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第6話『豊穣の魔女、トパーズ』【後】

 ――御覧じろ、などとカッコつけたので、カッコよくしなければならない。姉さまの魔法はとんでもなく力強い。『豊穣』ということは大地の魔法だ。故に水晶を射出したのであろう。にょきにょきと生える透き通った石である水晶は大地の強さを象徴するにはぴったりである。――しかし、なんというか。私と同じように質量のある物体を高速で発射するという意味においては、氷よりもよっぽどおっかないものである。搦手でいかねば。


 かん、かん、と高い音が響く。直後に叩きこまれる水晶塊。私はそれを跳ねたり転がったりしつつ回避し、――鉄砲を握りなおして氷の礫を放つ。あの魔法を撃たせないことが今、何よりも大事だ。あの平鍋か木べらか、どちらかを打ち落とせれば隙ができる。


「素直に謝って降参するなら、痛いのは勘弁してあげるけれど?」

「姉さま、それは脅迫っていうんだよ。ヒトにどうこう言う前に、脅迫だなんて品がないとは思わないか。それに、姉さまこそ大人しく記憶を差し出した方がいい」


 姉さまに軽口を返しつつ、銃口を向けて引き金を引く――連続した発砲音と共に、魔法円が何重にも展開され――姉さまが槍のような水晶を射出したのを見習い、太く鋭く巨大な氷柱に、いくつもの魔法円を組み込んだものを編み出す。この大技であれば――。


「展開までに時間をかけすぎる!」

「少しよくばりすぎたかな!」


 発射する前に、水晶塊が飛んでくる。氷柱は先端が割れ、最早槍ではないが――全部壊れてないなら、その重さだけで十分――撃墜しようとしたのは判断ミスだ!

私は姉さまを押しつぶすつもりで、その氷塊を発射する。速度も十分とはいえないが、それでも、この重さは致命的だろう。直撃しようものならタダじゃすまない。


「さぁ、腹いっぱいめしあがれよ!」

「っ、冗談――!」


 重い音を立てて放たれた氷塊は、続けざまに石礫を受けて削れていく。水晶塊を発射するほどの余裕が姉さまにはないからだ。単純な魔術を連続して発射するに妥当なのが、姉さまの場合は石礫なのだろう。――確かに、その程度でも氷は削れ、割れ、小さくなっていく。


「名付けてドーム・オ・ショコラってのはどうかな姉さまよ。気に入ってくれるかい」

「悪趣味なお菓子ね――!」


 ――ただし、削って割ることが回避につながるとは、限らない。確かに氷塊は小さくなった。姉さまの小さな体格でも避けることは難しくないだろう。なにより、そこまで高速で射出されているものでもない。しかし、どうだろう。チョコドームを溶かした先に本命のお菓子が待っているように、削れて割られることこそが私の目的だとしたら。


「勝負あり、私の勝ちだな!」


 ――氷塊にいくつも組み込まれた魔法円は、術式の維持のためだけにあるのではない。さらに追加で術式を行使するための下準備だ。この場合なら、削られ、割られてできた小さな氷達を再度コントロール下に戻すためのものである。


 連続した銃声にも似た破裂音。それら全ては、私が削れた氷達を再び躍らせるための、行進の太鼓である。コントロール下に復帰した氷達は再び姉さまめがけて殺到し――姉さまが咄嗟に生成した泥壁を掻い潜って、その手足に突き立つ。痛苦で平鍋と木べらを取り落としてしまえば――最後の最後、大質量の氷塊が着弾する。泥壁による生ぬるい防御をあっさり突破し、姉さまは氷塊の下敷きになった。


