99 オリジナル輝術
意識の海に身を沈ませ、泳ぐように心の中を探索する。
心の奥底にある光の欠片を探り出す。
光の欠片に意識を触れさせようとする。
途端、それは熱を帯びて赤く変色してしまう。
これじゃダメだ。
一度手を引っ込め、心を落ち着ける。
それから再度、光を捕まえるべく腕を伸ばした。
ゆっくり。
無心で。
光の欠片に意識の手が触れた。
焦っちゃいけない。
心を落ち着けて、変色も発熱もしないことを確かめる。
意識すべてを光と同化させるように、光の中に入っていく。
意識の中と外が逆転し、私の周り全てが光になった。
いま、私は光の中にいる。
私こそが、光。
「蛍灯」
瞳を開き、私は呟くように声を出した。
突き出した掌の先の空間が僅かに揺らぐ。
揺らいだ空間はやがて安定し、微小ながら淡く発光する球体が出現した。
消えそうに淡い光だけど紛れもなく、私が作り出した光。
……やった、成功した!
修業を始めてから五日。
輝術修行とは思えないハードなトレーニングを続けながら、私は必死にオリジナルの術のイメージ練習を続けていた。
あの日、ダイがベッドを貸してくれた夜……
私は部屋の中で蛍を見つけた。
淡い光、熱の伴わない、純粋な光を放つ小さな蛍。
時間が立つのも忘れて、私はその光を見つめ続けた。
おかげで寝不足で、翌日のトレーニングはボロボロ。
昼過ぎには切り上げさせてもらったけれど、私が何かをつかみかけていたのに気付いたのか、先生は何も言わなかった。
次の日も、その次の日も。
部屋に招き入れた蛍の光と一晩中向き合い続けた。
そして、今日。
私はオリジナルの光の術の発動に成功した。
術と、別のイメージの融合。
無意識に省略していた光の欠片探しから始め、術のイメージを全身で取り込む。
そして、それを蛍という固定されたイメージの形にして発動する。
輝術で産み出す光はとてもデリケートで、ちょっとでも雑念が入れば簡単に姿を変えてしまう。
このイメージの固定を発見するまでが、一番大変だった。
あと、一番肝心なのが術の名前。
私は町で南部古代語の辞書を借りて、それを見ながら相応しい名前を考えた。
蛍は南部古代語でルッチョラ。
それを適当に崩して、光の術であるライテルと組み合わせる。
これだ! という名前を決めたら、それを繰り返し唱えながら作り出したイメージを乗せる。
その名前の通り、作り出したのは蛍のような淡い光。
色々試行錯誤した結果、ようやく成功したのは一時間前。
その後は試しに術名を変えてみたら上手くいかなかった。
この蛍灯が灯に相当する私オリジナルの光の術だ。
効果は見ての通り、若干弱めだけど……
まあ、術が成功したんだから良いでしょう!
しかし、三日前からほとんど寝てないため、さすがに疲労はピーク。
こんなに集中した事って学校の授業でもない。
いい天気だし、ちょっと寝転んで目を瞑っちゃおう。
「なに寝てるんだ」
「はわっ!」
び、びっくりした! びっくりした!
「せ、先生、いつの間に?」
視界を遮るように、グレイロード先生が私を見下ろしていた。
寝転ぶ直前までは間違いなく近くにはいなかったのに!
前に現れた時みたいに、何かの道具か輝術を使ったのかな?
いきなり現れるは心臓に悪いからやめて欲しい。
いや、別に悪い事してたわけじゃないんだけど。
「体力トレーニングをサボっただけの成果はあったか?」
「あ、はい。一応……」
本当は眠くて休みたいけど。
いまの感覚を忘れないうちに、私は完成したばかりの蛍光を先生の前で披露して見せた。
淡い光。
太陽の光の下ではほとんど見えないような、微弱な光。
私の苦労の集大成を見た先生は、考え事をするように首を捻り。
「ぷっ」
それから顔を逸らして口元を押さえた。
笑った! 私が一生懸命考えた術を笑ったなっ!
「まあ、いいだろう。次のステップに進むぞ」
※
光の術に成功したら、今度は得意の火の術の練習。
火の術はすでに成功しているけれど、上手く制御できなければこの前のように自分自身が飲み込まれることになる。
より正確なイメージが必要だ。
完全に術のイメージを自分のものにした暁には、以前より遥かに上手に術を操れるようになるだろう。
……と先生は言ってたけど。
「今から俺が火の術を使うから、それを見て体で覚えろ」
「体で、ですか」
ようするに見学だね。
どんな厳しい無理難題を押しつけられるか身構えていたけれど、これなら少しは休めるかもしれない。
今日からいつものランニング、筋トレに裂く時間はなくなる。
本当はそれほど必要じゃなかったけれど、術のコツを掴むまで特にすることがなかったから、暇つぶしにやらせてただけなんだって。
このサディストめ。
ともかく、眠らずに術を完成させた甲斐はあった。
これでもう辛い思いはしなくて済むぞ!
世界の平和を守るため、心機一転して輝術の修行を一生懸命がんばる!
……なんて考えがどれだけ甘いか、いい加減に理解しなくっちゃいけなかったんだよ。
「あの、先生……何を?」
先生は私の頭に手を置いて輝言を唱え始めた。
結構長い。
先生の詠唱が終わるまで三十秒ほどかかった。
「対輝無効化鎧」
私の体が白く発光する薄い膜のようなものが包まれる。
なんだろう。ものすごく高階層の術みたいだけど。
「敵の輝術を無効化させる術だ。効果対象は一人、持続時間は短いが四階層以下の大抵の術は防げる」
へー、すごい術。
でもなんでそれを私に?
巻き込まれたら危ないからとか?
そんなに大規模な術を使うのかな
「じゃあ行くぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
どうして先生は私の方を向いて構えているのかな?
「まさかと思いますけど……私に向けて輝術を撃ったりしないですよね?」
「安心しろ、そいつが耐えられないほどの術は使わん」
ひぃーっ!
「ごめんなさい先生、いままでありがとうございました!」
数秒前の決意も忘却のかなた。
世界よりもまず、自分の命を守るため、私は逃げ出した。
「逃さん! ――火炎圧壁!」
津波のように襲い掛かってくる炎の壁。
私はあえなく飲み込まれた。
防御の術のおかげで丸焼きにはならないけれど、それでもかなり熱い!
それ以上に、炎に包まれるっていのは想像を絶する恐怖だ!
目の前が真っ赤だし、息もできないし!
私を通り越した炎は、先生と私の周囲三六〇度に文字通り壁として聳え立ち、完全に逃げ場を塞いでしまった。
「逃げたければ好きにしろ。ただし逃げれば問答無用で対輝無効化鎧を解除するぜ。ふふふ」
どうしてそんな楽しそうに笑っているんですか!
この人、やっぱりただのサディストかもしれない。
世界を救った伝説の英雄がこんなのなんて、どっちにしろ人類に先はない気がしてならない。
……いや、私がなんとかしなきゃ。
「覚悟はできたようだな」
先生は悪魔のような笑みを浮かべて輝言を唱え始める。
私はその声を半泣きで聞いた。
人類を救うとかの前に私、生きてみんなのところに帰れるのかなぁ……




