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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第2章 盗賊団 - black stranger & silver prince -
71/800

71 ヒーロー再臨

 ダイが跳ぶ。

 だいぶ体力は回復したのか動きに疲れは見られない。

 すれ違い様に先頭の猿の首を切り落とし、


!」


 私が放った火球が残った胴体を焼く。

 ダイはそのまま敵集団に斬り込んでいく。

 その背後を狙う奴を集中的に狙って『目』での照準を合わせて火球を放つ。


 三秒間隔で打ち出される火球は大きさ、飛んでいく速さ共に最初の頃より威力が上がっている。

 繰り返し術を使う事でイメージがより正確になっているみたいだ。


 心配なのはダイの体力だけどこのまま行けば敵を全滅させる方が早そう。

 断続的に飛びそうになる意識を無理矢理起こし精神力の続く限り火球を撃ち続けて援護す――


「痛っ!」


 な、何?

 突然肩に食い込んだ衝撃に私は術を中断させた。

 地面には大きな影。

 何が起こったのか理解するより早く私の体は空に舞い上がっていた。

 紫色の巨大な羽を持つ……鳥!


「よくやった『キュクノス』のラナザ=ワークよ。そのまま娘を連れて来い」


 現実的にはあり得ないそのサイズは凶暴化した獣(イーバレブモンスター)じゃない。

 エヴィル。

 その異常に長い人間の手が私の口を覆う。

 足で鷲づかみにされた肩がものすごく痛い!


「おい、なにやってんだ――ちっ!」


 ダイが私が捕まったことに気づいた。

 けれど四方を囲んだマッドエイプの相手で精いっぱいで助けに入る余裕はなさそう。


「やあ」


 私は遥か上空に連れて行かれてしまった。

 目の前にはアンビッツがいる。

 口元はいやらしく歪み目は全く笑っていない。

 さっきの意趣返しのつもりかマヌケにも捕まった私をあざ笑っている。


「もがっ、もがもがっ!」

「暴れないほうがいい。落ちれば死ぬぞ」


 さっさと放して! と言葉にならない声を発しつつ足元を見下ろしゾッとした。

 いつの間にか下で戦っているダイが指先ほどの大きさに見える。

 ものすごく高いところまで連れてこられてしまった。


「んんーっ! んーっ!」


 こ、怖いっ!

 だめ、私、高いところはダメなの!

 ぶらりと垂れ下がった足がぞわぞわする。

 お腹の奥からゾッとするような気持ち悪さがこみ上げてくる。

 肩に食い込んだ爪だけで体を支えられている。

 この状況で下手に暴れたら遥か下の地面までまっさかさま。

 ぷちっと潰れたトマトにはなりたくない!


 こ、ここは慎重に……

 アンビッツを怒らせて落っことされちゃたまらない。

 大人しくするよ。逆らわないよ。


「ラナザ=ワーク。娘から手を離せ」


 と思った瞬間、思いがけないセリフに血の気が引く。

 手を離せっていった!

 殺す気? 振られた腹いせに私をころす気なのかっ!

 それって最悪だと思います!


 と思ったら鳥のエヴィルは私の口を覆っていた手を引っ込めた。

 ああ、そういうことか一安心。

 これで自由に喋れる。

 とりあえず一言文句を言ってやろうか。

 ……と思った直後!


「んっ……!?」


 アンビッツが私の手首を抑え唇で私の声を塞いだ。


「んんっ! んん! んんっ!」


 なっ! わ、私、キスされてる!? 

 無理矢理、こんなやつにっ……!

 信じられないアンビッツの行動に空の上だということも忘れて暴れる。

 それでも掴まれた手は振りほどけない。

 輝術を使おうにも意識集中すらできず心の中で声にならない叫びを上げた。


 アンビッツの唇が離れた。

 ニヤリと笑った顔が視界いっぱいに広がる。


「最低……っ!」


 悔しさにこぼれそうな涙を堪えながらどうにか声を絞り出した。

 できることならお腹の中身ごとすべてを吐き出してしまいたい。


「さて、これで私も輝攻戦士の力を使えるようになったのかな」

「……は?」


 なんですって?


「団長の体に輝力の流れは感じられませぬ。どうやら娘が意図的に伝えなければ隷属契約は成り立たないようですな」

「何言ってるのよ……」


 吐き気はそのままに嫌悪は怒りに変わっていく。

 隷属契約?

 輝攻戦士の力が欲しいために私の唇を奪ったの?


「フフフ、温室育ちの小娘を本気で仲間に加えるとでも思ったかい? 必要なのはお前自身ではなく輝攻戦士を量産できるその力だけだよ」

「団長殿が気にかけるだけの価値はあるというわけですな、クケケケケ!」


 つまり何? また騙してたってこと?

 私が必要だとか、お姫様にしてあげるとか。

 全部道具としての私を手に入れるためについた嘘だったってわけ?

 そんなの、そんなの……!


「許せないっ!」


 私を……女の子を何だと思ってるのよ! 

