746 ▽輝攻戦神VS覇帝獣
「う、うおおおおおおおおおっ!」
「うわっ、びっくりした」
セラァは柄にもなく声を出して驚いてしまった。
なにせ、フォルツァさんが急に叫び声を上げたのだ。
巨像がいきなり名乗りを上げた時よりもさらにびっくりした。
「なんだあれは! なんだあれは!? 神話戦記の巨神か!? 俺は夢を見ているのか!?」
「すっごいにゃああああ! メチャクチャかっこいいにゃあああ!」
さっきまで胸に抱いていたはずのミチィも、気づけばするりとセラァの腕をすり抜け、目を輝かせながら例の巨像を見上げている。
怪物が吐く炎がセラァたちに近づき、もうだめかと思った時だった。
突然現れた中世輝士のような巨像が怪物を吹き飛ばし、ややひび割れた声で名乗りを上げた。
曰く、輝攻戦神グランジュスト。
しかも名乗りに被せて「バババーン!」という効果音が鳴ったり、爆発するような七色の光が咲き乱れたりと、やけに派手な演出つきだ。
セラァとしては意味不明な状況に呆然としていた所だったので余計に驚いてしまった。
「ええい、くそっ! ここからでは城壁が邪魔で巨神の全体がよく見えないじゃないか!」
「フォルツァお兄様! あそこから屋根を伝って足元まで向かうにゃ!」
「おお、いいアイディアだミチーノさん! では行くか!」
フォルツァは親指を立て、崩れた塀を足場にして近くの建物の屋根に上がった。
自分で提案したミチィもすばやい身のこなしで彼の後を追っていく。
子供のようにはしゃいでどこかへ行ってしまった二人。
冷静に妹を止めていた優しい兄や、恐怖に震えていた少女の姿は、もうそこにはなかった。
「……えっと」
残されたのはジルとセラァ。
さっきまで取り乱していたジルもあんぐりと口を開けている。
「なんなのだろうな、あれは」
「わからん」
「フォルツァさんはどうしてしまわれたんだろうか」
「兄貴は小さいころ神話戦記とか大好きだったんだ」
「そうか、意外だな」
「……」
「……」
ジルが冷静になってくれたのは喜ばしいことだが、無言で佇む二人の間には妙に気まずい空気が流れていた。
「とりあえず、避難しようか」
「あ、うん。ターニャのことはまた後で落ち着いたら考えるよ」
「それがいいだろう」
※
「おい、なんなんださっきのは」
ジュストは今の行動の意味を英雄王に尋ねた。
『うおおおおおおっ! かっけえええええええっ! うひょおおおおおおっ!』
「人の話を聞け!」
なぜか大はしゃぎしている英雄王をジュストは大声で怒鳴りつける。
「必要だっていうから恥ずかしいのを我慢して叫んだのに、何も起こらないじゃないか」
『バカを言うな! 素晴らしい演出だっただろうが!』
「っていうかお前、大怪我してたんじゃないのか。そんな大声を出して大丈夫なのかよ」
『あれは嘘だ。瀕死のフリをしておいた方がお前に言うことを聞かせやすいと思ったから、血糊と折れたパイプで怪我してるように見せかけていた』
「なんだと」
騙してたことをあっさり白状しやがった。
もし目の前にいたら確実に殴り飛ばしていたところだ。
「あと、なんだよグランジュストって! 勝手に僕の名前を巨像につけるな!」
『それは誤解だ。この名は計画を始めた当初から決定していたんだからな。今だから白状するが、部下からの報告でお前の名前を聞いた時には、運命のようなものを感じたよ……おっと』
喋っている間に目の前の覇帝獣が体勢を立て直す。
チェーンを引き戻し、すでに肩には二つの鉄球が戻っていた。
『お喋りをしている暇はなさそうだな、操縦方法を説明するぞ。まずは敵の攻撃のよけ方だ。前進パネルの左右にある矢印が緊急回避パネル。敵が攻撃してくると感じたら思いっきり踏み込むんだ。そうすると自動的に左右に回避してくれる。踏み込む力に応じて移動距離が変わるからうまく調節しろよ』
「これか?」
言われるままに右矢印のマークを踏んでみる。
すると巨像はステップの要領で右側に移動した。
「うわっ……!」
『地形確認はオートでやってくれるから、どのタイミングで使っても転倒することはないはずだ。同じように手前のパネルがバックステップ。敵との距離を取りたいときに使え』
