747 ▽シャイニングモード
「とんでもないことを……!」
輝鋼石を失った輝工都市は機械の恩恵を消失する。
これから先、王都やフィリア市の民には想像を絶する苦難が待ち受けているだろう。
しかし、英雄王はこともなげに言い放った。
『小国のやつらに奪われたり、エヴィルに破壊されるよりはずっとマシだろ?』
その通りではある。
だからと言って簡単に取捨選択できることではない。
握りしめたレバーに、多くの人たちの生活の重みが圧し掛かった。
『もちろん、目の前の覇帝獣を倒して終わりじゃねえぜ。こいつが起動したからには、このままビシャスワルトに乗り込んで魔王をぶっ倒してもらう。さあ、死ぬ気で戦う覚悟はできているか?』
「覚悟ならとっくに決めている!」
『なら大丈夫だ。操縦者さえやる気なら、グランジュストには世界を救えるだけの力がある。本当なら俺が自分で乗りたかったんだが……』
聖剣メテオラがこの機体の起動キーになっていた。
つまりグランジュストを扱えるのはファーゼブル王家の選ばれた人間のみ。
託された力と運命の重圧に腕を震わせつつ、ジュストの心にもまた強い高揚感が沸き上がっていた。
「お前なんかに任せてたまるか。やってやるさ、僕がこの世界を守るんだ」
『その意気だ。期待してるぜ、不肖の息子』
「親父を名乗るならまずは母さんに土下座して謝れ。それからルーにもだ」
『くっくっく。もう一度会えることがあれば、その時は向こうが嫌って言うほど謝ってやるよ。あいつらが死ぬまでの地獄に落ちるほどの悪行を積んでいたらの話だけどな……ごほっ、げほっ! がっ!』
突然、英雄王が咳き込み出した。
ただ咽た感じではなく、血を吐くような嫌な音が混じっている。
「……? お前、まさか」
『ふぅ。さてと、おしゃべりをしてる暇はねえぞ。敵もいよいよ本気を出すようだ』
正面を見ると、覇帝獣の様子が変わっていた。
背中に担いだ円形の飾りから煙が立ち上る。
体の色が仄かに赤みを帯びていく。
異国の神を思わせる、ほんのりと微笑みを浮かべていた表情が、悪鬼のように歪んでいく。
「怒」
その口から短い言葉が漏れた。
直後。
「怒怒怒怒憤怒ッ!」
腹部の板がスライドし、そこから巨大な砲弾を撃ってきた。
ジュストはとっさに右に回避しようとするが、
「うわっ!」
パネルを踏むのが一瞬遅れた。
直撃を食らい、機体が大きく揺らぐ。
「怒憤怒怒怒憤ッ!」
こちらが体勢を立て直すのにもたついていると、今度は突進からの体当たりを仕掛けてきた。
ジュストは素早くレバーを前に突き出す。
グランジュストの腕と敵の腕が組み合う形になる。
「この……っ!」
『バカ野郎、避けろ!』
「憤怒憤怒怒憤!」
英雄王の文句と覇帝獣の鳴き声が重る。
前かがみになった怪物の肩から鉄球が飛び出し、グランジュストの横っ腹を打つ。
体感的にはジュストのいる座席の真横に直撃した感じだ。
衝撃は強烈だが、機体は倒れない。
「うおおおおおっ!」
ジュストは即座に反撃に転じた。
思いっきり左右のレバーを押し込む。
「これでっ……」
覇帝獣の体が大きくのけ反り体勢を崩す。
素早くバックステップパネルを踏んで距離をとる。
即座に前進パネルを踏み込んで、急接近からの打撃をお見舞いする。
「くらえっ!」
「怒憤ッ!?」
グランジュストのパンチを受け、覇帝獣は轟音を立てながら仰向けに倒れた。
『うおおおおおっ! やったあああああっ!』
「うるさい! 今度はなんだよ!?」
『俺じゃねえよ。あっちを見ろ』
耳元の拡声器から聞こえるのは歓声。
ジュストは座席越しに背後を振り向いた。
『すげえっ! あのデカブツをぶっ倒したぜっ!』
『輝攻戦神グランジュスト! ありがとーっ!』
『怪物も侵略者もみんなやっつけてくれ!』
彼がそこで見たのは、街壁の上に集まっている王都市民たちの姿。
