ママ友と女子バナ
「ふむふむ、なるほどなるほど〜。そーいうことだったのねー?」
テーブルの目の前の席に座った女の人が腕を組みながらうんうんと頷いた。金色の短髪が彼女の活発さを物語っているようだ。
彼女の名前は『増川 愛美』というらしい。紗衣さんとは、息子の祐士が幼稚園の頃からの付き合いで、祐士の親友の『増川 真那斗』の母親。つまり紗衣さんのママ友だ。
「そーいうことって、どーいうことなの? 私にはさっぱり……」
愛美さんの隣にすわっている赤髪ロングの女の人が首を傾げた。彼女は『矢島 康子』といって、祐士の幼馴染の『矢島 弥生』の母親、同じくママ友のようだ。
「康子は物分りが悪いなー。つまりはこういうことだよ。今の紗衣は紗衣であって紗衣ではない」
「いや、その表現がまず意味がわからないんだけど?」
「つまり俺……私は紗衣さんの体を乗っ取ってしまった別人ってことです」
俺が助け舟を出すと、康子さんは「わかったようなわからないような……」と言いながらも無理やり納得してくれたようだ。
俺たちは今、家から徒歩7分ほどのところにある喫茶店で向かい合わせに座っている。ちなみに場所は、愛美さんに店名を聞いてスマートフォンの地図アプリで調べた。
そして、ついでに俺の身に起こったことを軽く愛美さんに伝えると、愛美さんはすんなりと理解してくれたようだ。愛美さんの見た目が分からない俺をわざわざ喫茶店の前で捕まえてくれて、今、後から来た康子さんも交えて喫茶店で詳しい話をしている。
「んまあ、予知夢のことは紗衣から聞いてたし、覚悟はしてたけどまさかね……とりあえずしばらくはあたしと康子がサポートするから、頑張って『お母さん』演じてるんだよ? わかった?」
「……ありがとうございます、愛美さん」
「あ、ううん。全然いいのよ? あと、さん付けじゃなくて呼び捨てで愛美って呼んでちょうだい? 紗衣にもそう呼ばれてたから。いきなり呼び方変わると周りの人がびっくりしちゃうでしょ?」
愛美さんは手を顔の前でブンブン振りながら言う。……それもそうかもしれないな。
「じゃあ、私のことも康子って……」
「はいっ、ま、愛美……や、康子……」
ママ友とはいえ呼び捨てにするのは恥ずかしいな。俺の実年齢よりもだいぶ上の人たち&異性だし。しかし、呼ばれた愛美と康子は目を輝かせながらお互いに顔を見合せた。
「「……か、可愛い!」」
「……はい?」
「きゃーっ! なんて可愛い子なんでしょう! 服のセンスが男子高校生なのもまた可愛い!」
手のひらを胸元で組みながら奇声を発する愛美さん。違うんだ、今着てるこのジーンズにTシャツ、黒のジャケットに、白いキャップという出で立ちは、紗衣さんのメモに『いきなり可愛い服着るのも恥ずかしいし大変かと思って、男の子っぽい服も用意しておきました』と書いてあったので、お言葉に甘えただけで……
「いや……これはその……うっ」
俺は抵抗もむなしく、しばらく二人に代わる代わる頭を撫でられておもちゃにされたのだった。
飲み物のおかわりが到着して、落ち着いた二人は、それぞれ息子や娘の話を始めた。
「うちの真那斗はダメねー。あれ彼女できないわよ。弥生ちゃん貰ってくれないかしらね?」
愛美さんの言葉に、康子さんは肩を竦めた。
「うちの弥生はどうやら祐士くんに気があるみたいよ? 本人は隠してるつもりだけど、この前部屋を掃除した時に見つけちゃって……」
「何を!?」
「……『妄想日記帳』っていうの? こうしたいなとかいう願望が赤裸々に書いてあって私びっくりしちゃって……」
「弥生ちゃんってそういうことやる子だったのね……。なかなか隅には置けないわね」
母親の恐ろしさを垣間見た気がするが……どうやら祐士は弥生という子に好かれているらしい。なんだ。じゃあ心配いらないわ。よかったですね。紗衣さん。
「祐士って、冴えない子みたいなんですけど……けっこうモテるんですか?」
俺はなんとなく自分の息子のことをママ友に尋ねるという奇行をやってのけてしまった。すると、椅子に横向きに腰掛けて向かい合って話していた二人は、ガバッ!! という効果音が適切であると思わざるを得ないくらい勢いよくこちらを振り向いた。そして声を揃えて――
「「そりゃぁもう、めちゃくちゃ」」
「……マジか」
俺はそれしか答えられなかった。
「マジよマジ。まじ卍よ」
愛美さん、無理してJKワードを使わないでください。
「うちの弥生でしょ? 学級委員長の玉晶ちゃんでしょ? 書記の菜心ちゃんでしょ? あとほら、あの秦野さんの娘さんの――」
「初音ちゃんね。一年生だけど」
指を折りながら数えだした康子さんに、愛美さんが補足した。……4人? めっちゃモテてるやんけ!
