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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

社会人二人の百合生活

冬の寒い日はこたつで鍋を

作者: ピッチョン


 ある日の夜、永瀬(ながせ)香緒里(かおり)が家に帰るとリビングにこたつが生えていた。

「こたつじゃん! え、なになに? どしたのこれ!?」

 香緒里は興奮しながら一目散にこたつの中へ足を突っ込んで暖を取りはじめた。じんわりと伝わってくるあたたかさに香緒里の頬が自然と緩む。

「実家から貰ったの」

 ダイニングキッチンに居た香緒里の同居人の御園(みその)結美(ゆみ)が答えた。

「『新しいこたつ買ったから古いのいる?』って聞かれてね。今年寒いしこたつでも買おうかって香緒里と話してたとこだったからちょうどいいやって」

「ありがと~。結美のご実家さまさまだ」

 手足をこたつの中に入れてぬくぬくとしたまま香緒里が至福の息を漏らした。

「くつろぐのもいいんだけど、お風呂は? それとも先にご飯食べる?」

「お腹ぺこぺこだからご飯にしようかなー。さっきからいい匂いがしてるし」

 リビングに充満している良いダシの匂いに鼻をひくつかせながら香緒里が続ける。

「今夜はもしかして鍋?」

「正解。タラ鍋」

「タラ! やっぱタラって言ったら鍋だよねぇ。ダシを吸った白身がほくほくと口の中でほぐれて……」

「はいはい、喋ってないで食べる準備して。土鍋をこたつの方に持っていくから、鍋敷きとか食器とか」

「結美」

 香緒里が真剣な表情で結美に言う。

「こたつって一度入るとなかなか出られないんだ」

「いいからさっさと動く!」

「はぁい……」

 結美に怒鳴られて渋々香緒里が動き出した。さらに結美の叱咤が飛んでくる。

「そういえば帰ってきて手は洗った? まだだったら用意する前に手洗いと、あとうがいもしてきなよ」

「分かりましたぁ」

 洗面所に向かいながら香緒里は呟く。

「最近結美のお母さんっぽさに磨きがかかってきてるんだけど」

「香緒里がだらしないからでしょ! あと甲斐甲斐しく世話してあげてる彼女に対してお母さんぽいとか言うな」

「ふがいなくてすみませんね。ちゃんと感謝してるよマイハニー」

「言葉よりも行動で示して欲しいなマイハニー?」

 にこりと結美に笑いかけられて香緒里は足の行き先を変えた。すすっと結美に近づくと、香緒里は結美にキスをした。

「とりあえず感謝の印」

「……足りない」

「残りはまたあとで。手洗ってくる」

 結美の機嫌が直ったのを確認してから、香緒里は悠々と洗面所に向かった。



 タラ鍋を食べ終わり、こたつを囲んで香緒里と結美はまったりとしていた。

 デザートのみかんをほおばりながら香緒里が言う。

「鍋、みかん、こたつ――冬の定番三点セットだねぇ」

 同じく結美もみかんの果肉の一房を分け取り口へと運んでいく。

「こたつで鍋ってだけであったかいよね。足元暖めながら体の中も暖まってくから」

「これだったらもっと前から買っててもよかったかもね」

「それはないんじゃない? 今年だからこたつがあるんだと思うけど」

「何で?」

 香緒里の問いに結美が意味ありげに目配せをする。

「香緒里が家に早く帰ってきてくれるようになったからに決まってるでしょ」

 あぁそうか、と香緒里は思った。結美と一緒に晩ごはんを食べるようになったからこそこたつの有用性を実感出来ているのだ。去年までの香緒里は夜は外食か出来合いのもので適当に済ませ、早々に自分の部屋に戻っていた。結美とお酒を飲むこともあったが頻度が高いわけでもなく、当然こたつが欲しいなどと話題にのぼることもなかった。

