事情聴取
「歩きながらで申し訳ないが」
どうにも事情がありそうな少年だ。
件の商店まではゆっくり歩いても15分くらい、
話はさっさと始めた方がよさそうだ。
あるいはどこかに腰を落ち着けて話を聞く必要があるかもしれない。
「少年。あー、まずは名前からだな。俺はシュウという。組合のフロウだ」
簡単に名と身分を明かして、促す。
組合はこの国の王家とも関わりのある由緒ある組織。
フロウでも組合所属となれば、それなりに信用ある身分として扱われる。
実は所属するだけなら誰でも可能ではあるが。
「・・・コウタ」
背にいる少年、コウタが短く名乗る。
同時にわずかに身じろぎ。
彼との間の俺の背には幅広剣を収めた鞘があり、
それが邪魔なのかもしれない。
「コウタか。よろしくな。
君の名前も聞かせてもらえるだろうか?」
斜め前を歩く少女に声をかける。
気後れするものはあるが、放っておくわけにもいかない。
「スイ。あたしも組合のフロウです」
首だけ少し振り返り、意外にも素直に応じてくれた。
意外というのも失礼か。
危なげな印象は受けたものの、
思い返せば会話には普通に応じてくれている。
話し難いと感じたのか、スイは歩調を落としてこちらと横並びになった。
どうにもやり難い、距離感を測りにくい相手だ。
悪人という感じはないが、善人とも言い切れない。
逃げている相手を事情も分からぬままとりあえず捕まえる、
というのはまあいいだろう。
フロウならばそう判断することもある。
しかし、盗品を懐に入れようとしたり、盗人とはいえ倒れている子供に
手を貸すそぶりも見せなかったり。
更には、あの目。
あそこまで明確な敵意は、例えば賊の類を相手にしたときでも
そうそう感じるものではない。
もしかしたらエルフなら、あんな目で人間を見据えるのかもしれない。
そこまで考えたところで例の既視感の件が、不意によぎった。
「スイ。もしかしてどこかで会ったことがあるか?」
隣を歩く少女に聞く。
「はぁ。初対面だと思います。気持ち悪いですね」
平坦な声音で中々に強い言葉を言う。
繕った感があるようにも感じられるが、言葉自体に嘘はなさそうだ。
「そうか。変なことを聞いてすまない」
「いいえです。それより話を」
やはりやり難い。
本当に気にしていない風ではあるが、ここまで真意の読めない相手も珍しい。
とはいえ今はこの少女の事より事件についてが先か。
「ああ、と言っても別に大した話は無い。
10分ほど前にこの先の商店前を通りかかったところで窃盗事件に遭遇して、
逃げた窃盗犯を追跡し、今に至る。
それだけだ」
話してみると本当にそれだけのこと。
窃盗事件に居合わせた第三者なんてそんなものだろう。
それは窃盗犯を取り押さえたスイからしても同じのはず。
案の定、彼女は自分から話すことは無いといった風で、
そうですか。
と小さくつぶやいただけだった。
あるいは俺から何か意外な事情が出てくる可能性を
彼女は期待していたのかもしれない。
すでに興味も失った様子だ。
だから問題は当事者からの聴取。
「コウタ。盗品を店主に返して君をサムライ衆に引き渡す。
それでこの事件は終わりになる」
背中の少年に話すと、彼はビクッと身を固くするが、すぐに力を抜いた。
覚悟はできている。そんな様子だ。
「とはいえ」
俺は続ける。
「すべては君の事情を聞かせてもらってからだ」
「え?」
「は?」
コウタが驚いたような声をあげる。
なぜか隣の彼女も同様に疑問符を浮かべているようだが、
そちらはいったん置いておこう。
「追われている時、捕まった時、そして今、こうして大人しく背負われ連行されていること。
どうも君の態度は不可解だ。単なる金目当てと思えない」
退路の選び方、逃げている時の様子から物取りを生業としているわけではなさそうだ。
今回が初めての仕事という可能性もなくはないが、
それにしては獲物の選び方がおかしい。
露店がいくつもある中で、わざわざ屋内の商店を選び、
そして盗んだものは価値の判断し難い装飾品。
退魔の銀のお守りなど、確かに見る者が見ればすぐに値打ち物と分かるが、
しかし子供が選ぶような分かりやすい金目のモノではない。
「どうだろう、話してもらえるか?」
