784 対話
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「うわあ、すっごいなあ」
魔王ソラトと娘ルーチェの戦闘。
それを遠くで見ている人物たちがいた。
三つの人型のシルエットがマーブル模様の空に浮かんでいる。
中心にいる小柄な女性が二人の戦いの様子に感嘆の声を上げた。
容貌は子供のように幼い。
身に纏うのは神話を思わせる純白の衣装。
そして最大の特徴は、ルーチェと同じ桃色の髪だ。
本名はハル。
魔王の妻にして五英雄の聖少女。
ミドワルトにおける仮の名はプリマヴェーラと言う。
「ヒカリちゃん、めちゃくちゃ強い。ソラトくんが全く手も足も出ないじゃない」
「相性の問題もあるんだろうけどな」
プリマヴェーラの声に応えたのは、三人の中で最も小さい手のひらサイズの少女。
その正体は人間ではない。
紅武式非実体型子守用輝子人形SWZAM/6。
ルーチェがスーちゃんと呼んでいた、翼を持った小人である。
「直近未来視と風使い能力があるとはいえ、魔王の戦闘スタイルは基本的に体術と≪黒冥剣≫による接近戦だけだ。遠距離から物量で攻めるルーチェの相手はメチャクチャやり辛いだろうさ」
「ああ。あの人ってば、ずーっとそれだけを鍛えてたもんねえ……」
魔王の接近戦能力は凄まじく、あのヴォルモーントですら秒殺されるほどだ。
並の相手なら風を操って一瞬で接敵できるので遠距離攻撃をする必要がないのである。
しかし遠方から攻撃を撃ち続けるルーチェは、絶対に魔王を自分の傍に近寄らせようとしない。
「あんなふざけた戦い方ができるのはあいつくらいなものだろうけどね」
その場にいる三人目。
プリマヴェーラと対のような漆黒の衣装。
黒衣の妖将カーディナルは、肩をすくめて大きなため息を吐いた。
彼女の身長はルーチェよりやや低い一四六センチ。
だが、並ぶとプリマヴェーラの方がさらに低い。
「本当に恐ろしい才能だよ。魔王の血ってやつか、正直に言って怖いくらいだ」
「え? それは違うよカーディナルちゃん」
そんなカーディナルの言葉をプリマヴェーラは否定する。
「魔王の血(笑)なんて存在しないって。だってあたしもソラト君も、元はちょっと特殊な力を持ってるだけのただの人間だよ?」
「なんだって? じゃあ、あいつが時々見せる荒々しい好戦的な気性はどう説明するんだ?」
「えっ。ヒカリちゃんってそんなこわい性格なの……?」
「あー、気性に関して言えば、ぶっちゃけあれは元々の性格だ。本人には秘密にしてあるけどな。そもそも人格なんて血じゃなくて環境が作るものだぞ」
確かに言われてみればそういうものかとカーディナルは納得した。
プリマヴェーラはなんだかショックを受けていたが。
「ルーチェの力はいろんな要因が重なった結果だ。もちろんソラトとハルの才能を受け継いだって要素もある。けれど一番大きいのはミドワルトという世界が与えた影響だろう」
「? それはどういういことだ?」
「つまり……」
「あっ!」
プリマヴェーラが叫んだ。
魔王ソラトがルーチェの攻撃を躱して接近。
巨大な黒冥剣が彼女の体を切断……いや、圧し潰した。
「ヒカリちゃんっ!?」
「大丈夫だ、騒ぐな」
しかし、体の半分を失ったルーチェは即座に復活する。
失った部分が光に包まれ、一瞬で元通りになった。
「ほっ……」
安心して胸をなでおろすプリマヴェーラ。
カーディナルは先ほどの戦闘を思い出して嫌な顔をした。
「本当にでたらめだな」
「しかし、やはり戦闘勘では魔王ソラトに一日の長がある。無限の輝力があるとは言え、あれじゃいつかはやられちまうかもしれない。その時はどうする?」
「決まってるよ」
プリマヴェーラはいつの間にか手にしていた小ぶりの杖……
白とピンクのやたらファンシーなステッキをくるくる回しながら言った。
「あたしが手助けするからね。ヒカリちゃんと一緒にわからずやのソラト君を懲らしめてあげるよ」
※
あっぶな!
気を抜いてたら真っ二つにされちゃったよ!
