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第3話『爽風の魔女、エメラルド』【前】

妙に長くなってしまったので前後編にわけました。

 鐘楼を目印に進む私たちは、どんどんと街の中心部に入っていく。しかし、これだけの規模の街であるというのに、殆ど人と出会わない。活気がないのだ。客を呼ぶための威勢のいい掛け声や、人々のざわめきのようなものがまるでない。通りがかる人はいつも決まって俯いた老人であり、彼らは早足で、もう一歩だって外にいたくないとでも言いたげだった。


「雪もあいまって、なんだか思っていたより寒々しいところね」

「うーん。これは、確かに何かありそうな感じがするね。雪のせいだけじゃない、のかな」


 そこに、丁度よく巡回中の兵隊さんが通りがかった。もし、と声をかけると一応立ち止まってくれた。どうやら話は聞いてくれるらしい。


「この街には随分活気がないようだけれど、何か事情が?」

「お嬢さん、それはね。みんな都会に行ってしまって、この辺りはもう終わるのを待つだけだからだよ。昔はもう少し元気がよかったけれど、まぁ何事も永遠はないからね」


 それだけ話すと、それじゃあ、と兵隊さんは歩き去っていく。『終わる』という意味がわからなかったが、質問もさせてもらえなかった。私とリータはお互いに顔を見合わせ、それから首を傾げてしまった。彼女も『終わる』という意味が理解できなかったらしい。


「終わる、終わるって。随分剣呑な雰囲気ね」

「都会なら終わらない、みたいな言い方だったねぇ。街がそっくりなくなるのかも」


 街がなくなってしまうという理由なんてものは、きっといくらでもあるだろう。兵隊さんの態度からして、ここが戦地になるからどうのというわけでもなさそうだ。人口減少が限界を超えて破棄されることが決定されたとか、何か大きな公共施設の建築計画が立ち上がったとか、きっとそういう話に違いない。私は記憶がないせいかなんだか他人事だが、きっとこの街だって、私に温もりをくれたあの骸骨さんとの思いでがいっぱいあったに違いない。そう考えるとなんだか寂しいが、あの兵隊さんの言ったように、何事も永遠というものはない。あの骸骨さんが何らかの理由で死してああして白骨を晒していたように、この街だって何か理由があればなくなってしまう。それだけのことなのだろう。


「あら、あれが教会じゃないかしら。街がなくなるなら、ここもなくなってしまうのね」

「確かに、これは無くすには惜しいねえ」


 たどり着いた教会は、小さいながらも長い年月を感じさせる、威厳ある石組の教会だった。壁面に蔦が絡み、鐘楼が立派に聳えている。分厚い樫の扉は塗装がところどころ剥げているし、補強の鉄枠も錆が浮いている。――しかしどうだろう。それは決して悪いものではなく、この教会の説得力というものを増しているようだ。


「早速司祭様に会ってみましょうか」

「リータは隠れていたほうが……いや、まぁたぶん大丈夫か。話せばわかってくれると思う」


 別にリータは悪霊というわけではない。ルビーはどうも彼女が私に記憶を取り戻すよう扇動しているのが気に食わない様子だったが、それにしたって彼女は悪意あってのことではない。私なら、辛い記憶を取り戻しても、もう一度心が折れたりはしないと信じているのだろう。――どうなるかは、まだ自分ではちょっとわからないけれど。


 扉を叩くと、おじいさんの声がして扉が開かれた。恰好からするに司祭様だろう。あわよくばいきなり魔女に会えないものかと思っていたが、きっと教えてくれる。


「これはお嬢さん。どうされましたかな」

「ここにいるという魔女に尋ねてきたのです。今いらっしゃいますか?」

「ああ、彼女のお知り合いの方ですかな――ああ、それはよかった」


 どうやら、魔女はここにいるということで合っているらしい。ついでにリータのことは見えないようだ。信仰心があれば幽霊なんて跳ね返す――というわけでもないらしい。しかし、それはいいとしても。『良かった』とはなんのことだろう。


「彼女は孤独などではなかった。私が彼女を孤独にさせてしまったのではないか。遥かを生きる魔女に、私と主のみの小さな空間に閉じ込めてしまったのではないか。少し不安だったのです。彼女は心優しい娘だ。だからこそ、私とこの小さな家を棄てることができない」


