762 ▽残っている問題
最後の輝工都市を取り戻すことに成功したクレアールたちは、王都に戻らずにそのままこの都市を新たな拠点とすることにした。
本土奪還には成功したが息をついている暇はない。
復興や捕らわれていた民の慰撫。
組織的侵攻はなくなっても各地に残るエヴィル残党の始末は急務。
どれも年単位で解決していかなければならないことだが、中でも一番の問題となるのは反逆勢力の粛清である。
「やつらはまだ姿を現しませんの?」
「はっ。王国軍の作戦行動中、レジスタンス共は一切動きを見せていません」
「アヴィラさん、言葉は正しくお使いなさい。レジスタンスではなく反逆勢力です」
「失礼いたしました」
かつては対エヴィルの希望とみて身を寄せていたこともある反乱勢力。
その実体は惨事を利用して王権を打倒としようとする革命家どもの集団であった。
やつらは今もマール海洋王国本土の地下に潜んでいる。
力による恐怖政治を敷き、海洋王国軍の反攻にも一切同調する姿勢を見せない。
これは未確認だが、実は最初のエヴィル襲撃の時には何らかの手を引いていた可能性も出てきた。
クレアールの英雄的活躍と父であるマール国王の王都帰還。
これらの状況によって反逆勢力が目論んでいた王政打倒の野望は遠のいた。
しかし復興のどさくさに紛れて彼らが何らかの破壊活動を行わないとは限らない。
食糧不足で窮乏している民に共和思想でも植え付けられたら、この先百年の禍根となるだろう。
「プロスパー島の奪還に協力する余裕は……ありませんわね」
「海洋王国は国内のことで手一杯です。魔王軍打倒は他の大国に任せましょう」
先日のセアンス共和国での決戦において将が一体討ち取られたという話も伝わっている。
早馬の伝達兵かれ詳しい事情は聴いていないが、東の三国はこちらと比べて余力があるようだ。
「可能なら軍艦の数隻くらい派遣できれば良いのですがね」
戦後の国際バランスを考えると、多少の功績は残しておきたい。
そうクレアールは考えていたが、
「姫様! 大変でございます!」
思考を遮るような兵士の大声が響いた。
異常事態発生と判断したクレアールはすぐに頭を切り替える。
「なにごとですか!?」
「北回りで沿岸の様子を調査していた軍艦が、巨大エヴィルに沈められました!」
※
クレアールはすぐにアヴィラ他十数名の輝士を率いて本土北部へ向かった。
希少な輝動二輪に分乗して、数時間かけ現場へと急行する。
潮の香りが近付いてきた頃に、沈んだ軍艦の生き残り兵たちが集まってるキャンプに合流した。
「姫様! 申し訳もございません!」
「ご無事でなによりです。それでエヴィルはどこに?」
「やつは海上からずっと動きません。そこの丘の上からも見えるはずです」
言われた通りに近くの丘へと移動する。
木々の生い茂った小さな森の奥にある小高い丘。
その先端は断崖絶壁になっていて、北側の海が見渡せる。
天気の良い日は遠くプロスパー島の陸地もうっすらと見えるという。
木々の切れ目から空が見えた。
視線を下に向けると、まず目に入ったのは軍艦の残骸。
そしてその向こう側の沖に堂々と鎮座する、あまりに巨大な生物の姿。
「なんですの、あれ……」
「軍艦を沈めた巨大エヴィルです」
巨大と言っても精々クジラくらい、二〇から大きくても三〇メートルくらいを想像していた。
しかし、あのエヴィルの体長はどう見ても軽く一〇〇メートル以上はある。
生物というよりはまるで山のようだ。
「近隣の町で話を聞き込みをしたところ、あの怪物は覇帝獣と呼ばれているそうです」
「覇帝獣……」
「はい。なんでもセアンスから来た精鋭部隊が海峡を渡ろうとしたところ、あの怪物に阻まれ追い返されてしまったとか」
「軍艦はどのようにして破壊されたのですか?」
「やつは口から恐ろしい威力の水流を吐きます。砲撃のため方向を転換した直後、軍艦は水流の直撃を食らい、一撃で中心から真っ二つにへし折られてしまったのです」
事実上、プロスパー島への立ち入りを阻むための門番といったところか。
「覇帝獣が陸地に上がってくる様子はありますの?」
「いえ、初めて現れた時からずっとあの場所に居座っているようです」
「近寄りさえしなければ害はないのですね」
とはいえ軍艦を一撃で破壊できるほどのエヴィルか。
このまま黙って放置しておくわけにもいかないだろう。
プロスパー島南部はかなり峻険な地形であり、大型船が停泊できる場所はあの近辺しかない。
つまりあれをどうにかしない限り、向こう岸に大軍を送り込むことは不可能なのだ。
「我々だけでなんとかできることではありませんわ。やはりここは他の大国とも連携をしつつ、可能ならば援助を――」
「東より高速で接近する輝力反応あり!」
護衛の輝術師の声に反応して全員が一斉にそちらを見た。
たしかに東の空から何かが飛んで来るのをクレアールも感じた。
やがてそれは肉眼でも見えるほどに近づいてくる。
翼の生えた鎧輝士……いや!
