月下の凶刃
西門に着いたのは俺が最初だった。
昼下がり。
暑さは一日のうちで最も厳しい時間。
日陰に避難して待つことしばし。
ナギとイワヲが姿を見せた。
「お待たせ。スイちゃんは?」
開口一番、ナギが聞いてくる。
「まだ来ていない」
「一緒じゃなかったのかな?」
「用事があるというから一旦別れた」
そうやり取りをしている間に、
雑踏の向こうに小柄な銀髪を見つけた。
「丁度来たみたいだ」
俺が目線を向けながら言うと、ナギとイワヲも追ってスイの姿を認めたようで、
ナギがスイに向かって手を振る。
スイはそれに気づいたようだが、
特に反応はせず歩調を変えることも無くこちらに向かってくる。
まあ、予想通りの反応ではある。
ナギも半日一緒にいて慣れたのか、特に気にした風も見せない。
「お待たせしました」
「ううん。今来たところだよ」
辿り着いたスイの言葉に間髪入れず答えるナギ。
事実を口にしただけだと思うが、妙に嬉しそうだった。
「早速だが出発しよう。道中、詳しい話をしつつな」
ナギはイワヲから聞いているだろうが、
スイには結局説明する機会がなかった。
尤も彼女の場合、聞いたところで特に変わりもなさそうではあるが、
それはそれ、である。
西門を出て真っすぐ西へ。
街道から外れ、なだらかな丘が連なる丘陵地帯を行く。
道中では小型の魔獣の襲撃がたまにあったが、
俺とイワヲだけで難なく対処できる程度だった。
その時改めて確認したが、やはりイワヲは武器を持たず
体格を活かした体術のみで魔獣を屠っていた。
地面に大穴を開けた件と言い、
ここまでくると流石に物理的な力だけということはなさそうだ。
しかし、地面に干渉する力となると土術の系統だが、
そんな事が有り得るのだろうか。
ちなみにナギは火術者と自称していた通り、
接近戦についての心得はないようなので下がらせていた。
というか単純に運動音痴だった。
咄嗟に動こうとすると、何も無いところでも足を縺れさせ、
転びそうになる程に酷い。
活発な印象があったから、彼女がそんな具合なのは意外だった。
一方スイは、短刀を構え積極的に前に出ようとする。
ナギと違って動きの精度は高いのだが、
小柄な見た目通り基礎体力はそれほどでもない。
そのくせ危険を恐れずに突撃するため、
見てるこちらが肝を冷やす有様だった。
尤も、それでも魔獣の攻撃を巧みに躱して傷らしい傷を負わないのだが、
無用な危険を冒すことも無いとの判断により、
こちらもナギ同様下がってもらった。
「ちょっと街道から外れただけでこれだよ。
参るよね」
何度目かの襲撃の後、小休止を取っていたところでナギが言う。
魔獣の数は年々増えているという。
無理もない。
龍脈の加護を受けた地以外で生まれる動物は、
ほぼ例外なく魔獣と成り果てる。
街や小さな集落として利用している土地以外では、
加護を受けている土地はトコヨ国全土を探しても、
最早そう多くないはずだ。
この国は滅びに向かっている。
そう声高に叫ぶ者が現れる程、魔獣の被害は深刻さを増している。
「龍脈に沿って整備された街道沿いでも、
たまに襲われる事件があるくらいだからな。
例の戦争以来、大規模な掃討作戦が行われなくなって久しい。
四季家も頭を抱えているだろうな」
湧水を生み出す霊具である湧水石(使い捨ての量産品)を使って
鍋に水を貯めると、水筒に水を補給し、残った水はそのまま飲む。
そうして喉を潤しながら、雑談を続ける。
ナギは同じように水分補給をしながら。
イワヲとスイはただ体を休めながら。
二人は道中も水分を摂る様子がなく、
何度か勧めてみたが固辞されてしまった。
丘を渡る風が涼しいため街中ほどではないが、
それでも暑さはそこそこ厳しい。
倒れられても困るのだが、どこまで干渉するべきか、
一人旅が長かった俺としてはその辺りの距離感が分からない。
イワヲに対してナギが何か言う様子がないので、
彼は体質的に平気なのかもしれないが、
スイは分からない。
ナギもスイの事は気にしている様子だ。
結局俺とナギで相談し、注意深く見守るという
消極的な落としどころで今は手を打っている。
「フロウは溢れるほどいるんだから、
大勢雇って掃討すればいいんじゃないのかな?」
ナギが言う。
確かにいざとなればそういう手もある。
だが問題もある。
「フロウは装備も練度も雑多だからな。指揮系統に組み込むのが難しいんだ。
魔獣の掃討も大規模な作戦となれば、緻密な計画を立てないと危険度が高まる。
追い詰めた結果群れが暴走したり、生息地を半端に追い出した結果として、
街や集落が襲われる、なんて具合にな。
それに万が一、主や長の対処に失敗すると、
狩る側が狩られる側になりかねん」
「けど放置したら結局いつか被害が出ます」
スイが珍しく意見を言う。
何か魔獣の被害について思うところがあるんだろうか。
「そうだな。
だからフロウの中にもそういう集団戦専門の連中がいて、
色々な街を巡っては地頭の依頼を受けて小規模な掃討を行っている。
フロウ衆ってやつだな」
「ああ、フロウ衆ってそういう人達なんだね。
サムライ衆に対抗してるだけかと思ったよ」
ナギがポンと手を打つ。
年長らしきイワヲは流石に知っていたようだが、ナギは知らなかったようだ。
スイも、そうなんですか、と呟いていた。
「腕の立つフロウ衆は集団戦において、
サムライにも引けを取らないと言われているほどだ。
有名なところだと白虎隊とかだな」
「名前は聞いたことあります。
と言っても白虎隊隊長という形でですが」
「あ、それなら私も聞いたことあるかな。
シロの庄の大祭御前試合で2年連続優勝。
今年で三連覇となれば、次期カノエも有り得る凄腕。
白虎隊隊長アキモリ・ヒナタ、だよね?
