765 ◆竜の王
突然現れたこいつがとんでもなく強い奴ってことはなんとなくわかる。
しかも、どういうわけか明らかにあたしを敵視しているみたい。
「前に会ったことあったっけ?」
「さあな」
話しかけても会話にのってこない。
まあいいわ、そっちがその気なら、
「そりゃそうね、エヴィルの知り合いなんかいないもの!」
ヴォレ=シャルディネの翼を広げて斜め後ろ上空に逃れる。
距離を取りつつ同時にマルチスタイルガンZを構え――
「ふざけているのか?」
え?
声はすぐ後ろから聞こえた。
直後、盛大な破裂音があたしの耳に届く。
それが何かを確かめる間もなく強引に引っ張られる。
「ぐがっ!?」
あたしは地面に叩きつけられた。
機械の翼の残骸がバラバラと周囲に落ちてくる。
六枚三対の翼のうち、左側の二枚が完全に破壊されてしまった。
「いや、違うな」
「こ、のっ……!」
偉そうに見下ろすエヴィル。
あたしは即座に左手でマルチスタイルガンZを構えた。
躊躇なく引き金を引くと、銃口から発射された超高熱の光が敵の顔面に突き刺さる。
「はっ! 馬鹿みたいに突っ立ってるから――」
「貴様はヘブンリワルトの人間ではない」
……は?
ビームは確かに当たった。
でも、まったく効いている様子はない。
ザコなら一撃。
多少の強敵でもかなりのダメージを与えられるはず。
そんな攻撃を顔面に食らって、平然としているこのエヴィルが――
左手の指に指輪をはめていることに気づく。
そして、体がうすーい光の膜で覆われていることに。
「紅武凰国の戦士なら戦闘に入れば即座にリングを作動させるはずだ。このようにな」
「あ、あんた、なんで……!?」
こいつ、エヴィルじゃないの?
なんで敵がミサイアの世界の道具を持ってんのよ!
「とすると、貴様にそれを渡した者がいるはずだが……」
「なあたさん!」
アクセントのずれた声であたしの名前を呼びながら駆けてくる人物がいる。
お姫様の護衛をしていたダイゴロウの姉、黒髪の東国人ナコだ。
彼女はそれほど速く走っているわけでもないのに、あっという間に近付いてくる。
そして気づけばエヴィルに向かって剣を振っていた。
「影歩術か。かなりの達人とみえる……が」
しかし、エヴィルは彼女の剣を紙一重でかわして、
「慣れない武器を使っているのか、太刀筋が甘い」
「っ!?」
すれ違いざまに足を蹴った。
ボキリ、と嫌な音が響いてナコは倒れる。
「う、あああああ……!」
「さて」
ちょ、ちょっとちょっと、ナコ!
あんたメチャクチャ強いんじゃなかったの?
「その兵器は誰から受け取った? 素直に答えた方が身のためだぞ」
最初の一撃で武装のほとんどを持っていかれた。
残った手持ちの武器じゃ顔面に当ててもダメージは通らない。
これって、かなりヤバい状況なんじゃ……
「ナータっ!」
建物の上から今度は別の声が聞こえた。
ベラお姉さま!
赤毛のヴォルモーントも一緒にいるわ。
二人は同時に屋根から飛び降り、あたしとエヴィルの間に割り込んだ。
「ナコ、大丈夫!?」
「竜将ドンリィェン! 貴様、なぜ……!」
「はっ。やっぱり魔王を裏切ったってのは嘘だったのね」
竜将?
魔王を裏切った?
お姉さまたちはこいつと面識があるの?
「嘘ではない。俺は今も魔王と敵対したままだ」
「ではルーチェをどうした!」
えっ、ルーちゃん!?
「どういうことベラお姉さま! ルーちゃんがどうしたの!? こいつと何か関係があるの!?」
「すまん、少し黙っていてくれるか」
「ルーちゃんの名前を聞いて黙ってられるか! ちゃんと説明しなさい!」
「……貴様もヒカリヒメの知り合いなのか?」
誰よヒカリヒメって。
「そんな人間は知らないけど、ルーちゃんならあたしの一番の大親友よ!」
「そうか……」
「いいこと教えてあげるわインヴェルナータちゃん。こいつはね、ルーちゃんをさらってビシャスワルトに連れて行ったのよ。ルーちゃんを次の魔王にするとかほざいてね」
なんだと!?
