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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

わたしと一緒! 嬉しいでしょ?

冬のある日。夕暮れ時の放課後。校舎裏。体育倉庫。中にいるのはたった二人の少女のみ。

「ねねっ、紫菫(しのぶ)まだぁ?」

「まーだ、まだ」

「ええーっ、もういーじゃん!」

「もう、水野ってばせっかちなんだからぁ」

「だって気になるもん」

「まあまあ、お待ちなされ」

「むー。……というか目隠しはともかく、何で私縄で手を縛られているの?」

「ヒ・ミ・ツ♡」

「またまたー! きーにーなーるーっ」

「ふふっ。折角の誕生日プレゼントだからね、驚かせたいの」

「おおっ? 自分からハードル上げちゃっていいのかな?」

「水野のことだからきっと泣いて喜んじゃうぞ~」

「そんなになのっ? ますます楽しみになっちゃうよ!」

「お姉ちゃんに任せなさいっ……なんつって」

「もーなにそれー」

そんな仲睦まじいやりとりをしながら、紫菫は興奮気味の様子で野球部の金属バッドを物色していた。

はぁーはぁーと漏れる息がマスクを膨らませては萎しぼませてを繰り返す。

「んー……よし! これにしよう」

「え? 何か言ったー?」

「なんでもなーい。こっちのこと」

「長すぎだよ~――ハッ、これが世に言う『じらしぷれい』なのねっ」

「え、焦らしてほしいの? まさか水野がそんな趣味を持っていたなんて……!」

バットを軽く振りながらニマニマと意地の悪い笑みを浮かべる紫菫。

「いじわるしないでー」

「もうしょうがないな。目隠し外していいよ」

「はいはーい! やったねっ――ていうか縛られているから無理じゃん! とってよ~」

「はーい」

目の前にいる少女はどんなに喜んでくれるのだろうと想像してニコニコしながら、目隠しを外そうと手を伸ばす――が、ふと真顔になって腕を下ろした。

「ねえ、わたしの顔ってどうかな?」

「ここにきて焦らしプレイ!?」

いいから!」

「むー……。まあ、とってもマスク美人だもんね! マスクいつもつけてるけど外したらもっと綺麗なんだろうなあ」

「ほんと?」

「うん! だってお母さんパリコレ出たことあるんだよねっ? お父さんダンディな社長さんだし! あーいいなー」

「お世辞言っても何も出ないぞ~」

「ホントだってば~――ハッ、もしかしてだけどー♪ もしかしてだけどー♪ 今からマスク取ってくれるんじゃないの♪ そういうことだろっイエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェイッ」