「この圧倒的勝利。私の喧嘩のセンスは魔女一なのかもしれないよ、リータ」

「あらあら。魔女が勝ち誇るのは、あまり縁起がいいとはいえないわね」


 リータが呆れたように言う。勝って兜の緒を締めよ……なんて諺があるとかないとかという話だが、こんな決定的な勝利をしたときぐらい浮かれてもいいんじゃないかなと思う。

 さて、流石に姉さまも敗北を認めてくれるような結果なわけだし、氷塊を消し――


 ――ぱきり、と氷が割れる音がした。


 叩きつけられるような威圧感。殆ど反射的に張った氷壁は、生成するや否や突き破られた。

鋭く尖った水晶塊が、私のお腹を抜けて、重く大きな音を立てて背後の雪に突き立った。


「……姉さま、どうして」

「調子にのった妹におしおきするのは姉の役目だからね。まったく」


 倒れ伏した私を見下す姉さまは、重たい氷塊に押しつぶされた後にはとてもみえない。しかし、視界の端で真っ二つに割れ、術式の維持ができずに消えていく氷塊を見るに、下敷きにならなかったわけでもないらしい。――すんでのところで、硬い石か水晶を生成し、思い切りぶつけて割ったのだろう。それで幾分か衝撃を和らげた。そういうことか。


「人形であることに感謝するのね。ヒトなら致命傷よ」

「人形だからこそこんなことをする羽目になっているんだよ。私は」


 そうとも。私が人間の女の子であったのなら、きっとあの骸骨さんと幸せな日々を過ごした後に、同じように死ぬことができたはずだ。でもそうはならなかった。私が『サファイア』と名付けられた魔女人形であるが故に。幸せで、暖かな思い出を抱えたまま死ぬことはできなかった。だからこそ――私は一度、何もかも忘れることを望んだに違いない。

 そして、今はその時の感慨すら忘れている。取り戻すことは無駄なのかもしれない。しかし、私の記憶を消して、姉さま達は何かを企んでいる。それを知り、必要なら止めたいのだ。


 ――私は確かに人形だが、痛みを感じないというわけでもない。お腹に風穴が空き、歯車やらが零れてしまうような有様では、泣いてしまいそうな程痛い――というよりかは、もうすでに泣いているぐらいだが――それでも、諦めてしまうという気には、とてもならない。

 私は、鉄砲を杖に、震える脚に力を込めて立ち上がる。姉さまを睨み、そしてもう一度銃口を向ける。悪い魔女であるからには、諦めも往生際も悪くなければ。


「おしまいにしてしまえば、私はこれまでの全てを失うのだからな。抗うさ」


 私の大怪我に、狼狽え、どうしようと顔を青ざめているリータを元気づけるためにも、そんな軽口を叩く。魔女人形というやつはとにかく頑丈であるらしく、これだけの怪我であっても直すことはそう難しいものじゃない。……落ち着いて直せる状況下ならばだが。


「さぁ、続けよう姉さまよ」

「……っ、記憶を失くしただけで、ずいぶんと強気になるものね」


 姉さまは何故だか躊躇う様子を見せた。私がお腹に風穴を空けてまで立ち上がるとは考えてもいなかったのだろうか。記憶をなくす前の私は、あんまり悪い魔女としての自覚がなかったのだろう。エメラルドも似たようなことを言っていた。しかし私は今朝、目が覚めてから悟ったのだ。私はおとぎ話の悪い魔女であるのだと。それはリータも認めている。


「――ぼさぼさするなよ、姉さまよ!」


 私が大得意になって使った搦手は、しかし姉さまの力強さが一枚上手だった。であれば、出来の悪い妹としては、最早策はなく。やれることは、玉砕覚悟の突撃のみである。私は引き金を引き、複数の氷の礫を射出する。響く銃声と――それに応える、軽い金属音。

 姉さまもまた、平鍋に木べらをしっかり握り、石礫でもって私の氷の礫を叩き落とした。私は今度はもう少しもったいぶって、尖らせた氷塊を発射し――それを追いかけるようにして、走り出す。姉さまを止めるには、これはもう格闘にもちこむしかない。


「勢いだけでどうにかなるなんて考え無し、通らないわ!」


 姉さまは、得意の水晶塊を射出する。私のお腹に風穴を空けたやつだ。勿論、私の射出した氷塊なんぞはたやすく打ち砕いて突き進むが――そう来ることを、私は期待していた。


「――考えがないわけでもない。ただ無理矢理ってだけだよ」


 迫りくる水晶塊を――これは本当に大博打だが――鉄砲を棒高跳びの要領で用いて飛び――水晶塊の上に着地し、もう一度ぴょんと跳ねれば――もう、姉さまの目前だ!


