779 眠れる聖少女
「あはは、あははははっ!」
カーディがお腹を抱えて笑ってる。
普段の彼女らしくない姿だった。
「そうか、そうだったね。おまえはそういうやつだった。いっつも適当なことばっかり言って、そのくせどんな障害だっていつも適当になんとかしてみせる。そんなとんでもない大バカ者だった」
大バカ者って誰のことだろうね。
っていうか私、いつもそんな適当なこと言ってるかな?
毎回毎回わりとマジメに考えてなんとかやってきたつもりなんだけど……
あ、わかった。
カーディ、たぶん照れてるんだ。
私が一緒に戦ってあげるって言ったのが嬉しくて。
「ふふふ」
「あはは」
私もつられて笑う。
なんだこれ。
「さて……」
「ふふふふふふふ」
「おい、いつまで笑ってる」
怒られたよ。
急にマジメな態度に戻るのはずるくない?
「なるほど、おまえの提案はすごく良い。わたしだって別に紅武凰国との全面戦争を望んでいるわけじゃないし、後のことを考えればその方がずっと穏当だ」
「じゃあ……」
「だがひとつ大きな問題がある。おまえはそれを実行できるのか?」
それはやってみなきゃわかりません。
「わたしと一緒に紅武凰国へ行くっていうのはともかく、おまえの目的を達成するためにはおまえ自身が魔王を倒さなきゃいけない。みんなで寄ってたかってボコったんじゃ、ビシャスワルトの民もお前を次の魔王とは認めないだろう」
「あ、そっか」
言われてみればその通りだね。
魔王として号令をかけて戦争を辞めさせる。
そのためには今の魔王をただ倒すだけじゃダメなんだ。
「魔王は逸脱者だ。しかもあいつは千年以上の時を生き、最低でも五〇〇年は戦いに明け暮れてきた正真正銘の修羅鬼神だ。才能だけで戦ってるお前とは……仮に力が互角だったとしても、総合的な戦闘力は雲泥の差があるだろう」
千年以上も生きてるのかあ。
確かにそんなの想像もつかないね。
エミルさんのところで見た過去の記録によれば私の実年齢は五〇〇歳くらいらしいけど、そのほとんどは赤ちゃんのまま、ただずーっと眠ってただけ。
私の人生は主観で十八年。
ほぼ一年間は眠ってたから十七年か。
そのうち大部分はミドワルトの都市で普通の学生として過ごしてた。
経験って意味なら、千年を生きた魔王とは比べ物にならない。
けど、まあ……
「たぶんなんとかなるでしょ」
「自信があるんだな?」
「うん、かなり」
ほんとに今は誰にも負ける気がしない。
望めばこの手に何でも掴めるような気すらする。
というか、はやく全力で戦ってみたくってたまらないんだよ。
残念ながらカーディはちょっと物足りなかったし。
怒られそうだから言わないけど。
「言っておくけどわたしは手伝わないよ。おまえが魔王に勝てるなら良いけど、もし負けるようならこれまで通り魔王のに協力して紅武凰国への侵攻する。どっちに転んでもわたしにとっては都合良く事が運べるようにしておきたいんだ」
「わかった。それでいいよ」
「……こんなわたしをずるいと思わないのか?」
「べつに」
カーディにはカーディの目的と思惑があるってわかってる。
目指すところが違うからって、友だちじゃないなんてことはないよ。
「本当に変なやつだよ、おまえは」
「普通なだけだと思うよ?」
「最強のケイオスと友だちになって魔王に挑もうとするやつを普通とは言わない」
カーディは憑き物が落ちたみたいにフッと表情を緩ませた。
偽悪的な言葉とは裏腹に、私に期待してくれてるのがわかる。
「それじゃあ、せいぜい頑張ってきなよ」
「うん。期待してていいからね」
「あ、それから……」
「何?」
「いや、なんでもない。忘れろ」
「? 変なカーディ。じゃ、またあとでね!」
私はカーディに手を振ってその場を離れた。
▽
長い桃色の髪と、水兵服に似た黒い衣装のスカートをはためかせ、魔王の娘は飛んでいく。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、黒衣の妖将カーディナルはひとり呟いた。
「がんばれよ、ルーチェ……」
本音を言えば彼女に勝ってほしい。
けど、それはたぶん難しいとわかっている。
それでもルーチェがあんな風に言ってくれたことが嬉しかった。
なにせ彼女はカーディナルにとってグレイたち姉弟以来の、友だちなのだから。
「さて」
こうなったら事態の推移を見守るしかない。
下手に肩入れして魔王に敵対意識を持たれたくはないし。
とりあえずは後を追うか。
そう考えた時のことだった。
「っ!?」
謎の衝撃がカーディナルの体を貫いた。
何者かの攻撃……というわけではないようだ。
突風のような強烈な衝撃波が、ただ通り過ぎて行った。
遠くで何かの爆発があったのか?
