がんばる委員長
教室中の生徒が――そして保護者までもが全員その真面目そうな雰囲気の女の子に注目していた。誰なんだろうあの子は。
シーンとしていた教室は、やがてザワザワと小声で話し合う声で満たされた。と、ここぞとばかりに愛美さんが俺に耳打ちしてくる。
「あの子が学級委員長の高畑 玉晶ちゃんよ」
「あれが――」
確かに、人気ランキングトップなだけあってめちゃくちゃ美人だ。目鼻立ちもすらっとしていてスタイルも抜群、モデルやってるんじゃないかってくらい可愛い。
「今日は授業参観なんですから、ふざけないでください!」
玉晶ちゃんが再び一喝すると、窓側の方の席に座っていた女子生徒がサッと手を挙げた。
「つうか授業参観ってさ、いつもどんな授業風景なのか親が確かめにくる行事だろ? だからいつも通りやらなきゃ意味なくない?」
手を挙げた女子生徒は発言を許可される前にそう言った。彼女はオレンジ色のショートヘアで、肌はよく日焼けしており活発的な印象だ。そして、その美しい美脚を机の上に乗せて偉そうにしている。不良っぽい。
「七海さん! 机の上に足を載せないでください! 行儀が悪いです!」
玉晶ちゃんがムキになって言い返す。すると、俺の隣で小さくなってビクビクしていた奈緒さんが「ごめんなさいごめんなさい」と呟いた。あー、あのヤンキーガールが奈緒さんの娘の菜心ちゃんか。不良の直弥といい、どうしてこの奈緒さんからあんな子供たちが生まれるんだろう?
「んなこたどーでもいいんだよ。質問に答えろよイインチョ」
菜心ちゃんは椅子に座り、足を投げ出した体勢のまま、玉晶ちゃんを睨みつける。俗に言う『ガンを飛ばす』ってやつだ。対する玉晶ちゃんも、ビビることなく菜心ちゃんを睨みつけている。――一触即発の雰囲気だ。
こんなのが祐士のクラスでは日常的に行われてるのか? やばくない? と祐士の方をうかがうと、彼は全く他人事のようで、窓の外をぼーっと眺めるなどしている。その前の席の真那斗くんの方がよっぽど慌てたような表情しているわ。
「授業参観は真面目にやるものです! でないとクラスの――学年の――ひいては学校全体の評判を貶めることに――」
「あー、わかったわかった! もう聞き飽きたわそれ。ほんと、周りの評判しか考えないなイインチョは」
菜心ちゃんは大袈裟に肩をすくめると、ガタンという音を立てて足を床に下ろした。対する玉晶ちゃんはむっとした様子で頬を膨らませている。可愛らしい。
「ちなみに、その黒板消し仕掛けたのアタシでーす。でもセンセが引っかかるとは思わなかったわ――てっきり――」
菜心ちゃんはそう言いながら教室の前の隅の方に視線を投げる。なんと、そこにもまた別の美少女がおられて、クラスの視線がそこに集まった。
美しい銀髪から儚げなオーラを出している子――このクラスは美少女の宝庫なのか? いや、祐士の主人公補正だきっと。うん、そうに違いない。
とにかくその銀髪美少女は自分がターゲットになっていることを知ってか知らずか、我関せずといった態度で全く反応を示さない。
しばらく謎の沈黙が訪れた。
「はいはい、もう大丈夫ですからホームルームを始めさせてください。時間がなくなってしまいますよ」
廊下で髪や服についたチョークの粉を払ってきたと思われる女教師が再び教室に入ってきて、やっと玉晶ちゃんは席に座った。
「えーっ、私はこのクラスの担任の、貴 唯愛といいます。まだ新人ですが精一杯――」
「知ってます〜!」
女教師の自己紹介を遮って菜心ちゃんが大声を上げたので、教室はまた笑い声に包まれた。
「私は保護者の皆さんに自己紹介してるんですよ!」
顔を真っ赤にしながら言う唯愛先生。いやまあそうだろう。頑張れ先生。
奈緒さんがまた「ごめんなさいごめんなさい」と謝り始め、教室の真ん中の席では、玉晶ちゃんがまた菜心ちゃんの方を睨みつけている。よほど不真面目な子が嫌いらしいな。あの二人は犬猿の仲、覚えておこう。
菜心ちゃんに妨害されながらも何とか自己紹介を終えた唯愛先生は、こんなことを言い始めた。
「えっと――早速ですが、なんと今日からこのクラスに転校生g――」
「「うわぉぉぉぉっ!」」
歓声に包まれる教室。これぞ青春って感じだ。みんなまだ見ぬ転校生に興味津々なんだろう。しかしこのタイミングで転校――妙だな。季節は秋だし、モロに学期の途中だし――義務教育でもない高校に、こんな時期に転校生来るか? 普通。
「転校生が来る予定だったのですが! ――飛行機の都合で到着が遅れているそうです」
「なーんだ、つまんねーの。来てから発表しろよな」
すかさず茶化す菜心ちゃん。――飛行機が遅れるということはだいぶ遠くから来るようだ。恐らく――海外?
