表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

少女の食事風景

「南通りで盗みだってよ」

「ああ、聞いた。居合わせた組合のフロウが速攻解決だってな」

「へえ、南通りねえ」


昼下がり。

組合事務所の程近くにある宿酒場の小さめのテーブル席。

いつも通りの席で、私はいつも通り遅めの昼食をとっていた。


昼時のピークを過ぎたこともあって、やや閑散としており

少し離れたカウンター席に今しがたやって来た

3人組の男たちの会話が、内容まではっきりと聞き取れた。


「・・南通りで盗み」


テーブル席の向かいに腰かけた大男、イワヲが低くつぶやく。

小さめといっても私にとっては十分なゆとりのあるこのテーブルも、

彼が目の前にいるとまるで子供のおままごとのようだ。


「そうだね。例の件がらみだと思ったけど、解決済み、か。

 ちょっと違うのかな?」


そう返して、私は最後に残った焼き魚の身を頬張る。

旬の川魚をシンプルに塩焼きにした料理は、簡素ながらも絶品で、

この街でのお気に入りの一つになっていた。


私はあまり燃費がいい方ではないのか、体の割によく食べる。

魚は2尾目だし、定食で供されたご飯もスープも量は多めだった。


対して向かいの彼は、体は規格外に大きいわりに実に小食で、

ほぼ同じタイミングで食べ始めたのにとっくに食べ終わり、

暇を持て余した給仕さんにさっさと食器を片付けられてしまっていた。


まったく、どうやってあの体のサイズを維持しているのか。

私ももう少し体に、特に一部の成長に回ってくれれば・・・


余談でした。


緊急時でもないので、余裕のある思考がよく回る。


食後のお茶を楽しみ始めた私に、イワヲがようやく先ほどの返事を返す。


「・・組合が関わったのなら、事務所に行けば詳しいことがわかるかもしれない」


返すまでに少し間はあったが、言葉自体は流暢で淀みない。

低く太いが、通りの良い声。


それなりの付き合いになる今ならわかるが、彼は話すのが苦手とか、

無口とかそういうことはない。

妙に返答にタイムラグを感じることもあるが、

どちらかと言えばむしろ話し好きなのではないかとすら、今は思っている。


「そうだね。朝も顔を出したけれど、この後もう一回行ってみようか」


カウンターの男たちの会話にもそれとなく意識は向けていたが、

先ほど話していた以上の情報は出ていない。

他に客もいなくなったし、今日はあまり長居をする必要もなさそうだった。


とはいえ、私は彼とこうして会話をするのは嫌いではない。


私自身も話し好きな面があることは自覚しているし、

仕事中はどうしても言語野にまわすリソースが少なくなって、

相棒である彼との会話を楽しむどころじゃない。


だから、こういうゆっくりと普通に会話ができる状況は、

出来れば大事にしていきたいのだ。


「組合といえば、あの子。今日は会えるかな?」


先日事務所で会った少女を思い出し話す。

会話の種ではあるが、会いたいという希望も込めた、一種の願掛けでもある。


小柄で色素の薄い髪。

儚げな要素を持ちながら、強い意志を感じさせる藍色の瞳。


端的に言って、すごく可愛らしい女の子だったが、

可愛らしさに惹かれて思わず話しかけた私に


『話しかけないでください。あなたと関わる気はありません』


塩対応だった。

そこまで強い拒絶の意志は感じない、というか感情を伺わせない声音だったが、

言葉自体は強烈だった。


端的に言って、ギャップ可愛い。

会いたい。


「・・彼女か。難しそうな子だ。会えても会話が成立するかどうか」


イワヲが思案気に言う。

彼は遠巻きにしていて彼女と直接話していないが、

私とのやり取りは聞こえていたみたいで、懸念を含ませた言い方だった。


「可愛い子は見るだけでも幸せなものなんだよ。

 いつでも見られるように瓶詰にして持ち歩きたいくらい」

「・・・・・・・そうか。

 万が一何か行動に移すときは事前に、必ず、相談してほしい」


やや長めの沈黙の後、彼は真剣な様子で頼み込んできた。


これには驚いた。

そんな気配はこれまで微塵も感じなかったけれど、彼は同志だったようだ。

思わぬ邂逅に私もテンションが上がる。


「君がそう言ってくれるなんて。勿論そうさせてもらうよ。

 尤も、個人の自由を奪うようなことは言うまでもなく冒涜的で、

 私個人としても看過できないよ。

 あくまで願望。

 実行することはないかな。

 君も妙な気は起こさないように、肝に銘じておいてね」


とはいえ理性的に。

同志である彼にこんな事は言いたくないけれど、

念のため釘を刺す。


「・・そうか。安心した」


心の底からの声だったように思う。

分かってくれたようだ。


自らの行動の自由を主張するのなら、他人の行動の自由も当然尊重しなければならない。

自らが拘束されることを厭うなら、他人を拘束することも厭うべき。

簡単に言うと、

自分がされて嫌なことは他人にもしてはいけません。

というやつ。

基本であり真理だと思う。


余談でした。


「愛でたいのは別としても、情報交換はしたいかな。

 案外、さっきの事件を解決したっていうフロウは彼女のことかもしれないよ。

 宿は南通り側みたいだし」

「・・なぜ彼女の宿を知っているのかはさておき、ふむ。それはあるかもしれない」


組合所属のフロウはそれなりに多いけれど、

事務所を通した正規な依頼ではない突発的な事件の対処に、

積極的に動く人間がどれほどいるかと言えば、

正直、ほとんどいないと言っていいかもしれない。


事務所の査定を通していない依頼は報酬で揉めることが多いし、

内容自体にも何かとケチが付きやすい。


サムライ衆の存在もある。

特に街中の事件については治安の話になってくるので、

フロウが首を突っ込む必要がない、というか、

下手をしてそっちと揉めることになるくらいなら、

見て見ぬ振りがむしろ正解。

そう考えるフロウは多い。


と、ここまでが一般的な話。

この街ではまた少し事情が異なる。


この街に長いフロウなら、街中の事件にはほぼ間違いなく手出ししない。


そして、サムライ衆。

これが頭の痛い問題で、目下私たちの解決すべき事案になっている。


そう言った事情により、この街でそんな事件を、居合わせて迷わず解決するというのは、

街に来てまだ日が浅い、あるいは着いたばかりのフロウの可能性が高い。


一般的な例と違って、そういったフロウは街での信用を得るために

積極的に動くことも多い。


接点も少ないし行動を予測はできないけれど、

何となく、関わってしまっている可能性は高い気がしていた。


「何となく良い予感がしてきたかな。会うだけじゃなく、お話にも期待大だね。

 お触りすらもあるいは、合法、ふふ」

「・・自重だ。つい今しがたの自分の言葉を振り返ってくれ」


釘を刺された。

ちょっと情熱が迸ってしまったかもしれない。


「ともあれ、うん。行ってみよう。善は急げだよ」

「・・悪が先走らないようにな」


勢い込んで立ち上がる私に、彼は不安げにそう返すのだった。

初めまして。まずは読んでいただき、ありがとうございます!


感想・評価などお待ちしていますので、少しでも思うところがあった方は

是非ともよろしくお願いいたします。


また、世界観や用語など、分かりにくいとのお声が一定数あるようでしたら

その辺の解説なんかも掲載しようかと思っております。

もしご要望があればお寄せください。


至らぬ点が多々あるかと思いますが、完結まで続けていけたらと考えていますので、

何卒長い目で見守っていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