衝撃波はルーチェが飛んで行った方向から来た。
しかし、地平線の向こうにそれらしき光は見られない。
仮に爆発の余波だとしたら、極覇天垓爆炎飛弾を遥かに超える威力があるだろう。
「まさか……」
猛烈に嫌な予感がする。
カーディナルは雷化し、全速力で彼女の拠点へと向かった。
▽
カーディナルが現在拠点にしている場所は、かつて夜将リリティシアが使っていたラボである。
周りを森に囲まれた洞窟の奥にあって、やたらと機械的な設備が整っている施設だった。
わずか数十秒でたどり着いたカーディナルはすぐに中の様子を確認する。
流読みで気配を探ってみると、中に誰かいることがわかった。
だが、反応は非常に弱い。
一般のビシャスワルト人が間違って迷い込んだか、それとも……
「おい、誰だ」
ともかく中に入って声をかけてみる。
脅威でないなら抵抗する前に斬り殺してやればいい。
ラボの中を飛び回っていたそいつは、こちらの声に気づいて振り向いた。
「……黒衣の妖将か」
「妖精族か? 違うな、何者だ。なぜわたしの名前を知っている」
「そりゃ一年前はよく会ってたからな。この前もマール王国で見たし」
侵入者は手のひらサイズの生物だった。
羽があるのと小さいことを除けば人間そっくり。
しかもこいつの顔は、どことなくルーチェに似ている。
「ルーチェに憑りついていたエヴィル?」
「エヴィルじゃないけど、まあそうだ。私は紅武式非実体型子守用輝子人形SWZAM/6。呼びにくかったらスーちゃんって呼んでもいいぞ」
「紅武凰国の人形か」
ルーチェの中に何かが潜んでいるのは薄々気づいていたが、こんなやつだったとは。
カーディナルは目の前の小人を焼き殺すため輝力を電気に変えた。
雷化一歩手前の戦闘モードである。
「ひとの留守中に家に入り込むのは感心できないね。当然、消される覚悟はできてるんだよね?」
「ま、待ってくれよ。ここがお前の家だってことは知らなかったんだ」
「じゃあ何のために入り込んだ」
「決まってるだろ」
羽を持つ小人は脅しに決してひるむことなく、はっきりと自分の目的を告げた。
「私の本当のご主人様に会うためだよ」
カーディナルは体に纏った雷を消した。
羽持つ小人は強い眼差しでカーディナルを見据えている。
「なんのことだ」
「とぼけても無駄だぜ。いるんだろ、ここに」
こいつは確証を持っている。
ならば隠す必要はない。
「……ああ、いるよ。魔王の妻ハル――聖少女プリマヴェーラは、この奥で自分が作った『永遠水晶』の中で覚めることのない夢を見続けている」
「そうか、やっぱりな」
魔王の妻ハル。
ルーチェの本当の母親。
五英雄の聖少女プリマヴェーラ。
彼女は魔動乱の終盤時、この世界に残してきた一人娘のルーチェを取り戻すため五英雄と共に魔王に戦いを挑み、最後は仲間たちを逃がしてひとりビシャスワルトに残った。
魔王と相対したプリマヴェーラは自らが作り出した永遠水晶の中に閉じこもった。
永遠水晶の中では時間が凍り付き肉体が保存される。
以前に彼女がルーチェと共に500年間の眠りについたときと同様の能力だ。
誰も自分を傷つけることができないようにし、いつか遠い未来に娘と再会できることを祈って。
封じられた彼女には誰も手出しすることはできなかったが、魔王はリリティシアに命じてプリマヴェーラの入った永遠水晶を研究させ、早期に封印を解く方法を解明しようとしていた。
しかし結局、魔動乱から十六年経っても成果はなし。
プリマヴェーラは今も昔と変わらぬ姿で自ら作り出した水晶の中に眠っている。
さっき別れ際にルーチェにそのことを教えてやるべきかとも思ったが、大事な決戦を前に心を乱しても仕方ないと思い、結局は黙っていることにしたのだった。
「凍り付いたプリマヴェーラを一目見るためだけに、わざわざやって来たのか?」
「もちろんそんなつもりはない」
言うが早いか羽持つ小人はドアをすり抜けて向こう側へと言ってしまった。
カーディナルは肩をすくめ、溜息を吐いて近くの椅子に腰かける。
小人がドアの中からひょっこりと顔を出した。
「なにやってんだよ、お前も来いよ」
「プリマヴェーラの寝顔なら見飽きてる」
「だったらなおさらだ」
ルーチェによく似た顔の人形はニヤリと笑って言った。
「私が何のためにルーチェをほったらかして来たと思ってる。さあ、ハルを起こすぞ!」