「文字が書かれた三つのパネルはなんだ?」
『LとRのパネルは停止時の方向転換。Jのパネルはジャンプだ。と言っても跳躍力は期待できないからあまり過信しないようにな』
膝を曲げて、腿を上げて、などの細かい操作は必要ない。
一連の動作がパネル一つで自動的に行われるようになっているらしい。
自らの体の延長とまではいかないが、これだけの巨体を動かすためには、これくらい簡略化されていた方が都合がいいのだろう。
『次は攻撃に関しての説明だが、ぶっちゃけいろいろつけるはずだった武装はほとんどが未完成だ。今のところ使えるのはその二本の腕だけと思え。座席の左右に倒れたレバーがあるだろ? そいつを起こして掌でボタンを握りしめてみろ』
言われたとおりにやってみると、視界のやや上部左右に二本の巨大な腕が現れた。
正確に言えば元からそこにあった腕が、カメラの調節により可視化されたのだろう。
『こっちの操作は簡単だ。レバーを握りながら動かせば腕の挙動がそのまま機体に伝わる。ただし感覚はかなり特殊だから慣れるまでは気を付けろよ』
試しに右のレバーを十センチほど引いてみる。
連動して機体の腕が大きく手前に振りかぶるような形になった。
そのまま前方に倒してみると、機体の腕もゆっくり動いて、虚空をパンチする。
「なるほど……」
直感的に動かせる分、こっちはすぐに慣れそうだ。
『さあ、敵も本格的に反撃してくるぞ。輝攻戦神の力を見せつけてやれ』
「ローァ……」
気づけば覇帝獣は完全に体勢を立て直してこちらを睨んでいる。
体をやや前に傾け、肩の鉄球をグランジュストに向けた。
撃ってくるつもりだろう。
「ガラー!」
「ちっ!」
右肩から鉄球が射出された。
それを確認した瞬間、ジュストは右回避パネルを踏み込んだ。
グランジュストの巨体が素早く右ステップで鉄球を避ける。
着地と同時に前進パネルを思いっきり踏んだ。
しかし……
「おい、全然違う方向に走ってるぞ!」
グランジュストはまっすぐ覇帝獣に向かわず、やや逸れた方角に向かって駆けている。
『もっとパネルの左側を踏め! そうすりゃ左に曲がるように走る!』
「こうか!?」
座席が傾き、進路の軌道を修正。
覇帝獣が目前に迫る。
『今だ、ぶちかませ!』
「おおおおおっ!」
右レバーを手前に引く。
敵に接触する直前で、思いっきり倒しこむ。
グランジュストの右拳が覇帝獣の顔面を激しく殴打する!
「ローァ……!?」
『よし、追撃だ!』
次は左レバーを使い、左パンチを胴体に叩き込む。
動き自体はそれほど速くないが、巨大な質量がぶつかる衝撃はそれだけで凄まじい威力がある。
覇帝獣の体がぐらりとよろけて――
「ローァ、ガラー!」
「うわあっ!」
倒れる前に口から炎を吐いてきた。
オレンジ色の巨大な火炎が視界を覆う。
感覚的にはまるで全身を焼かれているようだ。
『怯むな! もう一撃だ!』
英雄王の声に反応し、再度右レバーを大きくひねる。
横から殴りつけるような大振りの一撃が今度こそ覇帝獣の体を吹き飛ばした。
炎を正面から受けてもグランジュストは倒れることなく、中のジュストも火傷ひとつ負っていない。
「なんともないのか……?」
『あの程度でやられるほどやわじゃねえよ。稼働中のグランジュストは全身が分厚い輝力で覆われているんだ。多少の攻撃なら直撃しても問題ないし、力いっぱい殴っても拳が壊れることはねえから安心しろ』
「今さらだけど、この巨像は一体なんなんだ? どこからこれだけのパワーを出してるんだよ」
これだけ巨大な機械が動いていること自体が不思議だったが、それにしてもこれほどのエネルギーを内蔵しているというのはあまりに異常だ。
ジュストが感じた当然の疑問に対して、英雄王はあっさりととんでもない答えを返してきた。
『外装はスタルメア帝の書に記された異界技術を応用して作ったモンだが、動力にはエテルノの大輝鋼石とフィリア市の中輝鋼石を組み込んである』
「輝鋼石を!?」
大輝鋼石と中輝鋼石は輝工都市のエネルギー源である。
そういえば先日から都市の輝流がストップしていたが……まさかこのために?
ということは、つまり。
『国民の生活と引き換えに完成させた決戦兵器だぜ。有難く使えよ』




