741 ▽覇帝獣、降臨
「全長110M、体重760t、最大SHINE出力は173000SEW。主要武器は両肩に備え付けられた巨大鎖鉄球。観音菩薩をモデルにした造形、全身金色の覇帝獣アバロスバ。さあ、狭間の世界に住まう哀れなヒトの国家を蹂躙せよ」
※
それはまるで異境の神のようであった。
空を割って降臨した装飾過多な巨大な黄金の像。
メルクは最初、ファーゼブル王国による大規模な術式だと思った。
しかし、すぐにそれが誤りであることに気付く。
あの像から感じられるのは、あまりにも禍々しい……
輝攻戦士を何倍にしても足りない、恐ろしいほどの輝力だ。
間違いない、あれはエヴィルだ。
しかし、あの巨大さは、一体なんだ!?
「ローァ……ガラー!」
巨大エヴィルの口が開く。
まるで地の底から響いてるような低音。
そして、その肩部についた球体が宙に浮かび上がった。
球体と胴体は長く太い鎖のようなもので繋がっている。
それは自らの体長の倍くらいの高さまで浮遊すると、急激に弧を描いて王都へと落下する。
「ローァ……ガラー!」
爆発でも起こったかのような轟音。
巨大な球体は王都の街壁を木っ端微塵に粉砕した。
「は……?」
メルクは思わず呆けた声を出してしまった。
都市の一角から火山の噴煙のような土埃が舞い上がっている。
なんという圧倒的な破壊だろうか。
ただ巨大な物体が落ちてきた、ただそれだけなのに。
大規模破壊輝術を使われた跡のように、すべてが押し潰されてしまった。
「はは、ははは……!」
ふと横を見ると、ユピタが哄笑を上げていた。
「ざまあみろ、ファーゼブル輝士団の人殺しども! マルスを殺したから神の天罰が下ったんだ!」
「な、なにを言っているんだ、貴方は!?」
あれが落ちた周囲の犠牲者の数は、おそらく数百では効かないだろう。
そこには輝士だけではなく市井の人々も多くいたはずだ。
「言うに事欠いてエヴィルによる虐殺を天罰などと! あなたはそれでも星輝士なのですか!」
「うるさいっ! あの邪悪なファーゼブル王国を攻撃してくれたんだから、あれは味方だろう!」
「っ!?」
ダメだ、この男は完全におかしくなっている。
親友が殺された怒りで善悪の区別すらつかなくなっているのだ。
そもそもマルスが殺された原因は戦争を仕掛けたこちら側にあるというのに。
「ともかく、改めて撤退を進言します! あのような化け物を相手にできるような戦力はありません!」
「うるさいうるさい! 臆病も大概にしろ! あいつがエテルノをある程度破壊したら、全軍で突入してファーゼブル王国の人間を皆殺しにしてやるんだ!」
「……付き合いきれない!」
メルクは吐き捨ててユピタに背を向けた。
「どこへ行くんだ!」
「直属の兵を連れて撤退します。この異常事態を本国に報告する必要があります」
「は! しっぽを巻いて逃げるか! 勝手にするがいいさ。その代わり敵前逃亡と報告するからな!」
「どうぞご勝手に」
メルクは地面を蹴り、輝攻戦士の機動力でもってユピタの傍を離れる。
そのまま後方に待機させていた直属部隊のところへ移動。
部下の元に戻った彼女を混乱した様子の輝士たちが出迎える。
「た、隊長! あ、あの怪物は一体!?」
「私にもわからん。ともかく、すぐに撤退の準備を――」
その時だった。
怪物の肩についたもう一つの球体が上空に舞い上がる。
敵の視線は依然として王都の方を向いていたが……
「えっ……?」
今度の攻撃は怪物から比較的近い場所にある人口密集地帯に落ちた。
すなわち、シュタール帝国の軍勢のど真ん中に。
「うわああああーっ!?」
※
「かっ、壊滅! シュタール帝国輝士団が、先ほどの一撃で壊滅しました!」
「ふざけるな、なんなのだあの怪物は……!」
馬に乗った斥候兵の報告をビッツは苦々しい表情で聞いた。
五〇〇〇を超える人員がいたシュタールの軍勢が、わずか一撃で壊滅だと?
