移動ついでの自己紹介
事務所で張っていた結果、首尾よく例の事件の当事者と接触できた。
それも事情を知ったうえで解決しようという気概のある人物。
更に更に、例のあの子まで一緒だった。
これはもう僥倖と言って差し支えない。
とにかく、詳しい話をするなら余人に聞かれるわけにはいかない。
場所を移すことにして、総勢4名になった一行で事務所を出る。
時間は夕刻。
とはいえ初夏に差し掛かろうという時節。
空はまだまだ青色で通りの賑わいも衰えを見せていない。
「それでどこで話そうかな。私たちの宿でもいいけれど、ちょっと遠くて。
君たちの宿がこの近くだと助かるんだけれど」
知っている。
私は例のあの子の宿が、比較的ここから近いということを知っている。
フロウには事務所の近くに宿を構えたいタイプと、遠くに宿を構えたいタイプがいる。
それぞれメリットとデメリットがあって、特にこだわらない人間もいるけど、
私たちは後者、彼女は前者みたいだ。
ここは彼女の生活空間に踏み入る絶好のチャンス。
「それについてだが、俺は今日着いたばかりでまだ宿を確保できていない。
ついでと言っては何だが、心当たりがあれば紹介してほしい」
黒髪の彼がそんなことを言いだしてしまった。
なんてこと。
いや、仕方ない。
彼に非があることじゃない。
「そうだったんだね。あ、ところでまだ名前も聞いてなかったよ。
私はナギ。フロウで、火術者だよ」
丁度いいので自己紹介。
いつも通りに、さりげなく術者であることもアピール。
「俺はシュウ。・・・彼女はスイ。こちらも見ての通りフロウだ」
黒髪の彼がそう返す。
興味なさそうにしている例のあの子、スイというのか。
彼女が自ら話す気配がなかったため、彼、シュウ君が代わりに紹介してくれた。
残念。
彼女から直接聞きたかった。
「自分はイワヲという。よろしく」
イワヲも自己紹介を済ませる。
それにしても、彼らは見ての通りなんて自称したけど、
割と特徴的、というか普通じゃない。
いや、服装なんかは普通のフロウだけど、
黒髪のシュウ君は背中にブロードソードを背負い、腰に大小・・いや大大?
とにかく2本差している。
つまり計3本。
万が一にそなえ武器を複数持ち歩くフロウはいるけど、
彼の出で立ちはそんな人たちと比べても中々に傾いている。
まさか三刀流とか?
いやいや、ないない。
でも二刀流くらいは期待できそうだ。
楽しみ。
そしてスイ。スイちゃん。
可愛い・・・
じゃなくて、いやそれも普通じゃない要素の一つではあるけど。
組合は割と誰でも所属できるとはいえ、彼女くらいの年齢となると流石に珍しい。
15,6歳くらいだろうか?
冷めた表情をしているため大人びた印象を受けることを差し引けば、
もっと若いかもしれない。
使い込まれた感のあるレザーマントで全身を覆っているため武装は確認できないが、
体格的にも、大きい獲物の使い手じゃないと思う。
術者だろうか?
「よろしく頼む。
それで、宿についてはどうだろう?
特にこだわりはないのだが、出来れば事務所に近い方が助かる」
シュウ君もどうやらスイちゃんと同じく、
事務所の近くに拠点を置きたいタイプみたいだ。
ちなみに私が分析したところ、
彼らのように宿を近くに構えるタイプは、効率を優先する傾向と、
一つの街にいる期間が短い傾向がある。
余談でした。
さて、宿か。
心当たりは無くも無いけど、時間帯が微妙だ。
空いているかどうかは行ってみないとわからない。
口を開きかけたところで意外な方向から声がした。
「あたしが借りている部屋の寝台が空いています。
宿代が折半できますし、何かと都合が良さそうなので相部屋はどうでしょう?」
そう提案したのはスイちゃんだった。
彼女が主体的に発言したこともそうだけど、その内容は輪をかけて意外過ぎた。
「ああ、それは手間も省けるし助かる。案内してくれるか?」
そしてシュウ君があっさり提案に乗っかる。
いやいや、ちょっと待ってほしい。
え、いいの?
許されるの?
いや、ここはまさかのチャンスなのでは?
「ならいっそ私たちも同じ宿の方が便利かもかな」
こっちです、と、さっさと案内を開始している
スイちゃんに付いていきながら、私も試しに聞いてみた。
けれど返ってきた答えは無常だった。
「二人部屋ですので、4人は流石に辛いです。
他の部屋が空いているかどうかは分かりませんが、
日ごろから繁盛している様子ですから、期待しない方がいいです」
ぐぬぬ。
それにしてもこの二人、今日会ったばかりと言うには妙に親しげ?
というか、うーん。
通じ合ってる風?
何となく似た者同士なのかな。
そうして途中、ぼちぼち店じまいを始めていた露天商に
スイちゃんが声を掛けられたりしながら歩くことしばし。
彼女が部屋を借りているという宿にたどり着いた。
そこはこの街には珍しく、食事の提供を行わない素泊まり専門の宿だった。
受付の女性は気風のいい姐さんという感じの人で、
スイちゃんがシュウ君の相部屋を頼むと大変興味深そうにしていたけれど、
その後、私たちの部屋も借りれるかを確認すると、
少なくとも色っぽい話ではないと察したのか、若干つまらなそうだった。
ちなみに部屋は空いていなかった。
まあいい。
結果的にスイちゃんの生活空間に踏み入ることには成功したのだ。
彼女の借りている部屋は、あまり広くは無いけれど調度品の質はそこそこで、
壁もそれなりに厚い。
よほどの大声で話さない限り、隣の部屋に声が漏れるようなことはなさそうだった。
というか、受付の姐さんの反応や素泊まり専門、寝台が二つ。
そしてしっかりとした防音。
もしや、この宿は・・・。
余談でした。
考えないようにしよう。
とにかく。
ようやく落ち着いて内密の話ができるという訳だ。
初めまして。まずは読んでいただき、ありがとうございます!
感想・評価などお待ちしていますので、少しでも思うところがあった方は
是非ともよろしくお願いいたします。
また、世界観や用語など、分かりにくいとのお声が一定数あるようでしたら
その辺の解説なんかも掲載しようかと思っております。
もしご要望があればお寄せください。
至らぬ点が多々あるかと思いますが、完結まで続けていけたらと考えていますので、
何卒長い目で見守っていただければ幸いです。