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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
最終章 魔王伝説 - light of justice -
758/800

758 ▽機械を失った都市で

 エテルノ中央広場は異様な熱気に包まれていた。


「♪ゆけーゆけー! ぼっくらのヒーロォー!」

「うおおおおおっ!」

「♪その名は輝攻戦神! グランジュストーォッ!」


 ステージ上で演奏を続ける男性四人組はファーゼブル王国で最も人気のあるロックバンド『ヤルグ』という。

 彼らの頭上にかかった横断幕にはカラフルな文字で「輝攻戦神壮行会」と書かれている。


 その後ろに佇む、真っ白な鎧に身を包んだ巨人。

 あれこそが巨大怪獣を倒して街を救った救世主。

 輝攻戦神グランジュストとかいう人型の兵器だ。


「うおーっ! グランジューストーッ!」

「はは……」


 ライブ会場の中にはフォルツァとジルの兄妹もいた。

 ジルは引きつった笑い顔を浮かべながら大声で叫ぶ兄の横顔を見る。


「大丈夫か、ジル?」


 ふと兄が視線を落とし、気づかわしげに声をかけてくる。

 冷めた様子の妹にいらぬ心配をしたのだろうが。


「やはりまだ元気が出ないのか。ターニャのことは本当に気の毒に思うが……」

「いや、そうじゃなくてさ」


 輝攻戦神が大怪獣を打倒した日からもう四日も経っている

 ターニャのことはショックだったが、さすがにいつまでも落ち込んではいられない。

 フォルツァやセラァが言ってたように、ターニャが元気になっただけでも喜ばしいと思うことにした。


 いま元気がないように見えるのは、単純にこのライブがつまらないからだ。


「何よあの歌。私は『恋の四重葬カルテット』を聴きに来たのに」

「どうしちゃったのかしら、今日のレフォノ様(←ボーカルの男性)は……」


 周りにいるヤルグのファンらしい女性たちも不満を口にしている。

 逆に、主に騒いでいる男たちは非常に盛り上がっていた。


「ヤルグって甘ったるい恋愛ソングばっかのイメージだったけど、すげえカッコイイんだな!」

「くうーっ! 子供のころを思い出して熱くなるぜ!」

「わかる! わかりますよその感覚!」


 その集団に普段クールな兄が混じっていると思うと、ジルは非常に気分が滅入ってくる。


「ねえ、もう帰んない?」

「いや待てジル。もうすぐ発進するらしいから、もうちょっとだけ見ていこう」


 結局自分が見たいだけなんじゃないか。

 ほんと男ってやつは、何で大人になってもあんなのに夢中になれるんだか。


「それじゃお前ら次の曲行くぜ! 今度は少し趣向を変えて戦い疲れた戦士を癒す曲だ! エンディングテーマを意識したバラード! 聞いてくれ……『今は眠れ、輝攻戦神』」

『あのー、そろそろ出発したいのですが、良いですか?』


 ヤルグのボーカルの声を遮って、後ろの巨人から機械マキナを通した青年の声が響いた。

 その瞬間、ライブ会場の群衆たちの熱気は最高潮に達する。


「うおおおおおっ! ジュスティッツァ皇子の声だーっ!」

「輝攻戦神万歳! ジュスティッツァ皇子万歳! 救国の大英雄万歳!」

「おい、聞いたかお前ら! 悪ィが次の曲は一旦中止だ! 声援を止めて静粛にしろ! みんなでジュスティッツァ皇子のお話を清聴するぜイィヤッホーゥ!」

「イィヤッホーゥ!」


 ボーカルの男が指示を飛ばすと、会場の男たちは大声で叫んだ直後、一斉に水を打ったように静まった。


「きもっ……」


 どこかで女の呟きが聞こえたが、とりあえずジルも声に耳を傾けることにした。

 あの巨人に乗っているのは英雄王アルジェンティオの第一子。

 ジュスティッツァ皇子と呼ばれる王家の青年だ。


『えっと、本日は僕のためのお見送り、どうもありがとうございます。盛り上がってる途中で申し訳ないんですが、機体の整備も終わりましたので、そろそろ出発しようと思います。必ずエヴィルの王を倒して、このミドワルトに平和を取り戻しますから、どうか勝利を祈っていてください』


 英雄王の息子にしてはなんとなく頼りなさげだな……とベラは思った。

 別に気が弱そうというわけではないのだが、大怪獣を倒した英雄かと言われると疑問符が付く。


「がんばってくれーっ! ジュスティッツァ皇子ーっ!」

「俺たちが全力で応援してるぞーっ!」

「ついでにシュタール帝国のクソ共も滅ぼしてくださーい!」

「よーしてめえら、最後はこの曲で皇子をお見送りするぞ! 風音板レコード化も予定してるとっておきソングだ! 歌詞は覚えてるな!? 全員で合唱ッ! 『飛べ飛べ! 輝攻戦神グランジュスト!』