そっかぁ、白虎隊って何のことかなって思ってたんだよ」
スイもナギも白虎隊の名は聞いたことがあったようだが、
アキモリ個人の名前に付属する二つ名みたいな扱いだ。
確かに普通に暮らしている人にとって、フロウ衆との接点はあまりない。
それよりも優れた個人の武勇伝の方が、印象に残りやすいのかもしれない。
「・・白虎隊は歴史も古い、老舗フロウ衆。
その勇名は数多のフロウ衆でも一つ抜けている。
影響を受けて創設された残りの四神隊は、いまいちパッとしないが」
イワヲが俺の話を補足してくれる。
四神隊とは白虎隊の活躍に影響を受け、残りの四神、即ち
朱雀、青龍、玄武の名を冠して創設されたフロウ衆の総称だ。
創設された当初は期待も大きかったが、
白虎隊に並ぶほど、とはいかなかった。
歴史は白虎隊同様古く、今でも続いてはいるが、
イワヲの言う通りパッとしない存在である。
「長く旅をしたつもりでも、まだまだ知らないことは多いんだね。
勉強になるよ」
言いながらナギが立ち上がり伸びをする。
そろそろ小休止も切り上げ時だった。
俺も立ち上がり、ナギに倣い大きく伸びをする。
「そうですね」
スイも立ち上がり、尻に着いた草をパンパンと払いながら同意していたが、
どこに同意したのだろうか?
知らないことが多い、勉強になる、という部分に同意するのは、
性格的にそんな殊勝なことを言うのだろうか、という疑問を差し置けば納得できる。
だが、長く旅をした、という部分については、果たして当てはまるのだろうか?
我ながら気にしすぎているとは思うが、
何となく人となりが分かってきたナギとイワヲとは違い、
スイの事は未だに良く分からない。
彼女の事を良く知る、
そんな未来がこの先あるのかどうか。
今はまだ、それこそ知る由もなかった。
いくつかの丘を越え日が傾き始めたころ。
ようやく件の森へ辿り着いた。
カンジが言っていた目印を探すのは難儀すると思っていたのだが、
方向を確認してくれていたナギの案内が余程正確だったのか、
単に運が良かっただけか、白い幹の木はあっさり見つかった。
「さて、この木が目印だと言っていたが」
言いながら木の周りを一回り。
あった。
丘からは反対側の根元に、よく見なければ分からない程の大きさの石標が埋まっている。
刻まれているのは単純な矢印で、北を指している。
「これが目印? この方向は、えっと北に向かえってことかな?」
ナギが尋ねてくる。
だが、カンジはたしか、
「”常に逆”だそうだ。
つまりこの場合」
「南ですか。
なんでわざわざ面倒な事にするんです?」
続けてスイが疑問を口にする。
「・・恐らくだが、たまたまこの目印を見つけた人間が、
隠れ家に辿り着けない様にだろう」
「ああ」
「なるほど」
イワヲの推測に、ナギとスイが同時に納得したような言葉を返す。
俺の考えもイワヲと同じだ。
尤も、このご時世に魔獣が住む野を越えて森までくる人間などほとんどいない。
いくら森自体には魔獣が少ないとしても、だ。
無用の細工だと思うが、これもダイゴの猜疑心の強さを表していると言える。
そうして俺たちは森の中を南へと向かう。
森の中は比較的背の高い樹が多いためか、
緑の多さに対してそれほどの閉塞感はない。
傾いた夕日の赤い光が西側の樹々の隙間から差し込み、
幻想的ともいえる風景を映し出す。
時折吹き込む風が葉を揺らしながら、
和らぎかけた暑さを一層涼しくしてくれる。
やがて再び一本だけ見つかる白い幹の木。
根元にはやはり石標が見つかり、その矢印は東を指していた。
「今度は西か。当たり前だが森の奥にあるようだな」
辺りはどんどん暗くなっていく。
昨日が満月だったため、雲が少ない今夜も月が上れば
月明かりに期待できるだろう。
とは言え出来るだけ明るいうちに
隠れ家を見つけておきたいのが本当のところだ。
俺たちは互いに頷きあうと、少し足を早めて森を歩く。
そうして幾度か目印を辿り、辺りがいよいよ闇に染まったころ。
森の中にそれは現れた。
森の一部を開き、ちょっとした広間のようになった場所。
中心には土造りの、正に倉庫と呼ぶのがふさわしい趣の建物。
広さは組合事務所の丁度半分くらいだろうか。
二階建てくらいの高さ。
カンジとダイゴの会話から警備がいるはずと踏んでいたが、
少なくとも表にはその姿は無い。
倉庫の高所にある明かり取りからは光が漏れているため、
中にいるのかもしれない。
まぁ確かにこんな森の中にまで来る人間など考えられないのだから、
律儀に外で見張る必要はないと思うのは無理もない。
「さて、念のためダイゴが来るまでに、倉庫の構造や警備の人数なんかは
確認しておきたいところだな」
樹々にそれぞれ身を隠し段取りを相談する。
「予め警備を制圧しておいてもいいんじゃないかな?」
ナギの提案は妥当だ。
