768 ◆第四天使の降臨
「以前にどこかで見たことあるようなアホな光景ね……」
帽子の女アオイは上空で繰り広げられる勇者と竜将の戦闘を呆れたように見上げながら、ぼそりと呟いた。
「それで、これからどうしましょう? あのスーパーロボットの後を追うにしても武装の欠けたヴォレ=シャルディネでは厳しいと思いますけど」
その隣にいるミサイアが彼女に遠慮がちに尋ねる。
あたしはと言えば突然の展開についていけず呆然としているだけ。
「ビシャスワルトに向かうつもりはないわ。あとはプロに任せましょう」
「え、それって……」
「この場所に簡易ゲートを繋げられた時点でみさっちの仕事は終わりなんだよ」
うわっ、眩しっ!
あたしたちの立つ場所から少し離れた場所で急激に光が膨れ上がった。
それが静まった時、その場所には一人の女の子が立っていた。
「エリィさん!? どうしてこちらの世界に!?」
「いやあ。あたしもちょっとは働かなきゃ、そろそろ『あの方』に怒られちまうからさ」
そいつは前にミサイアたちの世界に行ったときに会ったやつだった。
こちらの世界の天使を名乗る、見た目中等学生くらいの少女。
「これからあの大型次元ゲートをあたしたちの世界に接続する。ビシャスワルトに軍の人型兵器を送り込むぞ。もちろん最精鋭を揃えて、あたしが自ら率いて行くからな!」
「FGを!? 逸脱者の反逆に対して軍を出動させるなんて……!」
「最終的にはあたしが解決するから心配すんな。ついでに新しく購入した空中戦艦も投入するぞ」
「私の役目はゲートを繋ぐことで、事件は最終的に軍任せ……最初からそのつもりだったんですか?」
「当然だろ? そりゃ、みさっちに任せてもなんとかなるかもしれないけど、逸脱者に同じ逸脱者をぶつけて貴重な人材をロストしたら目も当てらんないしな。ってことで、異世界旅行は十分に楽しんだだろ? あとはこの天使さまに任せておけって!」
自称天使は親指を立てにっかりと笑った。
「……さて。あんた、インヴェルナータだっけ?」
そして今度はあたしの方を見る。
「何よ」
「みさっちの道案内と新型PBSのテスト役苦労さん。あとはこっちで片を付けておくから家に帰りなさい。ゲートはちゃんと責任もって閉じとくから、もうすぐこの世界は平和になるよ」
は?
「ちょっと待ちなさいよ。帰れってどういうこと?」
「ここから先はガチの戦場。一般人の出る幕はない。あ、PBSは返してな。壊れてても損害賠償を請求したりはしないからさ」
「勝手なこと言わないで。あたしはルーちゃんに会うんだから、ここまで来て帰れなんて言われて、はいそうですかって従えるもんですか」
「誰、そいつ? ビシャスワルトにいるの?」
「いるって言ってたわ」
「悪いけど諦めてくんないかな。もう作戦は決定してるし、別にビシャスワルト人を皆殺しにするわけじゃないから運が良ければ助かるでしょ。恨むなら次元干渉なんてやらかした自称魔王を恨んでね」
「ふざっ……」
「ナータ、止めてください!」
思わず拳を握りしめたあたしをミサイアが後ろから抑える。
相変わらずの馬鹿力で、掴まれた腕はビクともしない。
「それだけはダメ。その人に暴力なんて振るったら、あなたの命どころか、あなたの住んでいる街も……いいえ、この世界そのものが危なくなるわ」
ミサイアは耳元でささやきながら必死にあたしをなだめようとする。
ああ、こいつは神話の天使で、大都市すら破壊するとんでもない力の持ち主だっけ?
