717 竜将造反
竜将が指先から放った光がゼロテクスを包む。
「ぎぃゃああああぁぁぁぁぁーっ!」
今までのどこかふざけた声色とは違う。
本気の絶叫をゼロテクスを体の奥から絞り出していた。
一体何が……と思っている間に、竜の集団は目の前にまで迫っている。
それは巨大な翼と体を持つエヴィルの最強種。
けど私の視線はそいつらじゃなく、一番大きなドラゴンの背に乗った人物に引き寄せられた。
「竜将……」
竜将ドンリィェン。
以前にビシャスワルトで見たことがある。
あいつは間違いなく魔王軍の将のひとりだ。
それが、なんで、味方であるはずのゼロテクスを攻撃したの?
「なっ、何をするんだァ! どういうつもりだドンリィェンン!」
攻撃を食らったゼロテクスは、その体積を明らかに減らしていた。
黒い液体を思わせる体はもうボロボロに朽ちかけている。
「裏切る気か!? やはり魔王様を裏切る気なのか!? どうなんだ、答えろ! この薄汚い竜族の頭目風情がァ!」
「黙れ」
竜将が飛び立った。
ドラゴンを小型化させたような翼を拡げ空を進む。
とんでもないスピードで、あっという間にゼロテクスの背後を取った。
「ひっ!?」
「我が部族を侮辱する者は、たとえ何者であっても許さん」
竜将は手を伸ばして黒将に触れた。
莫大な輝力が彼の手のひらに集まっていく。
放つのではなく、ゼロテクス体に直接送り込んでいく。
「や、やめろ! やめろ!」
「勘違いしているようだが、俺は魔王の配下になった覚えはない。力ある者がすべてを統べるというビシャスワルトの理に従ってやむなく服属していただけだ」
「そうだこうしよう! ぼくがきみに力を貸すよ! 将が二人がかりで挑めば魔王も倒せるよ!? そうすればもう従わなくて済むよ! うん、そうだ! そうしよう!」
「貴様ごときの助力を得た程度で倒せる相手なら最初から苦労はしない」
「ちくしょーっ! なんでだよくそーっ!」
何を言っても助からないと悟ったゼロテクスは、その不定形の体から涙のような体液を飛び散らせながら、断末魔の叫び声を上げた。
「ぼくが、ぼくこそが次の魔王に――」
ぼんっ。
限界を迎えたゼロテクスの体が爆発する。
後に残ったのは、すみれ色のエヴィルストーン。
そしてそれとは別の、夜闇のように真っ黒な宝石だった。
竜将はすみれ色のエヴィルストーンを無視。
地上に落ちていくのを横目に、残った黒い宝石の方をその手にとった。
そして顔を上げて私の方を見る。
「……っ!」
すでにほとんど力を失っていたとはいえ、あのゼロテクスをあっさりと倒すなんて。
しかもこいつは一筋縄じゃ行きそうにない無数のドラゴンを従えている。
一体一体が町を滅ぼせるほど凶悪なエヴィルなのは間違いない。
仲間のはずのゼロテクスを殺した最強の将。
突然現れたこの、最悪の脅威は――
「見苦しいところをお見せしました、ヒカリヒメ」
「……えっ」
まるで主君に対する執事のように恭しく頭を下げた。
私に向かって。
「この竜将ドンリィェン、ただいまを持って貴女様にお仕え致します」
「えっ、えっ」
仕える?
このひとが?
誰に……私に?
えっと……
なに言ってるんだろ。
「混乱されるのも無理なき事。これまでのご無礼は深く謝罪致します。詳しい話は地上にて……私の後に着いてきて頂いても宜しいでしょうか」
「あっ、はい」
なんだなんだ、なんなのこの超展開は!?
