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交差する街

南北に五百里、東西に五百里

西には鬱蒼とした大森林、それ以外の三方を大洋に囲まれた国、

トコヨ国

その南部に位置するアカの庄の、更に南西部 

タチバナ家領下ミハラの街


南には海の都として知られる街、ヤマトがあり、

庄内の各地、西に位置するシロの庄、また王都へも通じる陸路の要。

東西南北の四方に門を構え、

行きかう人々の交差点となるその街で、

運命もまた交差し、物語は始まる。


-------------------------------


足取りは重い。

照りつける日差しは、初夏の湿気を多分に含んだ空気のせいで、

まとわりつくような暑さとなって容赦なく体力を奪っていく。

人通りの多さも暑さを助長している。

通りに面した露店、商店を賑わす人々の熱気が恨めしくなる。


「これだから夏は・・・」


思わず呟く。

そうは言ってもまだまだ初夏。

暑さの本番はむしろこれからであり、人によってはまだまだ

晩春とすら認識しているだろう微妙な季節。

本格的な夏のことを思えば今から気が重い。


時刻は昼に差し掛かろうという頃合い。

つい一刻ほど前この街にたどり着き、まずは組合事務所に顔を出そうと考え

街の中心を目指しているのだが、早くも予定を変更したくなってきた。


宿をとって荷を置き、水でも浴びてさっぱりしたところで食事。

この時期ならば川魚が旬だろうか。

アカの庄と西隣のシロの庄の庄境を流れるサクラ川。

その川の恵はこの街の名物だと聞く。

それだけでなく、交易の要衝のこの街は様々な物や人が集まり、

多様な文化、食文化を作り出している。

それらを味わうのは、何よりこういった旅の醍醐味と言えるだろう。


考えれば考えるほど魅力的な提案だ。

欠点があるとすれば先立つものがなく、

先の街で依頼された重苦しい荷を組合事務所に届けないことには

そもそも一泊の宿すら確保できないという点だろうか。


疲労もあってか益体もないことばかり考えてしまう。

たらればに思いを馳せることなど全く生産的じゃない。


やるべきことを済ましてから、だな。


気を取り直して背筋を伸ばし、荷が入った麻袋も背負い直す。

背負った幅広剣がかちゃりと鳴る。

しっかり前を向けば行きかう人々の顔もはっきり見えた。


皆一様に笑顔だ。


人の交流が多い土地は、活気もあるが諍いも多いのが常。

それを思えばこの街は良い統治が為されているのだろう。

街を歩くこと一刻、さしたる騒動の影も見当たらず、


「誰か、そいつを捕まえてくれ!盗人だ!!」


叫び声を境に一転、周囲は騒然となる。

こちらの考えを読んだかのように降って湧いた事件。

頭を抱えたくなるのを堪え、素早く声の主を探す。


いた。


丁度向かう先の右手側にある商店から出てきた店主らしき男が、

その更に先に向かって叫んでいる。

視線の先を見れば、人ごみの隙間からわずかに、

小さな背中が走り去るのが認められた。


それを確認すると同時に走り出す。

突然の事態に驚いてか、動きを止めていた人々を軽妙に避けながら、

駆け抜けざまに被害者の店主に荷を放り投げる。

彼は慌てて尻餅をつきながらも、両手でしっかりと荷を受け止めた。


「預かっておいてくれ。組合の者だ」


店主は呆気にとられていたが、俺の言葉で状況を察してくれたらしい。

確かに頷いたのを横目で確認する。


「報酬も考えておいてくれ」


再び視線を盗人の背中に見定め直しながら念を押す。


店主の叫びが聞こえたであろう範囲の人々は状況を察しているはずだが、

驚きの余りか、道を空けてくれるような様子はない。

更に先に至っては言わずもがな。

変わらず人通りは多い。

そんな中にあって、盗人は器用に人ごみの中を駆けていく。

遠くにあるから小さく見えただけとも思った背中だが、

そもそも小柄な人物のようだ。


同じように人ごみに突っ込めば追いつくのは難しい。


判断は一瞬だった。

通りを挟んで立ち並ぶ建物は旧エルフ様式の建築が多く、

石造りで屋上部分を擁している。

日照を確保するためか景観に配慮したか、高さは概ね一様で背も低い。


走る勢いそのままに壁を駆け上がり、屋上へと上る。

視界が開け、盗人の姿を改めて確認できた。

盗人はまだ、人通りの多い通りをそのまままっすぐ走っている。

脇の小道にでも入られていたら厄介だったが、

人ごみを盾にしたほうが逃げやすいと考えているのだろうか?


