82 修行、断りました
前略、親愛なるナータへ。
お元気ですか? 私は元気です。
早いもので、あれから二週間が経ちました。
初めての外の世界は全てが新鮮で驚きの連続です。
最初はとにかく散々だった!
荷物を盗まれるわ、ワルイ男たちに絡まれるわ、年下のくせにやたら憎たらしい男の子にバカにされるわ!
それから、それからね。
悪の盗賊団との戦いに巻き込まれちゃったりもしたりして。
てへ。
そいつらって子どもたちを利用して悪い事をしているサイテーの集団だったんだけどね!
成り行き上、調査していたファーゼブルの輝士(←じつは違かったって後でわかったんだけど)の手伝いをすることになって……
私が手伝ったところで何ができるかって?
ふふ。実は私、本格的に輝術を使えるようになったんです!
盗賊なんかに負けないんだから。
まあ結局は力及ばずピンチになっちゃったんだけど。
その時に颯爽と現れて助けてくれたのがまたもジュストくんだったの!
ああもう最高の再会シチュエーション……
これはやっぱり運命? なーんて。
それで、それでね!
追放になるはずだったジュストくんだけど、どうやら許してもらえそうなの。
ついでに私の脱走も。
なんでかって?
あのね私、すごい人に会っちゃったの。
聞いたらびっくりするよ。
なんと魔動乱の五英雄、大賢者グレイロードさま!
大きな竜を吹き飛ばしちゃうくらい凄い人なんだけど、なんだか私のことを気に入ってくれたみたいで、いろいろと取り計らってくれることになったの。
まあちょっとした条件を出されちゃったけどね。
いまフィリア市に帰るための特別な通行証を作ってもらってる。
だけど発行まではまだ時間がかかりそうなんだ。
で、その間にちょっとしたお手伝いをしなきゃいけなくなったの。
というわけでちょっと遅くなるけど、たぶん夏休みが終わる頃までには一旦帰れると思います。
そしたらまたいっぱい遊ぼうね。
私もナータにまた会える日を楽しみにしています。
あなたの大親友のルーチェより。
※
「はふ……」
書き終えた手紙を読み返しながら私は小さくため息をついた。
昨晩、南フィリア学園の夢を見てしまった。
それで恋しくなっちゃってこうして筆を取ったわけなのです。
まだ二週間しか経ってないのにね。ホームシック?
って言っても、国境を越えて私的な手紙を届けるのは無理だから、この手紙は帰ってから手渡しすることになるんだけど。
いいじゃない、ね?
いまの気持ちを残してそれを伝えることが大切なんだよ。
「んんっ」
こんこん。
大きく伸びをして椅子を立ち上がると誰かがドアをノックした。
ドアを開けると廊下に荷物を抱えた男の子が立っている。
ブラウンの髪に優しげな表情に軽装のチュニック。
「おはよう」
あわわっ、私ってばパジャマのままだ。
む、胸のボタンが。
「お、おはよっ」
慌てて胸元を隠してボサボサの髪の手櫛で整える。
そんな私を見てジュストくんが笑った。
ううう、そんな風に微笑まれるとドキドキが隠せなくなっちゃうよ。
「朝食できてるって。先に行ってるね」
「あ、うん。私も行くっ」
私は慌てて服を着替えて荷物を纏めた鞄をかつぐ。
さっき書いた手紙はポケットに入れてジュストくんの後に続いた。
前を歩く彼の背中をじーっと眺めながら。
……うふふ。
朝起きて一番に好きな人に会える。
友達のいる学校もいいけど、こんな夏休みも嬉しいな。
いま私たちはクイント西部のとある町にいる。
狼雷団の一件を終えて輝士としての功績があったジュストくんは罪を免除(というよりなかったことに)してもらえたんだけど、あと一ヶ月の間クイントで任務を務めなければならないんだって。
それが終わればファーゼブルに戻ることができる。
任務の内容は狼雷団の残党捜索の手伝い。
と言っても決められた拠点に滞在して、その近辺の見回りをする程度だっていうけどね。
しかも拠点っていうのがジュストくんの生まれ故郷の村って話だから、ちょっとした里帰りみたいなもの。
私もフィリア市脱走を許されたし堂々と帰るための通行証を発行してもらっている。
晴れて二人ともファーゼブルに戻れるわけだけど、どんなに急いでも手続きには今月いっぱいかかるみたい。
それまでの間、私はジュストくんと一緒に彼の故郷の村に滞在することになりました。
夏休みの間のホームステイ。
ジュストくんの生まれ育った場所……ちょっと楽しみ。
あと一ヶ月間もいっしょに過ごせるなんて考えただけでも幸せで倒れそう。
ああ、思い切って脱走してきてよかった。なんてね。
「グレイロード様の誘い、断ったんだって?」
宿の食堂で朝食をとっているとジュストくんの口からそんな話題が出た。
グレイロードさまから「世界一の輝術師になってみないか」っていうお誘いをいただいたことかな?
