774 ▽因縁の敵
「魔王の館が見えてきました」
飛行戦艦『サスケ』は空戦部隊をミドワルト製人型兵器の調査及び捕縛に向かわせた後、航路を敵の中枢へと向けていた。
地上に向けたモニターでは陸戦部隊が必死に追走しているのが見える。
敵地で主力部隊を二つに分けたことといい、あまりに無駄なFGの運用が多い。
松長艦長は悪態を吐きたい気持ちを必死に抑えながら、上役である天使に報告したが……
「よしおっけ。んじゃ、PNミサイルを撃ち込んで」
「……は?」
返ってきた予想外な命令に思わず絶句してしまった。
「いや『は?』じゃなくて。軍人ならしっかり命令を復唱しなさい」
そもそも艦の指揮を執るのは自分の役目だと言いたかったが、それを抜きにしてもこの命令はあまりに異常過ぎた。
「なぜミサイルなどを撃つ必要があるのでしょうか」
「? それが一番手っ取り早いからに決まってんだろだろ」
なんでわからないんだとでも言いたげな、小ばかにしたような表情で第四天使は松長を見る。
「陸戦機も空戦機も実戦の機会は与えてやっただろ。ここから先は国のための仕事だ。確実に反逆者をブチ殺すんだよ」
「し、しかし、PN兵器を使えば、周辺環境に甚大な被害が……」
「気にする必要ある? ここはどこを見渡してもバケモノしかいない異世界だぞ」
その通りではある。
だがあれを実戦で使うなど、およそ受け入れられるものではない。
それほどにPN兵器……『完全なる核兵器』とは恐ろしいものなのだ。
かつて紅武凰国軍は一度だけそれを敵対国家への脅しとして使用したことがあった。
その時は大陸のど真ん中に巨大な大穴を穿ち、現在もその場所は世界最大の湖になっている。
破壊力だけを求めた人類の負の英知の結晶。
全ての空中戦艦に搭載はしてあるが、艦長すら使用権限は持っていない。
許可を出せるのは紅武凰国においても片手で数えるほど。
そのうち一人がこの第四天使エリィである。
「第四天使様。軍人として、そして紅武凰国市民として、使用の撤回を具申――」
「いつあたしがお前の意見を求めた? 使えと命じられたらさっさと使え! はい、復唱!」
すでに彼女の中では決定事項なのだ。
こうなったらもはや命令が覆ることはないだろう。
なぜなら第四天使は現在の艦内における絶対権力者であり、同時に最強戦力でもあるのだから。
PN兵器の使用による問題よりもこの女の不興を買う方が恐ろしい。
「了解しました。PN兵器の発射シークエンスに入ります」
「ぴ、PN兵器、発射準備!」
通信士が命令を復唱し、艦内全体にそれを伝えた。
改めて艦長から指示を受けた乗組員たちは機械的に作業をこなしていく。
そして……
「発射準備、整いました。最終許可は権限者の音声認識によって……」
「おーし。そんじゃミサイル発射!」
エリィはとても軽い調子で発射命令を口にした。
その声に反応して自動で正面砲台が開く。
この上なく無造作に史上最悪の弾頭を積んだミサイルが発射される。
ミサイルは軽い音と光の尾を曳いて魔王の館へと向かって飛翔していった。
※
グランジュストは敵の青い機体を次々と斬り落としていった。
残るはあと一機だけ。
他とは少し形状の違う白い機体だ。
そいつは仲間がやられても未だ動こうとしない。
「あとはお前だけだぞ」
ジュストは白い機体に剣の切っ先を向け、威圧を込めた声で脅しをかけた。
「一体何のために僕を狙ったのか説明しろ。さもなくば、お前も仲間たちと同じように斬る」
『あー、一応言っておくけど、あたしは別にそいつら仲間じゃないから』
返ってきたのは若い女性の声だった。
しかも、とても綺麗に澄んだ美しい声だ。
……いや、この声、どこかで聞いた覚えがあるような?
「仲間じゃない? 君たちは一体何者なんだ」
『うーん、説明してもわかんないと思うけど、こいつらは紅武凰国の軍なのよ』
「だから紅武凰国ってなんなんだよ」
『ここともミドワルトとも違う、もう一つの異世界よ』
「もう一つの異世界!?」
完全に初耳であった。
そんなものが、存在するのか?
