794 天使の咆哮
「なんだ、なんだなんだなんだそりゃ! ふざけんのも大概にしろよ!?」
天使が完全にヒステリーを起こしている。
私の一斉攻撃で天使自慢の億の軍勢(笑)はあっさり壊滅。
意外ともろかったから、一体あたり八五発も当てなくてよかったかもしれない。
「天使より強い? 神至者? そんなの概念上だけの存在だったはずだろ! あたしらよりも『あのお方』に近い女なんて、どの世界にも存在するはずがないんだ!」
あーもう、うるさい。
思い通りにならないからって戦闘中に文句言いすぎ。
私も人のこと言えないけど、こいつは私以上に「ただ力を持ってるだけの子ども」って感じ。
あ。
新しいこと思いついた。
今まで私は輝力を『既存の術の一度に撃てる数を増やす』事ばっかりに使ってきた。
でもここは初心に戻って『術の威力そのものをパワーアップ』させてみたらどうだろう?
ということで、天使がわめいてる間にテスト開始。
右手に輝力を集中して閃熱を剣の形に。
そのまま形を崩さず密度を上げる。
……
うーん?
ある程度は可能だけど、二五六倍くらいまでが限界かな。
それ以上になるとどうしても元の形が崩れて分離してしまう。
この辺りはもっと練習するか、道具を媒体として使ってみるしかないか。
まあそれでもジュストくんの超新星一〇〇倍よりも輝力密度は濃いけど。
ここは開き直って巨大化も併用しちゃおう。
普段の六六五三七倍の輝力を右手に集中して……
「閃熱白刃剣256×256+1!」
前の魔王さんの巨大剣より若干小さいくらいの大きさ。
ジュストくんの超新星よりもさらに濃く白熱する刃。
質量がないから重さを感じないそれを、私は天使目掛けて思いっきり振りかぶった。
「えいっ」
「ぐごっ!?」
ばちばちばちばちっ! と、強烈な抵抗があった。
彼女の表面を覆ってるバリアはそれでも破れないけど、確実に効いてる!
そのまま一気に……でぇい!
「うぎゃあああああーっ!」
天使はきりもみ状態で吹き飛んでいく。
エンジェリックホームラン!
……と思ったらすぐに空中で体勢を立て直されたよ。
「この野郎、テメエ、テメエ、テンッメエ……!」
怒りにがくがく震える天使。
目尻には涙もうっすらと浮かんでる。
偉そうな女の子が泣いてる姿ってかわいいよね。
「うわあああああああーっ!」
天使が絶叫する。
翼をこちらに向ける。
そのまま飛び立っていく。
……え、逃げた?
どうしよう、放っておいてもいいかな。
でもあいつ世界を滅ぼすとか言ってたし。
ここで逃げられると後々めんどうくさそうだから、追いかけてやっつけておこう。
「まて!」
私は白蝶を辺り一面に展開し、逃げる相手の背中に次々とぶつけながら、自分もまた閃熱の翼を広げて天使を追いかけた。
◆
あたしが屋根に上ると、
「本当に天使を追い払うとはな。俺との戦闘でも全力を出してはいなかったということか……」
ちょうど魔王がそんな独り言をいってたわ。
「ねえ、なにがあったのよ!」
ベッドに引き入れようとしたルーちゃんが急にすごいスピードでどっかに行ったかと思えば、外では空をものっすごい光が覆って、よくわかんないことになっていた。
ここに集まっているのは魔王、プリマヴェーラ様、黒衣の妖将と、見慣れぬ猫耳の女の子。
ルーちゃんもいるのかと思ったけど、どこにも姿が見当たらない。
「我が娘がお前たちの神話の天使と戦い追い払ったのだ」
魔王があたしの質問に答えたわ。
こんなの学校で言っても信じてくれなさそう。
で、神話の天使ですって?
今さらそんなのが出てきても驚かないけどさ。
「そんでルーちゃんはどこにいるの?」
「逃げて行った天使を追いかけて行ったぞ」
今度は黒衣の妖将が答える。
「親友のことが心配か? 大丈夫、ルーチェはあんなやつに負けないよ」
なにこいつ、ルーちゃんのことずいぶん信頼してるみたいね。
まさかと思うけどライバルじゃないわよね?
