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第12話『未来求めの魔女と、導きの幽霊』

これにて完結になります。

短いような長いような。楽しんでいただけたのならば幸いに存じます。

確かにあの車は私とリータが街まで向かうのに使った車である。まさか一人でに動いたわけでもないだろう。勿論、魔法を使えば遠隔操作ぐらいワケない話でもあるのだが……。

不思議に思っていると、中から赤い髪の少女――ルビーだ――が出てきた。さらに、助手席にはエメラルドまでいる。一体2人してどうしたのやら。


「おいサファイア、聞いているか。こんなもん外に乗り捨てるなっての!」

「整備場の爺さん起こしてどうにかして、さらに給油までしてあげたんだよ、ルビーは」


 声を張り上げるルビーと、楽し気にニヤニヤとしているエメラルド。どうやらルビーの親切で、私の直面した問題は解決を見たようだ。素晴らしい姉妹愛。


「やあ、ありがとう2人とも。正直、私だけではソイツのご機嫌はとれなかった」

「別にオレだって大したことはしてねぇよ。爺さん起こしただけだし」

「おや、お金を要求しなくていいのかい? ルビー」

「馬鹿、そんなのカッコ悪いだろ」


 なんと。ルビーは身銭を切ってまで車の面倒を見てくれたらしい。そもそも経済活動自体があまり活発でないと思われるこの辺りで、そもそも魔女達はお金があるわけでもないのに、ルビーは自分の貯蓄を使ってくれたのだという。何て姉想いなのか。


「それに、あれだよ。餞別ってやつ? サファイア姉なら、最終的にこうなる気もしてたけどな……目覚めた直後のサファイア姉をオレが鎮圧できなかった以上は……」

「まぁ、無茶苦茶やらせたら姉さんが一番だったからねぇ。喧嘩で強いのは間違いなくクォーツ姉さんとトパーズ姉さんだけど、サファイア姉さんは喧嘩というか……」


 エメラルドは苦笑がちにこちらを見上げる。大丈夫、まだ若干『抜けて』ないが、悪い魔女ごっこをあまり引きずるようなことはしな……多分しない。……楽しかったので、またやりたいとも正直思っているが。いやいや、ほら。私は氷晶の魔女でありつつ、同時に悪い魔女であるというのは、何も矛盾しないことであるし?


「ああ、そうだ。2人とも、私と一緒に旅をする気はないか? 私はリータと、世界を見て回ることにしたよ。世界が終焉を迎えるその前にね。運が良ければ、まだ神秘が色濃く残る地を見つけることができるかもしれない」


 とりあえず、車をあやしてきてくれた2人にはその権利があるだろう。旅の道連れは多い方が楽しそうだし、ルビーとエメラルドなら退屈しないだろうし。


「姉さんと一緒にかい? 楽しそうだけどね、ほら、ボクにはまだ帰りを待つ人がいるからねぇ。少なくとも、司祭様を看取るまでは離れられないかな。……どうかな、姉さん。ボクが、あの人とお別れを済ませたのなら、あるいはボクも姉さんの気持ちがわかるかな」

「大事に思っていたなら、お別れはきっと辛くて悲しいものになると思う。ただ、私が彼に向けていた愛と、エメラルドと司祭様のソレは毛色が違うようだから、どうだろう」

「おや、それもそうか。じゃあ、まだ見ぬ未来に答えを託そうかな」


 エメラルドは少し気障ったらしく笑い、軽くハーモニカを吹いてみせた。


 さて、エメラルドには振られてしまったが、ルビーはどうだろう。


「あん? オレか? エメラルドを放っておけないからなぁ。ま、追々な。その内居場所を見つけて追いかけることにするよ。こうなった以上、オレたちもこのまま終焉に呑まれるのは面白くない。だろう?」

