第12話 復讐 03
週末になるまでの間、自分なりにどうすべきかを考え、結局真部の復讐に協力することを決めた。
その考えに至った理由は2つ。
1つは母さんの存在だ。梓の死から約1週間、母さんは少しずつ調子を取り戻しつつあるが、未だ本調子とはいかない。もし今回の復讐に乗ることで、リドルを捕まえることができるんだったら、それで母さんの気を晴らすのに一役買えるのではと思った。
2つ目は梓を殺した奴をこの目で見てみたいと思ったから。簡単に言ってしまえば興味、好奇心ってやつだ。それに、話を聞くだけならタダだ。無理だと思ったら断ればいい。
事務所に着いたオレは、入口の扉を開いた。
「あ、こんにちわ。真部に御用の方ですよね? こちらへどうぞ」
前回はいなかった職員の性が対応してくれる。場所は覚えているので、「1人で大丈夫ですと告げ」応接室へ。
扉を開けて部屋に入ると、そこにいたのは、ソファーに座る真部とテーブルを挟んで向かい側のソファーに座る見知らぬ女性だった。
20代前半くらいに見えるその女性は、胸元まで伸びたストレートにグレーのスーツにタイトスカート姿で、赤いフレームのメガネを掛けていた。なんとなく、冷たそうな印象を受けた。
オレが部屋に入ってきたことに気がついた真部は、立ち上がって笑顔で近づいて来た。
「いやぁ、来ていただけましたか!」
そう言いながら、無理やりオレの手を取って何度も上下に振った。
「あ、ああ……」
真部の強引さに少したじろいだ。
「あ、そうだ。紹介しておきますね。彼女は生野恵さんです」
真部が女性を手で示した。
生野は立ち上がって、「よろしく」と右手を差し出してきた。最初の印象通り、感情の乗らない、そっけない物言い。
握手に応じ、「楡金です」と返事をする。彼女は特にオレの名を珍しがることはなかった。
「では、楡金さんは生野さんの隣に座ってくだい」
オレは生野に頭を下げて、その隣りに座った。
横目で生野を見る。恋愛対象になるかどうかは別にして、美人と言える整った顔立ちをしているのが横からでもわかる。
真部はソファーに座るとオレの分のお茶を用意してくれた。
「本題に入る前に、楡金さんに説明しておきますね。先日、楡金さんとお話したときに、ほかの被害者も殺されるべくして殺されたのではないか? という話が出ましたよね。そこで私は、すべての被害者遺族の方と接触することにしたんです。――で、生野さんだけが私の話を聞いてくださって、今ここにいるというわけです」
「なるほど……」
つまり隣に座る生野も、今回の事件で親しい人を亡くしているということだ。
「では、本題に入りましょうか」
真部はお茶を1口飲んだ。
「これから復讐についてのお話をするわけなんですが……あなた方に確認しておきたいことがあります。これから話す内容を聞いた後で、やっぱり協力できない――というのは無しにしてください。おふたりのことを信用していないわけではないのですが、話を聞いた後で警察に駆け込まれたらそれでお終いですからね。なんとしてもやり遂げたいと思う私の気持ちを汲んでいただきたいと思います」
「問題ないわ」
生野が即答する。対してオレは、頷くことを躊躇っていた。
「どうしました? 楡金さん」
オレを見据える真部の顔は真剣そのもの。
「えっと……」
話を聞くだけならと、軽い気持ちでここに来たことを言い出しにくい雰囲気が漂っていた。
すると、真部は察してくれたようで、
「もしも迷っているなら、引き返せますよ」
オレは横目で生野を見遣ると、彼女はこっちの話に全然興味がないようで、髪をいじっていた。
なんとなく、ここでこの部屋を出ていくのは情けないような気がして、
「いや、大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように覚悟を決めた。
――人は殺さないって言ってたしな。
「わかりました」
「これから私がやろうとしていることは復讐です。すでにお話していますが、人を殺めるような行為は行いません。が、一部犯罪行為に手を染めることにはなります。そのことを覚悟しておいてください」
真部はまたお茶を口にして、話を始めた。
――
正直に言ってしまえば、リドルの正体を暴き、謝罪させ、司法によって裁いてもらうことが一番いいのでしょう。しかし、残念ながらリドルの正体や居場所については何もわかっていません。そこで、私は別の方法でリドルに復讐することを思いついたんです。