カンジと話していた内容からすると、
ここにはダイゴ独りか、複数で来るにしてもそれほど多くの手勢は連れてこないはず。
とは言え、同時に相手する人数は少ないに越したことは無い。
ダイゴも元は腕利きのフロウということだし、不確定要素は潰しておくべきだろう。
「そうだな。俺は賛成だ」
「・・自分もそれでいいと思う」
俺とイワヲがナギの意見に賛同する。
スイは黙っているが、特に反対意見があるわけでもなさそうだ。
「決まりでいいかな。
じゃあ手早く行こう」
そう言ってナギが先頭に立って、
躓く。
・・・
いや、ナギ。
ここでそれはどうだろう。
幸い音はほとんど立たなかったが、
両手を万歳して綺麗に地面に倒れたナギは、
しばらくそのまま起きてこない。
「・・ナギ」
居たたまれなくなったのかイワヲが声を掛けると、
ようやくゆっくりと立ち上がった。
「・・・手早く行こう」
力無く先ほどの言葉を繰り返す。
流石に誰も掛ける言葉を持たなかった。
俺たちは無言で音を立てないように倉庫に近寄ると、
手分けしてその周囲を調べる。
鳴子の類は仕掛けられておらず、入り口は一つ。
窓は無く、ちょうど二階くらいの高さの東・南・西面の三方に明かり取りが3つ。
あそこから侵入するのは難しそうだ。
俺たちは入り口から外壁沿いに一つ角を曲がったあたりに集まると、
作戦を相談する。
「正面から突入するしかなさそうだ」
「高さ的に二階建てかな?
警備は長くいなきゃいけないから、
一階を倉庫にして二階は居室とか」
ナギの推測は理に適っている。
こんな森の奥まで頻繁に通う訳にもいかないから、
交代があるにしてもしばらくは滞在するはずだ。
となると、突入してすぐに敵と鉢合わせる事は無いかもしれない。
ただ、造りにもよるが二階に籠城されると面倒な事になる。
「いっそ外に誘き出す?」
続けてナギが提案する。
奇襲という形は取り辛くなるが、その方がいいかもしれない。
「だが失敗して倉庫に建て込まれると、打つ手が無くなるかもしれない。
誘き出すにしても、その前に内部の様子は確認しておきたい」
二階が居室というのも推測でしかない。
博打にはなるが、一旦中を確認するべきだろう。
万が一、鉢合わせた結果一旦外に撤退したとして、
その後に籠城される分には内部が把握できているため手が打ちやすい。
「じゃあ正面から一旦こっそり侵入して、
内部の状況次第で次の手を、ってことかな」
ナギがまとめる。
作戦とも言えない内容だが、とりあえずそんなところだろう。
「そうだな。何か意見はあるか?」
イワヲとスイに確認する。
イワヲは黙って首を振り、スイは、
「スイ? どうした?」
俯いたまま返事がないため、声を掛ける。
そういえばここに辿り着いた辺りから黙ったままだ。
「いえ、特に何もありません」
顔を上げてそう言う時には、いつも通りの平坦な様子だったが、
何となく心配になる。
だが今はそのことを追及している場合ではない。
「扉はどうするのかな。当然鍵が掛かってると思うけれど」
ナギが懸念を口にする。
「俺がなんとかする」
解錠術の心得もあるし、いざとなれば腰の物に頼ってもいい。
請け負うと早速行動を開始する。
「行こう。
博打になるが、鬼が出るか蛇が出るか」
倉庫の入り口は片開きの扉。
一般的な物より幾分か丈夫そうで、案の定錠が掛かっていた。
解錠を試みてもいいが、時間を掛ければ気取られる可能性がある。
幸い、急増品らしき建物はあまり精度を重視していないため、
扉と壁との間の隙間は大きく、除けば掛け金が見えるくらいだった。
これならいけるか。
「下がっていろ」
三人を下がらせると、腰の二刀のうちの一刀を鞘から抜く。
正眼に構え集中。狙いは扉の隙間。
音も無く刀を振る。
キッと金属が擦れる様な音が一瞬響く。
手応え有りだ。
自由になった扉が僅かに揺れる。
「行くぞ」
短く声を掛け、刀を手にしたまま扉を静かに押し開ける。
中は正に倉庫という様相で、
雑多な物品、恐らく全てが盗品であろう品々が置かれていた。
基本的には整理されて棚に並べられているが、
木箱に入った一つだけが床に放り出されている。
あれが昨日カンジ達が運び込んだ分だろう。
そしてやはり二階建て。
倉庫の右手側に石でできた階段がある。
ナギの推測通り、一階が倉庫で二階が居室のようだ。
倉庫には明かりは灯っておらず、
二階からは明かりが漏れている。
明かり取りから漏れていたのもこれだろう。
まず俺が中に入り、続いてスイが入ってくる。
内部の様子を確認し、さてどうしたものかと考えたところで、
折り悪く二階から警備らしき人影が現れた。
幸い明かりに慣れた向こうからは、暗闇にいるこちらが
まだ認識できていないようで、気付いた様子も無くそのまま下りてくる。
なんて間の悪い!
