766 ◆第三世界と魔王の関係
「竜王とはまた笑わせてくれるわね」
「ソラト君の影響を受けたんでしょうか? そんなキャラじゃなかったはずなのですが」
あっという間に三人を倒してしまった竜将にビビっていたあたしは、ふいに聞こえてきた声に不覚にもホッとした。
「ミサイア! ……と帽子の女!」
向こうから歩いてくるのは大剣を肩に担いだミサイア。
それと、なぜか隣には異世界で会った黒い幅広帽子の女が一緒だった。
「遅くなってごめんなさい、ナータ」
「別にいいけど、なんでそいつが一緒にいるの?」
「ようやくビシャスワルトへ繋がるゲートまでたどり着いたので、能力の使用許可をもらおうと連絡したんですが……」
「懐かしい感覚がしたから、つい来ちゃったの」
「ほんと自由な人でうらやましいです。はぁ」
「……貴女だったのか、アオイ」
竜将は帽子の女を見て呟いた。
え、なに何?
こいつら知り合いなの?
「実際に顔を合わせるのは初めてかしらね。冬蓮とはまたわかりやすい名前だこと。あなたのご主人様は元気かしら?」
「知らぬ。我がこちらの世界に移住してより、連絡を一切取っていない」
「あら? てっきりスパイとして送り込まれたのかと思っていたのだけど、本当に身も心もビシャスワルトに置くつもりなのね」
「ちょっと待って。こいつ、あんたらの仲間なの?」
あたしはよくわからない話を始める竜将と帽子の女の会話に割り込んだ。
「仲間ではないわ。どちらかと問われなくてもハッキリと敵ね」
「あたしが前にテロに巻き込まれた時の翠色のもこもこ女の仲間ってこと?」
「あれとはまた別よ」
なんか、こいつらはこいつらでいろんな所と問題を抱えているみたい。
「私たちって実は結構敵が多いんですよねえ。その中でも特に彼のところのボスはちょっと、ハッキリ言って自称魔王なんかよりもずっとヤバいやつで――」
「伯父貴を侮辱する発言は許さんぞ!?」
うわっぷ!
竜将の体からものすごい輝力が放出された。
突風のように暴力的な勢いであたしを含めた周囲のものを吹き飛ばす。
ミサイアと帽子の女は平然としていた。
「今は袂を分かったとはいえ伯父貴は俺の大恩人、最も敬愛するお方だ! 不当に貶める者は誰であろうと八つ裂きにしてくれるぞ!」
「ふふふ、相変わらず愛されてるのねえ新九郎は。嬉しくなってしまうわ」
「少し引きますね……」
「貴女たちは一体何のためにこちらの世界に干渉した! 場合によっては全力で迎え撃つぞ!」
先ほどまでの冷静さはなく、激情を露わに叫ぶ竜将。
いったい何があいつの逆鱗に触れたんだろう。
帽子の女は頭上にあるウォスゲートを見上げた。
その周囲では竜将が引き連れてきたドラゴンたちがキャァキャァ喚いている。
「あれは結界を構築しているのかしら?」
「そうだ。ミドワルトとビシャスワルトの繋がりを永久に封じるためにな」
「え?」
あたしが疑問の声をあげると、ミサイアが竜将の言葉の意味を丁寧に説明してくれる。
「ミドワルトとビシャスワルト、二つの世界は次元の境界が不安定で、ちょっとした影響で世界が繋がったり離れたりしていたんですよ。それをこじ開けたまま無理やり固定したのが今の魔王(笑)です。あの結界が張られたら逸脱者以下の生物はもう簡単に世界間を行き来できなくなりますね」
えっと、つまり……
「魔動乱や今回みたいなエヴィルの侵略は二度と起こらなくなるってこと?」
「そうだ。異なる世界の繋がりなど諍いの元にしかならぬ。我が望むのは部族の平穏のみ。故に我は強引にでも次元の穴を塞ごうとしているのだ。あとは現魔王さえ排除すればビシャスワルトに秩序が戻る」
「あら。ということはあなたの目的は私たちと一緒じゃないの。私たちもそちらの魔王(笑)のやんちゃを叱りに来たのよ。もし良ければ協力してあげましょうか?」
「貴女の手助けなど要らぬ! 即刻、紅武凰国へ帰れ!」
『まあそう言うなよドンリィェン。せっかく懐かしい顔ぶれが揃ってるんだし、たまにはゆっくりとお喋りでもしようぜ』
何々、今度は何!?
