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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
最終章 魔王伝説 - light of justice -
786/800

786 ▽ヘブンリワルトでの密約

「すさまじい都市だな……」


 ベラはガラス越しに見える街の風景を眺め呟いた。

 立ち並ぶ柱のような建物はどれも彼女が見たこともないほど壮大である。

 それも一本や二本ではなく、見渡す限りの視界を埋め尽くすように聳え立っているのだ。


 さらに、その間を縫うように走るのは透明なチューブに包まれた道路。

 その中は四輪の乗り物が走っていて、チューブの外も車輪のない輝動二輪が飛んでいる。


 そして遠くの広場には人型の巨大機械が立ち並ぶ姿も見えた。


 さらに、この体。

 ベラは竜将ドンリィェンに敗北し瀕死の重傷を負った。

 激しい痛みに苦しみながらこの世界へ連れて来られたことはうっすら記憶に残っている。


 高位の治癒輝術をかけても危ういと思えるほどの大怪我だった。

 過去のどの状況よりも、自分はもう死ぬのだとハッキリ覚悟したほどだ。

 ところがメディカルマシーンという機械マキナに入れられると、あっさり全快してしまったのだ。


 着ていた軽鎧は没収され、今は胸元にロゴが入ったシャツとやたら滑らかな生地の青いズボンを履いている。


 機械マキナ文明の繁栄した世界。

 第三の世界ヘブンリワルト。


 我々の世界とここまで隔絶した技術力の差があるのか……

 そう考えると、ベラはあまり穏やかな気分ではいられなかった。


「フン、そりゃ魔王も脅威に感じるってもんよね」


 壁際にあるソファに腰掛けたヴォルモーントが不満そうに呟いた。

 彼女は以前にシルクから聞いたことにまだ納得ができていないらしい。


 この世界の人間がミドワルトとビシャスワルトの両世界を創造したという神話の真実。

 ベラも今まで半信半疑であったが、これだけの技術格差を見せつけられては否定もできない。


 ただひとつ確実に言えることがある。

 この世界が本気で牙を向けば、ミドワルトは終わりだ。

 満足な抵抗すらできず、早晩滅ぼされる運命だけが待っているだろう。


 ナータと一緒にいたミサイアとかいう女は、そのようなことをするつもりはないと言っていたが……


「お待たせ致しました」


 部屋のドアが横にスライドしてナコがやってくる。

 彼女もまた完全に傷を癒してこの世界の服装に着替えている。

 ちなみにこのドア、内側からではどうやっても開けられないようだ。


「アンタ似合わないわね、その恰好」

「そうでしょうか? 私は不思議としっくりしているのですが……」


 ヴォルモーントの茶化しにナコが困ったような顔を見せる。

 その後ろから室内にも関わらず幅広の黒い帽子を被った女が現れた。

 たしか、アオイという名の女である。


「皆、体に問題はない?」

「大丈夫です。おかげですっかり回復しました」


 ベラはアオイの問いかけに丁寧に答えた。

 経緯はどうあれ命の恩人である。

 しかし。


「我々の命を救ってくれたことには心より感謝しています。その上で、ご無礼ながら質問をさせていただきたい。我々は元の世界へ帰してもらえるのでしょうか?」


 極一部の人間を除けばヘブンリワルトの存在は常に秘匿され続けてきた。

 実際にこちらの世界に来たのは、ナータ以外ではベラたちが初めてだろう。


 過去に断片的にとはいえこちらの世界の情報に触れた人間は、その知識を利用してミドワルト史上最大の帝国を作り上げ、世界の勢力図を一変させてしまった。


 その帝国……スティ―ヴァ帝国の名は、ミドワルトの歴史を学んだ者なら誰でも知っているだろう。


 ベラたちはこちらの世界を実際に目にした。

 治療だけしてもらってすぐに帰れるとは思えない。


「私たちのルールでは、一度こちらの世界に来てしまった人間を相応の理由なくミドワルトに帰すわけにはいかないわ。成熟度の異なる世界が不用意に関係を持った時に起こる変化は多くの場合、互いにとってあまり歓迎すべきものにはならないからね」


 ヴォルモーントがぴくりと体を震わせた。

 立ち上がって何かを言いかけた彼女をベラは手で制する。

 やはりそうなのかと思う反面、ベラだって簡単に諦めることはできない。


「こちらの世界で見たことは一切口外しないと誓います。その他にも制約があれば無条件に従いましょう。ですからどうか我々をミドワルトに戻しては……」

「なんだけど、こっちもちょっと面倒くさいことになっていてね」


 必死の説得を試みようとするベラの言葉に割り込むようアオイは言った。


「面倒くさいこと、とは?」

「うちの世界の一部の馬鹿がミドワルトを管理下に置くべきとか主張し始めてね。実はすでにそれが実行されている最中なのよ。今頃は軍の機動部隊があちらの世界の各都市を回ってるはずだわ」