 咄嗟に反応できない姉さまのお腹を銃床で小突き、それから銃口から、銃剣のように伸ばした氷柱を喉元に突き付ける。……今度こそ、勝負ありだ。


「まさかここまで向こう見ずになるなんてねぇ……負けたわ」

「それは、よかった」


 姉さまは諸手を挙げて降参して負けを認めた。……姉妹喧嘩というには少しばかり荒々しくなってしまったが、勝てたのならばよしとしなければならない。お腹も冷えてしまうし、早々に決着できてよかった。私の体内に入り込んだ雪やら冷気やらが不具合を起こしてしまう恐れがあるだけに、長期戦はできなかったのだから。


「それにしても、そんなになるまでしなくてもよかったじゃないの」

「少しカッとなったのは認めるわ。……ごめんなさいね」


 リータに咎められ、姉さまはバツが悪そうに謝った。いやまぁ、ひとを重たい氷塊で押し潰そうとしたのだから、残念ながら当然といった風情にも思えるが……藪蛇になりそうなので何も言わないことにする。姉さまは痛かったわよね、と私に優しい言葉を投げつつ、お腹を直してくれた。――うん、冷たさもなくなった。これで、最後に控える一番上の姉さまにもちゃんと会いにいけるだろう。


「それはそうと姉さま、記憶を返してもらおうか」

「……そうね。とりあえず、中に入りなさいな」


 姉さまは異界化を解除し、それから私たちを再び家の中へ入るよう促す。ありがたく暖を取りつつ、お茶と一緒に記憶を返してもらった。

 姉さまの手が私の額に触れて――きん、と高い音が響く。


 それと同時に、蘇ったのは『味覚』の記憶だ。丁度今私の飲んでいるお茶のような、優しい紅茶の味わい。――ほっとする、甘いミルクティーの記憶。爽やかなレモンティーの記憶。色んなフレーバーの紅茶を、楽しんでいた日々の記憶。朧げながら、あの骸骨さんの生前の姿もなんとなく思い出せる。顔は、まだわからないけれど――優しそうな、少し頼りない男のひと。それが、あの骸骨さんの正体で――きっと、私の大好きなひとだった。


「……全部思い出せない分、かなりもどかしい。心を奪われるというか、落ち着かなくて気が逸る感覚。恋とか、愛とか。そういったものの感覚かな」


 何しろ、魔女人形である私が、死んだら骨になるばかりになってしまう人間に恋をしたというのだから、きっと並々ならぬ大恋愛だったに違いない。実感こそないが、そんなひとが死んでしまったのなら、海よりも深い悲しみがあるのは想像に難くない。


「全部思い出したら、これまでの全て。雪崩を打ってあなたに襲い来るのよ」

「それは、少しばかり姉さまたちに甘えが過ぎた私の責任さ。その私の弱みにつけこんで何をするつもりなのかは知らないけど、ふふん。悪い魔女が目覚めたからには全てご破算になることを覚悟してもらわなきゃね。一番上の姉さまの居場所は?」


 ここまでやったんだ。一番上の姉さまがどれだけ怖かろうと、どれだけ怒っていようと、どれだけ喧嘩が強かろうとも、もう何も関係ない。記憶をいただいていくだけだ。もっとこう、悪どく。もっとこう、問答無用に。もっとこう、強盗チックに!