 香緒里は過去の暮らしを思い返しながら笑みを零した。

「不思議なもんだよね。ちょっと関係が変わっただけなのに生活そのものが変わっていってるなんて」

「別に不思議でもなんでもないでしょ。恋人だから同じ時間を過ごしたくなる。色んなことを一緒に経験したくなる。だから生活が変わっていく」

「じゃあこれからどんな風に変わると思う?」

「……ベッドをダブルにするとか」

「えぇー、多少狭い方が体くっついてあったかいじゃん」

「夏になっても同じこと言えるんだったら今のままでいいけど」

「あぁ……うん」

 寝苦しくて汗だくになるところを想像して香緒里は首肯した。結美の言う通り最低限の広さはあった方がいいかもしれない。大きなベッドというのもそれはそれでロマンがあって良いものだ。

「あー、もしそうなったらちゃんとした寝室あった方がいいよね。物置で使ってる部屋片付けて寝室にする?」

「あの量片付けるのはちょっと……。だったら私の部屋潰して寝室にした方が早いでしょ」

「結美の部屋がなくなっちゃうじゃん」

「自分の部屋とかもういらないし。本棚とか置けなかったら香緒里の部屋に置かせてもらうけどいいよね?」

「そのくらい全然いいけど、広いとこに引っ越してもいいんだよ?」

「ダメ。引っ越し代でベッド余裕で買えるでしょ。現状この家で不満ないんだし、いいよこのままで」

「まぁ結美がそう言うなら……って、なんかもうダブルベッド買う流れになってない?」

「え? 買うでしょ?」

 当然のように結美に返され、香緒里は観念して息を吐いた。

「分かった。分かりました。じゃあ良さそうなの調べて買おうか。前のベッドはどうする? 処分する?」

「私のはもう要らないから処分でいいよ。下取りとかあったらそれ利用すればいいんじゃない?」

「そっか、下取りとかあった方が便利だよね。その辺も調べとこう」

 ふと香緒里は自身の足に何かが当たるのを感じた。結美の足が当たったのだろうと気にせず置いておくと、それはすりすりと香緒里の足の裏をさすり始めた。

 くすぐったさに香緒里は相好を崩して身を竦める。

「結美、くすぐったいって」

 しかし結美はきょとんとした表情で香緒里を見返した。

「何が?」

「私の足の裏、わざとくすぐってるでしょ」

「いや私知らないけど」

「え……?」

 結美の無関係そうな態度に香緒里は一瞬信じそうになったがすぐに思い直す。

「いやいや、ここには私と結美しかいないのに他の誰の仕業になるのよ」

「もしかしたらこたつの中に足の裏をくすぐる妖精がいるのかも」

「へぇー妖精がねぇ」

 さわさわ、と足に触れたものを感じた瞬間、香緒里はバッとこたつの布団をめくり中を覗いた。ヒーターのオレンジの光に照らされた狭い空間に香緒里と結美の足がある。だがすでに結美の足は定位置に戻ったあとだった。

「おかしいなぁ。妖精見つからないなぁ」

 香緒里がわざとらしく言うと、結美は至極真面目な顔で述べ始めた。

「それはあくまでも香緒里がこたつの中を開けて確かめた観測結果に過ぎないわけで、開ける寸前までそこに妖精が居た可能性は否定出来ないと思うの」

「なにそのシュレディンガーの猫みたいな理屈」

「あれは量子力学の思考実験だから厳密には違うけどね。まぁこたつを開けるまで香緒里の足の裏をくすぐっている妖精とくすぐっていない妖精が同時に存在してるって意味では近いかも」

(近いもなにも妖精じゃなくて結美の足でしょうが)

