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ユニコーンの導き

 通り過ぎ――ようとしたのだが。


 あー、しまった。()()()()()()()()()

 不良たちに囲まれて連れていかれつつある小柄な女の子。彼女が振り返った時、その涙ぐんだ黄色い瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。そして、逡巡(しゅんじゅん)する俺に、口元を動かして何かを伝えようとしている。えーっと、なんだ?



 ――に・げ・て・く・だ・さ・い



 ……よし、助けよう! ここで助けてって伝えてくるようなら無視しようと思っていたけど、彼女はなんと自分が危険に晒されながらも、女の人の姿をしている俺に危害が加えられないようにそのまま逃げろと言っている。――なんて優しい子なんだ。そんな子を見捨てては空で見ている紗衣さんが悲しむし、なによりも家族を守れない俺が、目の前で襲われている女の子すら助けられないのはさすがにクズだ。


 しかも、よく見ると女の子の身につけている制服のデザインが、羽奏(わかな)のものとほぼ同じだったのだ。てことは同じ学校、下手すると祐士(ゆうと)や羽奏と同じクラスである可能性もある。見捨てたらそれが噂になって祐士や羽奏の好感度がさらに下がるかも――うん、どう考えても助けるしかないようだ。



 俺はゆっくりと不良たちに歩み寄った。

 女の子は首を振ってやめろとアピールしていたが、知ったことか。悪いが首を突っ込ませてもらうぞ。


「楽しそうなことしてるじゃん。私も混ぜてくれない?」


 俺が気さくに声をかけると、不良の一人、オレンジのツンツンヘアーのリーダーっぽいやつが、「あぁ?」と面倒くさそうに振り向いた。


「なんだぁオバサン。俺らになんか用かぁ?」


 どいつもこいつも初対面の人に向かってオバサンって、失礼でしょうが。


「君たちじゃなくて、そっちのお嬢さんに用があるのよ。どうやらお困りみたいだから」


「ナメてんのかババア! ぶっ殺すぞ!」


 オレンジ髪の隣で、ズボンのポケットに両手を突っ込んで立っていた金髪の不良が凄んできた。うわー、怖い怖い。


「いや待て、このオバサン少し歳はとってるが、おっぱいもでかいし、なかなかいい見た目してるぞ。ついでだから一緒に連れていこうや」


 とオレンジ髪。その言葉と同時に、三人の不良は俺を取り巻くようにジリジリと距離を詰めてきた。見た目をお褒めいただき嬉しいが、生憎この体は紗衣さんに借りたものだからお前らの好き勝手にやらせるわけにはいかねぇっての。


「危ないから下がってて」


 俺は水色髪の女の子に告げると、左側から「おらぁぁっ!」という声とともに掴みかかってきた金髪の腕を体を逸らして受け流し、重心を落としてスっと懐に潜り込む。


「はっ!」


「ぐぁっ!」


 俺の空手仕込みの正拳突きは、綺麗に金髪の鳩尾に決まった。

 金髪が崩れ落ちると同時に体勢を立て直し、右から襲いかかってきた緑髪の顔面にハイキックをお見舞した。


「ごぁぁっ!?」


 二人目撃破。ジーンズにスニーカーという動きやすい格好で出かけていてよかった。そして、男の子っぽい服を買ってくれていた紗衣さんに感謝。

 よし、あと一人だ。空手全国八位をナメるなよ?


 リーダー格のオレンジ髪は、仲間が立て続けに撃破されたことに戸惑いの表情を浮かべながらも、小刻みにステップを踏みながら、ボクシングのようなファイティングポーズで少しずつ間合いを詰めてくる。無理に仕掛けようとはしてこない。――こいつは一筋縄ではいかなそうだな。明らかに〝場数〟を踏んでいる。


「オバサン強ぇな。名前を聞いといてやろう」


 ふーん、余裕じゃねえか。いいだろう答えてやろう。


涌井(わくい) 紗衣(さえ)よ。君は?」


七海(ななうみ) 直弥(なおや)。お前を倒す者の名前だよオバサン!」


 ん? 七海ってどこかで聞いたような――と、一瞬思考が飛んだ隙に、直弥と名乗ったオレンジ髪はこちらに大きく踏み込みながら、利き腕と思われる右腕で俺の頭部目掛けてストレートを打ってきた。――速いっ!



 ――バシッ!



