739 ▽英雄王の息子VS四番星
暗い部屋だ。
青紫色のかがり火が四隅で燃えている。
床には幾何学模様の印が描かれ、その中心では長い呪文を唱えている者がいる。
その様子を無表情で眺めながらビシャスワルトの王……魔王は呟いた。
「時は満ちた。破壊の魔獣よ、今こそ狭間の世界を蹂躙せよ」
※
壁の向こうから遠雷のような響きが聞こえてくる。
続いて硬いものがぶつかり合って崩れる音が。
敵の攻城兵器が都市の街壁を攻撃しているのだろう。
ついにこの王都エテルノにも南部連合軍が攻めてきたのだ。
「アンビッツ王子……」
ジュストは敵の首魁と思しき男の名を呟いた。
かつては共に旅をしたこともある人が、どうして……
なんにせよ、今のジュストにはできることは何もない。
聖剣メテオラは英雄王に取り上げられ、牢獄から出ることもできない。
そもそも人間同士の戦争なんてジュストにとっては全く望んでもいないことである。
いや、わかってはいるのだ。
王国の輝士である以上、相手が何者だろうと闘わなくてはならない。
売り言葉に買い言葉で英雄王の要求を突っぱねたことを今になって後悔していたりもする。
「くそっ!」
ジュストは食事の乗った小皿を壁に叩きつけた。
そんなことをしても何が変わるわけではないのに。
ふと、足音が聞こえた。
慌ただしげに駆けてくる誰かがいる。
アルジェンティオが戻ってきたかとジュストは思ったが、
「ジュスティッツァはいるか!?」
やって来たのは若い輝士だった。
たぶん、ジュストと同年代くらいだろう。
彼は手にした鍵束で牢獄の扉を開けてしまった。
「さあ、ここから出ろ!」
「あ、あなたは……?」
牢獄から出られるのは願ってもないことだが、突然のことに頭がついていかない。
「俺が誰かなんてことはどうでもいい。それより、外は大変なことになっていると知ってるか?」
「なんとなくは。小国の連合軍がファーゼブル王国に反旗を翻したのでしょう」
「それだけじゃねえ。シュタール帝国が小国のやつらと手を結んで攻めてきやがったんだ」
「シュタール帝国が!?」
中等学校卒業までジュストは帝都アイゼンで暮らしていた。
彼にとってシュタール帝国は第二の故郷とも言うべき国である。
「馬鹿な、なぜ帝国が小国連合と……」
大国が攻めてきたとあっては、本格的な泥沼の国家間戦争になってしまう。
敵が小国の連合体と聞いてどこか楽観していたが、そんな気持ちは完全に吹き飛んでしまった。
「南部連合の新型兵器も恐ろしいが、帝国の輝攻戦士が本気で攻めてきたら今のファーゼブルの戦力じゃどうにもならない。だからあんたに手を貸してほしいんだ」
若い輝士は小脇に抱えていた抜き身の剣をジュストの前に置いた。
「聖剣メテオラには及ばないが、倉庫から盗み出してきた王家秘蔵の逸品だ。少し重いがあんたになら使いこなせるだろう」
柄を手に取ると、確かにズシリと重みを感じた。
だが不思議と手に馴染むような気がする。
「盗み出したって……いいんですか?」
「あんたをここから出すのは俺の独断だ。そうは言っても今は非常事態だからよ、王国のためにちょっとくらいの不正は許されるさ」
なんとなくだが、ジュストには彼が輝士ではないように思えた。
しかし今は彼の正体や裏の思惑を探っている場合ではない。
「恩に着ます」
重要なのはここから出してもらえたこと。
そして、強力な武器を得られたことだ。
「頼むぜ。いまこの国に残ってる輝攻戦士は、ブランドさんとあんたしかいないんだからさ」
「え? あ、うん……」
本当のことを言えば、ジュストは輝攻戦士ではない。
未だに独力で輝攻戦士化することはできないのだ。
「任せてくれよ」
とはいえ期待をかけてもらっているのは事実。
まあ、やってやれないことはないだろう。
※
「無益な殺生はしたくない! 死にたくない者はおとなしく降伏をせよ!」