 怒りを炎に変えて術を放つべく火の言葉を叫ぼうとした瞬間――


「あがっ? ぐはっ、けほっ!」


 背中に走った激痛にイメージが中断させられた。


「まだ早いわ」


 スカラフが手にした杖で私の背中を思いっきり叩いた。

 肺から空気が全て吐き出され嫌な咳が喉を痛める。


「団長殿、もう一度試してごらんなさい。今度は私が小娘の輝力を引き出してみせましょう」

「なるほどな。よし今度こそ輝攻戦士の力をいただくぞ」


 咳きこむ私にアンビッツは再び唇を重ねてきた。


「んぐぐっ! んぐぅっ!」


 痛みと屈辱に涙が頬を伝う。

 後ろ手を掴まれて逃げることもできない。

 男は顔さえ良ければいいなんて嘘っぱち。

 望まないキスはこんなにも気持ち悪い。


「んんーっ! んーっ!」

「大人しくしろ――」


 いらだたしげに文句を言おうとしたアンビッツの声を風斬り音が遮った。


「ぐおっ……?」


 唇が離れる。目を空けると視界が赤く染まっていた。

 飛び散る血飛沫。

 真っ赤な血が空に舞う。


「ぐわああああ……っ!」


 アンビッツが左手を押さえて苦痛の表情を浮かべていた。

 何が起こったのかはわからないけれど、唇が離れた瞬間私は考える事なく叫んでいた。


()ーっ!」


 文字通り燃え上がるような怒りを込めて声を出す。

 突き出すように胸元に押しつけた手から吹き上がった炎はそのままアンビッツの身体を丸ごと火達磨にした。


「ぐっわあああーっ!」


 やった、ざまみろ!

 と思うと同時に体が下に引っ張られる。

 落下していると気づいたのはアンビッツの姿が視界から消えた後だった。

 鳥のエヴィルが私を放してしまったんだ。


 落ちていく。

 内臓が口から飛び出しそうになる。

 きっと数瞬後には地面に叩きつけられてバラバラになってしまう。


 人生の終わりを前にしても過去の出来事が駆け巡ることはなかった。

 ああ、これで終わりかぁ……っていう諦めみたいな感情だけ。

 結局ジュストくんには会えなかったなぁ。

 せめて最後に一目だけでも会いたかった。

 この体を吹き上げる風になって会いに行ければいいのに。


 ……風?


 なんか少し前にもこんな事があったような気がする。

 あ、崖から落ちたとき。

 そうだ、あの時もこんな事を思っていたんだ。

 もう落下するまで時間はない。

 思いついたなら試してみる!


 イメージは不要。

 全身に感じているこの感覚をそのまま意識を通して言葉に乗せる。


(かぜ)っ!」

「あぶっ!」


 下向きの突風が吹き落下の勢いが弱まる。

 一瞬だけ完全に身体が停止し上下反転していた体が元に戻る。

 上下のバランスがとれた私の体は空中に浮かんでいた。


「あぎゃっ!」


 ――のもつかの間。

 すぐに落下して地面に激突した。

 あたた……

 でも、どうにか助かった。


 とっさだったけど上手くいった。

 地面にぶつかる前に風の輝術を使って勢いを相殺。

 完璧に上手くは行かなかったけどお尻を打った程度で助かってよかった。


 さて安心してもいられない。

 私はすぐに起き上がった。

 なんとなく地面が歪んでいるような感覚が残っている。

 空を見上げるとスカラフがアンビッツの火を消火しているところだった。


 そうだ、ダイは?

 私が捕まっている間も一人で戦っていたはずだけど……

 前方を見るとマッドエイプは残り三体にまで減っていた。

 けれどダイの姿が見えない。

 ひょっとしたら、もうやられて食べられちゃったんじゃ――


「……おい、無事なら早くどけ」


 真下から声が聞こえた。

 ダイはなぜか私の足元で倒れていた。

 あ、あら?

 なんかバランスが悪いと思ったら足元に人間が倒れてた。


「そんなところで何やってるの?」

「オマエの出した突風に押しつぶされんだ。いいから早くどけ、重い……」

「お、重くないもん」


 足をどけるとダイは腰を押さえながら立ち上がった。

 落ちる私を受け止めようとしてくれたのかな。

 あの高さから落ちた私を? 

 下手したら二人ともバラバラになっちゃってたかもしれないのに……

 ……あれ?


「ひょっとして私を助けるために剣を投げた?」

「手が滑っただけだ。ちっ、ドジったぜ」


 ダイはゼファーソードを持っていない。

 さっきアンビッツが怯んだのは。彼が剣をぶつけてくれたからだ。

 その代わりどこか遠くへ跳んで行ってしまったみたい。

 残ったマッドエイプは三体。

 たった一人でここまで数を減らしたのはさすがだけど、輝攻化武器を失ったダイはもう輝攻戦士になれない。


「どいて。後は私がやるから」


 私はダイを背中に庇うように立った。

 正直言って心身ともにフラフラで立っているのもやっとだったけど。

 いま戦えるのは私しかいない。


「おい、なに寝ぼけてんだ。さっきと同じようにオレが前に出る、お前は後ろで援護しろ」

「それこそ無茶だよ。輝攻戦士の力もないのに万が一攻撃を食らったら今度こそ助からないかも――」


 ……輝攻戦士の力?

