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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
最終章 魔王伝説 - light of justice -
787/800

787 ▽第三世界の侵略

 ここはミドワルト、セアンス共和国の上空。

 夕暮れの空を一機の空戦仕様FG『ヴォレ=ビュゾラス』が飛行している。

 機体を操縦するコクピット内のパイロットは、不可思議な文字通信(メール)を受け取った。


「作戦変更?」


 音声通信じゃないのも奇妙だが、どうやら母艦を飛び越えて二班・三班全員に送られている。

 だとするとこれは天使様から直々の命令……つまり横やりである可能性が高い。

 面倒ではあるが紅武凰国軍としては従うべき指示だ。


 レーダーを注視しながらスクリーンのパネルを操作しメールを開く。

 そこには驚くべき指示が書かれていた。


「おいおい、マジかよこりゃ……」


 読み終えると同時に音声通信が入る。

 離れた場所で作戦行動中の同じ二班の僚機だった。


『イチタカ。メールは読んだか?』

「ああ。だがこれ、マジでやっていいのかよ」

『天使様の命令なんだ。俺たち兵士は従うしかないさ』

「いまごろ母艦は大慌てだろうな。一班に何かあったのかね?」

『追って艦からも正式な命令が下されるだろう。とりあえず一度合流して、それからメールに書いてある目的の場所へ向かおう』

「了解」


 初の異界での機動兵器を用いた任務。

 軍は艦ごとに三つの班に分かれて行動していた。


 天使様の乗艦された旗艦『サスケ』の一班はビシャスワルトへの強襲。

 次元間侵略軍の首魁、反逆者ソラトの抹殺がその目的である。

 また、ミドワルト製人型兵器の調査も含まれている。


 そして彼らの所属する二班および三班の受けた任務は、ミドワルトに攻め込んだビシャスワルトの軍勢の()()だ。


 次元ゲートを超え、別の世界の調和を乱す魔物たち。

 それらを排除しミドワルトに平和を取り戻すのが目的である。


 その過程でミドワルトの人間とは極力関わらない。

 排除が完了した後、この世界の主要な国家の中枢と秘密裏に接触。

 彼らの神話をなぞって「あれは神々の奇跡だ」と噂を流してもらえばそれで終わり。


 ビシャスワルトの魔物どもは紅武凰国のFGの敵ではない。

 ましてや空戦タイプのヴォレ=ビュゾラスなら万が一にも撃墜される恐れはない。


 花形である一班に所属できなかったのは残念だが、これはこれで人知れず世界を救うヒーローみたいで、楽な割にはやりがいのある仕事だと思っていた。


 しかし、たったいま与えられた新しい任務は……


「こりゃ下手すりゃ俺たちが悪役だな」

『言うな』




   ※


 ラインは人知れず後ろに回した拳を怒りに震わせていた。

 彼だけではない、この場にいる他の輝士たちも同様であろう。


 ここはシュタール帝国、帝都アイゼン、帝城の中庭。

 彼らの前には『相手側』が用意したテーブルがある。


 星輝士たちに背を向けてテーブルに着席する皇帝陛下。

 本来なら皇帝がこんな屋外で外部の者と会うなんてありえない。

 だが『相手側』は謁見という形を拒否し、対等な立場での交渉を望んだ。


 交渉に参加するのは必ず国のトップに立つ人物とする。

 以後、その人物以外との交渉はしない。

 同席する護衛は五人まで。


 帝国はこんなふざけた条件も飲むしかなかった。


「説明は以上です。フィンスターニスさん」


 無礼にも皇帝陛下を御名で呼ぶ『相手側』の代表人物。

 彼は最初に『ナカムラ』と名乗った。


 曰く、ミドワルトでもビシャスワルトでもない、第三の世界から来た者である。


 普段なら妄言と切り捨てたことだろう。

 仮に真実だとしても、こんな無礼な面会を受け入れはしない。

 彼らが空飛ぶ巨大な艦艇と、無数の人型兵器にさえ乗って来なければ。


 今もナカムラの背後には一機の人型兵器が立っている。

 全長およそ二十メートルの、流線形の猛禽を思わせる青色の巨人だ。

 さらに街壁の向こうや帝都の上空にもこれ見よがしに無数の人型兵器がうろついている。


 ジュストによる恫喝の記憶は新しい。

 人型兵器という存在に国中の誰もが恐怖を覚えている。

 彼ら異世界人たちはそんな絶妙のタイミングで接触してきたのだった。


「和親条約を結んでいただけるのなら、この国を侵略中のビシャスワルトの魔物どもの相手はすべて我々が引き受けましょう。なあに、あんなやつらを殲滅させるのは容易いこと。我々の軍事力をもってすればね……」