 司祭様は、しみじみと感じ入ったように呟く。私に聞かせているというよりも、心底安堵した故の吐露という風に見える。なるほど、次の魔女は優しい世話焼きさんか。ルビーのような『根のいい不良』なんていう像よりかは、捻らず、素直な心優しさらしい。いいことだ。


「彼女は、謝る私にいつもこういうのです。『世界が終わるときまで、ここから鐘を鳴らす。そうしたいのは他ならぬ自分なのだから、気にしないでほしい』とね。その優しさに嬉しく思う一方で、罪悪感を覚えるのですから。勝手なものですね――彼女は、鐘楼にいますよ」


 鐘楼に上る階段まで案内され、あとは友人同士、久々に水入らずで過ごしなさいと言われてしまった。友人、友人だったのだろうか。ルビーとはどうも近しい間柄だったらしく感じたが、今度の魔女はどうだろう。まさか、魔女とは、残りに何人いるか分からないけれど、全員が全員、私の顔見知りなのだろうか。――となると、私は顔見知り、近しい友人に記憶を奪われ――いや、正確には、記憶を封じるよう依頼したのか。

 だとすれば、そんなことを提案された彼女たちの気持ちはどんなものだろうか。少したってからやっぱなしで、とリータに扇動されるままに動いていたら、そりゃあ怒るかもしれない。ルビーが特別短気なんじゃないかと期待していたが、この分では、会う魔女会う魔女全員に怒られて、喧嘩をすることになる。――ううん、背筋が寒い。


「何をしているの? ここで立っていては寒いと思うけれど」

「……まぁ、そうだねぇ。上ろうか」


 リータに促されるままに、ぐるぐるとした螺旋階段を上り、鐘室までやってきた。辿りつくと同時に、ごん、ごんと大きな鐘の音が響く――。お昼の鐘だろうか。


「結構、力がいる仕事なんだよ。これはカラクリで動くようなものでもないからね。司祭様も少し前までは頑張っていたんだけどさ。でも、ボク達とヒトの時間の感覚は、どうにも相容れない。キミもそう感じたからこその決断だったんでしょう」


 鐘を鳴らしていたのは、緑の髪をした少女だった。ルビーは面倒そうに適当に頭の後ろであの金髪を括っていたけれど、彼女は快活そうな雰囲気に似合うショートヘアだ。どことなく、雰囲気も男の子のような感じがする。ルビーとはまた違った風に男性的だ。ルビーが不良だから……この子は……優等生的な男の子のように感じる。


「――そうだった。ボクのことも忘れているんだよね。さっき、ルビーといるところを見ていたけど、多分キミ自身の名前も教えてもらってないんじゃないかな」

「う、うん。知っているなら教えてくれると嬉しい」

「勿論だとも。キミの名前はサファイア。氷晶のサファイア。そしてボクは爽風のエメラルド。これでわかったかな。キミとボク達は姉妹だ。石の名と魔女としての二つ名を持つ、魔女人形なのさ。再開するとは思っていなかったけれどね」


 姉妹、姉妹か。名前で考えるなら当然ルビーもそうだったのだろう。この場合の指名とは、つまりヒトのような血縁というのではなくて、同型機というのが妥当か。私は魔女人形シリーズの内のサファイア。そういうことか。――少し、味気ないな。


「ということは、エメラルドは私の姉さんになるんだろうか」

「ボクが? とんでもない」


 ころころと、彼女は楽しそうに笑って、手をぱたぱたと振る。どうにも変なことを言ったらしい。以前の私がどんな人物だったのかわからないだけに、何で笑われているのかわからないから困る。――いやでも、悪い魔女だったのだろうから。きっと怖い性格だったのかも。


「ボクは一番下の妹だよ、姉さん。実感はないかな。ないだろうね、姉さんがそんな顔をして、おっかなびっくりにしているのは見たことがないから」

「妹ちゃんだったか……なるほど。じゃあ、ルビーが姉さんかな」

「ルビーは四女だよ。サファイア姉さんは三女。それから、もう二人姉さんがいる。長女と次女。二人の名前は、本人に尋ねるんだね」


 ルビーを呼び捨てにするあたり、二人の仲は……いいのか悪いのか。でも、二人でつるんでいると悪戯ばかりしていそうな予感がある。多分なかよしなんだろう。


「さてと。ルビーとちょっとしたおしゃべりで済んだ、というわけではない以上、目的は明確だろう。そこの幽霊さんがどんな事情で首を突っ込んでいるのかは知らないけどね」

「ああ。記憶を返してもらえると嬉しい。ひどい要求なのはわかってるよ」


 エメラルドは穏やかな微笑のまま、そっと懐かハーモニカを取り出した。彼女に巡る魔力から、あれがただのハーモニカではなく、私の鉄砲やルビーの長剣と同様の魔法の杖だとわかる。――こういう流れになるということは、それはつまり――。