「急にテンション高すぎ」

紫菫は苦笑してから続けた。

「……見たい?」

「もっちろん」

「そっか」

唐突に頭に過ぎった一抹の不安が払拭され、再び笑顔が咲く。そのまま流れるようにマスクと目隠しを外す。

「やったね! 私が第一g――――…………え」

「…………」

「…………」

紫菫の素顔を見た瞬間。

水野は咄嗟に視線を逸らした。

空気が、頭が、背筋が、凍てついた。

「……どう?」

「…………えっと、その痣って……」

「小学校から中学にかけて、周りの子からはいじめられ、親からは虐待を受けてたの。その時にできちゃって」

「……っ。そう、なんだ」

マスクの下に隠されていたものは、目も当てられない程の大きい紫斑。

右頬の半分が痛々しく変色してしまっていた。

そんな彼女が何故か物々しい金属バッドを右肩に担いでいる。屈託のない天真爛漫な笑みを浮かべて。

綺麗なんてものではなかった。

姿を一言で形容するなら、恐ろしい。ひたすら恐ろしい。

膝から下が勢いよく切断され、氷の矛で背骨を貫かれたらきっとこんな心地がするのであろう。

そこには、ただただ狂気が存在するだけ。

水野は朗らかに、想像だけで紫菫の素顔を褒め称えた自分を呪い殺したくなった。

「……なあんて展開だったらまだ楽だったよね。周囲を恨めばそこで終了だもん」

「へ?」

紫菫はマスクと目隠しをひらりと落とし、紫色の部分を左手でそっと撫で回した。

「これ、産まれたときからあるんだよね、エヘヘ」

「ホントに小さい頃はね、親も耐えてて、友達も何も気にしていなかったよ。でも、やっぱり異質なものは異質なんだあ……ふふっ、分かる?」

僅かな間に奈落の底ぐらいに深い闇を感じられた。いつものように気軽に『分かる』なんてとても言えない。

水野には絶句して立ち尽くすことしか出来なかった。

「同中の人女子だけでも四人いるけど分かるかな?」

「……」

「もう、なんで静かになっちゃったの? 水野なら『え~! ホントに!? 全然気付かなかった~』って笑ってくれるのに」

「……」

「あ、もしかして放置プレイ? 焦らしプレイの仕返し? 可愛いなぁ」

「……ぃゃ」

固まったままの水野。

「まあ、いっか! それでね、高校からはずーっとマスクをつけることにしたの」

一方、余程ご機嫌な様子で告白を続け始める紫菫。

「中三の受験期に予防のために外出する時はずっとマスクをつけていたら、モデル事務所とかに沢山スカウトされたんだあ。ママに似てるって。その時初めて言ってもらえたよ」

「……ぅん」

「だからね、高校入学してから孤高のマスク美人目指すことにしたの! なんたってアイドルじゃなくて、わたしのお母さんはトップモデルだもの。皆が妬むのも仕方ないよね! しかも産まれたときからこんな凄いものがあったら……ね♪ 異質な人間は、皆の嫉妬の対象になる前に隅っこの目立たない所でそっと息を潜めるべきだよね?」

「そ、そんなことない……!」

彼女自身でも驚く程大きな声が出た。

「水野流石~」

「……うん、そんな、ことはない、よ」

「水野が最初に仲良くしてくれたおかげでわたし変われた」

「じゃあ――」

「――わたしみたいな顔でも普通になれるもの。皆とわたしを隔てるのはこの紫斑だけ。わたしにだけ、これがあるせいで皆モヤモヤしちゃうなら、皆一緒になれば皆仲良しだね! 皆普通になれるよ。世界中恒久平和だって夢じゃないぞ~!」

「……え?何を言って……」

「だからね! とーっても感謝してる!」

「待って、それ多分違うよっ」

「もう、謙遜することないってば。――と、いうわけで~! お誕生日プレゼントは~……ジャジャン!」

紫菫は語っている間に一度下ろしていた金属バッドを再び担いでから、素振りをする。

水野の目と鼻の先でブンッという音が鳴り、腕を縛られていることも相まって身体が縮み上がる。

「ねえっ、紫菫、まさか……っ」


「思いっきり、全力で頬をぶん殴ってあげるね♪」


死刑宣告にも等しい宣言と共に頬にピトッとバットをくっつけられた。冬の体育倉庫は冷蔵庫の中のように寒く、金属製のそれはキンキンに冷えてやがっていて、冷たい。全身を駆け巡る冷気と、鈍い光沢とが平常心を、思考力を、奪い取る。

「い、いやっ! らしくないっ」

離れるために脚力だけで慌てて立ち上がるも、縄の余った部分に足が絡め取られてすぐに倒れてしまう。

紫菫は逃げられた一歩の分、一歩進む。

「やだ!」

「どうして?」

悪びれるどころか、不思議そうに小首を傾ける紫菫。

自分が何をしでかそうとしているのか正確に理解できていないのだ。

そんな様子の彼女を前に、制服がダメになることやなけなしのプライドをかなぐり捨てることさえ厭わずに、芋虫のように身をくねらせてまで距離を置こうとする水野。

「しばらく痛いだけだよ?」

身をよじって離れてもすぐに距離が近くなる。

「それに痛みは、わたしとの友情の証」

転がって逃げても、僅か二、三歩で元通り。 「ふふっ、だいじょーぶだよ?」

どうして逃げるのだろう。皆お揃いのものを身につけるのに。それと何も変わらなくて、ただ似たようなところに痣をプレゼントするだけなのに。どうして?

「あ、そうか! 今度はツンデレ? もう、可愛いなあ」

「ひぃっ、ち、ちがっ」

「照れなくていいよ~」

二人は少しずつ逃げて、追ってを繰り返しついに、コンクート製の壁際へ。

「エヘヘヘヘヘ、それじゃあ水野!」

「いやああああああああああああああああああ」

「お誕生日おめでと~~~~~~~~~~~~~~」

――パァン‼

縛られているせいでロクに抵抗できなかった水野は約一メートル横のベースを収納する土まみれの大きな箱に激突。そのまま気を失ってしまった。

紫菫は犯行凶器から手を離して駆け寄る。

傍で屈んでから首す腿の上に乗せ、たった今ぶん殴った患部を労わるように、優しく撫でる。

「わたしと一緒! 嬉しいでしょ?」

尚、顔には幼子のような天真爛漫な笑顔が咲き誇っていた。





いかがでしょうか。これも部誌に載せた作品です。素直な評価やご感想を頂けると幸いです。

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