魔王は的確に蝶の密度が薄い所を通って攻撃を食らいながらも近付いてきた。
あっという間に懐に入られ、あの巨大剣で容赦なく一刀両断。
やっぱりこいつ、とんでもなく強い……!
「……なんともないのか?」
「え?」
魔王が話しかけてきた。
「斬って即座に再生されたのも驚いたが、痛いとか辛いとか思わないのか?」
「あ、はい。私は痛みとか感じないので」
「そうか……」
なんか私が完全回復したことに驚いてるっぽい。
カーディなんか容赦なく細切れにした上に電撃で完全焼却しようとしたのにね。
油断してる……
わけじゃないよね。
たぶんこれは絶対的余裕だ。
「っ!」
のんきに喋ってる場合じゃない。
私は慌てて魔王の傍から退避をした。
距離を離しつつ、次の攻防へえと備える。
ここまで魔王はあの巨大剣による攻撃しかしていない。
力の全容すら未だにわからないのは非常に不利だ。
たぶん……
ううん、ほぼ確信をもって言えることがある。
魔王は変身する。
いまの人間の姿から、別の姿に。
その時はじめて魔王は本領を発揮するんだろう。
ドンリィェンさんも本気を出すときは竜の姿になるって言ってたし。
エヴィルたちの王さまなんだから、それにふさわしい本当の姿を持っているに決まっている。
私はもちろん、さっきから全力で戦っている。
けど、一度も使ったことのない「とっておき」はまだ残していた。
できればそれを使う前に変身させるくらいまで追い込んでおきたかったんだけど……
「やっぱり、出し惜しみしてる場合じゃないか」
魔王に全力も出させないでやられるくらいなら、こっちからまず全力の全力で挑まなきゃ。
私のとっておき。
それはグレイロード先生の超パワーアップ術だ。
先生の姿を模したゼロテクスも使っていた、素手で獣将をぶっ飛ばせるくらいに強くなれる術。
しかも、パワーアップ中は極覇天垓爆炎飛弾が溜めなしで連発できるようになる。
今の私なら使えるはず!
概念と術の名前さえわかれば!
……術の名前?
えっ、なんだっけあの術の名前って!?
「ならば次は手加減しない! うおおおおおっ!」
思い出そうとしているうちに魔王が突っ込んできたよ。
ああっ、考えていて迎撃準備するのも忘れてた!
「待って! ちょっと待って!」
魔王が巨大剣を振る。
それが私の体を再び両断する……直前で、ピタッと止まった。
「……どうした?」
えっ、本当に待ってくれた?
もしかしてこの魔王っていい人?
「あ、あの、名前が」
「名前だと? 俺の名前はソラトだ」
えっ、ちがう、そうじゃなくて。
「あ、どうも。私の名前はルーチェです」
「知っている。ミドワルトの育ての親がつけた名と聞いた……良い名前だ」
「あ、はい。ありがとう」
なんだこの和やかな雰囲気は。
私は別に感動の父娘再会がやりたいわけではない。
「対話が望みか。ならば問おう、我が軍門に降る気はないか? 俺と共に紅武凰国と戦おうではないか。それだけの力があるのならば、将たちよりも遥かに有益な働きをしてくれることであろう」
「いやあ、それはちょっと考えてないです。異界同士の戦争には絶対反対なので」
「俺がミドワルトを攻めた事が気に入らないか」
「すごく」
「だが、今さら止められん」
でしょうね。
対話で気が変わるくらいなら、そもそも最初からこんなことしてないだろうし。
「だから最初に言った通り、私はあなたを倒して次の魔王になります。そして全てのエヴィルに戦争を止めるよう命令する。ミドワルトとビシャスワルト、両方の世界の平和のために」
やるべきことは変わらない。
わがままを通すためには、戦って勝つしかない。
これまでの戦いで傷ついたみんなのためにも、私がこの人を倒して……
あ。
いいこと思いついちゃった。
「そうか。ならばもはや何も語るまい」
前に練習してたあれの応用、試してみよう。
手のひらから……できる。
腕部分から……できる。
全身から……できる。
技の名前とかどうしよ。
なんでもいっか。
変身!
「今この時を境に、俺もお前のことを娘とは思わずに全力で――何をやっている?」
体の中で渦巻いている無限の輝力を放出。
さらに周囲のすべてから輝力を吸収。
内と外、両方の輝力を混ぜ合わせ、爆発的に膨れ上がらせる!




