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事件は転がる

「とまあ、そんなところだ」


窃盗事件のあらましと、コウタから聞いた話を伝える。


コウタが知っていた情報は、

半年ほど前に工房が強盗集団に襲われたこと。

事件について、サムライ衆がまったく取り合ってくれなかったこと。

同じような事件はここ3年程で多発していること。

盗品が街のいくつかの商店で取引されているらしきこと。

その盗品を扱う闇商人すらも、サムライ衆は取り締まる気配がない事。


「なるほど。やっぱり例の件絡みたいだね」


ナギはスイの寝台に腰かけてうんうんと頷く。

その主であるスイは部屋の隅に直接座り込んでいた。

例によって膝を抱えて、興味はなさそうだが

話は聞いている様子だ。


俺は借りたばかりの自分の寝台に。

少し離れてイワヲもそこに座っている。


「それで、そのコウタ少年はどうしたのかな?」

「話を聞いた後、一緒に盗品を返しに行った。

 店主はサムライ衆に突き出すと息巻いていたが、

 なんとか説得して今回のところは許してもらう事ができたから、

 その後、街の外れにあった彼の家、工房まで送り届けた。

 ついでに少しだが彼の父親とも話してな。

 問題のお守りが確かにその工房で作られたものなのは

 裏が取れた」


彼の父親の工房を見せてもらい、簡単に話も聞いた。

少なくとも、強盗集団に襲われたこと、

サムライ衆が取り合ってくれなかったことは事実らしい。


お守りについては、現物は店主に返してしまったため

コウタの父親に直接検めてもらう事は出来なかったが、

シロの庄出身の職人の品となれば、その目利きには自信がある。


工房にあった作品を調べ、彫りの技術や模様の特徴から、

ほぼ間違いなく、同じ職人の手によるものだと鑑定できた。


「すごいね、たった半日そこらで見事な手際だよ。

 ちなみに盗品を扱っていた店主に、コウタ少年の動機は話したかな?」

「いや。強盗集団と繋がっている可能性が高い相手に、

 コウタの身元がばれるのはまずいだろう。

 食うに困った浮浪児だと話しておいた」

「良い判断だね。とても助かるよ」


ナギは心から安心した様子だった。

事件の解決について言っているのか、

コウタの身を案じているのか。

後者の可能性が高いかもしれない。

会って間もないが、言動の端々に人の好さがうかがえる。


こちらの情報はとりあえず出し切った。

あとは相手の情報次第。


「こちらの情報はそんなところだ。

 少なくともコウタの父親の工房から盗まれた可能性の高い品が、

 どういう経緯か街の商店で売られていた、というのは事実のようだ」


我ながら、街に着いたばかりで随分厄介そうな事件に巻き込まれたものだ。

首を突っ込んだともいえるが、関わった以上放っておくつもりはない。


「こちらの番、という事かな」


ナギは姿勢を正し、真剣な表情を見せる。


「念のため言っておくけれど、話を聞いた上で協力できないとなったら、

 すぐにでもこの街から出て行ってもらうよ。邪魔をされるわけにはいかないからね。

 当然その場合、実力行使も辞さない」


炎のような瞳で見据えながら言う。


「その代わり報酬は期待してもらっていいかな。

 協力してくれるなら話すけれど、

 私たちには雇い主がいて、この件の解決を依頼として請け負っているんだよ。

 協力者にも相応の見返りは約束できる」

「願ってもない。

 もともと勝手にやろうとしていたところだ」


一人でもやろうとしていたことに協力者が出来て、

しかも報酬まであるとなれば俺には断る理由が無い。


あとは何を考えているのかいまいちわからない彼女だ。


「スイはどうする?」


先ほどと同じ体勢で座り込んでいるスイに話を振ってみる。

ここまでは割と協力的な姿勢を見せてくれているが、

何が狙いなのか。

出会った直後のことなどを考えると、

人の情などで動く性格ではない気がするのだが。


「報酬が出るのなら問題ないです」


感情を伺わせない声でそう答えた。


報酬目当て。

現時点での人物像とは一致する答えだが、

しかし、そうなるとナギたちと出会う前の段階、

見返りなど期待できなかった時も協力的だった理由が分からない。

金の匂いを嗅ぎつけての事だったのだろうか?


「ふむぅ。どう思うかな、イワヲ?」

「・・自分は問題ない。

 窃盗事件解決の手際とその後の対応も見事。

 信用できると思う」

「だね。

 よし! ここからは一蓮托生だよ」


どうやら御眼鏡に適ったらしい。

ナギは胸の前でパチンと手を合わせると、


「ではこちらの情報開示かな。

 まず、事の起こりはおよそ一月前。

 私とイワヲはサクラ川の川門の街、タチバナ家直轄地であるヤナガワにいたんだ。

 そこで、ちょっとした縁でタチバナ家の覚えをいただけたんだよ」


そう語りだした。

それにしてもタチバナとは。


この国には王家の下に、四季家と呼ばれる、王家から特別な称号を授かった名門があり、

その4家がそれぞれ王国の東西南北に位置する庄を治めている。


タチバナ家はそのうちの、

ヒノエの称号を持ちアカの庄を治めているホムラ家、

すなわちヒノエ・ホムラ家、その直参の家臣に当たる。


この辺り一帯の領主であり、当然この街も領下だ。


思わぬ大物の登場という訳だ。


「まさか、タチバナ家直接の依頼、ということか?」

「話が早いね、そういうことだよ。

 このミハラで起こっている事件の調査、事実関係の確認、証拠集め、

 そして、できれば解決。

 それらを依頼されたんだ」

「だが話がおかしい。

 ここはタチバナ家領だ。

 領主が領内の問題を、しかもサムライ衆が関与していて、

 タチバナが関知していなかったのなら、ほとんど御家騒動だ。

 その解決をフロウに依頼するなど、身内の恥を晒すようなものではないか」

「そう思うよね。私も話を聞いた時は耳を疑ったよ」


ナギは乾いた笑いを浮かべる。


今回の事件にサムライ衆が関与しているのは、ほぼ間違いない。

積極的な関与か、ただ見逃しているだけの消極的関与かはまだ分からないが。


だと言うのにサムライ衆の頭であるタチバナ家が、

事態の収拾にわざわざフロウを頼るなど、普通なら考えられない。


「サムライ衆が暴走していても、タチバナ家が直接手を出しにくい事情がある?」

「正解だよ。

 現在タチバナ家の当主であられるシゲタネ・タチバナ様は齢14。

 先代当主ミチユキ様が、先の戦争でお亡くなりになったため、

 若くして家を継いだのだけれど」

「臣下を掌握しきれていない、か。無理もないな」

「そういうことみたいだね。

 シゲタネ様は大変聡明な方らしいけれど、話を聞くにまだまだ甘い。

 あ、これ不敬かな。

 それで、この街を治めるサムライ衆の頭、地頭は、先代の頃からの郎党であるダイゴ。

 今は家名を自称して、ダイゴ・ダイモンジと名乗っているみたいだね。

 先代の信が篤かったらしいダイゴは、当主と言ってもまだ若いシゲタネ様を軽く見ている。

 そしてシゲタネ様もそんなダイゴを、確たる証拠も無しに処断できない」


有りそうな話だ。

しかしその辺の事情は分かったが、この事件、

そもそも利害関係が見えてこない。

地頭が自らの街の窃盗や闇商人を見逃して、どんな得があるというのか。


「それで、確たる証拠と言うが、そもそもどういう事件なんだ?