決して広くない場所に大勢の人々が押し寄せている。
それこそ立錐の余地もないほどだ。
「あれは一体?」
『王都の人間がお前を応援してるんだよ。外部収音機が外の声を拾っているんだ』
「街の人たちが……」
自分を信じて頼ってくれる人たちがいる。
輝士としてこれほど嬉しいことはない。
ジュストは思わず胸が熱くなった。
が。
「待て。なんで彼らはこの巨像の名前を知ってるんだ」
『そりゃあ、お前がさっき自分で名乗ったからだろ』
「こっちの声も外に届いてるのか?」
『安心しろよ、今こうやって喋ってる声は聞こえてねえ。特別な決めゼリフの時だけ外部スピーカーから音声が発せられるようになってるんだ』
恥ずかしさに逃げ出したい気持ちになったが、歯を食いしばってグッとこらえた。
武装はほとんど間に合わなかったって言ってたのに……
余計な機能ばっかり搭載しやがって。
『さあ、そろそろ敵にトドメを刺してやれ』
「どうすればいいんだよ。馬乗りになって死ぬまで殴りつけるのか?」
『グランジュストが搭載している唯一の武装を使う。シャイニングモードを起動するんだ』
「お前さっき武器は積んでないって言ってたよな」
『右側にでっかいボタンがあるだろ』
英雄王はこちらの質問を無視して説明を続ける。
ジュストは溜息を吐いて右側を見た。
「これか」
実は乗った時から気になっていた。
明らかに目立つ巨大な赤いボタンが手の届く位置にある。
ただし、表面を覆うガラスにはおどろおどろしい字体で『DANGER』と書かれていた。
「どうみても危なそうなんだけど」
『ガラスは上にスライドさせれば簡単に開く』
「ちゃんと説明しろよ。これを押したら何が起こるんだ」
『押してみりゃわかる』
相変わらずの説明不足だ。
この男はひょっとして、自分が右往左往するところを見て楽しんでるんじゃないか?
だとしたら思い通りになるのは癪だ。
ジュストは黙ってガラスを上にずらして赤いボタンを押した。
「うわっ!?」
直後、どこからともなく真っ黒な水が流れ込んでくる。
それは見る間にジュストのいる操縦席を満たしていった。
「おい、なんだよこれ! ヤバそうな液体が出てきたぞ!」
『む、失敗か……?』
「ふざけんな、おいっ!」
『冗談だよ。そのまましばらく待ってろ』
ジュストは本気でここから脱出するつもりで目の前のガラスを叩いたがビクともしなかった。
排水のための隙間はまったく存在せず、もう胸元にまで水が溜まっていた。
「溺れ……っ」
『大丈夫だって。心配すんな』
黒い液体が顔を覆い、ジュストの意識は途絶えた。
※
その直後。
ジュストは屋外に立っていた。
「え……?」
目の前には倒れた覇帝獣がいる。
ただし、その体はやけに縮んでいた。
ジュストの背丈より少し高いくらいだ。
いや、違う。
後ろを振り向みている。
そこにはミニチュアのような街があった。
目線よりも低くなった街壁、所々が鉄球で破壊された王都エテルノが。
次にジュストは自分の体に目を向けた。
武骨な機械の腕。
全身鎧を着込んだような純白の胴体。
「おい、嘘だろ?」
否定したくても、嫌でも理解してしまう。
街や怪物が小さくなったのではない。
自分が大きくなったのだ。
『うおおおおおおっ! 変形したああああああっ!』
『光ってるにゃあああ! カッコイイにゃああああ!』
街壁の上で豆粒のような市民たちが騒いでいた。
武骨な機械の腕。
全身鎧を着込んだような純白の胴体。
もしかしなくても、ジュストはグランジュストになっていた。
『どうやら成功したみたいだな』
英雄王の声が直接頭の中に響く。
「どうなってんだよこれ!?」
『感覚の共有。より高度な操縦を可能とするために、お前自身が機体と同化したんだよ。それこそが……シャイニングモードだ!』
感覚共有?
巨像との同化?
ははっ、ふざけんな。