確かにビッツは彼らを王都制圧の捨て駒として使うつもりだった。
しかし、こんな状況はまったくの想定外である。
最初の一撃は王都を狙ったから、ファーゼブル王国の味方ではないのだろう。
だとすれば、これは最悪のタイミングで起こったエヴィルによる襲撃なのか。
最前線であるセアンス共和国を無視し、援護を行っている後方の国家に怪物を召喚。
それも、いきなり最後方にあるファーゼブル王国を狙うという。
「ど、どうしますか、アンビッツ殿下!?」
取り乱したリモーネが指示を仰ぐ。
先ほどまでの強気な態度はもう残っていない。
もともと彼女は姉の陰に隠れる臆病な少女だったのだ。
「全軍撤退する、と言いたい所だが……」
果たしてあの怪物は見逃してくれるだろうか。
シュタール輝士団と同様、あの鉄球を落とされたら我らも容易く全滅する。
ならば。
「砲兵! あの怪物に照準を合わせよ!」
最善の策は、やられる前に倒すこと。
あの巨体が相手ならば適当に撃っても簡単に当たる。
カノン砲の最大の欠点である命中率の低さは問題にならないはずだ。
「その他の兵科は持てるだけの武器を担いで後退せよ! ただし一方向には集中せず、小隊ごとに各方面へ散開するのだ!」
次善策は、迅速な撤退。
ただし一網打尽にされないよう各隊がバラバラに逃げる。
戦場に残る砲兵は犠牲になるが、高価なカノン砲を無為に放置するよりはマシだ。
余裕があるように見せていても南部連合は人員よりも資源と予算が圧倒的に足りないのだ。
国民の命は何よりも重い。
ただし、時には命の取捨選択をしなくてはならない。
ビッツは王子として、そして連合の盟主として、冷徹に決断を下した。
「殿下も撤退をしてください! 砲兵の指揮は私が取ります!」
「すまない、頼んだぞ」
そして現在、自分以外に連合の盟主を務められる人間はいない。
部下を犠牲にして逃げる自らの破廉恥さにビッツはしばし目を瞑った。
ところが。
「かっ、怪物の口部に、とんでもない密度の輝力が集まっています!」
部隊の輝術師が叫んだ。
直後、ビッツの全身を熱風が灼く。
その熱気は彼の頭上を通り過ぎ、後方から吹き付けていた。
「な……」
怪物が吐き出したのは、天を覆いつくすような火炎放射。
それは散開して撤退を開始していた南部連合の兵たちを包み込んだ。
「……ァ!」
「テェ……!」
ごうごうと吹き付ける炎の嵐の中、兵たちの絶叫がかすかに聞こえてくる。
「な……」
「殿下っ!」
リモーネが呆然とするビッツの体を押し倒す。
彼女は自らの腕に針を打ち、邪霊戦士となってその身でビッツを炎から守った。
「馬鹿な……こんな、こんな……!」
あと一息でエテルノを堕とせるところだったのに。
我らの悲願を達成できるはずだったのに。
やはり間違っていたのか?
私怨を捨てて大国と調和すべきだったのか?
まずは協力をして、人類の敵エヴィルを倒すべきだったのか?
いや、違う。
判断ミスなどという問題ではない。
こんな化け物、人類が力を合わせてもどうにもならない。
「撃て! 撃てェ!」
熱風に焼かれながらも、砲兵隊の小隊長が独断で攻撃を開始した。
しかし撃ち出された砲弾は怪物の足元に当たって小規模な爆発を起こしただけ。
怪物の巨体はビクともせず、爆煙が晴れた後には、わずかな傷ひとつ残ってはいなかった。
「怯むな! 撃て、撃て! 砲弾が尽きるまで打ち続け――うわああああっ!」
そんな彼らをあざ笑うかのように……いや。
眼中にも入れず、怪物は一歩だけ前進した。
巨大な金色の素足に踏み潰されて砲兵部隊はあっさりと全滅する。
怪物の二歩めはビッツとリモーネを跨ぎ越えた。
向かう先は王都エテルノ。
ビッツの望んだとおり、王都は今日、壊滅するだろう。
だがそれは、突然現れたこんな怪物によって成し遂げられるべきものではない。
「くそっ……!」
我々の決意も、技術革新も、想像を絶する化け物に容易く蹂躙されてしまった。




