ったらしく、生野が指さして真部に尋ねた。
「あれはデジタルカウンターですね」
「デジタルカウンター?」
――なんでそんなもんが壁に? 譲り受ける前の持ち主はこの建物を何に使っていたのか、かなり謎だった。
「ちなみにゲームの時間を測るのに、あのデジタルカウンターを使うつもりです。――それでは準備に取り掛かりましょう!」
真部の音頭で、ゲームの準備が始まった……
…………
イミテイションゲームの会場となる部屋に、1階の倉庫――ちなみに1階には部屋が2つで、両方とも倉庫みたいな扱いになっていた――に放置されていた机を運び込み、デジタルカウンターの真下に設置した。
水拭きして机を綺麗にしてから、パソコン本体を机の1番下の引き出しの中に仕舞い込む形で設置して、モニターとキーボードのみを机の上に置いた。
キーボードを取り付ける際、テンキーがついてないことに気づいたオレは、そのことを真部に尋ねた。
返ってきた答えは、事務所にあったものを適当に持ってきただけで、特に深い意味はないとのことだった。
パソコンの電源コードは壁の下に空いている穴を通して隣の部屋から電源供給する。
次に今置いた机と反対側の壁上方に、パソコンを俯瞰で捉えるようにカメラを設置する。カメラの配線類は、壁の穴を通して隣の部屋へ通す。
これで、この部屋の準備は終わりだ。
設営を終えた俺は、ゲーム会場に向かって左の部屋――つまり、カメラを設置した側の部屋へ移動する。
そこは、3畳ほどの手狭な部屋で、そこにも机を運び込んで、その上にパソコンを置いた。
先程こちらの部屋に通したケーブル類を接続して電源をつけると、モニターには隣の部屋様子が映し出された。
「順調のようですね」
こっちとは反対の隣の部屋で作業をしていた真部が作業を終えたようだ。
真部はさっき設置し終えたばかりのパソコンの前まで来て、カタカタと手際よく操作する。
すると、隣の部屋を映し出している画面の左上に『00:00』というデジタル数字が表示された。
「これは?」
「この数字は、隣りにあるデジタルカウンターと連動している数字です。見て下さい」
そう言ってモニターを見るように指差す。
「カメラの設置角度の都合上、このモニターにはデジタルカウンターは映っていません。この状態だと何かと不便でしょうから、このような形を取らせていただきました」
ゲームのルール上残り時間が増減することは確実で、それにもちゃんと対応しているとのことだ。
「ちなみに、ゲーム本番中の楡金さんの役目は、このモニターでゲームの様子を監視して、間違えた答えを入力したプレイヤーを眠らせる、というものになります」
「それって、かなり重要な役じゃないか?」
そんな大役がオレなんかに務まるのか不安だった……
「そんなに不安がる必要はありませんよ。先日もお話しましたが最初の6人は絶対に答えを間違えるようになっています。楡金さんが気を付けなければならないのは、答えを入力していない人を眠らせないようにすることです。ちなみに生野さんは絶対眠らないようになっています」
「そ、そうか……」
口ではそう言ったものの、ミスが許されないことに変わりなく、不安は拭えなかった。
なんとなくモニターに目をやると、モニターには隣の部屋のパソコンの前に立つ生野の後ろ姿が映し出されていた。
それを見て、オレはカメラの配置に《《大きなミス》》があることに気が付いた。
「あ! これってまずくないか!?」
真部は、一体何が? といったふうな表情をする。
「これって……ゲームに参加してる奴はパソコンに答えを入力するんだよな?」
「ええ、そうですよ」
「でも、このカメラの位置だと、どんな答えを入力してるかわからなくないか?」
カメラは正面上方からパソコンを俯瞰に捉えている。
当然ながら、答えを入力するとき、プレイヤーはパソコンの前に立って答えを入力することになる。このとき、カメラからは答えを入力している人物の後ろ姿が見えるだけで、モニターの画面を見ることはできない。