※
「どういうことよ、ルーちゃん?」
「私にも何が何だか……あ、ゴメン。治療するね」
地上に降りると、訝しげな表情のヴォルさんが迎えた。
私は直ちに風霊治癒で彼女の傷を癒やす。
ドラゴンたちは空に浮いたまま待機している。
竜将ドンリィェンだけが単身で私たちの所に降りてきた。
こうして目の前に立つと見上げるほどに背が高い。
たぶんだけど、二メートルくらいはありそう。
「改めて名乗らせて頂きます。竜族の長、ドンリィェンに御座います」
「あ、ご丁寧にどうも。ルーチェです」
「良く存じております。いつぞやの時は味方になって差し上げることが出来ず、本当に申し訳ありませんでした。どうかご寛恕を」
「あ、いえ。こっちこそ、助けてくれてありがとうございます」
「で、なんなのよアンタは。いきなり現れて仲間割れなんてずいぶん――」
「ヒト風情が。気安く話しかけるな」
ドンリィェンは質問をしようとしたヴォルさんを鋭く睨み付けた。
「なっ……!」
「我が忠誠を誓うはヒカリヒメに対してのみ。ヒトの味方をするつもりもなければ、馴れ合うつもりなど微塵も無い。それだけは良く覚えておけ」
うわあ、すっごい迫力。
あのヴォルさんが何も言えなくなってるよ。
「こ、このトカゲ野郎が……!」
「ま、まあまあ、ヴォルさん。ひとまずこの人の話を聞こうよ。ね?」
よくわからないけど、とりあえずは敵じゃないみたいだし。
何よりも、このひとを敵に回したら相当ヤバい気がする。
力が戻ったとは言え今の私じゃたぶん勝てそうにない。
私はヴォルさんの傷を癒やしながら、ドンリィェンさんに尋ねた。
「えっと、あの、私に忠誠って……どういう意味なんですか? やっぱり私が魔王の娘だから?」
自覚はないけど、考えられる理由はそれしかない。
他にビシャスワルトの人から傅かれる理由なんてないし。
ところが、返ってきた答えは想像と少し違っていた。
「現魔王の血族としての貴女に忠誠を誓うのではありません。ご無礼ながら、現魔王めはビシャスワルトの調和を乱し、我が一族を苦しめた不倶戴天の敵なれば」
「じゃあ、どうして?」
魔王軍の将なのに魔王を敵って言ったよこの人。
竜将ドンリィェンさんは目を閉じて神妙な面持ちで言った。
「貴女様が我が一族の大恩人たる、ハル様のご息女だからです」
ハル……?
誰だっけ、それ。
「プリマヴェーラの本名だよ」
スーちゃんがひょっこり現れて教えてくれた。
ああ、なるほどね。
「えっと、でも、私はプリマヴェーラ……じゃなかった、ハルさんと会ったことないし、ほとんど何も知らないんですけど。親子だって事もこの前まで知らなかったし」
「無論それも承知にございます。このドンリィェン、ハル様の恩義に報いる事が願いならば、貴女様のために身を粉にして働くことに些かの躊躇も御座いませぬ」
ふ、ふーん。
よくわからないけど、この人はプリマヴェーラによっぽどお世話になったみたいだね。
でも、それって私にはあまり関係ないし。
魔王軍最大の敵が味方になってくれるのは助かるけど……
「回りくどいな。ハッキリ言えよ、ドンリィェン」
スーちゃんは私の頭の上に移動。
ドンリィェンさんと目線の高さを合わせる。
「お前は個人的な恩義や忠義だけで部族全体を危険に巻き込むほど甘い男じゃないだろ。一体、何が望みなんだ?」
「ハル様のお供の妖精か。何が望みとは?」
「こいつもそこそこ強くなったとはいえ、全力でやり合えばお前に遠く及ばない。さっき自分で言っていたが、将ひとりが手を貸した程度じゃ魔王には敵わない。じゃあこいつに何をさせたいのか、それをハッキリ聞かせてくれよ」
おおう、スーちゃんも切り込むね。
でも彼女の言うとおり、この人の真意は知っておきたい。
今まで敵だと思ってた相手が理由もわからず味方になるっていうのは怖すぎる。
「我の望みは竜族の安寧とハル様への恩返しだ」
竜将ドンリィェンは私の目をまっすぐに見て言った。
誠実な雰囲気を感じさせる力強い瞳は、吸い込まれそうな紅色。
そして、竜族の長は信じられないことを口にする。
「そのために、ヒカリヒメには新たなビシャスワルトを統べる者……次代の魔王となって頂きたい」




