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2 誘い出し




 テテュスがまとめた荷物を抱え、庭へと降り立った時だった。

石の階段の脇から、見慣れた金髪が目に飛び込む。

「…グエン…………」


テテュスの、目を丸くする様子にグエンはそっとテテュスの背後を、つま先立って伺った。

あの、忌々しいテテュスのいとこ、美貌の邪魔者ファントレイユは居なかった。


グエンはそれでも探るように周囲を見つめながら、相変わらず猫科の獣のように気配を殺したしなやかな動作でそっ、とテテュスの側に寄ると、腕に抱える荷物を取り上げる。


腕の上からそれを取られテテュスはグエンを見つめるが、グエンはそれを階段脇に置き、テテュスを見つめ言った。


「…時間を、取ると言ったろう?」

テテュスは、その少しふてくされたようなグエンの態度に、まだ目を少し丸くしたまま問い返す。

「…でももう、終わったろう?」

「俺は終わってない」


テテュスは困惑したように眉を寄せる。

「…じゃあもう少し、付き合うから」

グエンは途端、嬉しそうに笑った。


相変わらず、隣に並ぶとグエンは長身だった。

しなやかな体付はだが、ここ一年会わない内に胸板が厚くなり、肩幅もがっしりとして随分逞しく目に映る。

…なのに態度は教練に居た頃と変わりなくて、テテュスは呆れた。


どこに行くのかと尋ねぬまま、グエンに付いて行く。

グエンを見上げ、テテュスは微笑んだ。

「随分、男っぽく逞しくなっていて見違えたよ。

教練の頃はもう少し背も低かったし、線も細かった」


グエンはため息を、付く。

「…あの頃は優雅に遊びまくってたからな。

もっとスレンダーだったろう?」

テテュスは眉をひそめた。

「…仕事がきついのか?」

グエンは途端、うんざりし頭を下げる。

「…一体誰を相手にしてると思ってる。

教練の、お上品で馬鹿な大貴族デリングレーなんて可愛いもんだ。

相手はご意見無用の、無法者だぞ?」

「…君の領地はそんなにごろつきがたくさん出没するのか?」


テテュスの素朴な質問に、グエンは横向き、テテュスを見た。

鼻の形も頬の線も顎の線も、すっきりと癖の無い形をしていてそれは綺麗な顔立ちで、気づく間もなく見とれてる。

最も面立ちの似た血縁のファントレイユと並ぶと、ファントレイユの際だつ美貌が前面に出てテテュスの美しさは後ろに控えたように、目立たなくなる。


が、色白な顔立ちを縁取る、焦げ茶色の巻き毛は艶やかで美しくて、テテュスの育ちの良い品格を良く現していて、とても、たおやかに見えた。


同級の連中と居るとテテュスは大人びて落ち着いて見えたし、実際彼らにそれは頼りにされていた。

が、グエンの瞳にテテュスはとても、可愛く見えた。

時折、テテュスが動き回ったり興奮すると唇が真っ赤になり、色白の品の良い端正な顔立ちにそれはとても映える。

濃紺の瞳はきらきらと輝き始めると、深い色の、ブルー・サファイアのようだった。


グエンが、テテュスの背に腕を回す。

テテュスはまるでグエンが、自分の大切な少女を扱うようなそんな様子を不思議に感じたが、したい様にさせた。

聞いてもどうせ、まっとうな答えなんかは期待出来そうに無かったから。


グエンはテテュスを覗き込むように顔を傾け、告げる。

「…俺の相手はごろつきなんかよりよっぽどタチの悪い、乱暴者の地方領主どもだ。

いつも人を見りゃ、無理難題ふっかけやがる。

奴ら、俺が地方護衛連隊長になった後、東領地ギルムダーゼン大公に就任なんてしたら身分に合わせたそれなりの扱いをしなくちゃならなくなるから、ひよっ子の今の内にとことん、こき使う気でいやがる」

テテュスがつい、ぷっ。と吹いた。

「笑い事じゃないぞ!

あんな奴ら相手にするくらいなら、ごろつきや盗人どもの方がうんと小心者で正直で、可愛げがあるってもんだ!」

テテュスがつい、尋ねる。

「そんなに、凄いのか?」

「この俺が手こずるんだからな」


テテュスは我が儘放題で周囲を振り回す事はあっても、自身は決して誰の言いなりにもならない在学中のグエン=ドルフを思い出し、思わず頷いた。

「…でも相手が無理を言って君が大人しく聞いている図が、想像出来ない」

「出来る事は仕方なく引き受けてやるが、出来ない事は無論、突っぱねる。

それでも聞かなきゃ、睨むか拳にモノを言わせる」

「…東領地ギルムダーゼンならではだな……」

テテュスが下を向いてつぶやくと、グエンは頷いた。

「それがあの地の流儀だ。殴り倒さなきゃ、ナメられる」

テテュスは、つい俯き加減で頷いた。

が、グエンが厩に足を向けるのに気づく。

「…あまり遠出は、出来ないぞ?」

「近場だ」

グエンが言い、テテュスは彼の横顔を見つめた。

細面で、整った顔立ちでとても優雅で美しい美貌だが、その顔の持ち主の意思がその姿と瞳に良く現れていて、荒々しい事も戦いも、平気だと言う荒っぽい雰囲気が、その美貌を裏切っていた。


