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【壱―上等】

 夜空は厚い暗雲に覆われていた。

 そこから降り注ぐ黒い雫がアスファルトで踊り、打楽器のような音を奏で続けている。すでに日が落ちていることもあってか、辺りは暗闇に包まれていた。

 

 鷹崎雪雄(たかさき ゆきお)は、眉間にしわを寄せながら暗い空を眺めると、羽織っていた学生服を頭に被った。

 黒いブーツが水溜りを踏むたびにバシャバシャとしぶきがあがる。通常のものよりも明らかに太い学生ズボンの足元はすでにずぶ濡れ。だが、学生服を被っているおかげで、紅いTシャツと頭は濡れずにすんでいた。



「今日、雨の予報なんてあったか?」



 そう呟きながら、雪雄は土砂降りの雨の中を駆けた。


 雪雄がこの街に来て、三日目の夜。

 昨日で春休みは終わり、今日から新学期が始まった。雪雄の黒士冠高校二年C組としての生活が今日から始まったのだ。

 緊張しているわけではなかったが、妙な高揚感が胸の中で踊っているのは自分でも分かった。

 だが、転校生としての生活をスタートさせる前に、雪雄はどうしてもやっておかなければならない『仕事』があった。その『仕事』のために、この雨の中を傘も差さずに走っているのだ。


 

 

 

 


 やがて雪雄は人気のない倉庫へと駆け込んだ。

 土砂降りの雨は一向に弱まる気配はない。むしろ段々と強くなっているようにも感じる。雫が屋根に叩きつけられる音は、かなりの音量だ。

 雪雄は倉庫の入り口でびしょ濡れになった学生服を、雑巾のように力いっぱい絞った。



「遅えぞ」



 暗い倉庫の中から野太い声が聞こえた。殺気に満ちた声だった。

 雪雄はその声に答えることも表情を変えることもなく、絞りきった学生服を羽織った。湿った感触が肌に付く。

 そして、くるりと踵を返すと、暗い倉庫の中へと足を踏み入れた。


 倉庫の中では、雨が屋根を叩く音がいっそう響いていた。

 


「よお、転校生。調子はどお?」


「別に、普通だよ」



 10人ほどの男が立っていた。

 その中には、雪雄と同じ黒い詰襟の学生服を羽織った者が数人いた。紛れもない、黒士冠高校の制服を。



「で、俺を呼び出した藤田って奴はどれだよ? どいつも同じようなツラしててわかんねーな」


「あ?」



 挑発するような言葉に、男たちは雪雄に詰め寄ろうとした。

 だが、中心に座っていた大柄な男がそれを制止するように手をかざした。なるほど、この男がこの集団の頭だろうか。


 頭と思わしき男は、ゆっくりと腰を上げた。『重い腰を上げる』という台詞が実によく似合う。



「俺が藤田颯太(ふじた そうた)だ。わざわざ呼び出して悪かったな、鷹崎」


 

 藤田が広い懐から取り出したタバコをくわえると、横にいた男が手早く火を付ける。

 フウーッと煙を吐き出すと、威圧感むき出しの視線を雪雄に向けた。



「どうだ、黒士冠は?」


「どうもこうもねえよ。たった一日じゃあなにも分かんねえヒヨっ子だ」


「はっはっは、それもそうだ」



 藤田は、くわえたタバコを思い切り吸い上げた。その先端がみるみる灰になっていく。

 そして、口内に溜めた煙を味わうように口を動かした後、一気に吐き出した。



「そんじゃあ、単刀直入に言う。俺とタイマン張れや」



 瞬間、雪雄と藤田の視線が交わる。どちらも殺気に満ちた視線だ。



「そう、その『目』だよ。お前を始めてみたとき、明らかにシャバとは雰囲気が違ったんだよな。それに、そのへんちくりんな髪型もよ」



 藤田が『へんちくりん』という雪雄の髪型は、確かに一般的に見ても奇抜なものだった。

 黒のミディアムだが、それは右サイドだけ。左サイドはベリーショートという、極端なアシンメトリーヘアーだ。

 雪雄は端正な顔立ちだとはよく言われるが、髪型のことを良く言われたことはなかった。

 

 雪雄は自分よりも縦にも横にも一回り大柄な藤田を睨みつけた。



「今どきパンチパーマのおっさんに髪型のこととやかく言われる筋合いねーな」



 雪雄がその言葉を発した瞬間――

 藤田の強烈な鉄拳が雪雄の頬に叩き込まれた。数メートル吹き飛ばされた後、コンクリートの地面に叩きつけられた。



「……ってえ」


「てめー、なんか勘違いしてるようだな。2年C組の頭である俺が直々に力を見てやろうってんだよ。つまり、これは試験なんだよ。てめーが俺の支配下に入れるかどうかのな」



 藤田は雪雄を見下ろした。

 飼い犬には、まずは自分が上だということをしっかり教育する必要があるという。藤田は、雪雄に大して、まさにその教育をしようとしていたのだ。


 雪雄は立ち上がった。唇の端から流れる血を右手で拭いながら。

 それでもしっかり、その鋭い眼光は藤田に向けられている。



「へえ、立ち上がるか。やるじゃねえか。こりゃあ骨のある兵隊が手に入りそうだな」


「ああ……そうだな」



 不適な笑みを浮かべていたのは雪雄のほうだった。



「転校早々、お前みたいな活きのいい奴が俺の兵隊になってくれるなんてありがたいねえ」


「なに?」



 雪雄の言葉は、藤田本人だけではなく、後ろで控えていた藤田の手下たちにまで火を付けてしまった。手下たちがズンズンと雪雄に詰め寄る。

 その中のマスクをつけた金髪の男が雪雄の眼前にまで迫ってきた。



「てめえ、今なんつった? 訂正すんなら今のうちだぜ?」


「そこのおっさんは俺の兵隊になんだよ。あっ、ってことはおっさんの手下のお前らも俺の下に付くってことか」


「ああっ?……ぶっ殺――」



 マスク男が雪雄に殴りかかろうとしたが、寸前で制止された。藤田が男の腕を片手で掴んでいたのだ。

 藤田は、マスク男を片手でどけると、他の手下たちにも下がるように命じた。



「おもしれえじゃねえか。じゃあもし、てめーがこの俺に勝ったら、C組はてめーのものにしてやるよ。もちろん俺もてめーの下に付く。だが、もし俺が勝ったら――」



 藤田は羽織っていた学生服を脱ぎ捨てた。

 巨大な龍の刺青……のようにも見える刺繍がほどこされたスカジャン姿となった。どうやら、これが藤田の戦闘モードらしい。

 鋭い眼光を光らせ、その巨体を構えた。

 


「てめーは卒業まで俺の奴隷だ」



 それを見た雪雄は首をコキコキと鳴らすと、ゆっくりと笑みを浮かべた。

 


「上等」

 


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