『はは……』


 どこか呆れたような皇子の乾いた笑い声には気づかず、男たちによる大合唱が始まった。

 そんな中、ジュスティッツァ皇子は出発の掛け声を上げる。


『ジュスティッツァ! 輝攻戦神グランジュスト、行きます!』

「うっひゃあああああああああああ! 出撃セリフきたああああああああああ!」

「うるさっ!」


 男たちの大歓声の中、輝攻戦神グランジュストは前回の戦いの時にはなかった背中の翼(?)を広げ、遥か西の空めがけて飛び立っていった。




   ※


 輝攻戦神の出撃を見送ったその日の午後、ジルたちは都市間連絡輝動馬車に乗ってフィリア市に帰って来た。

 彼女たちが乗った便を最後に運休が決まったので運がよかったと言えるだろう。

 運休の理由は馬車を引く輝動二輪の燃料の生産ができなくなるからだ。


 そして、フィリア市に戻ってから三日が過ぎた。


「はっ!」


 ジルはルニーナ街近くの広場で一人バスケの練習をしていた。

 朽ちかけてネットもなくなってしまったゴール目掛けてシュートを打つ。

 音もなくリングを潜ったボールは、そのままコートの端にまで転がっていった。


「はぁ」


 ボールを追う気にはなれず、ジルはその場で寝転がった。

 冬だというのに、太陽の光は今日も変わらず眩しい。

 街はこんなにも変わってしまったというのに……


 そんなジルから日差しを遮るように、ボールを持った少女が顔を覗き込んだ。


「相変わらずひとりで練習か。意味もないのに熱心なことだな」

「他にすることがなくて暇なんだよ」


 セラァはジルの横に座り、黙って缶ジュースを差し出してきた。

 ジルは上体を起こしてそれを受け取り、ポケットから小銭を払う。

 ふと、遠くから人々の怒声が聞こえていた。


「輝鋼石を稼働させろー!」

「人類の英知を取り戻せー! 技術の進歩に背くなー!」


 数十人からの市民たちの悲痛な叫びである。


「デモ隊の方々は相変わらず無意味なことをやっているみたいだな」

「いきなりこれだけ生活が変われば、何かに怒りをぶつけたくても当然だろうよ」


 ファーゼブル王国に三つある輝工都市アジールでは今、機械マキナが使えなくなっている。

 名目上はエヴィルに輝鋼石を破壊されないため隠しているということになっているが、


「無駄なことなんだがなあ。もう輝鋼石なんてこの国には存在しないというのに」


 セラァは彼女のファンの機械技術者から聞いて、その事実をすでに知っていた。

 この国の輝鋼石は、あの輝攻戦神の動力源に使われてしまった。

 つまり二度と街に輝流をもたらすことはない。


 無論、いつまでも隠し通せることではないだろう。

 街の教育機関や工場、そして多くの商店は少し前から閉まったままだ。

 やがて都市の様相は一変し、街は失業者で溢れ、物資不足から貧困が一気に加速するだろう。


「卒業も絶望的だなあ。今さら学歴なんてたいした意味もないだろうが、ジルは今後のことを何か考えているのかい?」

「そうだな……」


 どこか他人事のようにジルは呟く。


「まだ漠然とだけど、衛兵隊にでも入ろうかなって思ってるよ」

「ほう?」

「これから治安も悪くなるだろうし、アタシには腕力くらいしか取り柄がないからさ」

「兄上と一緒に武術師範でも目指すのかな」


 経済が滞れば将来的には道場を経営するのも難しくなるだろう。

 だったら何か、実践的な方法でこの力を役立てたいと思う。


「意外としっかり考えているのだな。ではこれは単なる提案なんだが、空いた時間で僕の事業を手伝ってみる気はないか?」

「は? 事業? 会社でも作るのか?」


 友人の意外な言葉にジルは目を見開いて彼女の横顔を眺める。


「これはまだ極秘なんだが、実は輝流に代わるエネルギーのアイディアがあるんだ。今はまだ構想段階だけど、うまく波に乗れば大儲けができるかもしれないよ」

「いや、そんなの手伝えって言われても……アタシは機械学とか全然わからないぞ」

「君に頭脳労働は期待していないさ。たぶん最初はフィリア市を出て各地を回ることになると思うんだが、その際に信頼できる護衛がいてくれるととても助かるんだよ」


 それは……なんというか、かなり楽しそうである。

 まるで魔動乱期の冒険者みたいじゃないか。


「すぐに答えを出してくれとは言わないよ。これからもちょくちょく声をかけるから、その気になったらいつでも言ってくれ」

「ああ」


 セラァの投げたボールがゴールリングをくぐる。

 さすがは南フィリア学園バスケ部一番のシューターだ。

 彼女はそのまま広場を去り、ルニーナ街の方へと歩いていく。


「いつまでも、ターニャのことにこだわってる場合でもないのかもな……」


 ジルは起き上がり、雲一つない青空を見上げながら呟いた。

 遠くで聞こえるデモ隊の大人たちの騒がしい声を強い風がかき消した。

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