同じことを思ったのか、康子さんと愛美さんが口々に
「留学生――?」
「外国人? 金髪? イケメン?」
などと囁いてくる。いや、俺に聞かれても分からないぞ。てか金髪イケメンはおたくのお子さんでしょう
俺はひたすら首を傾げるしか無かった。
――ガタッ!
と、また誰かが立ち上がる音がした。
「そうと決まれば、クラス総出で歓迎の準備をしますわよ! こうしてはいられませんわ! 私が指示を出しますかr――」
「座ってください蘭水さん。あなたがパーティーしたいだけでしょう?」
「……ぐぬぬ、バレてしまいましたわ」
廊下側で意気揚々立ち上がった緑のドリルヘアのお嬢様風の子が、玉晶ちゃんに窘められて、すぐに席につくというカオスな行動をした。蘭水といえばあれだ。さっきのブルジョワジー。そして人気第6位。あれが蘭水 愛來ちゃんかぁ……やっぱり6位だけあって、玉晶ちゃんや明日菜ちゃん、菜心ちゃんなんかよりは少し見劣りするが、十分可愛らしい。
母親としては、祐士には逆玉狙いで愛來ちゃんとくっついてもらって、老後楽させてもらいたい――とか思わなくもない。俺もだんだんお母さんの思考になってきたのかも。
唯愛先生は、パンパンと手を叩いてザワつく教室を静かにさせた。
「と、とりあえずそれは置いておいて、みなさん。早速1限目ですが、特別活動の授業ということで、その時間を使って学園祭の出し物について話し合ってもらいます。――既にある程度の枠組みは決まっているようですが――ということで、ここからは学級委員さんたちにバトンタッチしますね」
上がって数分で早速教壇を降りる唯愛先生。代わりに教壇に上がったのは、黒髪の学級委員長、玉晶ちゃんだった。
「というわけで、ここからは学級委員長の高畑 玉晶が進めていきたいと思います」
「よっ! イインチョ!」
菜心ちゃんが早速茶化すと、またまた教室に笑いが溢れた。
「七海書記! ちゃんと議事録とってください!」
「大丈夫大丈夫! ちゃんとメモってあるから。気にせず進めてよ」
イライラした様子の玉晶ちゃんと、楽しげな菜心ちゃんは対照的で面白い。うーん、やっぱり授業参観は楽しいな。俺の学校ではそもそも授業参観はこんなに個性派揃いの授業参観ではなかったし、そもそも美少女があまりいなかったので、明らかに祐士のクラスは恵まれていると思う。
「えー、我が2年2組では、学園祭は演劇をすることになっています。――演目は――」
「『ロミオとジュリエット』!」
「――です。ロミオ役はすでに――」
「涌井 祐士!」
「――くんに決まっていますが――」
玉晶ちゃんが演説してる途中でちょくちょく菜心ちゃんの合いの手が入るのがとても面白い。愛美さんなんか、クスクス笑っているし。奈緒さんは恥ずかしそうにしてるけど。
でも、学園祭の内容と演目、そして主役の配役は真那斗くんの情報どおりだ。さすが真那斗くん。
「ジュリエット役をやりたい人、まずは立候補で――」
「「「はいっ!」」」
玉晶ちゃんが立候補と言うか言わないかのタイミングで、勢いよく三人の女子生徒が手を上げた。