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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第2章 盗賊団 - black stranger & silver prince -
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77 あの夜の記憶

 スカラフは大振りのダイの攻撃を難なくかわす。

 その後ろからジュストくんが迫る。

 空中で剣と杖が交わり火花を散らす。


 二人が硬直している所に再びダイが追撃。

 スカラフは動じない。

 自ら腕を拡げると腹で攻撃を受け止めた。

 防御力に絶対の自身があるのかよろけることすらない。

 ダイは構わずさらなる連続攻撃。二、三。


「うりゃあっ!」

氷刃グラ・エッジ


 最後の一撃までも受けきられ瞬間的にダイは後ろに飛び下がった。

 間一髪でスカラフの手に握られた氷の刃がお腹の表面を薙ぐ。

 スカラフは無防備なままバックステップ中のダイに追撃を加える。


氷矢グラ・ロー

!」


 スカラフが術を唱えた瞬間、私は『目』――流読みで照準を定め火球を放った。

 氷の矢に火球が空中でぶつかった。

 刃物がぶつかり合うような乾いた音が響く。

 その後には何も残らない。

 互いの術が打ち消し合いどちらも消滅する。


 スカラフ自身に攻撃は通じない。

 でもあいつの攻撃を妨害することはできる!


「たああぁぁっ!」


 横からの攻撃に意識を奪われたスカラフ。

 背後から襲いかかったジュストくんの一撃が首筋に炸裂した。


「くっ……」


 これにはさすがのスカラフもよろける。

 だけど身体にまでダメージは通っていない。

 体勢を立て直したスカラフは私を憎憎しげな目で睨んだ。


「小娘が……!」


 攻撃が来ると思った瞬間にダイが間に割って入った。

 私は右回りに大きく円を描くように走りながらスカラフの手元めがけて火球を放つ。


!」

「グラ・エッ――」

「遅い!」


 今度は逆に相殺を狙うスカラフ。

 だけど氷の刃が出現する前にジュストくんがその腕を叩いた。

 照準を失った氷の矢が地面に突き刺さる。

 火球がスカラフの顔面に当たった。


「この……っ」


 スカラフは両手を振るって火を消そうとする。

 ゼファーソードを鞘にしまったダイが懐に飛び込んだ。

 あれは以前にもビッツさん相手に使った剣を抜きざまに斬りかかる技!


「≪一ノ太刀≫!」


 ノルドの町では真剣をも真っ二つにした高威力の一撃。

 輝攻戦士の状態で放てばその威力はとんでもない!


「うらぁっ!」


 裂帛の気合。

 甲高い音。

 剣閃が煌いた。

 スカラフの体が数メートル後ろに吹き飛ばされる。

 その体から輝粒子が消えるのが見えた。


「今だ!」

「ああ!」


 ダイの声に反応したジュストくんが無防備になったスカラフの背中に迫る。

 完全にとらえた、これで決まりだ! 


「――氷弾突風グラ・ブラスト


 スカラフの体が光った。


 ――火を放て!


「ぐあああっ!」

!」


 喉から振り絞られるようなうめき声が聞こると同時に私は無意識のうちに前方に火球を放っていた。

 乾いた音を立てて火球が消滅する。

 周囲の地面にナイフのような小さく鋭い氷片が無数に突き刺さる。


「クケケケ。作戦は悪くなかったが詰めが甘かったな」


 自分の身体を中心に前方に無数の氷片を撃ち出したんだ。

 攻撃を仕掛けようとしていたジュストくんは素早く防御に徹した。

 けれど輝力の回復を待っていたダイはモロに直撃を喰らっている。

 倒れた体にいくつかの氷片が刺さっている。


「ダイっ!」

氷鋭槍グラ・スピアー


 駆け寄ろうとした私めがけてスカラフが氷の槍を放つ。


「危ないっ!」


 目の前に落ちる二つに割れた氷の槍。

 それを見てゾッとする。

 ジュストくんが間一髪で叩き落としてくれたけど、もう少し遅かったら串刺しになっていた。


「切り札は残しつつ敵の油断を誘うのが定石。防御を打ち破るのに注意を向けすぎたな小童共」

「ダイっ、ダイっ!」

「よせ、いま動いたら狙い撃ちにされる!」


 走り出そうとする私の腕をジュストくんが掴んだ。

 体中から血を流すダイ。

 駆け寄る事もできず必死になって叫ぶ私の耳にスカラフの笑い声が届いた。


「辛かろう、悔しかろう。希望が絶たれ絶望に溢れたその表情でわかるぞ。何のために無駄話を待ってやったと思う? その顔が見たかったからだ」


 煮えたぎるような怒りが湧き上がってくる。

 こいつは、この最低男は、私たちで遊んでいる。

 いつでも私たちを殺せる余裕を持っていながら楽しむために!