 正直目的が見えない。

 サムライ衆の下っ端が金を握らされて悪行を見逃している、

 その程度の可能性も考えていたが、そうではない、と」

「うん。ちょっと長くなるけれど、まあ聞いてね」


そう前置きしてナギは語りだした。


「そもそも現在この街の地頭であるダイゴは、元々は腕利きのフロウだったらしいんだよ。

 それが先代領主ミチユキ様の目に留まり、郎党に加えられた。

 大体10年くらい前の事みたい。

 で、例の戦争が起こった時、ダイゴは留守役の一人だった。

 例の戦争については語るまでもないけれど、うん、まあ悲惨なものだったからね。

 領主ミチユキ様を筆頭に多くのサムライやサムライ衆が帰らぬ人となった。

 そして残った留守役の間で分担が行われ、ダイゴがこの街の地頭を任された。

 任されたというより、強引に奪った、みたいな感じだったらしいけれど。

 ただ、当時はひどく混乱していたから、特に問題にはならなかったみたいかな」


そこまでを一息に話す。

内容的にはよくある話だった。


およそ8年前に行われた、

トコヨ国と、西の大森林に住む各エルフ支族との間に起きた戦争。


経緯や結果なども含めて、今に至るまで各地に深刻な影響をもたらしているが、

その一つがこうした、人材の喪失である。


ナギが目線で続けていいかを確認するようにこちらを伺っていたので、一つ頷いてやる。

スイも同じようにしていた。


「そうした経緯で、8年前にミハラ地頭となったダイゴだけれど、

 当時はそれなりによくやっていたみたいだよ。

 混乱を治めるために直接指揮を執って、

 直属のサムライ衆を組織して強権的に騒動を治めたり、

 あと、目安箱なんかも設置したりね。

 一定の効果は出たみたいだよ。

 その後に彼が力を入れたのが、シロの庄からの難民の受け入れ。

 特に職人についてはかなり優遇して、積極的に集めたみたい。

 当時は戦争の影響もあったけれど、特にカノエ様の件があったから、

 シロの庄を出る人は結構多かったからね」


いつ聞いてもこの話題には平静でいられない。

だが、今は感傷に浸っていても仕方ない。


「ちょっと、大丈夫かな?