きつい射るような緑の瞳は時折、相手をぞっと震え上がらせる程の迫力があり、がそれが彼の男っぽさを更に際だたせ、殆どの相手をどきまぎさせる雰囲気を作り上げていた。

いつ牙を剥いて襲いかかられるか解らない、姿のとても綺麗な、獰猛な野獣。

しなやかな獣の持つ、野生の独特な優雅さ。

グエンは同級生にはその気安い口調と気さくさで人気があったが、下級生達は皆、彼の独特の雰囲気にびびっていた。

彼を怖がる相手に彼が、威嚇する様子を見せたりするから、余計に。

が、テテュスにだけはいつも、それは大切そうに接していたし、実際困った時にはいつも助けてくれていた。


グエンが、馬の手綱を解いてテテュスを、見つめる。

テテュスが自分の馬の方へと進むのを見つけ、グエンがつぶやく。

「近場だと、言ったろう?二頭出す必要は無い」

テテュスが振り向き、呆れて言い返す。

「君と同乗しろと言ってるのか?」

「別にお前の馬を、疲れさせる必要なんか無いじゃないか。

どうせ馬の世話は馬丁達がやってるんだろう?」

「………後ろに、乗るのか?」

テテュスが戸惑うように言うと、グエンはさっさと馬に乗り、その片手をテテュスに差し伸べる。

二人乗りなんて、いったいいつ以来だ?

もしあったとしても手綱を握るのは、いつも自分だった。

テテュスは仕方なく、下を向いて一つ吐息を吐くと、グエンの差し出された手を取って鐙に足を掛け、彼の後ろに跨って彼の腰に、腕を回した。


身を寄せるとグエンの背は、嬉しそうだった。

以前よりやっぱり広く、頼もしくなっていたと言うのに、彼の子供っぽさはそのまんまで、彼は嬉しいだとか、怒っている感情をいつも明け透けに現しては隠す様子を見せなかった。

テテュスはファントレイユの事を考えるとつい、ため息が漏れた。

いつも、ファントレイユはしつこいくらい『グエンには気をつけろ』と忠告し続け、決して二人きりにならないようグエンが居ると必ず姿を、見せていた。

グエンの方も、テテュスがファントレイユを尊重するのを知っていて、時折茂みの影からテテュスを呼んでは、腕を引き寄せファントレイユに気づかれない様、テテュスを引っ張り出した。

二人きりになるとグエンは途端とても嬉しそうで、まるで少女をエスコートするようにかなり丁重に、扱われた。

テテュスは自分が同級ではかなりの長身だったし、そんな扱いをされた事が無くてそれは戸惑ったが、グエンはテテュスと同級生で、ろくでもない上級生に絡まれる大人しく身分も低く見目のいい連中に、ぞっこん惚れ込まれていて、彼らはこぞってグエンに取り入っては自分に乱暴を働こうとする上級生を、追い払ってもらう為にグエンと、深い付き合いをしていた。

グエンは彼らにだけは優しい扱いをしていたようだから、自分が庇うと認めた相手に対してはそういう扱いが板に、付いているんだろうと、思った。

グエンはたくさんの相手をしていたから、いつも触れられてもそれは自然で、背に腕を回して抱かれたり、肩を抱かれたりしても本当に何気なかった。


だが教練の領地を過ぎ、更に都の境目近くまで来てもグエンは馬を進めるので、テテュスは背後からグエンに叫んだ。

「…都を、出る気なのか?!」

グエンは聞く気が無いように速度を落とす事は無かったから、ついテテュスはグエンに回した腕を解くと、鞍に手を掛け腰を、浮かせた。

足を跳ね上げようとした瞬間、グエンが気づいて振り返ったがもう、テテュスは馬の背から自分の体を放り上げ、飛び退き様前へ飛び去る馬の尻を見ては、着地の体勢を取った。


グエンが慌てて手綱を引き、馬が激しくいなないて首を振り上げ進む歩を止めると同時に、テテュスは地面に、鮮やかに着地した。

グエンは暴れる馬の首を手綱を強く引いて抑えながらも、地に降り立ったテテュスに振り向く。

テテュスは怒る様子も無く、馬上のグエンに微笑んだ。

「…あまり遠出、出来ないと言ったろう?」

グエンは一つ、その手強い相手に吐息を吐いて聞いた。

「…歩いて帰る気か?」

テテュスは少し肩をすくめて来た道を見つめた。

「…少し歩けば、馬を貸してくれそうな場所くらい見つかる筈だし」


グエンはがっくり、肩を落とした。

物も知らず実行力も無い相手とは違う。

テテュスは充分実戦で役立つ男だったし、ぬかりもないのは良く知っていた。

何より軍の大物、実力者アイリスの一粒種だ。

…がまさか、速度を上げて走る馬上から飛び降りるとは…………。


グエンはテテュスの横に馬を進めると、静かなとても若い騎士然として立ってはいるものの、艶やかでたっぷりとした濃い栗毛を肩に胸に垂らし、色白の綺麗な顔立ちの、真っ赤な唇をしそれは可愛く見える愛しの相手に、つぶやいた。

「…もう、ほんの少し先だ。約束する」

そう言って、うんと屈んで肩を下げ、下にいるテテュスにその手を差し出す。


テテュスはグエンを、見上げた。

屈む彼の濃紺の衣装の胸に金の髪が巻き付き、相変わらず相手をどぎまぎさせる美貌で、だが緑の瞳はとても真剣だった。

その自分から折れる事の見受けられない野獣に、乞うように見つめられて、テテュスは少し下を見、ため息を付いてその手を、取った。


グエンは、相変わらず身軽な様子で後ろに飛び乗るテテュスの体の感触を背後に感じ、再びその腕が自分の腰に巻き付けられると、心の中でほっと、安堵の吐息を漏らした。




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