その方法とは……リドルの存在をより多くの人に知ってもらうこと、そして、リドルがこれまでやってきた所業を白日のもとに晒すことです。
あなた方とは、それぞれ個別に話をしていますが、私の妻と娘は半年前リドルのゲームに参加させられています。そして、リドルがこれまでに何度かゲームを行っていることもわかっています。さらに言えば、これからも、リドルのゲームは続いて行くのだと予想できます。
――そこで私はこう考えました。多くの人にリドルの存在とリドルが一体何をやってきたのかを知ってもらうことで、いざ自分がゲームに巻き込まれたときに何らかの対策ができるのではないかと。また、リドルの存在を知っているものが複数参加していれば、協力してリドルに対抗することもできるのではと……
ちなみにそれだけではありません。リドルの存在やゲームの内容を公にする事で、リドルがゲームをやりにくくなるでしょう。どちらかと言えば、こちらが私の真の目的です。
……だってそうでしょう? このままリドルを野放しにしていたら、私たちのように悲しい思いをする人がいる、ということですからね。
――
そこで、黙って話を聞いていた生野が口を開いた。
「なるほど……つまり、リドルのことを多くの人に知って貰うことで警鐘を鳴らそうということね」
「そうです」
真部はしっかりと頷く。
悲しい思いをする人を減らそうとすることが目的、自分のためではなく、他人のための復讐。
……本気で凄いと思った。
だが一方で、それは無理なんじゃないかとも考えていた。
オレが見たネットの書き込みはまったく相手にされてなかったし、相手にしているものは発信者を叩く内容がほとんどだった。つまり、リドルの存在を公表したところで、同じことになるのは目に見えていた。
「楡金さん、どうかしましたか?」
考え事をしていたら、突然名前を呼ばれて反射的に顔を上げた。
「えっと……」
オレは先程の疑問を直接ぶつけてみた。
「たしかに。楡金さんの仰るとおりです」
すると真部はあっさり無理だと認めてしまった。
「しかしですね……もしも、実際にリドルのゲームを目の当たりにしたらどうでしょう?」
――え? リドルのゲームを……見る?
「どういうことかしら?」
オレと同じことを思ったらしく、生野が質問していた。
「模倣するんですよ。リドルのゲームを、私たちで……」
――オレたちがゲームをやる!? リドルがやったゲームで梓は死んだ。それを真似するってことはってことはつまり……
「ちょっと待ってくれ! 人は殺さないんじゃなかったのか!?」
犠牲者を減らすために犠牲者を出すのでは意味がない。そう思ったオレは自然と声を荒げていた。
「落ち着いてください、楡金さん。実際に殺すわけではありませんよ。そこはフリでごまかすつもりです」
「え? ……フ、フリ?」
――死んだフリってことか……?
オレが理解しないままに話が進んでいく。
「で、具体的な内容については?」
隣から冷静な声が真部に投げ掛けられた。真部は椅子の横に立て掛けてあるカバンから1枚の紙を取り出し、「これを見てください」と、テーブルの上に置いた。
オレと生野がその紙に視線を移すと、真部がその内容を話し始めた。
「このゲームは、閉じ込められた7人の人間が部屋から脱出するという内容です。まず、7人に対して、なぞなぞを1問出題します。そして、それぞれのプレイヤーが考えた答えを、予め部屋に置いてあるパソコンに入力させます。入力した答えが正解なら部屋の扉が開きますが、誤りならそのプレイヤーは脱落することになります。ここで言う脱落というのは薬を投与して眠らせることをいいます。総ゲーム時間は2時間程度を予定しています。しかし、最初にフルで時間を与えてしまうと予期せぬ自体が発生する可能性があるので、最初の制限時間を35分にして、誤った答えが入力されるたびに35分づつ時間が追加される仕様になっています」
これが大まかな内容になります。と、締めくくった。
「これをたった1人で考えたの? 凄いわね……」
生野は心の底から感心している様子。
「たしかに、凄いな……ってか、もしオレたちが協力を申し出なかったら、これを1人でやるつもりだったのか?」
すると真部は、「まさか」と否定した。