「なんですの!? あの、とてつもない輝力は……!」
沖にいる覇帝獣すらも上回る、だだ漏れの莫大な輝力。
近付くにつれてその鎧輝士もまた規格外のサイズであることがわかる。
「白い鎧を着た人間……いえ、巨人!」
全長はあの覇帝獣よりは少し低いくらいだろうか。
見上げるほどの巨体にも関わらず、すさまじい速度で飛んでいる。
その白い鎧の巨人はクレアールたちの視界を右から左へと横切り、海峡へと差し掛かったところで覇帝獣からの攻撃を受けた。
「シギャアアアアアアアアッ!」
怪物の口から強烈な水流が吐き出される。
まるで相手の進路を完全に予測していたように、飛行中の白い巨人にぶち当たる。
「あれです、我が艦を破壊した攻撃は!」
「なんという威力と正確さだ……!」
あんなのを受けたら軍艦だってひとたまりもない。
何者かは知らないが、あの白い巨人もおそらく無事では――
『はぁっ!』
青年の声が空に響いた。
拡声器越しのひび割れたような声だ。
白い巨人が腕を振ると、覇帝獣の水流は後方へと受け流される。
『うおおおおおおっ!』
そのまま巨人は雄たけびを上げながら海上の敵に向かっていく。
スケールこそ全く違うが、その動きは輝攻戦士によく似ていた。
「シギャッ!」
覇帝獣の体から無数の触手が伸びて巨人の体を絡めとろうとする。
ところが巨人は体格に似合わぬ俊敏な動きで攻撃をかわしていった。
『くそっ!』
しかしあまりに敵の猛攻が激しく巨人も敵に接近できない。
やがて触手の一本が巨人の左腕に絡みつく。
「シィィッ」
『こんなもの!』
「シギャァッ!?」
巨人は絡んだ触手を右腕で掴むと、そのまま力任せに引きちぎる。
怪獣に表情のようなものはないが明らかに動揺していることが分かった。
そして巨人は右腰から筒のような物を取り出した。
『彗・星・剣ぇぇぇぇぇん!』
筒先の円錐部が眩いばかりの輝きを放つ。
じゃきーん、と激しい音が鳴って円錐部が伸びる。
左右に分かれて十字鍔を形成し、巨大な白い刃が伸びてくる。
「極超新星……!」
巨人は刃を水平に構えると、覇帝獣に向かって猛スピードで突進し――
『光撃奥義! 超サンライトスマーッシュッ!』
覇帝獣の体を横に両断した。
「シッギュオャアアアアアアアアアッ!」
断末魔の叫びをあげて覇帝獣が爆散する。
白い巨人は振り返ると、しばし敵のいた場所を眺めていた。
やがて巨人は反転して新代エインシャント神国の方に向かって飛んでいく。
「……えっと」
誰もが呆然とする中で、最初に口を開いたのはクレアールだった。
「さ、さあ皆さん! 巨大エヴィルは通りがかりの巨人さんがやっつけてくださったようですし、我々は街へと帰りましょうか!」