「……なんですって!?」


 彼女の信じられない発言に大声を出したのはヴォルモーントだ。


「それってつまり、この世界のやつらがミドワルトを侵略し始めたってこと!?」

「推進派の脳内ではあくまで平和のための管理らしいけど、言葉を繕わなければそういうことね」


 アオイはあっさりと認めた。


 それでは完全に魔王の思うつぼだ。

 ミドワルトは二つの世界の決戦場となる。

 既存国家の滅亡や土地の荒廃は免れないだろう。


「ふっざけんな! そんなこと絶対に――」

「待て、ヴォルモーント!」


 ベラはキレかけたヴォルモーントの肩を掴んで強引に止めた。


「なんで止めんのよ!」

「この人に怒りをぶつけても仕方ないだろう。それでは事態の解決にならないどころか、私たちの立場も危うくなってしまう。ここが我々の世界とは違う異世界だということを忘れるな」

「そうだけど……!」


 ただでさえ魔王軍の侵略で大変なことになっているのに、ビシャスワルトよりも恐ろしい第三の世界までもが本腰を入れてミドワルト侵略に乗り出した。


 そう聞けば、彼女でなくとも平静な心を保つのは難しいだろう。

 しかし、同時にベラはこうも思った。


「あなたがそれをわざわざ私たちに語ったということは、あなたは侵略を推進する派閥の人間ではないと思うのですが、いかがでしょうか?」


 違うかもしれない。

 どうせ何もできないと思って伝えただけかもしれない。

 それでもベラはアオイの平然とした態度に一縷の望みをかけて問いかけた。


「どっちの派閥でもないわ。必要とあれば侵略にも賛成するし、それが私たちの国家にとって不利になると思えば反対もするわよ」

「そうか。では……」

「けどね」


 アオイは帽子をくいっと上げ、ゾッとするような冷たい笑みを浮かべてこう言った。


「この機会にちょーっと潰しておきたいやつがいてね。貴女たちさえよければ、私の計画に協力する見返りとしてミドワルトに帰してあげてもいいわ。ただし戻った後も永遠に監視付き。それ以前に命の保証もしないけどね?」

「計画とは? いったい命に係わるどのような危険があるのだ?」

「一切の質問は却下よ。今の説明と条件で協力するかどうかだけ答えなさい」


 ベラは目の前の女に底知れないものを感じた。

 隣に立つヴォルモーントでさえ怒気を削がれてしまっている。


 こいつはミドワルトの平和とかそういうのとは全く別の視点で見ている。

 恐らくは己自身の目的のために、ベラたちを使った何らかの計画を企てているのだ。


「さあ、どうする? ちなみに先にハッキリ言っておくけど、断るなら一生この世界で暮らしてもらうことになるわ。ちゃんと住居と仕事は見つけてあげるから安心してね」


 協力するか決めろと言われても、こんな何の判断材料もない曖昧で断片的な情報だけでは……


「わかりました。私は貴女に協力しましょう」


 ベラが答えに迷う中、真っ先に決断したのはナコだった。


「ナコ、いいのか?」

「この方を信用できるかどうかはわかりません。しかし、私は元の世界に戻らなくてはなりません」

「その通りね。んじゃアタシもあんたに協力するわ。さっさと帰ってルーちゃんにお説教するんだから」


 続いてヴォルも同意する。

 ベラも彼女と気持ちは一緒である。


 アオイに協力しなければミドワルトには帰れない。

 ならば、どうせこのような状況になった時点で選択肢はなかったのだ。

 たとえ彼女に利用されるとしても、まずはミドワルトに帰ることを第一に考えよう。


「わかった。では、私もあなたに従おう」

「賢明な判断に感謝するわ。それじゃついていらっしゃい」


 アオイは三人に背を向け部屋を出る。

 ベラたちは顔を見合わせて彼女の後を追った。


「すぐに戻れるのか?」

「いいえ。まずはあなた達に私の手足として働くのに十分な力を与えてあげる」


 手足ときたか。

 まあ、文句は言うまい。


 だが力とは何だ?


「ナータが背負っていた機械マキナのようなものか?」

「いいえ。もっと良いモノ」

「生憎だけど、今さら他人から力を与えてもらう必要なんてないわよ。なんならアンタの体で試してあげましょうか?」


 上から目線なアオイの態度が気に障ったのか、ヴォルモーントは好戦的な挑発を返す。


 アオイはそんな彼女を肩越しに振り返って酷薄な笑みを浮かべた。

 怒っているわけではなく、絶対的強者としての自信を持ってこう言った。


「ええ、存分に試してごらんなさい。私たちの持つ『固有能力(JOY)』の恐ろしさをね」

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