四番星マルスは手にした長剣を振り回しながら叫んだ。
向かってきた敵の輝士を斬り捨て、次の集団に刃を突き付ける。
「くっ……」
「もう剣を捨てるんだ! 何人束になろうと僕には敵わないと理解しろ!」
彼は現在、単騎で街壁を超えて王都の中に侵入していた。
そんな無茶な行動を可能にするのが輝攻戦士という存在である。
外では南部連合がカノン砲を使って街門を破壊しようと砲撃を続けている。
攻城兵器を持って来ていないシュタール帝国が戦果を挙げるには、やはり輝攻戦士の戦闘力に頼るのが最も手っ取り早い。
マルスがここの守備隊を全滅させ、内側から街門を開ける。
あとは五〇〇〇の兵がなだれ込めば王都制圧は簡単に成せるだろう。
「ちくしょう、ベレッツァ様かヴェルデ殿さえいれば……」
敵の兵士のそんな呟きがマルスの耳に届いた。
ファーゼブル輝士団もセアンス共和国に主力を派遣している。
その留守を狙った侵攻は卑劣にも思えるが、これも戦争なのだから仕方ない。
異変に気付いた主力が戻ってくるまでに王都を制圧する。
そうすれば、こちらの勝ちは揺るがない。
「む?」
街路の向こうから輝動二輪の駆動音が聞こえてきた。
敵の増援か。
しかし、やってきたのは一人だけのようだ。
輝動二輪に跨った青年輝士が兵士たちの間を抜けてマルスの前に現れた。
「貴方か……」
「どこかで会ったことがあったかな?」
あいにくと、ファーゼブル輝士に知り合いはいない。
まあ星輝士は有名だから、他国にも自分を知るものがいるのだろう。
「僕のことを知ってなお、その冷静な態度。かなりの実力者と見た」
「話をする気はありません。どうせ何を言っても引く気はないんでしょう」
青年輝士が輝動二輪から降りる。
兵たちの中から「英雄王の……」という声が聞こえた。
輝動二輪に括り付けた抜き身の剣からは、かなりの輝力を感じる。
やはり名のある輝士らしい。
だが敵を前にして即座に輝攻戦士化しないのは甘い。
もしマルスが卑劣な輝士であったならば、すでに彼は真っ二つになっている。
「では刃で語り合おう。さあ、輝攻戦士化したまえ!」
「おしゃべりに付き合う気はないと言ったはずです」
マルスは苛立った。
相手の無礼な態度に対してではない。
猶予を与え尋常の勝負を申し出てやったのに、未だに輝攻戦士化しない、相手の危機感のなさに対してである。
「……どうやら僕の見込み違いだったようだ」
こいつは名のある輝士などではない。
ただの命知らずの愚か者だ。
マルスは落胆し、即座に気持ちを切り替えた。
目の前の輝士をただの障害として排除する決意を固める。
「四番星マルス、行くぞ!」
一撃で終わらせるつもりで敵の懐に飛び込む。
輝攻戦士の機動力を持って一瞬で間合いを詰める。
マルスの剣は愚かな青年輝士の胴体をあっさりと真っ二つに……
できなかった。
相手は後ろに跳んで攻撃を避け、紙一重でマルスの斬撃を躱す。
「勘のいいやつめ!」
そんな偶然は二度も続かない。
返す刀で敵を頭上から斬り下ろす。
「何っ!?」
しかし、今度は相手が手にした剣で弾かれた。
生身のくせに、この速度の攻防についてくるだと?
いや、ただの偶然に決まっている。
輝攻戦士の動きを、そうでない人間が見切れるわけがない。
マルスはそれを確かめるため、三回目の攻撃はあえて目測よりも深く踏み込んだ。
「これで終わりだ!」
確実に胴体を貫くつもりで放つ突進突き。
それは相手が左手に装備していた小手で逸らされた。
「なんだと!」
こいつ、曲芸師か何かか!?
認識を改めなければ。
とりあえず、一旦後ろに下がって――
「四番星か。あの時のザトゥルさんよりも上なんだな」
「えっ?」
三連撃後の一瞬の輝力消失。
体勢を整えるまでのわずかな隙に。
「でも、あの人の方が全然強かった」
敵の剣がマルスの首元に伸び、その頭部と共に彼の意識を刈り取った。




