760 ▽脅しと警告
さすがに星帝十三輝士を相手にスティを背負いながら戦うのは分が悪い。
手加減せず追っ手を先に倒しておいてよかったとフレスは思った。
「答えてください、あなたはなぜ国王陛下を害そうとしたのですか!?」
しかも、この期に及んでラインは言葉での対話を望んでいる。
上手く立ち回れば隙を見て出し抜くこともできそうだ。
「ラインさん。あなたには私の気持ちはわからないでしょうね」
近くの建物の屋根に着地。
スティを背中から下ろし横たえる。
「三番星になった時に、他の星輝士の人たちのことも調べさせてもらいました。文官の家系に生まれたあなたは帝国で一番の国立学校に通い、幼いころから文武両道の神童と呼ばれていた。末は大臣も夢ではないと言われながら、周りの反対を振り切って星輝士の道を選んだそうですね」
「……それが、どうかしましたか?」
ラインも同じ屋根の上に降りてきた。
彼は輝攻戦士であり、リーチの長い武器を持っている。
純粋な輝術師であるフレスにとっては、一見すると圧倒的に不利な距離だ。
「ヴォルモーントさんのような規格外の存在を除けば本物の天才。カーディさんの一件がなければ今頃は星輝士としても大成していたはずです……都市の外のことなんか何も知らずに!」
大声を出して注意を引きつつ、ポケットの中の感触を確かめる。
「知ってましたか? 私、ずっと嫉妬してたんですよ。都市の人たちはこんな素晴らしい生活を送っていたと知ってから。私のような小国の田舎で育った人間の気持ちなんて考えたこともないでしょう。けれど、本心ではずっと大国に恨みを――」
「もういいです。やめてくださいフレスさん」
訥々と語るフレスの言葉をラインはぴしゃりと遮った。
「話が支離滅裂ですよ。そんなとってつけたような被差別論、今さらあなたの口から聞いても何とも思いません。というか都市の生活をうらやましいなんて少しも思っていないでしょう?」
「あら。姉さんを見殺しにされたときは、さすがに少しファーゼブル王国を恨みましたよ?」
「今は?」
「どうでしょう」
「あなたが以前にボクを拘束した術……あれは、輝術ではありませんね? おそらくは意識に働きかける古代神器でしょうか。それを使える条件を整えるための時間稼ぎをしていると見ました」
「さすがに気づかれちゃいますか」
フレスは白状して肩をすくめた。
確かにフレスはビッツの目指す革命に協力している。
だが、別に大国に対して深い嫉妬や敵愾心を持っているわけではない。
旅の途中でこっそり手に入れた古代神器を隠し持っているのは本当だ。
これのおかげで他国籍の身分のまま星帝十三輝士になるという、本来ならあり得ない地位を手にすることもできた。
さすがに警戒している相手に使えるようなものではない。
タネがばれた以上、ここは別の手段で乗り切らないと。
「では、力づくで通してもらいますよ」
「どうしてもやる気ですか……?」
相手は十三番星。
決してぬるい相手ではない。
かつての仲間と油断している今しかない。
フレスが先手を取って輝術を使おうとした、その時だった。
「っ!」
「なっ!?」
二人は同時に声を上げた。
ラインは敵前にも関わらず反射的に後ろを向く。
フレスもその隙を狙うことすら忘れて、街壁の先に目を凝らした。
流読みを習得した輝術師は、意識せずとも周囲の輝力を感じとれるようになってしまう。
ただし、それはあくまで『ほんのわずかな違和感』程度の弱い感覚に過ぎない。
仮にケイオスが近づいて来たとしても、こんな風に感じたりはしない。
だが、これは。
この感覚は……
「なんなんですか、この異常な輝力量は……!?」
ラインはすでに目の前のフレスよりも遠くから接近する謎の存在の方を脅威と感じている。
それはまったく無意識の行動だろうが、フレスもまた同様の感覚を味わっていた。
やがて、その莫大な輝力を持つ何かが地平線の向こうから姿を現した。
人型をしたそれが人間かケイオスか判別する前に、あっという間に街壁近くにやってくる。
音よりも速いスピードで飛来したそれは帝都アイゼン近郊の空で静止した。
夕日をバックに佇む姿は全身に白い重鎧を纏った輝士のよう。
ただし、その体は山のように大きい。
背中には生物味のない巨大な機械の翼を背負っていた。
「神話の巨神……!?」
その正体がまったく見当もつかないフレス。
対して、ラインは目を見開いてそんな単語を呟いた。
神話ですって?