迷っている様子の少年に重ねて水を向ける。
「・・・盗んだんだ」
意を決したように少年が口を開く。
しかし、ふむ。
「盗んだ。あのお守りのことか」
スイから渡され、今は俺が持っている銀のお守り。
当然、あれのことではあろうが、そのことは今更確認するまでもない。
隣のスイが、そんなことは分かってますと
言いたげな顔をしていた。
だが、コウタが言いたいのはそう単純な話ではないはずだ。
「あいつらがぼくの父さんから盗んだから、取り返したんだ」
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少年、コウタが話す内容はとても往来で出来るものではなく、
俺たちは一旦小径に逸れて、手頃な場所に腰を落ち着けた。
そこは建築中の建物の脇にある空き地、資材置き場として利用されているらしき場所だった。
今日は休みなのか、ちょうど昼休憩の時間なのか、人の気配はない。
「さて」
コウタを下ろし、手近なところに積まれていた材木に腰かける。
背から降りたコウタも少し間を空けて俺の隣に座った。
多少は警戒を解いてくれた様子だ。
一方スイは少し距離を取り、膝を抱えて地べたにちょこんと座り込んだ。
そうしていると普通に年相応の少女という感じだ。
いや、実際の年齢は知らないのだが。
「君の知る範囲で構わないから、詳しく教えてほしい」
彼女のことを少し気にしつつ、コウタに話を促す。
「お父さんは職人で、街の外れに工房を持ってるんだ。
それでお守りを作ってるんだけど」
コウタは少しづつ説明するが、あまり整理できていないようだった。
こちらから質問を加えた方が話しやすいかもしれない。
「お守りというのはもしかして、これが?」
件の盗品、銀のお守りを手に乗せて見せる。
「そう。それもだし他にもたくさん。前はシロの庄に住んでたみたいで、
ぼくは小さかったからあんまり覚えてないんだけど」
なるほど、得心がいった。
見事な彫りの技巧もそうだが、模様の特徴には見覚えがあった。
「でもカノエ様のことがあって色々あったみたいで。
それでこの街に来たのがぼくが4つのときなんだって」
「なるほどな。ちなみにコウタは何歳になる?」
「あ、そうか。11だよ。だから、7年前かな」
少々脱線し始めた内容に、座り込んだスイが胡乱気な目を向けてくる。
わかってる。そこまで時間に余裕があるわけでもない。
スイに仕草で少し待ってほしい旨を伝える。
「それで、父親が作ったお守りが盗まれて、あの店で売られていた、と?」
流れから推測した内容を話す。
「うん。あの店、前から盗品を売ってるってうわさがあって。
だから、盗まれた後たまに見に行ってたんだ」
「前から噂があった?しかもこれが確かに君の父親の物だというなら、
その噂は事実ということだ」
にわかには信じがたいことだ。
子供が知るほどの噂になっている、盗品を捌く店。
それが事実だとしたらそんな店、サムライ衆が取り締まらないわけない。
住民も許すはずが、
いや、そうか。
一つ、疑問だったことに説明がつくかもしれない。
窃盗騒ぎの時、辺りにいた住人は全くコウタを捕まえようとしなかった。
あれはつまり、あの店のことを知っていて、あえて見逃した可能性がある、
ということか。
しかしサムライ衆が見過ごしているのは、どういう訳だ?
「タチバナ家臣下のサムライ衆に相談はしたのか?」
「サムライなんて!!・・・サムライはダメだ」
それまでの落ち着いた様子から一変し激昂する。
すぐに冷静になったようだがその言葉には強い意志が込められていた。
「ダメなんだ、お兄さん。サムライはあいつらとグルなんだよ」
初めまして。まずは読んでいただき、ありがとうございます!
感想・評価などお待ちしていますので、少しでも思うところがあった方は
是非ともよろしくお願いいたします。
また、世界観や用語など、分かりにくいとのお声が一定数あるようでしたら
その辺の解説なんかも掲載しようかと思っております。
もしご要望があればお寄せください。
至らぬ点が多々あるかと思いますが、完結まで続けていけたらと考えていますので、
何卒長い目で見守っていただければ幸いです。