いっ!」


 激情に任せて放った火球はこれまでよりも大きい。

 バスケットボールくらいの大きさの火の塊がスカラフに向かう。

 けれどスカラフは余裕の動きで空中に逃れてしまう。


「ほう、さすがは天然輝術師。わずかの間に驚くほどの成長を見せる」


 怒りに我を忘れて流れ読みで照準を定めるのを怠った。

 最後のチャンスだったかもしれない一撃はむなしくスカラフの足下を通り過ぎ、後ろの建物に燃え移って周囲を紅く染めた。


「なかなか面白い余興だったがそろそろ終わりにしよう」


 空に浮かぶスカラフが両手を広げ輝言を唱えると、その周囲に雲が発生した。


氷弾暴風雨グラ・ストーム


 対処する暇も与えられない。

 青味を帯びた雲の中から無数の巨大な氷の粒が降り注いだ。


「ルー!」


 ジュストくんが私の上に覆いかぶさる。

 氷の豪雨。

 地面に突き刺さる一つ一つがナイフのように鋭く尖った無数の氷片。

 それが自然現象では到底ありえない破壊力を持って廃墟の町に降り注ぐ。

 地面を叩く音が鳴り響き、あたりの温度が急激に下がっていく。

 広範囲に渡って死と破壊を振りまく氷結の災害。

 なんていう大輝術。


「悔しいか! 手も足も出ない己が見のふがいなさが情けないか!」


 氷の雨が止み、スカラフの声が辺りに響く。

 周囲の建物も崩れ去るほどの破壊痕がその威力のすさまじさを物語っていた。

 これが一流の輝術師の使う術。

 こんなやつに……勝てるわけないよ。


「大丈夫……?」


 気遣う声を出すジュストくん。

 その声は弱々しい。

 私を庇った彼はおそらく無数の氷片を背中に受けた。

 輝粒子の色は薄く輝きも弱々しくなっている。

 確かにこんな攻撃を受けたら生身の私はひとたまりもない、けど。


「私は大丈夫だけど、ジュストくんが……」

「よかった、怪我がなくて」


 私が負傷していないことを知ると彼は微笑んで見せた。

 輝粒子に守られているとはいえ相当に辛いはずないのに……


 途端に私は恐ろしい事に気がついた。

 私はジュストくんに守ってもらったからいい。

 けど倒れたままのダイやファースさんたちは?


 無事で済むはずがない!

 周囲を見回し三人の姿を探す。

 その姿は何処にも見つからなかった。


「ジュストくん、ファースさんたちは――」

「うおおおおおっ!」


 彼に問いかけようとした時、上空で雄叫びのようなダイの声が聞こえた。

 全身を氷の雨に打たれながらもダイは飛び上がって反撃に移っていた!


「やれやれまだ抵抗を続けるか――氷鋭槍(グラ・スピアー)

「ぐあっ!」

 