普段なら一笑に付して終わりの戯言だ。
だが、あの巨大な輝士が放つ莫大な輝力は、まさしく神か悪魔を思わせる。
『シュタール帝国のみなさん』
巨人が声を発した。
口を開いているわけではない。
拡声器を通したようなひび割れた音だ。
ただ、フレスはその声をよく知っていた。
「ジュスト……?」
巨人から響くのはまぎれもなく彼女の幼馴染、ジュストの声だ。
それを裏付けるように、巨人は自ら名乗りを上げる。
『僕はファーゼブル王国の王家に連なる者、輝士ジュスティッツァ。そして、この巨人は王国が機械技術の粋を結集させて作り上げた最終決戦兵器、輝攻戦神グランジュストです』
最終決戦兵器。
輝攻戦神。
『話の前に、今からその力の一端を見せます』
グランジュストと呼ばれた巨人が腰から取り出した筒を振り上げる。
『彗・星・剣ぇぇぇぇぇん!」
筒が変形し、白い闇とでも言うべき莫大な輝力の刃が現れる。
そして、巨人は剣を振った。
『極超新星……えっと、絶技! 覇王ダイナミック斬!』
白い闇が雷撃にも似た閃光の滝となって地面を穿つ。
まるで大津波のような光の奔流が帝都アイゼン近郊の森を横切る。
「な……」
もし万が一、剣を振った角度がもう少しずれていたら。
帝都アイゼンを狙われていたら。
都市を両断する巨大な谷が出来ていたことだろう。
『お前たちが南部連合と示し合わせて行った不当な侵攻を、ファーゼブル王国の新王はお許しになられる! 近いうちに和平の使者が派遣され我らは再び平和を誓い合うだろう!』
ファーゼブル王国へ攻め込んだ輝士たちはあれと戦ったのか?
もしそうならば勝敗の結果など考えるまでもない。
『その際には貴国の賢明な判断を期待する! もし万が一、シュタールの刃がまた我が国に向くことがあれば……』
グランジュストは剣の先を帝城に向けた。
『次は戦争すら許さない。一方的に蹂躙をしてやる』
それだけ言うと、グランジュストは来た時と同様、目にもとまらぬ速度で飛び去って行った。
※
「はい、はい。え? いや、しかし……はい。わかりました。ただちに帝城へ戻ります」
耳に手を当て、おそらくは通信輝術で誰かと会話をしていたラインは、腕を下ろして再びフレスの方を向いた。
「帝都に残るすべての星輝士に即時帰還命令が出ました。あなたのことは放って置いてもいいそうです」
「それは良かったです」
フレスは眠ったままのスティを担ぎ上げる。
あの脅威の前では皇帝暗殺未遂すら些細なことらしい。
「ですがフレスさん。ボクはあなたを……」
「お喋りはやめましょう。対話で何かが変わることなんてないんですから」
「……そうですね」
ラインは寂しそうに俯くと、輝攻戦士の脚力で屋根から屋根を伝い、城の方へと帰っていった。
その気になれば自分を捕まえてから行くことも可能だったろうに損な性格の青年である。
「さて、と」
フレスは夜のとばりが降り始めた東の空を見た。
邪魔者がいなくなったことで、空を飛んで軽々と街壁を超える。
上空からは先ほどのグランジュストの白い刃によって切り裂かれた巨大な爪痕が見えた。
「ジュストも甘いんだから」
どうせなら有無を言わさず帝都を破壊しちゃえばよかったのに。
それよりも、これからどうするかを考えよう。
とりあえずクイント国にある故郷の村まで帰ってみようか。
「う、ん……」
「よしよし」
寝ぼけてうなり声をあげる妹の頭を撫で、フレスは黄昏の空に向かって飛翔した。