「その通りだ妹よ。私たちが離れ離れになることはあっても、欠けるのはダメだ」


 結局ついてくる者はなし。そんなことだろうとは思っていたが、みんなそれなりに、簡単に離れられぬ理由がある。お気楽なのは私ぐらいなものなのだろう。……私は、己を繋ぎ止める楔が、早々に外れてしまったようだから。

 そして、私を引っ張る愉快な友達もいる。これでは、いつまでも同じ場所に留まる方が無理というものだ。風のゆくまま、気のゆくままにふらふらするのも悪くないだろう。


「……忠告しておきますが、気分の良い道のりばかりではないですよ」


 クォーツ姉さまは、私の気持ちに水を差すようなことを言ってくれる。厳しいことを言うのも姉心か。クォーツ姉さまやトパーズ姉さまからしてみれば、私なんかはいつまでたっても子供っぽく見えるのだろう。……恋のひとつもしたことないくせに。などとは言うまい。


「そうね。ヒトはたいがい悪辣でロクデナシで、あまり美しい精神の生き物ではないものね」

「でも、私たちはそのヒトの手によって生み出され、リータ。君はまさにかつてヒトだった」


 クォーツ姉さまの言葉をどう受け取ったのか、皮肉っぽいことを言うリータ。ヒトはロクデナシだ。彼女は自分の過去を多くは語らないが、この見た目で亡霊であることを考えれば、あまり愉快な、聞いていて気分のいい話ではないことは確かだろう。彼女の言う通り、ヒトは悪辣だ。底なしの悪意と崩壊した倫理観の持ち主だ。彼らはあるいは、悪い魔女を優に上回る悪意でもって社会を動かしているのかもしれない。


 ――それでも、それだけがヒトを構成するものではない。


「泥の中から花が咲くように、美しいものも生まれるさ。彼はこんなにも素晴らしい思い出で私の心を満たし、彼との日々は確かに輝いていた」

「怖いもの知らずですね、サファイアは……」

「そこが私のいいところだからね」


 むしろ、クォーツ姉さまが少しばかり怖がりなのだろう。気が弱いというべきか。それだから、神秘が希薄になるからといって、私をタイムカプセルにしようなどと企むのだ。


「さて姉さん。大事な頼みごとをしたい」

「あなたの家のことですね……」

「流石姉さまだ。さしたるものもないとは思うけれど、家の中のものは好きにしてくれていい。ただ一点、彼の遺骨はそろそろ埋めてあげてほしい。土に還るかどうかは賭けだろうけれど、いつか姉さまたちが私と合流したときに、小指の骨のひとかけらでも私にくれたらそれでいいからさ」

「はいはい、任されました。トパーズに頼んで、何か果樹でも植えましょう」

「それはいい。彼も喜ぶ」


 トパーズ姉さまは豊穣の魔女だ。きっと立派な林檎の木でも育ててくれるだろう。そうすれば、いつか帰ってきたときに――どれだけ変わっていたとしても、すぐにわかるはずだ。そうすれば、どんな旅をしてきて、どんな出会いがあって、どんな愉快なことがあったか、それらを彼に語って聞かせることだってできるだろう。


「――それじゃあ、決心が鈍る前に行きましょう?」


 リータは微笑んでくるくると回り、窓から飛び降りた。真っ逆さまに落ちた彼女は、車に飛び込んでルビーとエメラルドを驚かせ、愉快そうに笑う。それから、早く早くと手招きをして私を呼んだ。――彼女と一緒なら、退屈な瞬間は少しだってないに違いない。


「……そうしようか。じゃあね、クォーツ姉さま。また会おう。トパーズ姉さまによろしく」

「ええ、また必ず会いましょう」


 私もリータに倣って、窓に手をかける。これまでは記憶がなかった都合、空中浮遊の魔法は使えなかったが、取り戻した今は違う。私だって自在に浮いてみせるとも。

 姉さまはそんな様子の私に苦笑を浮かべながらも、小さくハンドベルを鳴らして私の旅が安らかなるようにおまじないをかけてくれた。――きっと何も心配はないだろう。


「荷台に燃料缶はいくつか積んでもらってあるけど、過信すんなよ」

「ルビーもなんだかんだ心配性だねぇ。大丈夫だよ、サファイア姉さんなら、何かあってもいくらでも悪どい方法を何か考えるさ」


 私が空中に身を躍らせ、落下速度を操作してゆっくりと着地してのけたところを、妹達は特にリアクションもせずにそんな事を言う。ルビーの不器用な優しさがなんだか嬉しい一方で、エメラルドは少しばかり私に対してトゲがある。……悪い魔女ごっこがそんなに気に入らなかったか。