「あなた、あなた。サファイアをああしたのは半分あなたのせいよ」

「……少し責任を感じているわ。いざというときは止めるから」


 何やら二人の密談が聞こえたが気にしない。肝心なのは一番上の姉様の居場所だ。もう一度そう尋ねると、姉さまは仕方なくといった風に話してくれた。


 なんでも、ここから少しいった先に小高い丘があり、そこにまた古い塔が立っているのだという。昔は何かに使っていた塔であるらしいが、放棄されてそのままに。そこを姉さまが自分のモノにしてしまったと。そういうことであるらしい。そこまで立派な塔ではないが、何分古い石組の塔だから、如何にもな雰囲気溢れる塔であるらしい。


「精々、叱られてきなさいな」

「トパーズ姉さまとの一件でわかったよ。私には悪さと思い切りがまだ足りてなかった」

「……あなた、この子手がつけられなくなるわよ」

「あらあら……困ったものね」


 何やら姉さまとリータの仲が突然深まっているような気もする。するが、一度喧嘩した後は一気に仲良くなるものであるともいう。そういうアレだろう。手のかかる妹を心配してしまう目線とか、そういうものでは多分ない。ないはず。特にリータには。


「それでも、とにかく怖い怖い一番上のお姉さまに会いにいくのだもの。勢いがなくちゃしょうがないわ。あなたとしては困ることでしょうけど、この勢いでいくわ」

「あのお姉さまでも少し困惑しそうね、今のサファイアじゃ……」


 勢いと気迫で飲んでしまえば私の勝ちだ。私は鉄砲を担ぎ、リータの手を取っ……てもすり抜けてしまうのだが、とにかく重ねて外に飛び出る。お茶のお礼もそこそこに、私たちは丘の上の塔を目指すのだ。ぼやぼやしていたら日も暮れてしまう。


「……こう雪がふっていちゃ、塔っていっても」

「それでも、丘っていうのはあのあたりでしょう。行ってみましょう」


 雪はどんどんひどくなるばかりで、晴れていれば見えるのであろう塔もいまいちよく見えはしなかったが、かろうじて丘の存在だけはわかった。であるので、とりあえずはそこを目指すことにする。雪に紛れて、黒衣の魔女と幽霊がやってくるなんて、如何にもなホラーだろう。一番上の姉さまがどんな怖い魔女人形であろうが、私たちより怖い見た目でもないはずだ。さぁさぁ、記憶を返してくれない姉さまは鍋で煮てやるとしようじゃないか。


「……全ての記憶を取り戻し、あなたがあなたに戻ったのなら。この短い旅も終わりね」

「そうしたら、車をどうにかした後で、滅びない世界を見てみよう」


 リータが、何やら寂しそうな事を言うので、私はそう言って励ました。何事も終わりが近づくと、どうにも感傷的になってしまう子はいる。リータはそういうタイプだろう。どんなに楽しい遊びも、お出かけも。帰るとなると何だかメランコリックになったりする。しかしながら、私と彼女のこの小さな旅は、まさにこれからクライマックスなのだ。憂いて赴いては、怖い怖い姉さまに飲まれてしまう。元気を出していかなければ。


「――ええ、ええ。そう。そうね。またこうして、旅に出れるわ」

「そうとも。記憶を返してもらって、楽しいこと悲しいことを想い出して。それから、まだ見たことのないものを見に行こう。食べたことのないお菓子とかね」

「それは、あなたが食べたいだけでしょうに。でも、悪くないわね」


 リータは、泣き出しそうな、寂しい表情から、またにこにことした、お姉さんぶった笑顔に戻った。そうであるのが彼女らしく、自然なのだと思えるのは――彼女のことも、段々と思い出せてきているからだろう。以前の私のどの場面から彼女がいたのかは、まだ思い出せないけれど。でも、きっと、大事な友達だったのだと思う。


「それじゃ、目の前の姉さまに躓いてやれる道理はないな」

「そうね。何をする気なのか知らないけれど、あなたなら大丈夫そう」


 ――どんなに雪が強く降ろうとも、何しろ私は氷晶の魔女のサファイアだ。そんなもので行く手を阻めはしない。大仰な石の塔で何をする気なのかはわからないけれど、そんなもので私とリータが怖がると思ったら、それは大間違いだ。


 ――さぁ、まだ見ぬ姉の顔を、拝みにいこう。

というわけで残る姉もあとひとり。

残りの記憶もあと1ピースといったところです。

2人の旅も、終点が近くなってまいりました。

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