「君はその第三の世界の住人なのか」
『違うわよ。あたしはミドワルトの人間。ちょっと目的があってこいつらの乗り物を借りてるだけ』
ますます意味がわからない。
『あんたが倒した軍の連中はその人型兵器を手に入れたいと思ってたみたいよ。あたしはそんなのどうでもいいし、戦う意思もないから、できればこのまま見逃してくれると助かるんだけど?』
「それを素直に信じろと言うのは難しいな。なら、君の目的はなんなんだ?」
『友だちを探してるの』
「友だち?」
ミドワルトの人間が第三世界の人間に交じってビシャスワルトで友人探し。
ハッキリ言って支離滅裂だ。
『その友人というのは……』
「待ってよ。そっちばっか質問してないでこっちにも説明をしてよ。あんたはどこの誰で、その人型兵器は何で、こんなところで何やってんのよ?」
なるほど、確かに一方的な質問攻めはフェアじゃない。
こちらは何もやましいことなどないし、素直に答えよう。
「僕の名はジュストだ。そしてこれは輝攻戦神グランジュスト。僕はこの人型兵器で魔王を倒すためビシャスワルトにやって来たんだ」
『へー、そりゃ立派な…………』
相手の女性の声が不自然に途切れた。
通信の乱れかと思ったが、どうやらただ黙り込んだだけらしい。
「どうした?」
『あんた、ジュストって言うの?』
「そうだけど」
『もしかしてだけど、一年半くらい前にフィリア市に来て、そのあと追放になったりした?』
「え、何で知ってるんだよ」
懐かしい記憶だが、今でも鮮明に思い出せる。
あれは英雄王に会うためにフィリア市に訪れた時のことだ。
そう、あの時にジュストはルーチェと出会って、長い旅の始まりを――
『そっか。そうか。そうなのね。あんたが、あんたが、あんたが』
白い機体が腕を上げた。
機械の手には銃が握られている。
『あんたがあたしからルーちゃんを奪った男かあああああぁっ!』
「うわっ!?」
懐かしい記憶に浸っていたジュストは、いきなり撃たれた白い光条に驚いて、思わずグランジュストを後ろに下がらせた。
しかし一瞬遅く、敵の放った光は胴体に直撃する。
もちろんグランジュストの装甲はその程度では傷つかないが……
『あんたさえいなきゃ! あんたさえフィリア市に来なきゃ!』
白い機体はさらに連続して光の攻撃を撃ってくる。
さすがに何発も当たってはダメージが蓄積するかもしれない。
「やめろ、いきなり何をするんだ!」
さっきは敵対する意思はないと言ったのに、なんだこいつは。
突然の相手の変化にジュストは戸惑ったが黙ってやられるわけにはいかない。
「このっ……止めないのなら!」
攻撃を食らいつつ、剣を振りかぶる。
そのまま機体を急加速させる。
可哀相だが、そっちがやる気なら落とさせてもらう!
せめて中の人間は殺さないよう腕だけを斬り落としてやろう。
……そのつもりだったが。
『当たるかっ!』
「えっ」
白い機体は信じられない反応速度でこちらの斬撃をかわしてみせた。
それどころか真横に逃れつつ、さらに連続でビームを撃ち込んでくる。
『うおおおおっ!』
「調子に乗るな!」
やはり手加減はなしだ。
強く踏み込んで、今度こそ真っ二つにすべく剣を振る。
しかし全力で振るった二度目の攻撃も、あっさりと避けられてしまった。
「なんだ、こいつ!?」
機体の速度自体はさっき倒した青い機体とそれほど大きく変わるものじゃない。
こちらの白い機体の方がやや速い程度だが、驚くべきはパイロットの操縦技術だ。
確実に当たったと思った攻撃がたやすく回避される。
不安定な姿勢から正確無比な射撃を行ってくる。
こいつはさっきまでの敵とはまるで違う。
『絶対にブッ殺すッ!』
しかもどういうわけか、強い激憤を抱いているようだ。
ジュストにはまったく意味がわからないのだが。