あるいは素人か。


とにかく盗人を追って屋上を駆ける。

建物と建物の間の隙間は幸いそれほど広くないため、

十分に飛び越えられる。

暑さも疲労も、事ここに至っては問題にしない。

有事に動けないようではフロウ失格、

その意地の見せ所とばかりに気合を入れる。

軽快に走り、跳び、見る間に盗人との距離を詰める。


ちらちらと後ろを振り返り、その仕草が益々素人臭い盗人は

やがて屋上を走り来る追跡者に気付いたようだ。

すでにはっきりと顔が見える距離にまで迫っていたこちらを見て、

その表情が恐怖に歪む。


小柄とは思っていたが、素人臭いのも納得。

盗人は子供だった。

粗末な格好をした少年。


さて、どうするか。


人ごみは相変わらずで、屋上から降りて捕まえようにも少々やり辛い。

速度を緩め、盗人と並走するような形になりながらも僅かに思案する。


思い悩んだのはほんの束の間だったが、その間に事態は動いていた。

並走していたはずの盗人の姿が、人ごみに紛れるように掻き消えたのだ。


見失った?


そう思い急停止するのと、盗人が姿を消したあたりの人々が

ざわめきながら輪を作るように間を空けるのはほとんど同時だった。

通りの中心にぽっかりと人の輪で円状の空間が出来上がり、

その中心に彼はいた。


正確には彼だけでなく、もう一人。

盗人の少年を取り押さえるように地面に押し倒しているのは、

盗人よりも少し歳上くらいの、これも子供。

少女だった。



「通してくれ、組合の者だ」


こういう時に便利な決まり文句と共に、

人波を掻き分けて今しがた出来たばかりの

野次馬による円陣、その中央に向かう。


ようやく最前列に躍り出ると、そこにはつい今しがた屋上から見たままに、

盗人の少年と、それを取り押さえる旅装の少女の姿があった。


やはり若い。はっきりと子供と言っていい年の頃の少年。

10代前半くらいだろうか。


少年の方は息も絶え絶えで、何なら取り押さえられていなくても

動けないのではないかというくらいに疲れ果てた様子だ。

やはり常習性、つまりこういった事に慣れている感じはない。

恐らく慣れない悪事への緊張、恐怖も手伝っての困憊具合なのだろう。


その目線が俺の方を向くと、一瞬の後にこちらを屋上の追跡者だと認めたらしく、

ヒッと、短く息を発するだけの悲鳴を上げた。


少年のその様子に、彼に馬乗りになった少女が気付いた。

繰り返すが、馬乗りである。

取り押さえるという表現は訂正した方がいい気がしてくる体勢。

仰向けの少年のみぞおち辺りにまたがり、

一応彼の両腕を自らの膝で封じてはいる。


その姿には技が感じられない。

正面から体当たりして倒し、その上に乗っただけ。

そういう感じだ。


「あたしが正面から体当たりして倒したこの子に何か?」


その通りだった。

あまり感情をうかがわせない平坦な声音。

薄く青みがかっているが、ほとんど白銀と言っていい色合いの銀髪。

深い藍色の瞳。

エルフを思わせる風貌にまさかと身構えそうになるが、

肌がやや日焼けした感じの色合いだったため安心できた。


その面影に妙な既視感を感じた、

ような気がしたが、それは一瞬のことだった。


気を取り直す。


「俺は組合の者だ。その子はついさっき南側の通りで起こった窃盗事件の容疑者になる。

 引き渡してもらえると助かるんだが」


簡単に説明して要求を告げる。

未だ少女の下で息を切らしている少年だが、俺の言葉を聞いた瞬間喘ぐのを止め、

悔しそうに歯噛みしていた。


悪事の報いを恐れている風ではないが、さて・・・


「逃げている様子だったので取り合えず捕まえてみましたが、そうですか」


少年の様子を伺いながら対応を検討していると、少女が話しだした。


「とにかく衆人環視で長々する話でもない。

 詳しいことは現場に戻りながらでもいいだろうか?」


周囲を囲んでいた野次馬は興味を失ったのか徐々にばらけつつあった。

やはり交易の街。この程度のことはさして珍しくもないのか。

とはいえ往来の真ん中である。このままでは普通に邪魔だ。


「はい。構いません」


素直に応じて腰を上げる少女。

使い込まれた様子のある革製の外套。