「おふたりの申し出があったから作ったんですよ。もしも、今日誰も来ていただけなかった場合は、私だけでできる内容に変更するつもりでした」
そう話す真部の顔からは嬉しさがにじみ出ていた。オレと生野が来たことが相当嬉しかったのだろう。
「それではゲームの内容について詳しく説明していきましょう。――っと、その前に。これから私たちが行うゲームを『イミテイションゲーム』と呼称しようと思います。よろしいですか?」
イミテイションってのは模倣って意味の言葉だ。
悪くないと思った――
「別に構わないけど、名前って重要?」
「いやぁ、何事も形から入る性質でして」
真部が後ろ頭を掻きながらはははと照れ笑いを浮かべた。
そして、小さく咳払いをして、調子を戻す。
「では……紙に書いてある内容の繰り返しになりますが、ゲームの内容は部屋に閉じ込められた7人が部屋から出るために問題を解くという形式になります。そして、それをネット回線を通じて中継します」
オレはテーブルに置かれた紙に目を落としながら、真部の説明に耳を傾ける。
「中継時間は2時間程度を予定しています」
中継時間が短すぎると視聴者が集まらない可能性がある。それでは本来の目的である、多くの人に見てもらうということが果たせなくなる……というのはわかるが……
「なぁ……中継時間ってもっと長くてもいいんじゃないか? そのほうがもっとたくさんの人に見てもらえるだろ?」
すると、真部が首を左右に振った。
「楡金さんの意見はもっともだと思います。しかし、長引かせるとリスクが大きくなります」
「リスク、というと?」
「特定よ」
答えたのは生野だった。
真部が頷いて口を開く。
「そのとおりです。警察に目をつけられると厄介なのは言わずもがなです。加えて、ネット上には個人情報などをものすごいスピードで特定する……いわゆる『特定班』と呼ばれる人がいます。私たちが注意しなければならないのは、特定班によって、イミテイションゲームが行われている場所を特定されてしまうことです。時間を長引かせればそういった人たちに無駄に情報を与えてしまう可能性があるんです。そして、時間を掛ければ掛けるほど、解析される可能性も出てきます。もちろん、解析に対して策は講じますが、これもどこまで通用するかはわかりませんからね」
「その特定する奴らってそんなに凄いのか?」
ネットの情報に疎い俺には、真部の言葉にピンときていなかった。それに、この紙によればゲームの舞台となるのは、たった1つの部屋だ。それだけの情報で場所を特定できるものなのか?
「ネットをやらない人間からしてみれば眉唾でしょうけど、この国の警察が優秀なのは当然として、特定班の腕もそれなりよ。正直……私もあやかりたいくらいだわ……」
――あやかりたい?
生野が意味深な言葉を吐いた。
「ですから時間は2時間程度がベストかと考えたんです」
真部の説明が一旦終わる。
そこで、真部がさっき言っていた、予期せぬ自体についての詳しい説明を求めた。
「えっと……それはですね、先ほども話に出ましたが、ゲームを視聴している人たちに、参加者に関する情報や場所を特定できるような情報を与えてしまうことを避けなければなりません。最初から多くの時間を与えてしまった場合、時間的余裕からゲームとは関係ない会話が生まれる可能性があります。それを防ぐために時間を刻んで少しづつ増やすという方式になっています」
なるほど、聞けば聞くほどよくできている……。改めて感心した。
「さて……次はイミテイションゲームに使うなぞなぞについてですが――」
「ちょっといいか?」
オレは真部の言葉を遮って尋ねた。
「何でしょう?」
「えっと……なんで《《なぞなぞ》》なんだ? ゲームって言ったら、ほら、いろいろあるだろ?」
すると、真部は「ああ――」と手を叩いた。
「それはですね、リドルと言うのは『なぞなぞ』という意味の言葉なんですよ。私も最初は知りませんでしたが、リドルのことを調べているうちにその意味を知ったんです。そこで、コスト的な意味でも丁度いいと思い、なぞなぞにしたんです」
「コスト?」
「お金ですよ、大掛かりなものにしようとしたら、お金もかかりますし人手もいるでしょう?」
たしかにそのとおりだ。
真部に話を戻してもいいかと言われ、オレは了承した。
真部が先ほどルール説明の紙を取り出したカバンから別の紙を取り出してテーブルに置く。
そこには、真部の言った『なぞなぞ』が書かれていた。