一旦撤退しようにも間に合わない。
始めるしかない。
入り口の方を見ると、状況を察したスイがナギとイワヲに制止の合図を送り、
倉庫の外に留めていた。
いい判断だ。
倉庫の中はあまり広くない。人数が多くなると互いに身動きが取り辛くなる。
それに伏兵にもなる。
あとはこちらの判断。
二階に籠城されると厄介だ。
何人いるか分からないが、全員下に降りてきてもらうのが理想。
となれば一人を制圧して友釣りが妥当か。
瞬時に作戦を組み立て実行。
下りてきた人影が、階段の中ほどに差し掛かったところを急襲すべく、
一気に駆け上る。
「何奴!?」
流石に気付いた警備らしき人物は声を上げるが、
抵抗する間も与えず刀の峰を脇腹に撃ち込む。
「がっ」
呻きを漏らす警備が前のめりに崩れてきたのを、
そのまま背負い一階に投げ捨てる。
どっと音を立てて警備が仰向けに倒れるのと、
二階から慌ただしい物音がするのは同時だった。
「敵襲だ!」
男の声が叫ぶ。
恐らく警備の頭だろうその声以外は無駄口一つ聞こえない。
良く訓練されている連中のようだ。
俺は階段から飛び降り1階に戻る。
下で倒れた警備はまだ意識があったが、
スイが手早く拘束していた。
「くそ! 何者だ、貴様ら!!」
拘束された男が喚く。
そうしている間に、階段を明かりの塊というべき物が落ちてきた。
暗かった倉庫の中が、一転して昼間のように明るくなる。
立方体の形をしたそれは、火の霊具、灯火柱。
暗闇に乗じる優位性は失われた。
そして突然倉庫の天井が開いたと思うと、そこから男が二人飛び降りてくる。
流石に予想外だ。
隠し扉とは、随分と凝った仕掛けを。
更に階段からもう一人。
全員が俺と同じように刀を構えている。
3対2。
相手は中々腕が立ちそうだ。
カンジ達ほどでは無いように見えるが、
油断しきったところを不意打ちできた彼らと違い、
今度の相手はしっかりこちらを警戒している。
一旦拘束した男を連れて外へ退き、
ナギとイワヲを含めた4人で対処すべきかとも考えたが、
そんな余裕もなさそうだ。
どうする?
位置関係としては、
俺が階段から来た、恐らく連中の頭と思われる男を相手するのが自然だが、
そうなるとスイは2対1。
対処しきれるだろうか?
いや、考えていても仕方ない。
万が一スイが倒れても、外にはナギとイワヲが待機している。
この場の制圧は十分可能。
そうだ。
結局のところ、自分の身は自分で守らなければならない。
弱ければ、
「く!」
過去の情景が頭によぎる。
炎と血、一面の赤。
ここ数年は思い出すことの無かった記憶が、なぜ今になって。
とにかく是非もない。
少し階段を上ったところから睥睨している男を、
まず倒さなければスイの加勢もままならない。
普段なら地の利を得ている相手にもっと慎重に対処しただろう。
しかし、結局その時の俺は冷静ではなかった。
構わずにこちらから猛然と仕掛ける。
相手はこちらの勢いに一瞬ひるんだが、
直ぐに気を取り直したようだ。
高所の地の利を活かして冷静にこちらの隙を伺う。
舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、一瞬スイを見る。
二人を相手にして彼女は防戦一方だが、上手く躱している。
しかし、彼女の体力はそう高くない。
いずれ限界を迎えるか、集中を切らした時が最期。
そう考えた瞬間、
血が熱く、
沸騰するような感覚を覚えた。
霊力を、
体内を巡る力を意識する。
色は白。
その行は金。
やがて全身に霊力が満ち、
術式が活性化するのを感じた。
その瞬間、
右手で握った刀を左手側より逆袈裟に切り上げ、
相手の胴を狙う。
しかし敵もさるもの。
俺が刀を下げ、こちらの脳天がガラ空きになったと見るや、
既に動いていた。
頭を狙った振り下ろし。
速い。
このままでは敵の一撃が先に決まり、
こちらの刃は届かない。
俺は空いていた左腕を掲げ頭の上に。
刹那の最中、
相手はこう思った事だろう。
腕ごと叩き斬る。
だが、
そうはならない。
左腕の皮膚を裂いた刀は、
しかしあろうことか血管を切り裂けずにそこで止まった。
傷口からは血も出ない。
その時確かに響いた、金属同士がぶつかったような甲高い音は、
相手の耳にも届いたことだろう。
驚愕する相手の胴に、
そのまま俺の一撃が吸い込まれるように届く。
どっと鈍い音と共に峰がめり込み相手が前のめりになる。
図らずも一人目の男と同じような状況。