事実、今はパソコンの前に生野が立っていて、モニターを完全に隠してしまっていた。
「そういえば言っていませんでしたね。ちょうど、楡金さんに教えておかないといけないことがあったので、ついでにその話もしてしまいましょう。――ちょっとついてきてください」
オレは真部に従い隣の部屋に移動する。
隣の部屋に入り、パソコンの前まで来た。
生野に、どうかしたのかと尋ねられて理由を説明すると、そういうことならと一緒に話を聞くことになった。
「ちょっとまっていてください」
そう言って、真部が部屋を出て行く。
しばらくすると、パソコンがひとりでに立ち上がり、モニターにはテキストボックスが表示され、縦棒――キャレットというらしい――が点滅を繰り返す。
どうやら隣の部屋から電源を供給したみたいだ。
真部が小走りで部屋に入ってきた。
「ん。電源、入ってますね」
真部は電源のはいったパソコンを見てよしよしと頷く。
それから、真部は適当な文字を入力してエンターキーを押した。
すると、パソコンからはチープなエラー音がなり、画面は真っ黒な背景に画面ギリギリのサイズの赤文字でErrorと表示されていた。
「解答を間違えるとこうなります。ちなみに、この画面はしばらく続くので入力者がどいた後もしっかり表示されていると思います。楡金さんには、先程なった警告音、またはこの画面が表示されたタイミングで解答者を眠らせて欲しいんです」
「なるほど……わかった」
とは言うものの、正直不安だった。すると不安が顔に現れていたのか、真部はタイミングを計る練習することを提案してくれた。
もちろんそれに賛成した。
「それからもう1つ、カメラの設置場所をあそこにした理由ですね」
そう言って真部は部屋に設置されたカメラを指差した。
さっきオレが抱いた疑問だ。
「先日もお話したと思いますが、ゲーム中に出題される問題には複数の答えがあって、最初の6人は何を入力しても間違いになります。ここで問題になってくるのが生野さんが最後に入力する答えです。生野さんは、最初の6人よりも、もっともらしい答えを入力しなければいけないんです」
たしかに、答えが見えているとそういう事態が発生する可能性もあるだろう。
だったらいっそ、画面を隠してそのリスクを減らしてしまおう……と、そういう魂胆らしい。
「ちなみにこれは生野さんからの提案で、即採用させていただきました」
ここに至るまでに、真部と生野はいろいろ話し合ってゲームの内容を詰めていたらしかった。
いろいろ考えた上で答えが7つあるなぞなぞを用意していたのに、一気に無駄になってしまったような気がした。
そのことを真部に伝えると、
「たしかに、無駄になってしまったことは事実です。ですが、カメラをあの位置に固定して入力する答えを見えなくするという発想に至れなかった私にも落ち度があります。それに、完全に無駄になるわけではありません。万が一ということもありますからね」
そう言って、真部はモニターの前から少し横にずれて、更に空気椅子の要領で深く腰を落とし、目一杯手を伸ばしてキーボードを操作する真似をしだした。
「ほら、こんなふうに答えを入力する人がいるかもしれないでしょう?」
たしかにその入力方法なら、モニターの画面は丸見えだ。
だが、今の真部の格好はあまりにもキツそうで、かなり不格好だった。
「ってか、そんな格好で入力する奴なんかいないだろ」
思わず笑ってしまった。
顔を逸らしている生野も笑いを堪えているのか、肩が少し震えていた。
「まあとにかく、そういうことです」
真部は姿勢を戻して、腰をトントンと叩いた。
「ちょっと、休憩がてら外の空気を吸ってきてもいいかしら?」
窓のない場所でずっと作業をしていたのだからその気持は十分理解できた。
「ええ、構いませんよ」
真部が許可を出すと、生野が部屋を出て行った。
「それでは楡金さん。さっき言っていた眠らせるタイミングの調整を始めましょう」
「ああ」
オレは予行演習に挑むことになった。