 怖い顔しているけれど・・・」

「ああ、大丈夫だ。すまない。

 あの戦争に思うところがある人間は多い。

 俺もその一人というだけだ」


ナギが心配そうにこちらを覗き込む。

やはり優しい娘だ。


「そう? じゃあ話を続けるね。

 そうしてしばらくは平穏が続いた。

 けれど、3年ほど前から街中に強盗集団が現れるようになったんだ。

 謎の覆面集団。

 どこからか現れて、獲物を襲った後は溶けるようにその姿を消してしまう。

 彼らは日夜問わずに活動していたらしいけど、

 いつまでたってもさっぱり捕まる気配がない。

 街の人は当然怯え、サムライ衆には陳情が後を絶たなかったみたいだけど、

 一向に動いてくれない。

 そうしてしばらくして、住民はあることに気が付いたんだ。

 狙われるのはどうやら移民。

 特に仕事が順調な職人が多いみたいだ、ってね」

「それが今回の事件、移民を狙った強盗集団か。

 そしてその裏にいるのが地頭のダイゴ。

 まさか最初からそれが狙いで移民を受け入れたのか?」


ナギの説明を受けて推測を口にするが、

自分で言っておいて何だが、随分と回りくどい上に効率も良くない。

やり方も雑だ。


「そんな回りくどいやり方、おかしいです。

 3年前に思いついて始めた、の方が納得できます」


黙って聞いていたスイが口をはさんできた。

同感だ。

そっちの方が納得できる。


「その辺の事情まではまだ分からないかな。

 ただ、サムライ衆の不可解な動きから見て、

 ダイゴが関与しているのはほぼ確定だよ。

 この街のサムライ衆は少しづつ入れ替えられて、

 今やすっかりダイゴの直属しかいないらしいし。

 ・・・はー疲れた。

 とりあえずこんなところかな?」


ナギが最後に大きく息を吐き、締めくくる。


「・・お疲れ様。すまない、任せてしまって」

「いいよ。役割分担だからね」


イワヲがナギを労う。

付き合いが長いのだろうか、いい関係を築けているようだ。

一人旅が長い身としては少し羨ましい。


「ここまでが事件のあらまし。

 聞いてもらった通り、こちらでもダイゴの目的は

 まだはっきりと見えていないんだ。

 移民を狙った強盗集団を組織し、奪った品を街で売りさばく。

 単純に考えれば売り上げの上前を撥ねているんだろうけど。

 うん。やっぱり割に合わない気がするよね」

「そうだな。地頭がわざわざ手を下すこととも思えない。

 まあ、目的が何かは分からなくても問題ない。

 証拠を押さえてタチバナ家に処断してもらえれば、事件は解決だ」


不可解な事件だが、解決するのに動機や目的を解明する必要はない。

地頭のダイゴが関与している証拠さえあればいい。


手段としては、強盗集団を追うか、盗品を捌いている闇商人を当たるか、

あるいは直接サムライ衆に踏み込むか。

手っ取り早いのはそんなところか。


「さて、今日のところはここまでにしておこうかな。

 日も落ちてしまったし、私たちは宿に戻るよ」


ナギがそう言いながら立ち上がり、大きく伸びをする。


「色々と助かった。

 明日はどうする? 朝から合流して動くか?」

「そうだね、もう少し話したいこともあるし。

 朝一事務所で合流しよう」


明日の予定を確認し、スイにも確認しようとしたところで、

いつのまにか立ち上がっていた彼女が先に口を開いた。


「あたしもそれで構いません」


先回りするようにそう言われた。

行動を読まれつつあるようだった。


「決まりだね。

 じゃあ明日もよろしく。おやすみなさい」

「・・世話になる。明日もよろしく」


ナギとイワヲが別れの言葉を残し去っていき、

部屋にはスイと二人きりになる。


さて一息つけるわけだが、空腹がそろそろ限界だ。

昼は食べ損ねたし手持ちの食料は無い。


仕方ないから外に食べに行くか。


立ち上がり、折角だからスイも誘おうとして彼女の方を振り向く。


「俺は食事に出ようと思うが、君はどうする?」

「お構いなく。あたしは体を拭いたら寝ますので」


言いながら彼女はすでに上半身を脱ぎだしていた。


相部屋を躊躇なく言い出してきたことから薄々感じていたが、

どうやら男女間のあれこれに対して無頓着な性質らしい。

あるいは俺が異性として見られていないだけか。


こちらもそれほど意識しているわけではないが、

さすがに目の前で肌を曝け出しているのを、まじまじと見ているのは気まずい。


「分かった。そういう事なら一人でゆっくり行ってくることにする。

 おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


視線を逸らしたまま挨拶を交わす。

どうも、衣擦れの音などから考えるに、この時点で既に全裸のようだ。


いくら何でも無頓着すぎる。

情操教育に失敗しているんじゃないか?


そんな事を考えながら部屋を後にする。


事件のことも重要だが、

彼女のことも、結局昼からずっと気に掛かっていた。


何故ここまで気にしてしまうのか。

異性として気になるという感じではない。

むしろもっと身近な・・・


その時ふと、

性格も顔も全く似ていない、

遠い日に過ぎ去った面影が頭に浮かぶ。


忘れ得ない想い出。


「重ねているのか。

 だとしたら馬鹿な話だ」


自嘲するように呟く。


昼の熱気が名残を惜しむように残る夜の通り。

そこから見上げた空には綺麗な満月が輝いていた。


-------------------------------


翌朝。


予定通りに事務所でナギたちと合流すると、

昼までを目途に、いったん二手に分かれての情報収集を行うことになった。


俺とイワヲは改めてコウタの父親に話を聞きに、

ナギとスイは盗品を扱っている商店の方を当たることに。

妙に張り切っているナギと、何やら不満そうなスイが印象的だった。


「・・コウタ君の父親が襲われたのが一月前。

 今までの例からすると、そろそろ次の襲撃があってもおかしくない」


道中、イワヲがそう話す。

昨日の様子から無口な男かと思っていたが、

二人きりになってみるとそうでもない。

良く喋るというほどではないにしろ、無口ということは無く、

返答まで妙に間が空くことがあるものの、

むしろ話しやすい相手だった。

同性ということもあるだろうが、スイとは比べるべくもない。


「そうか。襲撃犯を捕らえることが出来れば話が早くて助かる。

 何とか次に狙われる相手に目星を付けられるといいんだが」

「・・難しい。

 3年間の襲撃を調べたが、狙われる傾向は判明しなかった。

 大体1か月くらいの間隔で行われているということと、

 警戒してフロウを雇ったりした相手は避けているらしいことは

 分かったのだが」


1か月間隔で3年間ということは今までに大体30~40件ということか。

大した数字だが、それで未だ碌な証拠もないとは。


「雑な犯行だと思ったが、意外と慎重にやっているのか。

 警戒した相手は襲わないということは、街中に何らかの情報源。

 密偵の類を放っている可能性もある、か」

「・・ああ。それで自分達も街に着いて半月、慎重に動かざるを得なかった」


なるほど。

だとすると、動くときは一気に片付ける必要がありそうだ。

下手をすると証拠隠滅、最悪ダイゴに逃げられる可能性もある。


「慎重に、だが詰めの時には一息に片付ける必要があるな」

「・・そうだな。

 ・・・ところで唐突なんだが」


話がひと段落する頃合いを見計らっていたのか、

イワヲがそんな風に切り出す。


「なんだ?」


口に出すのを躊躇っている様子だったので、

こちらから水を向けてみる。


「・・シュウ殿。

 どこかで会ったことは、あ、いや、あるわけないのだが。

 なんというか、その」


どこかで聞いたような話だった。

しかし、自分で聞いておいて自分で否定するとは。

実際彼の言う通り、俺の方に心当たりは無い。

流石に彼ほど印象の強い人物を忘れることは無いだろう。


「すまないが、心当たりはない」

「・・いや、こちらこそすまない。

 余計なことを言ってしまった。自分の勘違いだ。

 忘れてくれ、シュウ殿」


少し混乱した様子だったが持ち直したようだ。

これまでより若干早口で自らの発言を取り消す。


「気にするな。それと敬称もいらない。

 シュウでいい」

「・・・・・シュウ。

 分かった、ありがとう」


ふむ、良く分からないやり取りだったが、

結果的に随分打ち解けられたように思う。

俺としては珍しく、彼のひととなりに興味がわいてきた。


「ナギとは長いのか?」

「・・いや、一月前までヤナガワにいたと話しただろう?

 彼女とはそこで出会った。まだそう長い付き合いとは言えない」

「そうだったのか。それにしては上手くやれているみたいだ」

「・・そうか。

 自分はずっと一人旅だったから、仲間がいるというのは中々慣れない。

 だからそう見えていたならほとんどナギのおかげだろうが、

 それでも嬉しいものだ」


意外な答えだった。もっと長い付き合いかと思っていたが。

それにしても仲間か。

俺も旅に出てからずっと一人で、依頼でたまたま他のフロウと同行することはあっても

長い期間誰かと一緒にいることは無かった。


あるいは共に旅をする誰かがいれば、何かが違っていたのだろうか?