「また会おう、私のかわいい妹達」

「ま、ボク達もその内追いかけるよ。何かいい車買おうね、ルビー」

「買えっかな……まぁいいか。気をつけろよ、姉さん。何だかんだ抜けてるからな」


 あまり強く否定はできない。できないが、何事も上手くいく道のりなんてものは存在しないだろう。クォーツ姉さまからのおまじないだって万能じゃなしに、私かリータが何かドジすればトラブルのひとつふたつありそうなものだし、それだって旅のスパイスだ。


 ――ルビーとエメラルドに改めてお礼を言って、車に乗り込む。助手席では、そわそわした様子のリータが、いまかいまかと出発を待っている。――その期待に応えるべく、キーを回してエンジンをかけた。ぶるん、と小気味の良い音と振動が響き――。


「さぁ行きましょう。悪い魔女さん」

「ああ行こう。ほら吹き幽霊。自由気ままな二人旅だ。さて、まずはどこに行こうかな」


 この土地を離れれば、私は『氷晶の魔女のサファイア』ではなくなる。私をそうだと知っているヒトが誰もいないのだ。私も、その名を持ち込んでいくつもりもない。そう、私には本当の名前がある。――彼からもらった、一番の宝物。


 ――その宝物を、リータはにこにこと楽し気に口にする。


「ねぇ、『ニーナ』それなら、南西を目指していきましょう。西の国は、妖精や怪物を信じているらしいわ。都会の人たちの法も、すんなりとは受け入れないのではないかしら」

「それじゃ、悪い魔女は真っ先に魔女狩りかもしれないね。リータ、君も除霊対象かも。……ま、冷やかしにいくのも面白いかもしれない」


 悪い魔女だなんて他の国じゃあ冗談にもならないに違いない。私は少しばかり魔法の杖が剣呑なだけの善い魔女にならねば。私は善い魔女のニーナなのだ。彼だってそうあることを願っているだろう。――私は彼の自慢の恋人の『ニーナ』なのだから。

 彼からもらった名前は、一種の呪文だ。彼から『ニーナ』と呼ばれる度に、私は自分が幸福なのだと思えた。その名で呼ばれている限りは、私はお人形などではなく、一人の恋する女の子になれたのだから。そして今、私は名前を取り戻した。魔女としての名前ではなく、愛しい人からもらった、ヒトとしての名前を。これからの未来に必要な名前だ。


 私は湧き上がる興奮を抑えてアクセルを踏み、ゆっくりと車を出す。辺りは変わらず雪景色で、夕日の橙が雪を染め上げている。それはまるで――黄金に囲まれての旅立ちだ。


 塔から少し離れた頃、風に乗って小さくハーモニカの音色と鐘の音が響いてきた。姉妹達とは、これでもうしばらく会えないだろう。寂しくもあり、惜しくもあるが――。


「やるからには、楽しい旅にしなければならないわね」

「その通り。愉快にドライブしていこうじゃないか――音楽がないのが惜しいね」


 ――幽霊の微笑が、そんな僅かな寂しさを吹き飛ばしてくれる。


 彼女なら、私を導いて――この世界のどこまでも、旅して回れることだろう。


 過去を求めての旅は終わった。今から向かう旅は、未来を求めての旅だ――。


彼女の過去を求めての短い旅は終わりました。

新たに踏み出した未来への旅は、きっと長い旅になるでしょう。

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