「うーん、あたしとしては彼女たちが祐士くんに気があるかどうかは保留したい所ね。ただ単に興味があるだけにしか見えないから」
「そう……かな?」
「あたしに言わせると、本命は椛島さんか、愛來ちゃんでしょうね」
「えっ、でも祐士くんはあの子たちに嫌われて――」
「はぁ……女心がわかってないなぁ康子は。……嫌ってるってことは、気になってるってことなのよ」
「そうなのかな……?」
愛美さんは、康子さんとはまた違った視点で見ているらしい。
また新しいのが出てきたぞ。祐士ぉ……つくづくお前は罪な野郎だな。要するにこの状況はあれじゃないか? ほらあれ。……『ハ』から始まって『ム』で終わる……ハムじゃないぞ。間に『ー』と『レ』が入るからな。……そう
「……ハーレムじゃん」
「そう。そういうこと!」
思わず漏れた俺の呟きに、愛美さんが反応した。
「いやー、祐士くんの周りはほんと見ていて飽きないよ。一人の男の子を巡って恋人未満の女の子たちがアンダーグラウンドでバチバチやってるわけだからさー」
「ちょっと愛美。うちの弥生もそのうちの一人なんだから、あまり他人事みたいに言わないでよ」
「あははっ、ごめんごめん」
不満そうな康子さんに、愛美さんは右手を顔の前で構えて平謝りした。すると康子さんはぷくーっとふくれっ面になる。可愛らしい。
「でも正直、弥生ちゃんはかませ犬負けヒロイン臭が半端ないから、本命にはならないとおm――」
「まーなーみーっ!」
小声で俺に話しかけ始めた愛美さんだったが、どうやら康子さんに聞こえていたようで、康子さんは涙目になってポカポカと愛美さんの方を殴りつけた。やっぱりみんな自分の子どもが可愛いんだなぁ。俺は……俺の母親ももしかしたらそうだったんだろうか? まあ今となっては尋ねる術もないが。
「ていうか皆さん、お子さんのことをよくご存知ですね」
まるでクラスメイトであるかのように祐士の恋愛事情に詳しい愛美さんと康子さんに、俺は率直な感想を投げつけた。
「あー、それはね。あたしの人脈っていうのもあるけど、一番は真那斗からの情報かしらね。真那斗、親友の祐士くんのことはよくあたしに話してくれるから」
真那斗ぉぉぉっ! なんてやつだ、親友の恋愛事情を自分の母親に流すなんて、しかもそれがママ友繋がりで本人の母親の耳に入るとか最悪じゃないか? 祐士、交友関係をもう少し考え直した方が……。
「まあ、あとは保護者会とか……授業参k……あぁっ!」
「な、なんですか!?」
突然大声を出した愛美さん。口を開けた状態で器用にフリーズしている。
「……あっ、そういえば今週末だね」
「……うん、そうだった。これはあたしも気合い入れないと! 紗衣もいい機会だから実際に見てクラスの状況確かめるといいよ」
康子さんがポロッと口にしたことで、愛美さんのフリーズは解除されたようで、上気した顔で俺の顔を覗き込んで来た。
「な、何があるんですか週末?」
二人は一度顔を見合わせると、またしてもキラキラと輝く瞳を俺に向ける。眩しいなおい。
「「授業参観!!」」