「ちょっとあんた、それ本当――」
「やつらはすでにヒカリヒメへの接触を目論んでいたのか!」
竜将ドンリィェンとかいうエヴィルが腕を上げる。
その指先から極太のビームが放たれた。
「ちょっ!?」
あたしはとっさに横に飛んで回避した。
立っていた場所を光が掠め、地面に大穴を穿つ。
あっぶねー!
もう一瞬遅かったら確実に死んでたわ!
あっ、そうだ、リングを作動させておかなきゃ……
「どういうつもりだ竜将!? なぜナータを殺そうとする!」
呼吸を整えているあたしに代わってベラお姉さまがエヴィルを怒鳴りつける。
「その女の背後にいる者が我々の真の敵だからだ」
背後にいるって、このヴォレ=シャルディネを見て言ってんのよね。
ってことは本当に恨まれてるのはミサイア……というか、あいつのいた世界?
そういえばミサイアは魔王をやっつけるために来たって言ってたわね。
実際の所どういう関係なのかちゃんと聞いておくべきだったかも。
「ナータを傷つけるというのなら、私が相手になる」
ベラお姉さまが剣を構えて竜将の前に立つ。
「どけ、ミドワルトの女。先日言った通り貴様らと敵対する意志はない」
「こいつは私の後輩だ。目の前で殺されそうになって黙っているものか」
「ベラお姉さま……」
べっ、べつに優しくしてもらって感動なんかしてないんだからね!
「ま、トカゲ野郎にまんまと騙されたってのもムカつくし」
赤毛のヴォルモーントも全身から炎のような輝粒子を立ち昇らせている。
こっちも完全に戦闘態勢に入ったみたいだ。
「アンタをブッ倒して、ビシャスワルトに乗り込んで、ルーちゃんを取り戻す! これで行きましょ!」
「愚かなるヒト共め……これほど言っても敵対する道を選ぶか」
「侮るなよ竜将ドンリィェン。あくまでも上から目線の貴様に、人間の底力というものを見せてやる!」
お、おお。
なんだか熱いじゃないの。
よし、あたしもやる気になってきたわ。
「ようやくルーちゃんの居場所もわかったことだしね」
翼部は半壊したけど、幸いにも機動力の要である足部パーツは無傷で残っている。
奇襲は通らなかったとはいえマルチスタイルガンZも無事だ。
三人で協力すればきっと勝機もあるわね!
とか思ってたら。
「……とはいえ、楽に勝てる相手ではない」
ベラお姉さまが小声であたしに囁いた。
「勇者の剣を持つダイゴロウが戻ってくるまでは防御に徹するんだ。特に腕から放つ光線に注意しろ」
「大見得を切っておいて悔しいけど、ぶっちゃけまともに戦えるような相手じゃないからね」
意外と弱気……もとい慎重なのね、お姉さま方。
それだけこいつが恐ろしい敵ってことか。
「ナータは後方に下がって援護を頼む。ヴォルモーントと私が前に出て――」
「侮るな!」
お姉さまがこちらに視線を向けた一瞬の出来事だった。
即座に距離を詰めた竜将がベラお姉さまの脇腹を殴る。
「がっ!?」
その一撃は纏っていた輝粒子を鎧ごと叩き割った。
それだけに留まらず、お姉さまの体は突風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばされる。
「え……」
通り過ぎて行った竜将のあまりの速さにヴォルモーントの動きが停止する。
その隙に竜将はバックステップで下がり彼女の腕をとった。
関節を決め、投げ飛ばし、腕を折る。
「……ぁ!」
頭から地面に叩きつけられるヴォルモーント。
竜将はトドメとばかりに仰向けの彼女の胸に拳を突きこんだ。
地面に体を半分めり込ませた赤毛の最強戦士は、意識と輝粒子を完全に消失させた。
「我は竜族の長! 即ち竜王なり! 我が技の本質は小細工や飛び道具に非ず! ヒトの戦士を打ち負かすなど赤子の手をひねるよりも容易いことと知れ!」
ちょっと、うそでしょ?
ファーゼブル王国とシュタール帝国。
それぞれの国で最強と呼ばれる、二人の女輝士が……
竜将ドンリィェン相手に、一秒も持たずにやられてしまった。