 咄嗟に左手で直弥の拳を受け止めたものの、腕が吹き飛ぶかと思うほどの一撃だった。とても重い。そして痛い。ジーンと肩から背中まで痛みが駆け抜ける。俺の生前の作り込まれた体だったらそんなこと無かったのだろうが、紗衣さんの柔らかボディーではこいつのパンチを受け止めきれなかったらしい。


「――くっ」


 体勢を崩し、苦し紛れに放ったローキックも、紗衣さんの体のリーチでは僅かに相手に届かない。そして、カウンター気味に放たれた左フックが俺の脇腹に突き刺さった。


「うぇっ……ごほっ、ごほっ」


 うわ死ぬかも、めちゃくちゃ痛いじゃん。口の中に血の味が広がった。

 負けるかもしれない。そう思った。ごめん可愛い女の子、そして紗衣さん。


「終わりだな。久しぶりに燃えたぜ。よくやったよオバサンは――っ!? ぐぁぁぁぁっ!?」


 と、突然直弥が奇声を上げ始めた。見ると彼は両手で股間を押さえてぴょんぴょん飛び跳ねている。なんだ? 何が起きた?


 直弥の背後には、水色の髪の女の子。彼女は足を振り上げた状態でフリーズしていた。自分でも何が起こったのか分からないのか、ぽかんとした表情をしている。

 恐らく彼女だ。彼女が直弥の股間――男の急所を蹴り上げたのだ。急所狙いの攻撃は、威力が弱くてもてきめんの効果を表すものだ。とりあえずナイス、女の子!


 俺は悶える直弥に容赦なく正拳突きをお見舞して地面におねんねしてもらった。


「く、くそぉぉぉおぼえてろよぉぉぉっ」


 などとほざく不良たちをそのままにして、俺は女の子の手を引いてその場を離れたのだった。




「助けていただいて……おまけにごちそうになっちゃって、ありがとうございます」


 近くの喫茶店 (初日に愛美(まなみ)さんたちと入ったところだ)に逃げ込むように入り、女の子の前に俺が注文したいちごのショートケーキが到着したところで、女の子が口を開いた。澄んだ可愛らしい声だ。


「当たり前のことをしただけだから――無事でよかったわ」


 まあ俺最初は無視しようとしてたんですけどね。


「わたしは、あすな……相羽(あいば) 明日菜(あすな)っていいます」


 俺はケーキのイチゴを頬張る明日菜と名乗った女の子を改めて観察した。

 背は低め、水色の綺麗な髪を左右で赤いリボンでツーサイドアップに結んでいる。胸は測定(スカウター)によるとサイズA。その幼い見た目は、本当に高校生? と疑いたくなるほどだ。おまけに、今気づいたが左腕にピンク色の馬のぬいぐるみを大事そうに抱えている。お馬さんも無事そうでなによりだな。


「俺――私はさっきも名乗ったけど、涌井 紗衣っていうの」


「……わくい?」


 明日菜ちゃんは涌井という苗字に聞き覚えがあるようだ。ケーキをちょこちょこと口に運びながらしきりに首を捻っている。


「涌井っていう知り合いがいるの?」


 祐士か羽奏の知り合いだろうか。思い出すのに時間かかっているから多分友達ではなく、クラスメイト止まりだとは思うけど。


「わくい……たしか同じクラスの()()()()()()()()()()がわくいだったと思います」


 根暗陰キャオタクぅぅぅ! 辛辣な評価来たな。ってことは祐士と同じクラスってことか。羽奏は根暗陰キャオタクには逆立ちしても当てはまりそうにないし。まあでも一応同じ苗字の別人さんってことも有り得るから確かめておくか。


「その、根暗陰キャオタクの名前は『ゆうと』じゃなかった?」


「ん、多分ゆうとでした」


 やはりな。これはいい。この子と仲良くなれば祐士のハーレム情報も手に入るかもしれない。今のところ真那斗(まなと)くんと、彼経由で伝えられる愛美さんの情報しか入らない状態だから、パイプは多いに越したことないな。


「そいつ、私の息子だからよろしく。仲良くしてあげてね?」


「仲良く……はい。さえさんは、わたしのヒーローだから言うとおりにするのです」


 胸の前で拳を握りながら呟く明日菜ちゃん。なんか別の意味にとってそうだな大丈夫かな? 普通に友達として接してくれればいいんだからね?


「ありがとう。――あっそういえばさっきのやつ、なんか聞き覚えのある名前だったんだけど、どんなやつなの?」


「あ……七海 直弥、あれは()()()()()()です。虫けら以下のそんざいです。わたしの()()()に乱暴しようとしたから、まもっていたのです」


 明日菜ちゃんは、左手に持ったぬいぐるみを両手で大事そうに抱えて俺の前に持ってきた。その子、『ゆに子』っていうのか、てことは馬じゃなくてユニコーンだな。確かにゆに子の額には角が生えている。


「ゆに子も明日菜ちゃんも無事でよかったわ。また絡まれそうになったら私を呼びなさいね?」


「はい、ありがとうです。わたしのヒーローさん」


 と、こうして俺と明日菜ちゃんは自然な流れで連絡先を交換することに成功したのだった。


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