当てのない旅だ。

進展も手掛かりもない。

そろそろ俺も、意味も無くこだわることを止める時期なのかもしれない。


「・・シュウはずっと一人なのか?」


考え込んでいた俺に今度はイワヲから聞いてきた。


「ああ。フロウになって旅を始めてからはずっとだな。

 もう8年になる」

「・・8年、か」


イワヲが俺の言葉を繰り返す。

その響きには何か伺い知れぬ思いが込められているように感じられた。

彼も8年前の戦争で何かあったのかもしれない。


いや、彼も、というのは正確じゃないか。


そんな風に考えながら、

工房に向かう道中、人気のない狭い路地に差し掛かった時だ。


「よう、兄ちゃんたち。ここは通行止めだぜ」


紋切り型の言葉と主に俺たちの行く手を塞ぐ三人。

いや、背後からもう二人の総勢五人。

全員がその手に短刀や槍など、何かしらの武器を手にしている。


誰も彼も粗末な格好で、絵にかいたようなゴロツキだが、

まさか無軌道にここに現れたわけではないだろう。


俺がどう見えるか分からないが、

少なくともイワヲは見るからに腕の立ちそうな風体。

そこらの有象無象が獲物に選ぶには荷が勝ちそうな相手だ。


「どう思う?」

「・・分からない。昨日の今日だとしたら動きが早すぎる。

 自分達が前から目を付けられていたのかもしれない」

「まさか本当にただの集り強請りではないだろうしな」

「・・そこまで愚か者とは思えない。

 だが、これは好機だ」


「おい! 無視してんじゃねえぞ!!」


連中を無視してイワヲと対応を検討していると、

彼らの一人が痺れを切らして激昂する。


丁度いい。

こちらとしても対応は決まった。


「悪い。

 ちょっと待ってくれ」

「ああ? 何が」


前方から現れた三人の先頭にいた一人、

短刀を手にした男に話しかけながら手を前に広げて見せる。

男が狙い通り広げた手に視線を向けたのを確認すると、

次の瞬間、手の位置はそのままに身を低くして踏み込む。


男は何か言いかけていたが、遅い。

勢いそのままに広げていた方とは別の腕で、男の鳩尾に肘を撃つ。


「利用されているだけだろうが、折角の手がかりだ。

 絶対に逃がさん」


不意を突いた一撃に先頭の男は崩れ落ちた。

だが、残り二人。

虚を突いたままに続けて制圧できるかと思ったが、

想定以上に練度の高い連中のようだ。

取り乱す様子も無く、すでに体勢を整えこちらを迎撃すべく武器を構えている。


まさか、フロウか?

だが、やることは変わらない。


右側の男は槍、左側の男は先頭の男と同じく短刀。

先に動いたのは槍の男。

素手の間合いの遥か外から放たれる鋭い突き。

紙一重で躱し、そのまま前に出ようとした俺を、短刀の男が牽制してくる。


連携も取れている。

先に一人倒せたのは幸運だった。


後ろに跳び一旦距離を取り、すかさず前傾姿勢。

右手で背中の幅広剣を握りながら、左手で鞘と帯を固定している留め金を外す。


そして剣を抜き様に一閃。


「ふっ!」


槍の男が次の攻撃に移る前、不用意に構えていた槍の穂先を狙い、

短く息を吐きながら片手で力任せに振り下ろす。

狙いは違わず剣先が穂先を捉え、相手の槍を打ち落とす。


「っ! 馬鹿な!!?」


俺が一旦引いたのを見て油断したのか、握りが浅かったのだろう。

槍を握りなおす間もなく叩き落された男が、驚愕の叫びを上げる。


とはいえこちらも片手で振り切った剣の勢いを抑えられるはずもなく、

槍を打ち落とした勢いもそのままに、剣は甲高い音を立てて石畳に撥ねる。

手首を返し、剣先が撥ねる勢いを受け流して柄を手放すと、

剣はそのまま回転しながら宙に舞った。


槍の男は槍を手落とされ、思わず一歩退く体勢に移っている。

そして短刀の男はまだ何が起こったのか、どうするべきか判断できていない。


好機だ。


男がこちらに突き出すようにしていた短刀を持つ手。

それを掴んで引き寄せつつ顎先を狙って掌底。

綺麗に決まった。

相手は白目を向き、膝から崩れ落ちる。

それを見届けもせず、

回転しながら舞っていた剣の柄を掴みなおし、今度は槍の男に向かって、

両手で振り抜いた。


どぅっと、重い音と共に、剣の腹が槍の男の胴体にめり込み、


「がっ・・」


息を吐き出された男が倒れこんだ。


大立ち回り。

とはいえ時間にして1分にも満たない立ち合いだったが、

何とか片が付いた。


後ろを振り返ると、イワヲの方も丁度終わったところだった。

相手は大槌を持った男と、両手に打撃用らしき籠手を身に着けた男。

対してイワヲは特に武器を手にしていない。


素手で二人とも制圧したのだろうか?


気にはなったが、今は先にやることがある。

痛みで身動き取れない者、意識を落とした者といるが、

そう長く動きを止めている訳ではないだろう。

今のうちに拘束する必要がある。


「さて、手早く済ませよう」


俺は腰に固定した小さめの鞄から縄を取り出す。

拘束用に持ち歩いているもので、そこそこの長さに切り揃えられている。

組合所属のフロウは仕事柄使う機会も多い。

捕縛術はある種の必須技能だ。


「・・ああ」


イワヲも同じように縄を取り出し、足元に倒れていた二人を縛り上げる。


俺の方も三人を順に捕縛する。

短刀の二人は落ちていたが、槍の男は意識を保っていたようで、

呻きつつこちらを睨みつけてきたが、抵抗する力は無いようだった。

彼の突きは見事な冴えだったし、

胴体への打撃に対し、体を一瞬浮かせることで

衝撃を軽減させた判断も良かった。


こいつが連中の頭なのかもしれない。

だとしたら都合がいい。


捕縛を終えた三人と二人を路地の壁際に集める。


「こちらが聞きたいことは分かっているな?」


こちらの情報は一旦出さずに誘導尋問めいた形で質問する。


「・・はぁ、はぁ。く、っくく。俺たちが・・こうも、容易くやられる、とは」


槍の男が息も絶え絶えながらも、笑いながら答える。

随分と持ち直したようで、次第に息も整ってきた。

その不敵さ、随分と修羅場慣れした様子だ。


「はぁ。参ったぜ。小遣い稼ぎくらいのつもりで来てみれば、とんでもねえ。

 わざわざこんな格好までして出張ってこれじゃ、俺も潮時かね」

「やはりフロウか」


ほとんど確信して尋ねると、相手は頷いて見せた。


「そうさ、雇われ者だよ。とは言えここまでだ。

 何を聞きてえのかは分かるが、こっちにも守秘義務ってもんがある。

 殺されたって言わねえ。

 とは言わないが、そっちもそこまでする気はねえんだろ?」


見透かしたように笑う。

確かにその通り。

雇われただけの、今や無抵抗の相手を殺したりはしない。

尋問・拷問も趣味ではない。

いざとなれば吝かではないが、今はその時でもない。


さて、どうしたものか。

ただのゴロツキなら口を割らせるも容易かっただろうが、

一端のフロウとなると難しい。

彼らは報酬目当てで動くものが多いが、

基本的に雇い主を裏切ることは無い。

信用こそが何より大事だと、大半の者が身に染みているからだ。


とはいえ、見逃すわけにもいかない。

雇い主は十中八九ダイゴだろうが、

誰であれこちらの情報を知られるのは面白くない。


「・・埋めよう」


その時、低い声が路地に響いた。

確認するまでもなく発言者はイワヲなのだが、

なんと?

