756 ▽終戦協定
ここは王都地下の格納庫。
ジュストは整備中の輝攻戦神を見上げていた。
ふと、近くを通りかかった作業着姿の男性を呼び止めて話しかけてみる。
「あの……僕も何か手伝えることがあれば言ってくださいね」
ジュストがエテルノを襲った覇帝獣を倒してから、丸二日が経っていた。
今も十数人の機械技術者が寝る間も惜しんで最後の調整を行っている。
手持無沙汰なジュストは何かしら彼らの役に立ちたいと思ったのだが……
「素人が手伝うことなんてねえよ。アンタはこいつを乗りこなすことだけ考えてりゃいい」
「あ、はい」
ぞんざいに扱われ、身を縮こまらせて通路の隅に移動する。
職人や技術者には言葉に遠慮というものがない。
ジュストが英雄王の息子だろうと邪魔ならお構いなしだ。
「彼の言う通りです。機体の整備は任せて、出撃の時まで英気を養っていて下さい」
ふと隣に立った黒の近衛兵団の男が言った。
「わかっていますけど、こうしている今も仲間たちは魔王軍と戦っていると考えると、居ても立ってもいられなくって」
「お気持ちは理解しますが耐えてください。整備を疎かにしてこいつが力を発揮できないのは本末転倒ですよ」
まったく、その通りである。
輝攻戦神は機械技術の粋を集めた巨大兵器だ。
もし戦闘中に不具合が発生したらジュストにはどうすることもできない。
これから異界に攻め込んで魔王と戦うことを考えたら、長期戦にも耐えられるよう、完璧な調整をしてもらわなくては困る。
「もし退屈でしたら、色街から女を見繕って呼び寄せますが」
「やめてくれ。そういう遊びは学生時代までで充分だ」
「英雄王閣下はよくお命じになっていましたよ」
「あいつと一緒にするな」
そういえば、英雄王アルジェンティオは無事に一命をとりとめたらしい。
ただし未だに意識は戻らず、病院のベッドの上で眠っているそうだ。
「では私は指揮に戻ります。御用がありましたらお渡しした鈴をお鳴らし下さい。近くにいる者が即座に駆け付けますので」
「わかったよ」
黒の近衛兵団の男はそれだけ言うと、闇に溶け込むように去って行った。
常に仮面を身に着けた秘密の輝士。
かつては英雄王の、今はジュストのために動く隠密。
ジュストは彼の名前も素顔も知らないし、実働部隊が全部で何人いるのかも知らない。
しかし頼んだことは間違いなくやってくれる恐ろしく頼りになる集団だ。
「おーい、ジュスト!」
彼と入れ替わりになるように別の男が駆けてきた。
黒の近衛兵団の者でも整備の技術者でもない。
着崩した貴族服を纏った同年代の青年だ。
「ジャグアーロ殿下」
彼は以前、幽閉されていたジュストを牢獄から出してくれた人物である。
あの時は軽鎧を身に着けていたので、てっきり輝士だとばかり思っていたのだが、その正体は意外な人物であった。
「殿下はよせって。気軽にジャグって呼べよ、いとこなんだしさ」
「は。しかし、私はファーゼブル輝士として……」
英雄王アルジェンティオの弟、先王ビオンド三世陛下。
その第一子であるジャグアーロ王子だった。
ジュストが持っている輝力を操る王家の力は、本来ならこの方に受け継がれるはずだった。
それ故にジュストはジャグアーロ殿下に対して引け目を感じているのである。
「俺はこの国の王子だけど、お前は輝士である前にエテルノを守った英雄なんだぜ? もっと胸を張っていいんだって。それに王位を狙って俺と敵対するつもりはないんだろ?」
「もちろんです」
現在、ファーゼブル王国の王は空位状態になっている。
公式にはビオンド三世からアルジェンティオに禅譲が行われている。
しかしあいつは王としての仕事なんて何一つしていないし、今は意識不明になっている。