そこから俺は右手で持った刀を引くと、
その腹に左手を添えて相手の顎を狙って
勢いよく打ち上げる。
それで終わりだった。
相手の男は白目を向いてそのまま仰け反り、崩れ落ちた。
すぐさま階段を飛び降り、
俺はスイに加勢する。
スイは何とか凌いでいたが、体のそこかしこに切り傷を負っていた。
とは言え五体満足、大きな負傷は無い。
敵の残り二人は頭が倒されたことに少なからず動揺したようで、
その隙を衝いて一人を打ち倒す。
もう一人はスイが、短刀の峰で器用に顎先を狙い無力化していた。
「何とかなったか」
一息吐く。
左腕からは術が解けたため、血が流れだしていた。
血を硬化させる金術、金剛血。
硬化させるのはあくまで血であるため、血管自体は裂けている。
一方スイは息を荒げているが、傷の多さの割に出血はそれほどでもない。
とは言え処置はした方がいいだろう。
「イワヲ!ナギ! 片付いた、頼む!」
外にいる二人に声を掛けると、
スイを手招きする。
キョトンとした顔でこちらに近寄ってくるスイ。
その腕を取ると傷口を見る。
「な、なにをするんです!」
スイは、今まで聞いたことがないような大きな声を上げ、
慌てて腕を振り解いた。
こちらとしても思わぬ過剰反応に驚いてしまった。
「いや、すまん。傷の具合を看ようと思ったのだが」
「大丈夫です。構わないでください」
入ってきたナギとイワヲが何事かといった顔でこちらを見ており、
少し気まずい。
「あたしより、シュウの腕の方が酷いようですが」
スイはそう言うと、自分の鞄から包帯と綿布を取り出し、
逆にこちらの傷の手当てを始めた。
何とも意外な。
重ねて驚いた俺はされるがままだ。
その間にナギとイワヲが手分けして警備の三人を拘束し、
二階も念のため確認してくれた。
「・・大丈夫。4人で全員だったようだ」
イワヲが報告する。
その頃にはスイの手当ても終わっていた。
腕には真新しい包帯が巻かれている。
一方スイは、ところどころに付着した血を自ら拭っていた。
見たところ思ったほどの傷は無く、ほとんどが薄皮を裂かれた程度のようだ。
その割には結構血が出ていたようだが。
「では、あたしは外の様子を見てきます」
その後、スイはそう言って外に出て行った。
積極的に動くとは、これも今までからは考えられない行動だ。
どうしたのだろうか。
「なんだからしくない、て言うほど知ってる訳じゃないけれど、
らしくないね」
ナギも同じことを思ったようだ。
「ああ。どうも様子がおかしい気がする」
「・・緊張していたのでは?
自分も荒事はいつまでたっても慣れない」
まあ、そういう事もあるか。
命のやり取りは何度場数を踏もうが慣れることは無い。
彼女くらいの歳となれば尚更だろう。
「とは言えお疲れだったね、しばらく休んでて。
本当はスイちゃんにも休んでもらいたかったけれど、
止める間もなかったよ」
そう言うナギの言葉に甘えることにする。
確かに少し疲れた。
実戦での立ち合いはほんの一瞬でも驚くほど体力を消耗する。
今回は虎の子の術まで使ったから尚更だ。
「・・では自分がスイと変わろう」
イワヲがそう言い残し外へ出ていく。
「お前ら、何者だ?」
警備の一人が声を掛けてくる。
最初に倒した男だ。
あとの三人はまだ気を失っている。
「タチバナ家より調査を仰せつかったものです。
あなた達の悪事は露見しました。神妙にしていてください。
協力的なら情状酌量の余地もあります」
ナギが常とは違い畏まって言う。
俺たちに最初に接触してきたときもそうだったが、
余所行きの時の態度なのだろうか。
「なるほど、主家がついに動いたか。
そうか、これでようやく終わり、か」
そう言う男の顔はカンジ達と同じ、安堵が現れていた。
「お前もカンジ達と同じか。
だが、なぜ皆がそのように思いながら、誰もダイゴを諫めなかった?」
「カンジ? そうか彼らの情報でここを突き止めたか。
諫めたものはいたさ。今はもういないというだけのこと」
それはつまり、そういう事なのだろう。
「それにいつか改心してくれるという期待もあった。
他の郎党や主家の小判鮫共がどういったか知らんが、
ダイゴ殿は本当によくやってくれていた。
民の言葉にも耳を傾け、ミハラを良くしようと精一杯だった」
確かにミハラは良く栄えている。
ナギの話でも地頭となった当初は評判も良かったとのことだった。
変わったのは3年前。
何か人が変わってしまうような出来事があったのだろうか?