埋める?

なにを?

誰を?

なぜ?


問う間もなく彼は5人をヒョイヒョイっと担ぐ(!)と、

路地を進む。


「うおっ、このデカブツ! 何しやがる!?」


槍の男が喚くが一顧だにしない。


呆気にとられつつイワヲの後に続き、

街の外れの方に向かって歩くことしばし、たどり着いたのは街の外郭沿い。

魔獣除けの塀がそびえる、そのすぐ脇だった。


人が通りかかるような場所ではなく、

舗装もされていないむき出しの地面に5人を転がすと、

イワヲは塀のほぼ真下に立つ。


どうするつもりかと眺めていると、彼は拳を振りかぶり、

地面に向けて思い切りそれを振り下ろした。


「えぇい!!」


掛け声とともに振り下ろされた拳が地面に触れ、

ゴッという衝撃音と共に、勢いよく土煙が舞う。


捕らわれた5人、槍の男以外も目を覚ましており、

5人全員が思わず目を瞑る。

俺も、手で目をかばいつつ様子を伺う。


やがて煙が晴れると、彼が拳を振り下ろした地面には

円形の穴がぽっかりと口を開けていた。


「なっ・・・」


捕らわれた男たちに俺も含めた6人全員が唖然とする。

当然だ。

どんな手品だというのか。


近づいて見ると穴は結構深く、

その大きさは丁度人1人が収まりそうな・・・


ん?

人1人が?


まさかと思う間にも、イワヲは同じように穴を続けて4つ、

合計5つの穴が塀に沿うように等間隔で開けられる。


そのころには捕らわれの5人も状況を察したようで、

その顔色は哀れなほど青くなっていた。


「おい、あんた」

「なんだ」


槍の男が声を掛けてくる。

分かる。

言いたいことは分かる。


「止めさせてくれ」

「・・・すまん」


すまない。

残念ながら俺も正直、ちょうどいい策だと思ってしまった。


絶望的な顔をしながらも、

彼らは縛られた四肢を暴れさせて精一杯の抵抗を示すが、

イワヲの膂力の前には余りに無力だ。


喚きながらも順に穴に収められていく5人。


そして程なく、地面から生首が5つ生えた異常な光景が完成するのだった。


「・・殺すのは気が進まない、逃がすわけにもいかない。

 事が終わるまでここで大人しくしていてくれ」


やり遂げたイワヲがどこか満足げに言う。


はっきり言って普通に拷問だ。

そして放置すればそう長く持たないだろう。


だが、ここはあえてイワヲに同調した振りをする。


「ではな。一応毎日様子は見に来るから心配するな」

「待て待て、死ぬわ!」


穴に埋めるときに騒ぐので、槍の男以外は猿轡を噛ませてある。

そして事ここに至っては、さすがに槍の男も騒ぎ出した。


「そうなったら後味悪いが、こちらの命を狙ったんだ。

 お互い様だろう。

 さて、騒いで人を呼ばれても困る。

 あんたもこれを噛んでてもらおうか」


そう返して布を手に近寄る。

男は何事か逡巡している様子で慄いており、

案外もう一押しで折れるかもしれない。

そうなったら儲けものなのだが。


「待てって!

 ・・分かった。この件からは手を引く。

 雇い主にも報告しない。この街から出ていく。

 それで手打ちにしてくれないか?」

「悪いが信用できない。

 馬鹿みたいな手段をとったが、こちらも遊びじゃないんだ」


努めて冷酷な声で言い放つ。

後ろでイワヲが、馬鹿みたい・・、となにやら呟いていたが、無視する。


俺が本気であると感じたのか、

槍の男は歯ぎしりをする。


「・・・待ってくれ。

 俺たちの雇い主は、ダイゴだ」


血を吐くように苦し気に、彼は言った。

それは半ば予想できた答えだったが、それを口にしたということは、

つまりそういうことだろう。


「依頼を受けたのはいつだ?」

「今朝だ。経緯は知らねえが、タレコミがあったんだろう。いつものことさ」


こちらの質問に彼は素直に答えた。

滅茶苦茶なやり方だったが結果的にうまく心を折れた様子。


やはり街中に情報源があるらしい。

どこかで話を聞かれていたようだ。

そして、いつものこと、だと?