 一直線に敵へと向かっていったダイは撃ち出された氷の槍に腕を貫かれ、失速して地面に落ちてしまう。


 激突の瞬間、輝粒子を背中に集めてクッション代わりにしたのが見えた

 けれどそれを最後に輝粒子は完全に消失してしまう。


「輝攻戦士は空中での自由飛行はできぬ。こうなることがわからなかったか?」


 絶望的だった。

 反撃は封じられ、やつは空から私たちを嬲り放題。

 ここまで手も足も出ないなんて。

 スカラフは最初からわかっていて私たちをからかっていたんだ。

 私は悔しさに拳を強く握り締めた。

 せめて一撃でもあいつに反撃したい……


「そちらの天才輝士どのは最後の抵抗を試してみないのかね?」


 結果がわかっていながらスカラフはジュストくんを挑発する。

 彼もまた悔しさに強く拳を握り締めている。

 覆いかぶさった体が怒りに震えているのが伝わってくる。


「ルーチェ、ジュスト! こっち早く!」


 と、ファースさんの声が聞こえた。

 振り向くと崩れかけた建物の下、ダイを背負った彼女が手招きをしていた。

 傍らには気を失ったままのビッツさんの姿。

 彼女は屋内に逃げ込んで氷刃の嵐からから逃れたようだ。


 無事でよかった……

 安心したと同時に私は苦々しいものが胸の奥に滞るのを感じた。

 スカラフが笑っている。

 声を抑えるように口元をかみ締めているけど、あいつの顔は喜悦に歪んでいる。

 ファースさんの声が聞こえないはずはない。

 ダイを助けて建物に逃げ込むのが見えなかったはずもない。

 なのに追撃するそぶりを見せない。


 あいつはこの状況を楽しんでいる。

 その目が真っ直ぐこちらを見ている。

 私にはあいつが何を考えているのかがわかった。

 ファースさんのところへ駆けた所を狙い撃ちにするつもりだ。

 微かな希望を見つけた時。

 それを摘み取る事を楽しむために。

 当然、奴は無防備な私を狙うに違いない。


「どうした? 早く避難しないのか? にわか雨が振り出すかも知れぬぞ?」


 どうすることもできない。逃げれば撃たれる。

 もう一度あの氷の嵐を受ければ輝粒子の弱まっているジュストくんはただじゃ済まない。

 彼がやられたら次は私の番だ。

 どっちにせよ助からないなら……


「ジュストくん、ファースさんの所へ行って」


 私は拳を握り締める。

 血が滲むくらい強く。


「このままじゃ二人ともやられちゃう。せめてジュストくんだけでも逃げて」

「バカな! 何を言ってるんだ!」

「このまま全滅しちゃったらもっとバカだよ。ジュストくんはファースさんと協力していちど逃げて。それで次のチャンスを待ってアイツを……」

「ルーを置いて自分だけ逃げられるか!」


 消え入りそうな決意に支えられた私をジュストくんが怒鳴りつける。

 優しい彼ならそういうに決まっている。だけど……

 怖くないはずはない。

 死んでもいいなんて言えない。

 けれど私を庇ってジュストくんが死んでしまうのはもっと嫌。


「お願い……」


 必死の思いで彼を見る。

 最後にその顔を焼き付けたいのに涙で視界が滲んで歪んでしまう。

 お願い、わかって。

 どうせここで終わりならせめてあなたの死に顔だけは見たくないの。

 ジュストくんは瞳を閉じ苦しげに表情を歪める。

 体が激しく震えている。

 優しい彼のことだから私を守れないことを悲しんでくれるかもしれない。

 でもそう思うなら私のことを少しでも大切だと思ってくれるなら。

 生きて、私の仇を打って。


 不意にジュストくんの震えが止まった。

 瞳がゆっくりと開いたとき、その顔には優しげな微笑があった。


「やっぱりダメだ。君を見捨てる事はできない」

「そんな! 私のことは――」

「もう一度、一緒に花火を見るって約束した」


 思考回路が停止し、説得の言葉を思わず飲み込んだ。

 花……火?


「それまで死ねないよ。僕も、もちろん君もね」


 優しく諭すような彼の声に私は彼の言葉の意味を理解した。

 ああ、そうだ。約束。

 二人で見たフィリア市の花火大会。

 覚えていてくれたんだ――


「大丈夫、僕はもう一度くらい耐えてみせ――」

「ジュストくん!」


 気持ちが高揚してくるのがわかる。

 思わず彼の名を叫んだ私は涙を浮かべたまま笑っていたかもしれない。

 私は彼の下から抜け出て立ち上がった。


「クケケケ! そうか二人仲良く雨に打たれたいか!」


 両手を掲げて空中でバカみたいに笑っているスカラフを見上げる。


「相合い傘がなくて残念だったな! 貴様では私の術を妨害する事すらできぬ!」

「ジュストくん、ごめんなさい」


 私はなにか一人で喋っているスカラフを無視する。

 立ち上がろうとしてジュストくんは片膝をついた。

 やっぱり無理してたんだね。

 そんな体になるまで私を庇ってくてたんだね。

 ごめんね。

 けど、もう終わるから。


「来年またフィリア市で花火を見ようねって約束、ちょっと守れない」


 よせ、と言う彼の声が私の耳を打つ。

 でも私に迷いはなかった。

 あの日、約束した日。

 瞼を閉じれば、ほら――


 ピャットファーレ川の喧騒。

 無邪気に空を見上げる彼の顔。

 空を染める大輪と遅れて響く低い音。

 すべて私の目に焼きついている!


「ちょっと早いけど、今ここでもう一度!」


 ――へえ。


 頭の中で響く声。

 ジュストくんの息を呑む音。

 私はスカラフと周囲に取り巻く青い雲を見上げた。

 あの日最後に見た花火を頭に思い描く。

 いまこの時この場所。

 あの時の気持ちを鮮明に思い出す!


花火はなび!」


 全身が爆発するような衝動が体中を駆け巡る。

 眠っていた全ての感覚が起こされるような錯覚。 

 私の中の輝力が出口を求めて暴れまわる。

 無尽蔵にも思えるほど湧き上がってくる輝力が私の感情ごとあの日のイメージを取り込み、一つの形を成して……掲げた右腕から放出する!


 打ち上げ砲台になった気分。

 あるいは大昔の戦争で使われた大砲。

 この時、私は発射台の気持ちを理解した。

 私の足では反動を支えきれず無様に尻もちをついてしまう。

 でも――


「な、なあっ――」


 拳の先から放たれたオレンジ色の光球が真っ直ぐ頭上にいるスカラフに向かい、その身体に命中する。

 着弾した後も凄まじい威力と速度で敵の身体を押し上げながらさらに上空へと舞い上がっていく。

 そして。


 遥か上空で大輪の花を咲かせた。


 大爆発。

 黄昏時の花火は暗くなり始めた空を昼間のように明るく染める。

 少し遅れてお腹の奥に響くような爆音が轟いた。

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