その時、誰かが倉庫に入って来る気配がした。
てっきりスイがイワヲと交代して戻ってきたかと思ったが、
そこにいたのはイワヲの方だった。
「イワヲ? スイちゃんはどうしたの?」
尋ねたのはナギ。
その問いかけにイワヲは首を振る。
「・・スイが見当たらない。
辺りをざっと見回ってみたが、どこにも」
イワヲの言葉にナギがすぐさま反応する。
「見当たらないって、こんな森の中でどこに。
あ、お花摘みとか?」
そういう可能性が無くは無いが誰にも言わずに・・・
いや、スイなら普通に有り得るか。
しかし気になるのは妙に様子がおかしかった事だ。
イワヲも恐らくその事があったから、常より心配しているのだろう。
「どうする?
手分けして探すか?」
そうナギに確認したのは、
本当に彼女の言う通り用を足しに行っているだけだった場合、
うっかり見つけてしまうのもまずい。
その辺りの判断を同性である彼女にしてほしかったからだ。
「うーん、しばらく待ってみようか。
正直心配ではあるけれど、彼女もフロウだよ。
信頼しよう」
ナギの判断は妥当ではあるが、意外でもあった。
彼女は、付き合いが浅くても分かるくらいにはお人好しだ。
スイの事も気に入っている様子だったので、
こういう時は率先して探しに行くものと思っていた。
そういう事ならと、逸る心を抑えて腰を落ち着け直す。
どうも俺の方がスイにこだわっている。
こんな風に他人の事を気にかけるのは久しぶりで、
どうにもモヤモヤしてしまう。
そんな風に考えていた時だ。
開け放たれた入り口の扉の方から、風に乗って微かな金属音が流れてきた。
気のせいではない。
ナギとイワヲは気付いていないようなので、
目線と仕草で二人に注意を促すと、
未だ明かりを放っていた灯火柱を拾い上げ明かりを消す。
立ちどころに室内は暗闇に戻るが、
逆に外は高く上った月からの明かりで照らされ見通しが効く。
そうして外を注視していると、樹々の隙間に人影が見えた。
多い。
見える範囲でも10人以上。
何者か?
考えるまでも無い。
ここを知り、この時に、この人数を動員できる者。
「出てこい!賊共! 貴様らの仲間の命が惜しくばな!!」
大声を上げたのは集団の先頭に立つ男のようだ。
イワヲほどでは無いが大きい。
月明かりでもはっきりと分かるほどの鮮やかな赤色の着物。
そして腰には大刀。
あれがダイゴだろう。
そしてその後ろには、ダイゴの部下に刀を突き付けられたスイの姿がある。
見回りに出て捕まったのか。
「それにしても何故ダイゴがここに。
しかも手勢を連れてなど」
「例のフロウ、裏切り?」
ナギが推測を口にする。
何だか話し方に違和感があったが今は置いておこう。
そして推測についてだが、ナギたちには話していないが交信錐で盗聴したため、
その点は違うと言い切れる。
となると、謎の情報源か。
カンジは密偵の類ではないと言っていたが、確定したわけでは無い。
「カンジ達は裏切っていない。それは間違いないはずだ。
だが、それは今問題じゃない」
「・・ああ。現に今ここに多勢を連れてダイゴがいる。
しかもスイが捕らわれた。それが問題だ」
「敵15、大刀1、刀9、槍5」
イワヲの言葉に続き、ナギが敵戦力を分析する。
月のおかげで多少は明るいと言え、よくこの森の中で正確に分かるものだ。
しかし15か。
ここに連れてくるということは、ダイゴからある程度の信を得ている
古参の部下ということだろう。
倉庫の警備に就いていた連中の力量から考えても、
容易い相手ではないと思われる。
そして捕らわれのスイか。
見たところ刃を突き付けられてはいるものの、
拘束などはされていないようだ。
なら上手く立ち回れば開放することもできるか。
「とにかく要求に従わないとスイの身が危ない。
まずは出ていくしかないか」
「反対。
敵は準備不足。籠城が有利」
「・・ナギ!?」
冷たい声でナギが言う。
イワヲが声を上げ、俺も驚いて彼女を見るが、
彼女はこちらと目を合わせようとしない。
確かに彼らは押っ取り刀で駆け付けたようで、
全員武装はしているが、それだけだ。
野営の道具を持ち合わせてもいない様子。
長時間の作戦は考慮していないはずだ。
対してこちらは居室付きの建物にいる状態で、
予め長期戦も想定して準備している。
そして建物の入り口は狭いため、
ここに籠城するなら数の不利は打ち消せる。
だがそれは、スイを見捨てるということだ。
「合理的だな。
フロウ一人の命で、悪事を働く地頭を追い詰められる。
確かに交換条件としては悪くない。
いかにもフロウらしい判断だ」
俺の嫌味にもナギは目を逸らしたままで、気にした様子もない。
なおも怒りを抑えられないでいたが、
そんな俺の肩に大きな手が乗せられる。
イワヲだ。
俺の目をしっかり見据えると、
ゆっくり首を振る。
それで冷静になった。
口調が変わっても、努めて冷酷に振舞っても。
ナギは仲間だった相手を簡単に切り捨てられるような人間じゃない。
短い付き合いの俺でもそれは分かる。
信じられる。
苦渋の決断のはずだ。
俺とイワヲの安全の事も考えての事のはずだ。
なら俺がナギと、イワヲと、スイのために、
すべきこと、してやれること。
いや、俺がそうしたいと思う事。
「俺が出る」
「! 何を?」
「シュウ、どうするつもりだ」
ナギは驚いていたが、イワヲは俺の言葉を半ば予想していたようだ。
「一人でも出ていけば、すぐにスイをどうにかしようとはしないはずだ。
見たところスイは拘束されているわけでは無い。
隙を作ることが出来れば自分で逃げ出せる」
作戦とも言えないし、犠牲が二人になるだけかもしれない。
だが、勝算はある。
「・・それなら全員で行くべきでは?」
「いや、あんたとナギが姿を見せないことが牽制になる。
全員で出ていけば、それころ用済みのスイを始末しかねない」
それに最悪失敗してもナギとイワヲが無事なら、
ナギの言う通り籠城することでここを切り抜けることも
十分可能なはず。
勿論それは口にはしないが。
「再度通告する!