「勿論答えは否だよサファイア姉さん。おっと、名無しに戻るべきだね。キミはここで眠り、ボクがあそこまで連れ帰るというわけだ。今度こそ二度と目覚めないようにね」

「うーん。どうしてもこうなるというわけか。悪いのは私だ」


 結局は喧嘩になるというわけだ。穏やかなエメラルドでさえそうしてくるということはつまり、上二人の姉とやらもげんこつ代わりに魔法が飛んでくるのだと覚悟したほうがよさそうだ。――しかし、それでも。膝を折るわけにはいかない。


 エメラルドはそっとハーモニカを吹き、軽やかな音色を響かせて周囲を異界化させた。あの人のよさそうな老いた司祭様に余計な心配をかけるわけにはいかない。周囲を丸ごと隔離するこの結界術なくして魔女は喧嘩ができないというわけだが――うーん、つまり彼女のやさしさを逆手にとって、異界化させなければ喧嘩しなくて済んだのかもしれない。ハーモニカを取り上げてしまうべきだったか。


「ボク達の総意は、姉さんは自分の決断を貫くべきだ。ということだよ。失う痛みと辛さがボク達に想像がつかないわけじゃあない。姉さんは思い出さずに眠るべきだ」


 威嚇するように、緑色の淡い光となった魔力光を漂わせ、エメラルドは少し強い口調で言う。それに対し、それまで口を挟まずにいたリータが、怒ったように叫ぶ。


「姉妹だというなら、どうしてもう一度、その輪に加えてはあげられないの」


 エメラルドは、少し困ったように微笑む。それから、ぐずる子供をあやすような穏やかな口調でもって返答した。少しばかり口が達者に見えたリータだが、エメラルドの方が一枚上手の恐れがある。彼女が丸め込まれてしまったら、それは厳しい。


「いいや。姉妹の絆は固いものだよ。もう耐えられないと姉さんは叫んだんだ。立てないと言ったんだ。思い出したらその気持ちも戻ってくるんだよ」

「少しの辛いことがなんだというの。もっと善い思い出でこの子は満たせるはずだわ。あなた達はどうしてそうしようとはしないの」

「これから先どれだけいいことがあっても、バラの棘のように姉さんの心に傷をつけるからさ。ちくちくとね。それが、ずっと続く」

「だからといって、あきらめて膝を折ることの方がいいっていうの?」

「――死者が賢しい口ぶりをするものじゃあないよ。お嬢さん。辛い言い方だけどね。ヒトは何れ終わりを迎え、愛する人のもとへ向かうと知っているから立ち上がれるのさ」


 二人の勢いについぞ私は口をはさめなかったが、必死に食い下がるリータは、ついに何も言えなくなってしまった。しかしその表情には悔しさと悲しみが滲んでいる。そこまで私に強い思い入れがリータにあるのだと思うと、私も記憶を取り戻すまでは頑張らなきゃいけないなと思う。彼女は多分、以前の私に会いたくてこうしているのだろうから。


「とっくに交渉は決裂しているよ。リータ。悪い魔女らしく振る舞うしかないよ」

「あらあら、そうね。おとぎ話の悪い魔女は、癇癪おこして実力行使するものだものね」

「まぁ、そういうことだね。やいやい、エメラルド。大人しく記憶を返すんだね」


 私は鉄砲の銃口をエメラルドに向ける。ルビーとの喧嘩で私はわかったことがある。喧嘩するなら本気で、悪どく立ち振る舞うべきだ。戦いは相手の嫌がることをし続けることなのだから。ルビーが魔法以外に手段のない私に対して剣を振り回したのはそういうことだ。


「ふん、今の姉さんなら大して怖いことはないさ。そんなにビクビクしてい――」


 すでに異界化は済んでいる。私はすでに銃口を向けている。なのにおしゃべりをしている余裕なんてものはないはずだぞ妹よ。私は悪い魔女なのだから、記憶があろうとなかろうと、それなりに怖い態度と振る舞いをしなければならない。


 ――なので、私は引き金を引いた。

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