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大和国つまようじ物語シリーズ

大和国、ある蕎麦打ちの憂鬱

作者: 竹山右之助

前作、短編『大和国つまようじ物語』のスピンオフです。

是非『大和国つまようじ物語』https://ncode.syosetu.com/n9371gh/を読んでから読むのをお薦めします。

「ざる、上がったよ」 

「はーい」


 元気に返事をし、出来上がったばかりのざるそばを運ぶ姪の後ろ姿を眺める。


 儂の名前は山田次郎吉。"蕎麦処主水(もんど)"を、とある門前町に構えている。

 自分で言うのもなんだが、門前町の好立地に店を構えているだけあって、中々の繁盛っぷりだ。

 そのおかげもあり、姪のお夏にも給金を払ってやれている。



 門前町というだけあって色々なお客が来るのだが、最近よく来る客で特に変わったお客がいる。

 そのお客はとにかくニシン蕎麦が好物のようで、来る度にニシン蕎麦しか頼まない。

 いろいろ品を用意しているのだから、他の物も食べて欲しいところだが……。



 噂をすれば、ほら……例のお客のご来店だ。


 調理場の覗き穴から客席の様子を伺う。

 おや? なんだかお夏が呼び止められている。

 どうせニシン蕎麦しか食べないんだから、お夏を煩わせるんじゃねーっての。

 変わり者のお客との会話を終わらせお夏がトタトタと小走りで厨房に入ってきた。


「おじちゃん、お客さんがニシン蕎麦のニシンって二枚載せる事は出来ますか? だって」


 "二枚載せ"……だと……?

 あのお客、遂には蕎麦一杯にニシンの甘露煮を二枚も載せようとしやがった。

なんて奴だ。

だが、払いが悪かった事は一度もないし、金さえ払ってくれりゃあ出来る範囲でお客の要望に応えるのが"職人"ってもんだ。


 お夏に"二枚乗せ"は可能だと伝えると、すぐさま例のお客の元に戻っていった。

 そして、


「ニシン蕎麦"二枚載せ"一丁!」

「あいよ」


 蕎麦を茹で、茹で上がったらよく冷えた湧き水で締める。

その締めた蕎麦をもう一度湯にくぐらせてから丼に入れ蕎麦ダシをかけ、ニシンの甘露煮を"二枚"載せる。


「"二枚載せ"……上がったよ」

「は〜い」

「熱いから気をつけな」

「わかってるって」


 慎重にニシン蕎麦を運ぶ姪を目で追いかける。

 例のお客にお夏がニシン蕎麦を届けると、何やら神妙な顔をしていたお客の顔が綻んだのを儂は見逃さなかった。


「……根っからのニシン蕎麦好きなんだな奴は」


 ふふっと笑い仕事に戻る。


 少ししてから客席を覗くと、例のお客がいつもより神妙な顔をしてキョロキョロとしている。

 そう思ったら楊枝を手に取って歯の隙間を掃除しだした。



 歯の隙間に挟まったニシンの骨が取れたのだろう。楊枝についた骨をマジマシと見つめている。

 そんなお客に構う事なくお夏が蕎麦湯を聞きに行った。

 あのお客は必ず蕎麦湯を頼み丼を空にしていく……そこは儂も認めざるを得ないところだ。


「ありがとうございました」

「毎度!」


 例のお客が帰ると、すぐさま丼を下げたお夏が戻ってきた。


「今日も完食です!」

「ありがたいねぇ」


 つゆの一滴、ダシの一滴まで残さず食べてってくれるってのは蕎麦屋冥利に尽きるってもんだ。

 だが……だが一つだけ気になっている事がある。



 あの"二枚載せ"のお客の顔が、子供の頃に妹と一緒になって虐めていた三軒隣の竹之進って奴によく似ている気がする。

 その竹之進は剣の腕を買われて大名様に召抱えられたって言うじゃねえか……もし儂の事を恨んでいたらと思うと……気が気じゃねえ。


 だが儂も"蕎麦打ち"の端くれ……美味い蕎麦を食わせる事しか出来ねえ……。

 ま、あのお客が奴ならばだが……。



 ふふ……変わり者のお客のせいで、妙な気持ちになっちまったが、儂に出来る事は一切の手抜きをしない蕎麦を打つ事だけだ。



 さあて……明日はどんなお客が来るのやら…。

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