賊共! 大人しく出てくるがいい!次は無いぞ!!」
「相手もお待ちかねだ。
事が上手くいったら、その時は頼む」
出たとこ勝負もいい所だが、こんな稼業をしていれば
こういう場面も珍しくない。
危地にあってもしぶとく諦めない事こそが、
フロウとしての素質で一番大事なものだと、俺は思っている。
「シュウ! ボクは!!」
ナギが叫ぶ。
ボク? いや、今は気にしている時じゃない。
振り返らずに外へ出る。
月夜の森にずらりと並ぶ刃、刃、刃。
倉庫を半円状に取り囲んでおり、正面にはダイゴ。
そして、その右手後方にスイと他に二人。
スイに刀を突き付けている男と、槍を持った男。
とにかく近づかないことにはどうにもならない。
幸い敵はこちらを逃がさないように、広く展開している。
上手くすれば一度に相手するのはダイゴを含めた三人で済む。
それが問題とも言えるが。
策を練りつつ歩を進める。
先頭にいるダイゴとの間合いまではあと10歩。
ここまで来ればダイゴの姿もはっきり見える。
やはり大きい。
だがそれは体格もあるが、その体から滲み出る威圧感が
実際以上にその体を大きく見せているのかもしれない。
赤色の着物を纏い、腕組みをしてこちらを睥睨している。
狂気に落ちた支配者と聞いていたが、
少なくとも目の前にいる相手からはそんな気配は微塵も感じない。
恐るべき武芸者。
そういう印象だ。
「一人か?」
間合いまであと二歩という所でダイゴが問うてくる。
ち、抜け目ない。
足を止めざるを得ない。
射貫くような眼光。
その視線が、言外にそれ以上近寄ることを禁じている。
「見ての通りだ」
「仲間はどうした?」
「そんなものはいない。俺だけだ」
試しに鎌をかけてみる。
ダイゴから倉庫の中の様子は分からなったはずだ。
反応次第ではダイゴ達がどうしてここにいるか、
情報源の正体を探れるかもしれない。
スイが喋っている可能性もあるが、どうだ?
「ふん、大した度胸だな。
この状況でこうも見事にはったりを言うなど、中々出来る事では無い。
だが時間の無駄だ。
あと二人。
赤髪の女と大男がいるはずだが?」
「はぁ、参った。流石地頭様。
支配下の事はよくご存じという訳か」
ナギの事まで知っているとなると、
やはりカンジ達が裏切ったわけではなさそうだ。
ならスイが喋ったか、あるいはやはり密偵がいるのか。
決定的な情報は得られなかった。
なら次に考えるべきはこの後どうするか、だ。
ダイゴまではまだ遠い。
スイについては言わずもがな。
まぁ予想の範囲内だ。
武装解除を要求されていないだけマシと言える。
となればここからは博打。
一刀を抜刀投擲してダイゴに隙を作り、
その一瞬でスイの側にいる男を背中の剣で片付ける。
こんな小手先がダイゴに通じるかどうか、
スイを捕えている男がどう出るか。
もう一人控えている槍の男の出方は。
そしてスイが上手くこちらの意を酌んでくれるか。
全く分が悪い。
「それで、一人で出てきて何のつもりだ。
貴様の命と引き換えに他の連中を見逃せ、とでも言うつもりか?」
「ああ、それは中々悪くない。
是非ともお願いしたいな」
言いながら機を伺う。
ダイゴは俺の意図をある程度察したか、
口元には不敵な笑みが浮かべ腕組みを解くと、腰の大刀に手を掛ける。
「面白い男だ。
どうだ、儂の元で働く気はないか?