「どういうことだ? ダイゴの依頼を受けるのは今回が初めてではないのか?」

「ああ。

 お前ら、”強盗集団”のことを調べてるんだろ?」


槍の男のその言葉で腑に落ちた。

これは望外の収穫と言える。


「つまり、お前たちが、ということか」

「ま、そういう訳だ。

 おい、それより長くなりそうだから、先に出しちゃくれないか。

 体が冷えちまうぜ」


ここまで話してしまえば、彼らがダイゴのもとに戻ることもできないだろう。

イワヲに目配せし、二人で順番に男たちを穴から掘りだす。


とは言え、さすがにまだ戒めはそのままにしておいた。


「ふぅ、助かったぜ。死ぬかと思った。

 さて、話の続きと行くか」

「随分協力的になったな」


槍の男、カンジと名乗った彼は打って変わって協力的だ。

何かの企み、罠だろうか。


「ま、こんな事がいつまでも上手く行く訳ねえ。

 御仕舞はこんなもんだろうよ」

「それが分かっていて、なぜダイゴの依頼を受けていたのだ?」


諦めたような、安心したような様子で言うカンジに問う。

今までのやり取りから考えても、芯から無法という訳ではなさそうだし、

道理も弁えている。

今回のような事件に関わる人間には見えない。


「ダイゴは、奴がフロウだった頃からの付き合いで、

 その頃は俺たちの兄貴分だった。

 随分と面倒も見てもらったもんだ。

 気性が荒いところはあったが、悪人って事は無かった。

 だから旦那、奴がタチバナの家に召し上げられたときは、

 そりゃあ俺たちも喜んだもんさ。

 で、サムライ衆になった奴とは、

 俺たちがこの街に立ち寄る度に依頼を受けたりって、

 そんな関係が続いていたんだが、

 ある時、妙な依頼をしてきやがって。

 それが・・・」

「それが例の強盗事件、か」


言い淀むカンジに確認すると、彼は頷いて見せた。


「妙な依頼だったが、相手は不正に私腹を肥やしてる連中だっていうし、

 あくまで金目のモノを奪ってくればいいって話だった。

 義賊みたいなもんだってな。

 今思うと、馬鹿な話だ。

 気付いた時にはもうずぶずぶの関係で、抜け出すこともできねえ」


自嘲気味に力なく語る。


「ダイゴの目的はなんだ?」

「さぁな。聞いてみたことはあるが、はぐらかされちまった」


目的は分からず、か。

彼らの証言があればタチバナも動けるだろうが、

少し弱いかもしれない。

被害者の証言と照らし合わせて、強盗事件の犯人としての断定はできるだろうが、

ダイゴからの依頼で動いていた、という部分の証拠は恐らく出てこないだろう。


何らかの物的証拠があれば取っ掛かりになるのだが。


「盗んだ品は直接捌くのか?」

「いや。

 俺たちの仕事は街の外にある隠れ家に運び込むまでだ。

 その後、どの品をどう捌くかはダイゴが決めてる」


なるほど。

少なくとも強盗事件の証拠は十分だ。

後はダイゴとの繋がりを証明できれば万事解決だが。


「場所は?

 ダイゴはその隠れ家に足を運ぶことはあるのか?」

「西の森だ。西門から出て真っすぐ西。

 森に入れば直ぐに一本だけアオの庄の木が見つかるはずだ。

 幹の白いヤツ。その根元に”目印”がある。

 ただし常に”逆”だって事を憶えとけ。

 ダイゴがいつ行くかは知らねえが、

 定期的に顔を出しているのは間違いねえ。

 尤も、こうなっちまった以上、

 あそこは放棄されるかもしれねえがな」


縄で縛られたままの腕を掲げて見せる。

確かに彼らが帰らないとあれば、尻尾を掴まれる可能性を考慮して

そこにはもう近寄らないかも知れない。


ふむ、どうしたものか。


思案していると、捕まった5人が何やら小声で相談事を始めた。

見守っていると間もなく相談は終わったようで、互いに頷きあう。


「なぁ、取引をしねえか?」

「取引?」


聞き返しはしたが大体予想はつく。


「ああ、俺たちが受けた依頼は、

 例の工房に向かう連中がいたら痛めつけてやれ、ってだけだ。

 つまり、そもそもそんな連中がいなけりゃ何も起きない」

「ダイゴに偽の報告をする、と?