 ある。私たちには、その力がある。

 輝攻化武具がなくても彼を輝攻戦士にしてあげることが私にはできる。

 隷属契約スレイブエンゲージをすればこのピンチを切り抜けることができる。

 たとえ武器がなくても輝攻戦士になったダイならきっとなんとかしてくれる。


「ダイ!」


 私は無理矢理ダイを振り向かせると、両手でその頭を挟んだ。

 そ、そりゃ、アンビッツに続いて他の男……

 別になんとも思っていない子とするのはイヤだけど。

 この際そんなこと言ってられない。

 助けてもらった恩は返さなきゃ。


 意識を集中。

 光のかけらをイメージ。

 輝力の流れは以前よりはっきりと理解できた。


「いくよ……」


 目を瞑る。

 そっと彼に唇を、

 ばちぃーん!


 叩かれた!


「いったーい! 何でぶつの!」

「オマエが変なことするからだろ、トチ狂ったか!」


 だからっていきなり殴る!?

 あーっ、ほっぺたがヒリヒリする!

 なんなのコイツ、女の子の顔を殴るなんてサイテイ!

 しかもどっちかっていうとこういうのって逆じゃないの?

 これじゃまるで私が彼を襲おうとしたみたいじゃない!


「人がいいコトし(輝攻戦士化させ)てあげようとしてるんだから大人しくしてなさいよ!」

「うわっなんだお前、頭おかしくなったのか!? キモいんだよこの変態!」

「キモ、変……!」


 な、なにをイヤラシイ勘違いしてんのよ!

 別に私はダイのことなんかなんとも思っていないんだからね!

 くわーっ、変な誤解されるのは殴られた以上に腹立つ!

 もうこうなったら実力行使だ!

 実際に隷属契約すればこいつも納得するはず!


「いいから大人しくキスさせなさい! 恐くないからお姉さんに任せて!」

「イヤだっ。誰が姉さんだっ。このぶす、ドぶす!」

「ぶすだと!? ばか、ばかばか! なんて事言うのっ。私ぶすじゃないもん」


 じゃないよね?

 違うよね?


「ああっ、もう敵があんなところまで来てるっ。はやくしなきゃ間に合わない!」

「うるさい! いいからさっさとはなれろっ」


 私たちが口論を続けている間にもマッドエイプはじりじり近づいている。

 無理矢理に隷属契約しようと強引に顔を近づける私。押し返すダイ。

 傍からみると私が襲ってるように見えるんだろうか……


 もつれ合う二人に影が差す。

 気がつけばすぐ近くでマッドエイプがその太い腕を振り上げていた。


「ちっ!」


 ダイが私の腕を振りほどき体ごとマッドエイプにぶつかっていった。

 けれど生身で怪物の攻撃を防ぎ切れるはずもない。

 彼の身体は容易く跳ね返され地面を転がる。


「ダイっ」

「う、うう……」


 私は慌てて彼を起こした。

 頭を強く打ったのか完全に意識を失ってしまっている。


 ダイの姿に太い影が重なる。

 人形のように無表情なマッドエイプが今度は私に狙いを定めていた。

 もうダメだ、ダイがばかだったせいでやられちゃう。

 二人ともグチャグチャのミンチにされちゃう。

 凄惨な光景が網膜に浮かび、我慢していた吐き気が込み上げてきた。

 こうなったら腹いせにぶちまけてやろうかしら。


 そんなことを思った直後。

 嫌なイメージは青い残像にかき消された。


「え――?」


 瞳を開ける。

 目の前には眩い光。

 座り込む私。倒れたままのダイ。

 ふらつき後ろに倒れそうになるマッドエイプ。


 その間に剣を手にした人が立っていた。

 彼がこちらを振り返る。

 逆光に浮かび上がった輪郭が次第にはっきりしていく。


「大丈夫かっ!」


 聞き覚えのある声が耳を打ち、私は信じられない思いで彼の顔を見た。


 ああ。

 この光景、知っている。

 あの時とおんなじ、彼は絶体絶命のピンチに現れて助けてくれる。

 光と共に現れて邪悪な存在を消し去ってくれる。

 

 まるで夢の中にいるような気分。

 夢? ううん違う。

 だってこんなにもはっきりと見えるもの。

 ずっと思い描いていた彼の顔がこんなにも近くにあるんだもの。

 そして私は叫ぶ。

 幻でも夢でもない、目の前にいる彼の名前を。


「ジュストくん!」


 物語のヒーローのように颯爽と現れてピンチを救ってくれたのは、探していた私の大好きな人だった。

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