 すでに彼らはセアンス共和国に残っていたエヴィルの残党をあらかた壊滅させたという。

 これは前線にいた我が国の輝術師にも確認を取らせたからほぼ間違いないだろう。


 この一年、人類が散々に苦労させられた魔王軍。

 二つの大国を滅ぼし多くの犠牲者を出した恐るべき侵略者。

 それをこの第三世界の人間たちは、実に容易く追い払える力を持っている。


「まずは条約の内容を見せてもらおうか」


 皇帝陛下は重々しい口調で言った。

 ナカムラはニヤリと笑い、一枚の板を差し出した。


「指でスライドさせると続きが読めますよ」


 小型の映水機のようなものだろうか?

 表面には紙の上に描いたかのような鮮やかな文章が映っている。

 皇帝陛下が板に触れて指を上に滑らすと、その動きに反応して文字が上に移動する。


 この機械マキナ一つ見ても、彼の世界とミドワルトの技術格差が嫌でも理解できてしまう。

 長々と書かれた条文を半ばまで読み進めた辺りで皇帝陛下は怒りに全身を震わせた。


「こんなっ……これは、正気で言っているのか……!?」

「もちろんですよ。正気も正気、大真面目。どうでしょう、受け入れてもらえますか?」

「ふざけるなっ!」


 皇帝陛下は条文の書かれた小型機械(マキナ)をテーブルの上に叩きつけた。


「これではまるで我が国を属国化するようなものではないか!? 何が和親条約だ! このようなふざけた条件を飲めるわけがない!」


 皇帝陛下がこれほどまでに激昂するお姿をラインは初めて目にした。


 さすがに陛下が上覧中の文章を後ろから覗き見することはしなかったが、このご様子を見る限り、とんでもないことが書かれていたことは間違いないだろう。


「属国化なんてとんでもない。我々は貴国と千年に渡る良好な関係を築きたいと思っているだけですよ。そのついでにちょーっと保護して差し上げようと言っているのです」

「その上から目線が気に入らぬと申しておるのだ! 帝国は二百余年の歴史を持つミドワルト随一の輝士大国ぞ! 貴様らの保護を必要とするようなか弱い小国ではない!」

「おや? 貴国は弱くないと仰る? へえ……?」


 ナカムラが大仰な態度で驚くようなフリをして両手を上げた。

 その直後、遠くから複数の破裂音が聞こえてきた。


「なんだ!?」

「あ、ちょっと失礼。はいこちら中村少佐だ」


 ナカムラは懐から取り出した小さな板を耳に当てると、独り言のようにぼそぼそと呟いた。


「なになに? お、そうか。わかった。引き続き周囲の警戒を続けてさせてくれ」


 おそらくだがあれは通信のための機械マキナか。

 ミドワルトにもある風話機みたいなものだろう。


「すいませんね。どうやら街に魔物の群れが接近していたらしくて、うちのパイロットが独断で発砲したみたいなんですわ。厳しく叱っておくんで勘弁してください。あ、ちなみに魔物は問題なく殲滅したってことなんでその点はご心配なく」

「貴様、よくもぬけぬけと……!」


 どう考えても嘘である。

 合図を送って威圧したのだろう。


「で、どうします?」


 ナカムラは皇帝陛下の勘気をさらりと受け流して問いかける。

 ラインたち護衛はみな命令さえあればいつでも目の前の慮外者の首を取る覚悟はできていた。


 たとえその直後に、背後に聳え立つ巨人にやられるとしても……


「……受け入れるとして、いくつか条約内容の修正はさせてもらえるのだろうな」


 しかし皇帝陛下はお気を沈められた。

 輝士の国の王として、冷静に彼我の戦力差を判断されたのだ。


 上位の星輝士が国内にいない現状で戦端を開いたところで勝ち目はまったくない。

 それは間違いなく正しい判断であるが、ラインは頼りにされない己の弱さを強く嘆いた。


 ナカムラはにやりと表情を緩めた。


「もちろんですよ。そのための話し合いの場なのですから。さあ、互いが納得できるまでとことん意見を出し合いましょう……フィンスターニス皇帝陛下」


 第三世界による侵略は、テーブル上の交渉から始まった。

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