 だが街中には密偵か何か、奴の手の者がいるのだろう。

 すぐにばれてしまうのではないか?」

「いや。確かに何らかの情報源はあるようだが、

 密偵なんて御大層なもんじゃねえはずだ。

 ダイゴが手にしてる情報は不正確なことも多いし、ムラがある。

 今回だって、向かう連中がいたら、なんて具合だしな」


なるほど。

それが本当なら有効かもしれない。


「それで時間が稼げる。

 あとは隠れ家を張ってダイゴを待つ、か。

 気の長い話になりそうだが止むを得んか」

「そういうことだが、

 そう長く待つ必要はないかもしれねえぜ?」


カンジが言う。

どういうことかと続きの言葉を待つが、

彼はその先を言うのを躊躇っている様子だ。


「どうした?」

「ああ、いや。

 言いにくいんだが、実はな。

 俺たちゃ昨日も仕事をしてんだよ」

「仕事だと? まさか強盗を?」

「ま、そういうことだ。北東の外れの工房を狙ってな。

 まだあまり噂にはなってねえみたいだが」

「呆れたな。連日ご苦労なことだ」

「まあそう言うな。

 もちろん誰も傷つけちゃいねえ、平和的な強盗さ」


そんなものがあるか。


だがまあ、彼らの技量で素人相手なら、傷つけずに無害化することは可能だろう。

彼らにも良心の葛藤があったのかもしれない。

実際、コウタの父親も特に傷を負ったという話はしていなかった。


「当然盗品は昨日のうちに隠れ家に運び込んである。

 本当なら、その時に異常がなかったかどうかをダイゴに報告するんだが、

 今回は、おっしゃる通り見ての通り、連日ご苦労してる。

 つまりまだ報告してねえ。

 だから、この仕事の事と一緒にそれも報告するのさ。

 ”どうも盗品が妙に少ねえ気がする”ってな」


そう言ってカンジはにやりと笑う。

頭の回る男だ。

さすが、伊達に長くフロウをやっていない、という訳か。


「だがダイゴが直接確認するとも限らんのではないか?」

「いいや、昔はそうでもなかったが、今の奴は猜疑心がやたら強い。

 古い付き合いの俺らや、一部のサムライ衆は例外として、

 基本的には他人を信じねえから、自分で確認したがるはずだ。

 それにそもそも、

 盗品の在庫はダイゴしか把握してねぇ」

「後は確認に来たダイゴを俺たちで抑える、か」


いい作戦だと思う。

俺たちが街から姿を消して隠れ家を張っていれば、

強盗事件を探っている連中はいなかったという、

カンジたちの報告もある意味事実になる。


「なるほど、悪くない。

 だが、そこまで協力して見返りは何を求める?」


ここまでの協力だ。

貢献としては十分ではあるが、過去の強盗事件は相当数に上る。

相殺して無罪放免とはいかないだろう。

連中もそれは分かっているはず。


「ま、減刑と情状酌量は期待してるがね。

 けどそんなことより、正直今のダイゴは見てらんねぇんだ。

 いつも何かに怯えるみたいに人を疑ってよ。

 楽にしてやりてぇんだ。

 昔世話になったせめてもの恩返しにな」


そう言うカンジの言葉には真実があったように思う。

他の4人も同様に覚悟を決めた目をしている。


「だから、まあ無理にとは言わねえが、ダイゴの事も頼む。

 出来れば命を取らずに済ませてやってくれ」


そう言って頭を下げる。


「状況次第だから約束はできないが、確かに承った。

 俺のできる範囲で力を尽くそう」

「・・・すまねぇ」


話はついた。

となれば善は急げ。

俺とイワヲで彼らの縄を解くと、簡単に打ち合わせをして別れる。


「・・信用していいのか?」


彼らと別れ、ナギたちとの待ち合わせの場所に向かう途中、

イワヲがそう切り出してきた。

彼らの言葉を全面的に信用した形になるのだから、

不安になるのは当然だろう。


もともとナギとイワヲが進めていた案件だ。

横入りした俺が勝手に話を進めてしまった申し訳なさはあるが、


「大丈夫だ。実は一つ仕掛けをしておいた。

 彼らの動向は監視できる」

「・・なんと」


手は打ってある。

信用はしたが、保険は掛ける。

長くフロウ生活をしていると手管を弄する事ばかり

上手くなってうんざりするが、身の安全のためだ。


「猜疑心が強くなって人を信じない。

 まったく、碌でもないな」


呟く。

イワヲは聞こえたか聞こえなかったか、何も言わなかった。


空の太陽はそろそろ中天。

事態はここからあっという間に動く。

そんな予感がした。


-------------------------------


ナギたちとの待ち合わせ場所は、

ナギとイワヲが行きつけにしている食堂だった。


イワヲの案内で辿り着いた店内は昼時とあって混み合っていたが、

先に着いていたナギとスイが席を確保してくれていたため、

すぐに腰を落ち着けることが出来た。


席には二人前の食事がすでに提供されており、

ナギがその体に見合わぬ健啖ぶりを発揮していたが、

スイはまだ手を付けていない様子だった。


「遅くなったようだ。スイも食べていてくれて良かったのだが」


4人掛けの席の空いていたところに座りながら声を掛ける。

と、スイはこちらにちらりと目を向けると首を振る。


「あたしはお腹が空いていませんので」

「? 二人分あるようだが?」


疑問を口にする。

机の上には確かに二人前くらいの食事が湯気を立てている。

だが言われてみれば配置がおかしい。

スイの前には水が入った木杯だけがあり、

その他の食事はすべて、ナギの手が届きやすいような置き方である。


まさかと思いながらナギを見ると、彼女は眼を逸らす。


「・・・私の分だよ」


ナギの声は店内の喧騒にかき消されそうな小さい呟きだったが、

不思議と一音漏らさず耳に届いた。


何となく気まずい空気が流れる。


「すまない。早とちりだったな。

 だが恥ずかしがる必要はない。健啖なのは良いことだ」

「うぅ、うるせいやい! いいんだよ、そんなこと!」


ごまかすように水を煽り、木杯をドンっと勢いよく机に置く。


「とにかく! スイちゃんは食欲がないみたいだけど、あなた達はそうじゃないよね。

 ここで例の話はできないし、腹が減っては何とやら。

 まずは食べよう」


そう言いながら、ナギは大きく手を上げて給仕を呼ぶ。

そうして間もなくやってきた給仕に、俺とイワヲはそれぞれ注文をする。

俺はナギと同じものを一人前。

イワヲは小麦の練り餅を一皿頼んでいた。体の割に随分少食だ。


「ここの焼き魚は絶品だよ。保証できる」


開き直ったのか再び健啖ぶりを発揮するナギ。


「それは楽しみだ。

 スイは調子でも悪いのか?」


ナギに対してスイは、たまに水を少しづつ飲んでいる程度だった。

少し心配になって聞いてみる。


思い返せば昨日も、少なくとも俺と一緒の時は何も食べていないし、

朝もそうだ。

体調が悪いのではないかと勘繰るが。


「いいえ、大丈夫です。

 あたしはあまり食べなくても平気な体質ですので」


特に意に介した様子もなくそう返された。

顔色が悪いということも無いようなので、それ以上は気にしないことにする。


「詳しいことは後で聞くけれど、どうかな。

 何か進展はあった?」

「ちなみにナギはダメでした」

「スイちゃん・・・」


ナギが件の焼き魚を突っつきながら言うやいなや、

間髪入れずにスイが付け足す。

自分を勘定に入れず、ナギだけの責任のような言い方に、

流石のナギも落ち込んだ様子だ。

というか、その言い方だとナギがダメみたいだ。


「こっちは上々だ。期待していてくれ」


上々どころか、進めすぎた嫌いまである。


とにかく今は飯だ。

何せこれから・・・


そうだった。

これからの展開を思えば、しばらくはまともな食事にありつけない可能性がある。

イワヲは承知しているはずだからいいが、

ナギとスイにはそれとなく伝えておかなくてはならない。


「その件で、もしかしたらしばらく食に不自由する事になるかもしれない。

 そのことを考慮しておいてくれ」

「!?」

「そうですか」


二人の反応は対称的だった。

ナギは米を食べようとしたそのままの姿勢で驚愕と共に固まり、

スイは淡白に返しただけ。

食へのこだわりの度合いが如実に表れたものだろう。


「そ、そうなんだね。大丈夫、大丈夫。一食や二食くらいなら」

「いや、そう長くかからないと思うが、最悪1週間以上の可能性もある」

「!!?」


その時のナギの表情はなんと言い表せばいいか。

絶望を題材に絵を描けと画家が言われれば、

こういう顔の人間を描くのかもしれないと思わせるほどの、

見事な絶望が現れていた。


いやしかし1週間程度でいちいちそんな反応をしていたら、

普段街から街へ移動するときはどうしているのだ。


馬で速駆けでもしない限り、

街から街への移動は一番近い街同士でも

1週間以上掛かることはざらで、

彼女たちが前にいたというヤナガワも、

この街から歩けば10日くらいはかかる。


まさか毎度そんな悲壮な覚悟で旅をしているのか?


イワヲの方を見ると、彼は黙って首を振る。

その表情にはありありと諦観が現れていた。


そうか、大変だったんだな・・・


誰かと旅をするというのは、

一人旅にはない思わぬ苦労があるものなんだな、としみじみ思う。


そうこうしている間に俺とイワヲの分の食事も運ばれてきたため、

その後はしばらくはぽつぽつと話しながらも、食べることに集中し、

そして全員が箸を置き間もなく、食堂を後にした。


「それで、どうだったのかな?

 さっきスイちゃんが言った通り、こっちはダメだよ。

 報告できるような情報は何もなし」


歩きながらナギが聞いてくる。

俺とナギが並んで歩き、後ろをスイとイワヲがついてくる状態。

何となくこの並びが定着しそうな気がする。


「ああ。詳しくは後で話すが、とにかくしばらくは野営が必要だ。

 一旦解散して、準備を整えたら西門集合でどうだ?」

「西門? ふぅん。大分確度が高い情報なのかな?