次の王はジュストかジャグアーロのどちらかが継ぐことになるが、当然ながらジュストにそんなつもりは全くない。
「ならいいんだよ。いろいろ言ってくる奴もいるだろうが、国内のことはすべて俺に任せておけ」
「はい」
やはり次の王にはジャグアーロ殿下がふさわしい。
まだ彼のことはよく知らないが、民を導くカリスマのようなものを持っている気がする。
「本当は親父がもう一回やりゃいいんだけどな。さて、ところで一つ頼みがあるんだが」
※
「輝攻戦神グランジュスト、行きます!」
拘束を解かれた輝攻戦神が発進する。
今度は前回とは違い、エレベーターケージで直接都市の外に出た。
街壁の向こうには市民たちの努力によって復興を続ける都市の様子がよく見える。
操縦は通常モード。
これはシャイニングモードと違い細かい操作が要求される。
一歩一歩、足元の人たちを踏み潰さないよう、細心の注意を払って歩く。
『あれが神話に語られる伝説の巨神か……』
集音機がそんな声を拾って操縦席のジュストに伝えてくる。
視線を向けると、街道を行く馬車から初老の男性が顔を出していた。
どこかの国の使節だろうか。
『ジュスト、聞こえるか?』
「はい、聞こえています。ジャグアーロ殿下」
座席裏のスピーカーが今度は城内にいるジャグアーロの声を伝えてくる。
『いいぞ。そのまま適当に暴れまわってくれ。各国の要人を踏み潰さないようにな』
ようやく整備が終わったので、ジュストは最後の起動テストを行っている。
ただし、これはちょっとしたデモンストレーションも兼ねていた。
『見せつけてやれってくれよ。ファーゼブル王国に輝攻戦神ありって所をな』
今日、南部連合に所属していた各国の代表が王都エテルノに集まることになっている。
終戦協定と今後の和平会談を行うため……というのは名目で、実際にはファーゼブル王国に楯突いた近隣の小国を罰するためである。
覇帝獣によって主力が壊滅した南部連合に戦力は残っていない。
ファーゼブル王国が全力で反撃に転じれば攻め滅ぼされるのは確実だ。
とはいえ、エヴィルの脅威が去るまでは王国にも対外戦争を行うような余裕はない。
輝攻戦神の武力をもって各国の代表を脅し、こちらに有利な条件で戦争を終わらせるのだ。
※
起動テストを終えたジュストは機体を地下格納庫へと戻した。
そして翌日、黒の近衛兵団から和平会談の顛末を聞いた。
各国の代表はほとんどが国王、あるいは国政の代表たる筆頭大臣がやって来たらしい。
皆、会議室に入るなり率先して土下座をするような恐縮ぶりだったようだ。
南部連合の設立を推進した臣の処刑。
すべての新型兵器の破棄と開発施設の明け渡し。
各国輝士団の人員の四割をファーゼブルに常設派遣。
そして王家、あるいは首長に連なる者の家族を人質として拠出。
これほど厳しい条件を提示しておきながら、ほとんど反対意見もなく、終戦協定はあっさりと纏まったそうだ。
たぶんグランジュストのデモンストレーションも効いたのだろう。
巨大兵器が自国に攻め込む所を想像して、誰もが戦慄したに違いない。
こういった脅しのようなマネをジュストは好きではなかった。
だがそれで地域に平和が戻り、後顧の憂いなく戦えるのならば協力するのも吝かではない。
ちなみに、アンビッツ王子は会議に姿を現さなかったそうだ。
南部連合の残党と共にどこかに身を隠したまま今も見つかっていないらしい。
そして南部連合に同調したシュタール帝国とは正式に断交が決定した。
もしかしたら残党は帝国領内に隠れ潜んでいるかもしれない。
今後も王国周辺に火種は燻ぶり続けるだろう。
ともあれ人類同士の戦争はひとまず終結だ。
これでようやく、ジュストはエヴィルとの戦いに専念できる。