 香緒里は内心で呆れながら息を吐き、そうだ、と思い立つ。やられたらやり返せばいい。

「よし、じゃあこたつの中をもっと探してみよう」

 言うや否や香緒里はこたつの中に頭を突っ込んだ。そのままうつ伏せになるようにして上半身ごと入れる。

「ちょっ、香緒里。なに子供みたいなことしてるの!?」

 こたつのテーブルを挟んで香緒里が返事をする。

「いやぁ、こたつに潜るのなんて小学校以来だよ。なんか懐かしい感じ。でもあれだね。こたつの中ってなんかオーブンで焼かれてるような気分がして若干怖い」

「だったら早く出てきなさい」

 コンコンとこたつのテーブルが叩かれる。だが香緒里はまだ目的を果たしていない。香緒里はすぐ前にある結美の足に狙いを定めた。

「あ、妖精いた。ちょうど結美の足のとこにいる」

 (うそぶ)きながら結美の足を掴んで靴下を脱がす。当然こたつの外から非難が飛んできた。

「思いっきり掴んどいて何が妖精よ」

「じゃあ猫だよ猫。シュレディンガーの猫」

「猫だって物を掴めないでしょ。あぁ香緒里がネコっていうのは合って――んぃぃっ!」

 香緒里が結美の足の裏に爪を当てて上下に動かし始めた途端、結美が悲鳴をあげて膝を伸ばした。

「ま、待って! 足の裏に直接は、んんっ、ダメだって、ひぁぁっ!!」

 足が暴れないようにがっちりと押さえつつ香緒里は更にくすぐり続ける。指を五本全て使い、足裏を余すところなく蹂躙する。

「そ、それホント無理っ、んんっく、わかった、わ、私がやったって、み、認めるからぁっ!」

 普段の冷静な結美とは違う、余裕のない切羽詰まった声。香緒里は止めるどころかむしろ指のスピードを早めて結美をより一層悶えさせた。たまには攻守が逆転するのも面白い。

 やがて結美が息も絶え絶えになったころ、香緒里はくすぐるのを止めて足を解放した。すると前方のこたつ布団が開いて結美が顔を覗かせて、ちょいちょいと手招きをした。

 香緒里はうつ伏せのままほふく前進して結美の隣に顔を出す。

「やほ」

 手を上げて挨拶してみせると、むすっとした顔で結美が睨み返した。その目にはうっすら涙が滲んでいた。

「……何か私に言うことは?」

「えっと、ちょっとやり過ぎた、かも?」

「ちょっとどころじゃないっ! そりゃ最初にやったのは私だけど、だからってあそこまでやり返すことないでしょ!」

 香緒里はがみがみと怒り出した結美の上半身を床に引き倒し、唇を塞いで声を止めた。

「んっ、ちょ、まだ話してるとちゅ、んん――」

 キスを数十秒もするころには結美の怒りは治まり落ち着きを取り戻していた。

 香緒里に頬や首筋をついばまれながら結美が息を吐く。

「そうやってすぐキスで誤魔化して」

「違う違う。感謝の印のキスの足りなかった分をしただけだから」

「香緒里さぁ、キスしとけば私の機嫌が直ると思ってるでしょ?」

「思ってないよ。思ってないけど、まぁ実際機嫌直るし、みたいな」

 ぺし、と結美が香緒里のおでこをはたいた。

「あいた」

「今回のはキスだけじゃ許しません」

「じゃあ、ここでする?」

「……誰かさんのせいで変な汗かいたから先お風呂入る」

「でしたら汗をお流しするお役目を是非この(わたくし)に」

 自身の胸元に手を当てて(うやうや)しく申し出る香緒里に結美がつんと澄ましてみせる。

「そうね。せいぜい全身綺麗に洗ってちょうだい」

「勿論です。特に足の裏は一番丁寧に」

「それはもういいから」

 笑いながらこたつを抜け出て二人で浴室へと向かう。ふと香緒里は立ち止まり、こたつの所に戻った。

 今夜はもうこたつの出番はないだろう。つけっぱなしは危ないし電気代にもよくない。

 また明日からもよろしくね、と心の中で挨拶をしてから香緒里はこたつのスイッチを切った。



            終

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