あの伝説の大賢者様みずから私のために輝術の稽古をしてくれる。
輝術学校の生徒なら卒倒しそうな信じられない申し出。
けど。
「いいの。才能があるからって輝術師になりたいわけじゃないから」
私は断った。
今回は成り行き上しかたなく狼雷団やエヴィルと闘った。
だけど本当は戦いなんてしたくない。
凄い輝術師になって偉い役職に就きたいとか英雄になりたいなんて思ったこともない。
いや、そりゃフィリア市で暮らしていた時は冒険モノの本とか読んで憧れたこともあったけどね?
現実で命を賭けて誰かと戦うっていうのは想像していたよりずっと大変だってわかったから。
修行を受けることが脱走を許す条件だったらどうしようかと思ったけれど、それはどっちでも大丈夫みたい。
なので私はジュスト君と一緒に任務を務めて通行証ができるのを待つことにしたのでした。
「ルー」
ジュストくんが少し真剣な表情になる。
「なに?」
「余計なことかもしれないけど」
「うん」
「どんな力を持っていようと君は君だよ。フィリア市にいた時と同じ優しいルーのままだ。それだけは僕が保障する」
私は少しびっくりした。
グレイロードさまはこう言った。
私が聖少女……閃炎輝術師プリマヴェーラさまにそっくりだって。
確かに私には特別な力があるみたい。
でも今は五英雄が活躍した魔動乱の時期とは違う。
私がそんなすごい輝術師になったとしてもやるべき事なんて何もない。
冒険者の時代はとっくに終わったし平和は輝士や衛兵が守ってくれている。
私は普通に、平穏に暮らせればそれでいい。
「大丈夫。全然気にしてないよ。……ってそれより、本当にごめんなさい! 私のせいでいっぱい迷惑かけちゃって!」
今さらになるけど私は自分のしたことを思い出して深く頭を下げた。
いや本当は出会ってすぐに言うべきだった。
いくらエヴィルと戦うためとはいえ私はジュストくんの気持ちも考えず、ルールも知らずに勝手に隷属契約をしてしまった。
そのせいで彼はあわや彼の夢を奪ってしまうところだった。
謝って済むことじゃないけど本当に心から申し訳ない気持ちでいっぱい。
「僕は全然。むしろ感謝してるくらいだよ。おかげで正式な輝士への早道になったし、輝攻戦士の疑似体験もさせてもらったしね」
そう言ってくれるのは嬉しいけど……
私の浅はかな判断で迷惑をかけちゃったことは深く反省しなきゃ。
「それで夏休みが終わったらどうするの?」
「これまで通りフィリア市でのんびり暮らすよ」
「そっか。もったいないけどルーがそうしたいならいいんじゃないかな」
「ありがとう」
ともあれ、すべて解決したいま私は元の生活に戻る。
まだまだ友だちと遊びたいし将来は保母さんになるって夢もある。
十七年間も普通の女の子として過ごしてきたのに、いきなり最強の輝術師なんて言われてもピンとこないよ。
私は聖少女には、なれない。