どこからともなく男の声が割り込んできたわ。
きょろきょろと辺りを見回した後、上を見るとそこにはとんでもないものがいた。
ウォスゲートのさらに上空。
スクリーンに投影したような巨大な人間の姿。
四角く切り取られた映像が、薄暗い雲の中に映し出されていた。
そいつは壮観な顔つきの男性。
どこか怖い雰囲気のあるおっさんだ。
「貴様……魔王ッ!」
竜将が空のおっさんを睨み上げながら叫んだ。
魔王って……あれがエヴィルの大ボス?
どっから見ても普通の人間じゃん。
『よう、裏切り者。気づかれてないとでも思ってたのか? お前の反抗心なんかとっくにお見通しだよ。俺の娘を使ってなんだかくだらないことを企んでるってこともな』
「フン……言葉遣いが昔に戻っているのは焦りの表れだな。事が成ればもはや余人が世界間を移動すること適わなくなる。貴様が五百余年かけて企てた計画すべてが水の泡だ!」
『あー、もういいよ。魔王軍とか最初から半分遊びみたいなものだし、覇帝獣には頼れなくなったしな。もうミドワルトへの侵攻とか考えてねえから好きにしろ』
「なんだと?」
『さて、それより』
突然現れた立体映像のエヴィルのボスは、なんだかとんでもないことを言ってるような気がするけど、あたしの頭じゃどうにも理解が追い付かない。
『久しぶりですね、会長』
「ええ。元気そうで残念だわ」
魔王はなぜかミサイアに親しげに話しかけた。
しかも敬語で。
『これは手厳しい……さて、あなた達がミドワルトにやって来たということは、俺を始末するのが目的ということでしょうか。刺客が差し向けられるとしたら五大天使の誰かと思っていたんですが』
「私だってこんな面倒な仕事は引き受けたくなかったわよ」
『はは。相変わらずあなたは良く貧乏くじを引く方ですね』
「そう思ってるなら大人しく死んでくれない?」
逆にミサイアがため口で喋るの姿を初めて見た。
どうやらこいつら、かなり近しい知り合いらしいわね。
機械技術が進んだ三つ目の世界と、エヴィルの王。
エヴィルって……魔王って、一体なんなの?
『だがダメだ。俺は紅武凰国を――あなた達が神と崇めるあのクソ野郎を絶対に許さない。たとえどんな犠牲を払おうとも必ずこの手で滅ぼしてやる』
「寝言は寝てから言いなさい。文明の遅れたファンタジー世界で魔王(笑)を気取って、頭の中身まで劣化したのかしら?」
ミサイアは小ばかにするような口調で挑発を返す。
「今のうちに精々吠えてるといいわ。どっちにせよ、あなたはもう先が長くないんだから」
『傲慢ですね、昔のあなたはそんな風ではなかったのに。ところであなたの言う「遅れた文明人」たちは、ついに神を断つ剣を手に入れましたよ』
「勇者の剣と呼ばれていたESのことかしら? 実際に手に取って調べてみたけど、あれは非常に大きな制限が設けられた対侵略者用兵器よ。基本的に他世界に不干渉方針を貫いている紅武凰国の脅威にはならないわ」
『違う、それのことじゃない』
「じゃあ――」
ミサイアが突然後ろを向いた。
彼女だけじゃなく、帽子の女と竜将もだ。
「なんだ、この魔力は……!?」
「異常な密度の攻性SHINE? ……まさか!」
『そうだ。ビシャスワルトの侵攻という発破があったとはいえ、ミドワルトの民は自力で作り上げた。お前たちがついぞ作ることのできなかった、あの伝説の――』
ヴォレ=シャルディネのサーチ機能が壊れているため、あたしは何も感じられない。
けれど、この三人の視線の先から何かが近付いている感じはひしひしと伝わってくる。
それはやがて豆粒ほどのサイズで地平線辺りに表れたかと思うと、信じられないようなスピードであっという間にこちらに近づいてきた。
真っ白な鎧を纏った、見上げるほどの空飛ぶ巨人が。
『うおおおおおおっ!』
「ギャァッ!」
どこかで聞いたことのある男の声が響く。
巨人はウォスゲートの近くを飛んでいたドラゴンを斬った。
あり得ないジグザグ飛行で飛び回りながら、瞬く間にすべてのドラゴンの翼を斬り落としてしまう。
『秘技! 疾風ドラゴン斬り!』
そして謎の言葉を叫ぶ。
「なにあれ……」
やってることの凄さに反して、なんていうか異様に痛々しい。
その姿を見下ろしながら空のスクリーンに売った魔王はとても楽しそうにこう叫んだ。
『スーパーロボットをな!』