「ふざけんな……!」
天使だか神だか知らないけど、いきなり出てきて好き勝手やられてたまるか。
「ナータ、あなたそんなにビシャスワルトに行きたいの?」
口の中が切れそうなほど歯を食いしばるあたしに帽子の女アオイが問いかけてきた。
「当り前よ!」
「命を落とすかもしれなくても?」
「死ぬことなんて怖いもんか、とっくに覚悟はできてるわ」
「そう。ならいい考えがあるわ。エリィ、この子を軍の討伐作戦に組み込んであげてちょうだい」
「アオイさん!? 何を言ってるんですか!?」
「お、どういうことだ?」
アオイの提案にミサイアは驚き、第四天使は興味深そうに聞き返す。
「彼女のPBSへの適応性は見たでしょう? きっとFGに乗せてもそれなりの戦力になってくれるはずよ。ちょうどピーキーすぎて乗り手のいない新型が余っていたわよね」
「いやいや、FGなんて簡単に操縦できるものじゃないですから。PBSとはわけが違いますよ。どんな秀才でも普通に動かせるようになるまでは最低でも一〇〇時間の訓練が必要って聞いてますよ」
「普通に考えれば美紗子の言う通りね。でもブレインコントロールシステムを使えばどうかしら?」
「ブレインコントロールシステム? あれって誰も扱えなかった失敗作だろ? 稼働試験中に何人も廃人になったって聞いたぞ。もう誰もテストしたがるやつがいないからほぼ凍結状態だって」
「彼女はヴォレ=シャルディネの脳波干渉装置を初見で完璧に扱いこなしたわ。もしかしたら特殊な適正があるのかもしれないし、万が一のことがあっても補償する義務もない。テストのための人員としては最適だと思うけど」
「うーん。そういうことならあたしは構わないぞ」
略称と異界語ばっかりで、こいつらが何を言ってるのかは全く分からない。
けど、どうやらあたしにすごく危険なことをやらせようとしてるってことはわかる。
そして言う通りにすればルーちゃんに会いに行けるらしいってことも。
「いいわ、やってあげる。その代わり約束は守りなさいよ」
「ナータ!」
「いい度胸ね」
アオイはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「ただし、これから貴女はこちら側の世界の秘密にがっつりと触れることになるわ。終わった後もしばらくはミドワルトに帰さないから、それだけは覚悟しておきなさい」
「わかったわ」
「お前、軽いなー。ちゃんと考えて答えてるか?」
第四天使が小ばかにするように言ってきたけど、あたしは目も合わせずに無視した。
このまま二度とルーちゃんに会えないくらいならなんだってやってやるわよ。
……いざとなったらルーちゃんを連れてどっかに逃げてやるし。
「そうそう、ついでだからそこで寝てる女たちも連れてってやれよ」
第四天使はあたしの態度を特に気にした風もなく、竜将にやられて倒れたままのベラお姉さま、ヴォルモーント、ナコの三人を指さして言った。
「待ってくださいエリィさん。ナータはともかく、これ以上無関係な人たちを巻き込むのは……」
「これから先はミドワルトとも正式に関っていかなきゃいけなさそうだし、この世界の人間のデータを集めておくことも必要だろ? それに放っておくと死にそうだぞ、そいつら」
「了解よ。では後はエリィに任せて帰るわよ、美紗子」
「あー、もう。なんでこんなことに……」
頭を抱えるミサイア。
その横でアオイがポケットから取り出した小さな端末を操作する。
するとあたしたちの正面に小さなゲートが発生した。
「んじゃみさっち、次の命令だ」
「は、はい」
「インヴェルナータとその三人の異界人を紅武凰国に連れていって面倒を見てやれ」
「……わかりましたよ」
ミドワルトでは随分はっちゃけてたミサイアだけど、基本的には苦労人みたい。
上空ではまだ勇者と竜将が戦っている。
あたしはベラお姉さまを背中に担いで小型ゲートに足を踏み入れた。
もう一度、あの世界……
ミサイアたちの第三世界ヘブンリワルトへ行く。
ルーちゃんがいる第二世界ビシャスワルトへ向かうために。