「まあいいわ。あたしはルーちゃんを追いかけるから、どっち行ったかわかる?」
ヴォレ=シャープリーから引っ張り出してきた予備の脚部飛行ユニットを起動させながら、あたしは黒衣の妖将に尋ねた。
「いや、追うっておまえ」
「やめておいた方がいいよ。ヒカリちゃんたちの戦いに巻き込まれたら、生身の人間なんて一瞬で蒸発して死んじゃうから」
伝説の五英雄、聖少女プリマヴェーラ様……
ルーちゃんのお母様がそう言ってあたしを止めた。
この人が言ってる「ヒカリ」ってのはどうやらルーちゃんの本名みたい。
あたしにとってはルーちゃんは永遠にルーちゃんだけどね。
「心配ありませんわルーちゃんの御母様。あたしが無事にルーちゃんを連れもどして見せますですわ」
「いや大丈夫じゃないから。マジで死ぬぞ。ルーチェが悲しむからやめておけ」
うるさい黒衣の妖将ね。
さりげに気を使える女アピールしてるし。
ところが黒衣の妖将はあたしの目の前でふわりと浮かび上がった。
「まあ、わたしは追いかけるけどね。せっかく紅武凰国の傲慢の象徴である天使が倒れるところを見れるんだ。こんな機会を逃すわけにはいかない」
「は? ふざけん……」
な、と言い切る前に黒衣の妖将は体を雷に変え、一瞬で視界から消えてしまった。
なんて速度……まるで稲妻みたい。
さすがにあれは脚部飛行ユニットじゃ追いつけないわ。
どうしようかと考えてたら、館の近くの森で白い鎧の巨人が立ち上がった。
『グランジュストで追いかけます! あれが本物の神話の天使なら、ルーをサポートしないと!』
乗り物発見。
※
あたしは起動準備をしている巨大ロボットの前に回り込んだ。
「待ちなさい。あたしも乗せてって」
『え? こ、これは一人乗りだから無理だよ。それよりインヴェルナータさん、危ないからどいて』
「あんたに名前で呼ばれる筋合いはないんだけど。それよりあんた、ルーちゃんをフッたらしいわね」
『……そ、それは』
「あたしからルーちゃんを奪ったくせに。ルーちゃんを奪ったくせに」
『べ、別に奪ったわけじゃ……あれは、英雄王が仕組んだことで……』
「乗せってってくれるわよね?」
『はい』
コクピットハッチがぐいんと開く。
あたしはその中に滑るように入り込んだ。
ふーん、ヴォレ=シャープリーの中とはずいぶん違うのね。
空中に座席が浮いてるみたいな感覚はよく似てるけど。
「座るところはないから、座席の後ろの隙間で体を固定していてくれ。そこにベルトがある」
「わかったわ」
ジュストは剣の柄みたいな操縦桿を掴んで掛け声を上げた。
「グランジュスト、発進!」
▽
「追いかけなくていいの?」
ハルがソラトの顔を覗き込みながら問いかける。
ソラトは去っていく巨大ロボットの後ろ姿を眺めながら答えた。
「いいさ。ここから先は若者たちの物語だ」
「なに、急に枯れた老人みたいなこと言いだしちゃって」
「……それに、今のヒカリならあの天使くらいには勝てるだろう。この時点で奴が動かないということは、あれはすでに見捨てられた可能性が高い」
「ビシャスワルトの破壊とか言ってたもんね。そんなのがあの人の意志とは思えないし、暴走なのかな? でも万が一ってこともあると思うよ」
「どちらにしても、奴が出てきたら俺たちが行ったところで役には立たない。すべては終わりだ」
「だよねえ……」
「今はヒカリが天使を倒して戻ってくるのを待とうじゃないか」
仲睦まじそうに語る先代魔王夫婦。
その横では仙猫族のエミルが腕を組んで難しい顔をしていた。
「うーん、でもな~」
「どうしたバカ猫」
「バカって言うな~。いや、あのね? もしあの天使がゲートを通ってミドワルトに逃げるつもりだとしたら、ちょ~っとまずいな~と思ってさ~」
「何がまずいんだ」
エミルは指を立て、なぜか誇らしそうな顔で説明をする。
「ほら、ヒカリちゃんの力の根源ってビシャスワルトそのものじゃん? だから他の世界に移動したら、あれだけの強大な力は使えなくなっちゃうんじゃないかな~って思うんだけど」
「……」
先代魔王はしばし沈黙していたが、
「今からでも追いかけようか、ソラトくん?」
「……いや、ここは娘たちに任せよう」
妻の問いかけに神妙に首を振り、先代魔王は唇を噛んでルーチェたちが飛んで行った方角を睨みつけた。