 分かった、私はそれでいいよ」


ナギが立ち止まるのに合わせて、俺たちも一旦立ち止まり向き合う。


「急いだ方がよさそうだね」


言いながらナギがイワヲと目を合わせると、イワヲが頷いて見せる。

じゃ、また後でね。と言い残し、

軽く手を振りながらナギとイワヲは連れ立って北通りの方へ向かった。

話が早くて助かる。

もうちょっと説明を求めらえると思ったが、

イワヲが納得しているからだろうか、素直に従ってくれた。


「スイもいいか?」


残ったスイに確認する。

中々積極的に意思表示をしないので、

こちらから適宜確認する必要がある。


「はい、構いませんが、西門からどこへ?」

「西の森だ。そこに拠点があるらしい。

 詳しくはまた後で話すが」

「いえ、別に結構です。これから宿ですか?」

「ああ、そのつもりだ。

 どれくらい掛かるか分からんから、一旦宿を引き払うつもりでいる。

 スイはどうする?」


宿代も無駄になるし、そういた方がいいだろう。

イワヲとも話したので、ナギたちもそうするはずだ。

とは言え、どうするかは個人の自由だ。

これも確認してみる。


「はい、あたしもそうします。

 ただ、少し用事があるので先に戻ってください。

 宿は後であたしが手続きしておきますので、

 西門で合流です」

「ああ、分かった」


一瞬、用事とやらを聞き出そうかとも思ったが止まり、

素直に提案に従う。

どうせ今回の仕事の間だけの付き合い、

そこまで干渉することは無いだろう。


では、と綺麗にお辞儀をしてスイは去っていった。


何か違和感を感じる。


彼女は常に敬語で丁寧な風を装っているが、

言葉や態度から敬意のようなものを感じたことは無い。

上っ面だけ、とは言葉が厳しすぎるが、

恐らく実際に面倒事を避けるためだけに身に着けた言葉遣いなのだろう。


だが、今のお辞儀からは常とは違う何らかの思い、

意志のようなものを感じた。

それが何かは分からないが。


去っていく彼女の背中に後ろ髪引かれる思いを感じつつ、

俺は宿へ向かう。


今は慌ただしいが、この事件が終われば少しは落ち着ける。

そうしたら、彼女と改めて話してみるのもいいかもしれない。


そんな風に思いながら。



宿から荷を引き上げて受付の女性に簡単に挨拶をした後、西通りへ向かい、

その道中、カンジに仕込んでおいた保険について思い出した。


折良く一人にもなれたし丁度いい頃合いだ。

歩きながらになるが確認することにすると、

鞄から、手首周り程度の長さの紐輪で吊ってある銀色の金属を取り出す。


四角錐で銀色のそれは、元は正八面体の鋳塊を半分に割ったもの。

その片割れはカンジにこっそり握らせた。

察しの良いあの男なら、用途と意図は分からないまでも

持っていてくれるはずだ。


俺は左手の手の平にその金属を乗せ、右手で覆い力を籠める。

そうした後、金属を吊ってある紐輪を右手の指に通して落ちないようにしてから、

そのまま右耳に当てる。


『・・・では工房を探っている輩などいなかった、と?』


男の声が聞こえてくる。

通りの雑踏から聞こえるのではなく、

それは確かに右耳に当てた金属から聞こえた。


五行の金術の中でも特殊な術法を込めた金属。

一対の四角錐で一組となる霊具であり、互いの音を伝える効果がある。

その名も交信錐。


頃合いは今まさにといった所だった。


『ああ、朝から張ってたが誰も尋ねやしなかったぜ』

『ふん、まあいい。

 で、昨日の報告もまだのはずだが?』

『急かすな、今話そうと思ってたんだからよ』


一方はカンジ、

内容からしてこの相手がダイゴだろうか。

雇い主と雇われ者という関係とは思えない気安さがある。

古馴染みというのは本当のようだ。


『こっちは問題ありだぜ。

 ああいや、仕事自体は問題ない。いつも通り上手くやったよ。

 そうじゃなくて”倉庫”の方がな』

『何?』

『いや、分かんねぇんだが、在庫が妙に少ねえ気がしてな。

 今回はそんなに沢山流したのか?』

『なんだと・・・

 馬鹿な、警備は何か言っていたか?』

『いいや?

 いつも通り暢気なもんだったぜ』

『ちっ、間抜けどもが』

『どうする? 在庫の一覧でもあれば、俺らが確認してきてやってもいいぜ。

 もちろん依頼としてな』

『・・・いや、それには及ばん。儂が直接確認する』

『へぇ、そいつはご苦労なこった。

 すぐ行くのかい?』

『儂は地頭だぞ? そこまで暇ではない。

 とは言え事が事だ。明日には向かえるよう調整せねばなるまい』

『そうかい。まあせいぜい気を付けな。

 じゃ、俺らは行くぜ。また頼みがあれば呼びな』

『ああ。

 ・・・いいか、努々忘れるな。我らは』

『一蓮托生、だろ。

 分かってるよ。心配しなくてもあんたが倒れる時は、一緒に倒れてやるよ』

『ふん、くだらん。

 貴様らは余計なことは考えず儂に従っておればよい』

『・・そうかい。じゃあ今度こそ行くぜ。

 ・・・あばよ』


それで会話は終わったようだ。

どこかを歩くような気配が伝わってくるだけで、

特に話し声は聞こえない。

丁度交信錐も霊力が切れたため、それっきり音は聞こえなくなった。


カンジ達は打ち合わせた通りにやってくれた。

複雑な感情がありそうだが、

ダイゴを止めたいというのは本当だったらしい。


一方のダイゴ。

確かに猜疑心が強い性格らしい。

カンジ達の事も信用はしているが信頼はしていない。

そういう雰囲気である。


何はともあれ、ダイゴが隠れ家に向かう日にちまで分かったのは僥倖だ。

カンジの言葉は、俺の盗聴を察したわけでは無いだろうが、

情報を引き出しておけば何か役に立つかもしれないと考えたのだろう。

そういうやり口は正に熟練のフロウと言える。


交信錐を鞄に仕舞うと頭を切り替え、

張り込みの準備を続けることにする。


思ったよりも早く決着は着きそうだが、何が起こるかは分からない。

準備は万全にしておくべきだろう。


基本的な道具はいつもの旅で使っているもので十分だろう。

その他の補充しなければならない物を頭の中で組み立てながら、

昼の西通りを西門へ向かった。

初めまして。まずは読んでいただき、ありがとうございます!


感想・評価などお待ちしていますので、少しでも思うところがあった方は

是非ともよろしくお願いいたします。


また、世界観や用語など、分かりにくいとのお声が一定数あるようでしたら

その辺の解説なんかも掲載しようかと思っております。

もしご要望があればお寄せください。


至らぬ点が多々あるかと思いますが、完結まで続けていけたらと考えていますので、

何卒長い目で見守っていただければ幸いです。

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