ここで無駄に命を散らすこともあるまい」
「それでやらされるのが強盗の真似事では、
命は散らずとも、魂は腐って落ちるな」
俺の言葉にダイゴは笑みを消した。
その眼には凄絶な殺意が込められる。
「街のためにした事だ。
貴様のような流れ者風情に口を出される謂れはない」
「何かのためなんて、犠牲を正当化するような言葉は
あまり好きじゃないな」
既に今にも斬りかかってきそうなダイゴに対して、
こちらはあくまで構えを取らない。
ダイゴはともかく、後ろの二人はまだ油断している。
自分たちの主を信じているのか、
それこそ、その魂は既に腐って落ちているのか。
彼らにはそのまま油断してもらっているのが都合が良い。
「貴様とてそこの女のために、一人危地に飛び込んでいるではないか」
「違うな。
俺は所詮流れ者風情。動くのはいつだって自分のためだけだ」
それは紛れもない本心からの言葉だった。
そうして俺はダイゴから目線を切り、
一瞬スイを伺う。
行動に移す刹那、スイに意図が伝わればとの思いだったが、
当のスイは思いもよらぬ顔をしていた。
それは今にも泣き出しそうな。
怒り出しそうな。
見たことの無い表情。
彼女が初めて見せる、むき出しの感情だった。
驚いたが、呆気に取られているわけにはいかない。
予定通り腰の刀に手を伸ばし、
今まさに抜刀しようとしたところで、
「な、うおぉぉ!!」
突風が吹き荒れた。
轟々と音を立てて吹き荒れる風は、
嵐どころではない強さでダイゴ達の身動きを奪う。
そう、ダイゴ達の、だ。
不思議と風は俺のところには一切吹いていなかった。
流石に唖然としたが、今は絶好の好機。
ダイゴに投擲する予定だった刀をそのまま握り、
スイの側に立つ男へ向かって駆け出すと、
まだ強風に翻弄されている男の肩めがけて、
刃を返した刀を振り下ろす。
「がっ!!」
叫んだ男が刀を取り落としたところに、
腹を狙って前蹴りを見舞う。
男が崩れ落ちるのを待たず、側にいたスイの腕を取り一気に離脱を図る。
「行かせるか!」
「く!」
失敗した。
既に風は止んでおり、復帰した連中に前を塞がれる。
離脱しようとした森側の方には刀を持った三人。
背後にはダイゴと槍の男。
残りの連中もこちらを取り囲みつつある。
その時、こちらに向かって来ようとした連中の一人の背中に、
赤い光が激突してパッと光を放った。
衝撃でそのまま前に倒れた男の、
その鎧の背中部分には黒い焦げ跡が付いていた。
何事かと男たちが振り返った際は、倉庫の入り口。
そこには炎のような赤髪の女が、短杖を構えて立っていた。
火行術。
恐らく木製だろう杖から火球を生じさせる基本の攻撃術が、
男を襲った光の正体だった。
そして女の前では白髪の大男が、
腰を落とした構えでダイゴ達をにらむ。
ナギとイワヲだ。
スイが解放されたのを見て、好機と判断して飛び出したのだろう。
「ちっ。
8人だ。あの二人を片付けろ」
ダイゴはこちらに向かおうとしていた連中に指示を出し、
そのままナギとイワヲに充てる。
それを確認してか、ナギがこちらに何事か合図をしている。
森の方を指しているが、どういう意味だろうか。
いや、そうか。
今から再びナギとイワヲが倉庫に戻り籠城したら、
入り口を抑えられ逆に閉じ込められる。
そうなると、最小限以外の人員はこちらに回ってくることになり、
人数差は絶望的だ。
あの合図は、そうさせないために連中を連れて、
森に逃げ込むということだろう。
森の地形を上手く使って逃げながら戦えば、
8対2でも何とか出来る可能性は高い。
こちらは逃げ場も無く5対2だが、
力量的にはダイゴが一段上、それ以外は倉庫番の連中ほどでは無い。
まずはダイゴと逆側の三人を何とか出来れば、
それで状況は五分五分。
光明が見えてきた。
「悪運の強い男だ。
貴様にとっては正に神風だったな」
先の突風の事を指してダイゴが言う。
確かにあの風が無ければどうなっていたか分からない。
明確な意図を感じる風だったが、
しかし五行術に風を操る術は無い。
一体何だったのか。
一つ可能性はあるが、それは有り得ない事だ。
森側の三人の位置関係を確認すると、
一旦ダイゴに向き直る。
「日頃の行いが良いからかもな」
油断なくダイゴを見据え軽口を交わす。
特に深い考えがなく言った言葉だったか、
ダイゴは呆気にとられたような表情をしている。
かと思うと今度は、
可笑しくてたまらないといった風に笑い出した。
「何が可笑しい?」
「くっくっく。いや、なに。
日頃の行いが良いはずの男が、
よりによって仲間に裏切られるというのは
どういう事かと思ってな」
ダイゴの言葉の意を確かめることは出来なかった。
その時にはもう俺の腹から
血塗れの刃が飛び出していたからだ。
背後からの刺突。
瞬時にそんな事が出来る間合いにいたのは一人だけだ。
「ス、イ・・」
「はい、わたしです」
力が入らず膝から崩れ落ちる俺の腹から、
突き立てた短刀を引き抜くと、事も無げにそう答えた。
初めまして。まずは読んでいただき、ありがとうございます!
感想・評価などお待ちしていますので、少しでも思うところがあった方は
是非ともよろしくお願いいたします。
また、世界観や用語など、分かりにくいとのお声が一定数あるようでしたら
その辺の解説なんかも掲載しようかと思っております。
もしご要望があればお寄せください。
至らぬ点が多々あるかと思いますが、完結まで続けていけたらと考えていますので、
何卒長い目で見守っていただければ幸いです。