黒を基調とした服も、丈夫さを重視した素材と造りのようだ。

まだ十代半ばといった風貌に釣り合わない、旅慣れた風体だが荷物は少ない。

すでにこの街に宿をとっているのだろう。


立ち上がった少女は目線だけで少年に立ち上がるよう促す。

手を貸すつもりはないらしい。

しかし少年は、やっと息が落ち着いてきた程度で、

立ち上がる気力もない様子だった。


見たところ武器の類も所持していない。

このまま待っていても仕方がないので少年に手を貸そうとするが、

そこで違和感を覚える。

少年は武器どころか、完全に何も持っていない。


「少年。盗んだものはどうした?」


追いかけている時、走る少年は両手を前に、何かを抱えている様子だった。

だが今はどう見ても何も持っていない。

あたりに何かしらの物品が転がっている様子もない。


倒れた拍子に転がって野次馬に持ち去られたか?


嫌な予感が浮かび、一瞬自分の迂闊さを呪うが、


「それならここにあります」


横合いから少女の声。

見ると、彼女は袈裟懸けにした革製の小さな鞄から、

手の平に丁度収まるくらいの銀色の物体を取り出すところだった。


なぜ鞄に収めていたのかは今は問うまい。


それは見事な彫刻が成された装飾品だった。

平たい造形と、掛け紐を通す穴が開いていることから、

首掛けにするお守りの類だろうか。


破魔の銀で作られたお守りは、西隣のシロの庄の職人が有名だが、

その職人の腕による物かと思わせるほどの卓越した技巧を感じさせる一品。

あの店主の慌てようも頷けるというものだ。


盗品の行方も判明した。

少女の品行に危ういものは感じるが、それについては置いておこう。


「では少年。背に負ぶさるといい。

 随分怖がらせてしまったようですまないが、もう少し我慢してくれ」


屈んで少年の背中に手を回し、身を半分起こしてやった後に背を向ける。

しかし少年は戸惑っている様子で動こうとしない。

警戒されているのだろう。


こうしていても埒が明かない。

脇に立ったままの彼女にも手伝ってもらおう。


「悪いが手伝ってくれると助かる」


少女に声を掛け、その時に気付く。

脇で俺たちの様子をただ見ていた彼女だったが、

その視線は尋常ならざるものとなっていた。


それは敵を見る目だ。


少年が俺に向けている警戒どころではない。

憎しみすら感じられるほどの熱量を持ちながら、

しかし只管に冷たい視線。


何者だ、何らかの刺客か?


無防備を晒している状態。

この体勢では不利かと身構えかけるが、


「はい、構いません」


先ほども聞いた返答を繰り返した少女は、

既に先ほどと同じく無感情な目をしていた。


まるで全てが錯覚だったかのようだが、

そんな事はないはずだ。

敵意を勘違いするようでは今まで生き残れていない。


戸惑う俺を他所に彼女は淡々と動き、少年を俺に背負わせた。


「では行きましょう」


少女は立ち上がるとそう言い、

先導するように俺たちが元来た方へ歩き出した。


少年を背に、後を追って歩き出しながら思う。


少年の様子から何らかの事情があることは察せられる。

この事件は単純な窃盗ではなさそうだ。

その事も気掛かりだがそれより何よりも、

前を歩く銀髪の少女。

彼女の事が妙に気に掛かる。


見た目は確かに可愛らしく、目を引く容姿と言えるが、

それだけではない。

自分に深く関わる何か因縁のようなものを、

何故か彼女に感じる。


今ここで、確かに運命は交差したのだと。


そんな声が聞こえた気がした。

初めまして。まずは読んでいただき、ありがとうございます!


感想・評価などお待ちしていますので、少しでも思うところがあった方は

是非ともよろしくお願いいたします。


また、世界観や用語など、分かりにくいとのお声が一定数あるようでしたら

その辺の解説なんかも掲載しようかと思っております。

もしご要望があればお寄せください。


至らぬ点が多々あるかと思いますが、完結まで続けていけたらと考えていますので、

何卒長い目で見守っていただければ幸いです。

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