706 気持ちの整理を
「さて、そろそろ今後のことについて話し合いたいのだが」
「オレは勝手にやらせてもらうぜ」
ダイは空になったお皿を脇に退けながら、ゾンネさんの言葉を遮って席を立った。
「要は魔王ってやつをぶっ倒せばいいんだろ? オレが行ってやっつけてやるよ。わざわざ兵士を鼓舞したり輝士団の手を借りたりする必要なんてねーって」
まーたこのお子様は、すぐ調子に乗る。
確かにダイは前と比べて強くなったけとさあ。
「自惚れるなよ。お前と同様の力を持つキリサキ・ナコが、なぜ大怪我を負って治療を受けているのかを考えろ」
「は?」
ゾンネさんはダイの言葉に苛立ちを現しつつも冷静に説明をする。
「斬輝は確かにすさまじい技法だ。さらに輝攻戦士の力も同時に併せ持つお前は、確かにミドワルト最強の剣士であるかもしれない」
最強という言葉にヴォルさんがぴくりと眉を動かす。
が、必死に堪えたみたいで何も言わなかった。
「だが、所詮はひとりの人間だ。キリサキ・ナコは多くのエヴィルに囲まれ、その多くを討ち取ったが、ダメージを蓄積させて最後には倒れた。魔王の元に辿り着くまでに何万のエヴィルが立ち塞がると思っている? お前はそのすべてを斬り倒していくつもりか」
「それは……」
まあ、無理だろうね。
いくら強くても体力は無限じゃないし。
私もそうだけど、戦い続ければ絶対にどこかで限界が来る。
「魔王を倒せる可能性のある英雄を無駄死にさせたくはない。なにも利用しようというわけじゃなく、俺たちは全力をもってお前をサポートしたいと言っているのだ」
「まあ、そういうことなら別に」
「アタシはそいつに賛成よ」
ヴォルさんが唐突に横から口を挟んだ。
せっかくダイが納得しそうな空気だったのに。
「どういうことだ、ヴォルモーント」
「そいつをサポートするのは良いと思う。けど、無駄に兵の数を増やしても犠牲が多くなるだけよ。魔王や将を相手に並の輝士なんかまったく役に立たないんだから」
それも確かに正しい意見だった。
大勢で戦って、そのぶん被害が増えるだけじゃ意味がない。
実際のところ、今回だってごく少数で街を守ったからこの程度の被害で済んだところはある。
すべての兵士が正面から戦っていたら、もっと甚大な数の犠牲者が出ていたはずだ。
「だから最低限の人数でプロスパー島に乗り込むべきよ」
ヴォルさんの意見は要約するとそういうことだった。
「お前たちがビシャスワルトへ向かった反攻作戦の時と同じようにか」
「そう。露払いが目的なら千の輝士よりアタシひとりの方が役に立つでしょ」
おやおや?
ヴォルさん、すごく対抗的な目でダイを見てるよ。
獣将を倒す役割を横から取られたのが悔しかったのか、それとも……
「あとはルーちゃんがいれば十分でしょ」
「え、私?」
いきなり話を振られ、私は思わず自分を指した。
「最強の輝攻戦士と最高の輝術師。勇者様をサポートするには不足ないでしょ」
「あ、うん。でも私……」
「待てヴォルモーント。そういうことなら私も参加させてもらうぞ」
いま輝術が使えないんだけどって言おうとした所で、ベラお姉ちゃんが割り込んできた。
「まさか嫌とは言うまいな? 私なら足手まといにはならないし、プロスパー島へ行くには空飛ぶ絨毯の操縦役も必要だ。攻撃輝術ではルーチェに劣るが私にしかできないことは多くあるぞ」
「別に連れて行かないなんて言ってないじゃない。来たきゃ勝手にすればいいでしょ」
「ではそうさせてもらう」
「ベレッツァ殿には残ってファーゼブル輝士たちを取りまとめて欲しいのだが……」
「怪我が治ったら姉ちゃんも一緒に来れるかな」
なんだこのグダグダ感。
みんな好き勝手なことばっかり言ってるよ。
やっぱり、話し合いはちゃんとしたまとめ役がいないとダメだね。
結局、何も決まらずに今日は解散。
また明日改めて話し合おうってことになった。
※
その日は以前に借りたままになっていたホテルに泊まることになった。
ベラお姉ちゃんとヴォルさんも一緒の部屋で、ダイはひとつ上の階にいる。
そこで改めて、私は二人にカミングアウトした。
「実は私、いま輝術がほとんど使えません」
どうやら失恋が原因らしいことも恥ずかしいけどちゃんと話した。
その上で、どうすればまた輝術が使えるようになるか意見を求めてみたけど……
「とにかく気持ちを整理するしかないな」
お姉ちゃんにそんなことを言われてしまった。
「心理的な問題で輝術が使えなくなる症例はたまにあることだ。病気や呪いの類いではないので、他人の手で治すことは無理だろう。厳しい言い方だがルーチェが自分でどうにかするしかない」
「はあ……」
「時間が解決することもあるから、あまり気にすることはないぞ。ルーチェが戦えない間は我々が全力でサポートするからな」
こんな大変な時に足手まといになるなんて、すごく申し訳ない気分だよ。
「いい考えがあるわ。別の恋をすればきっとすぐ元に戻るわよ。具体的な治療法だけどアタシが一晩かけてその男のことを忘れさせてあげる」
「ごめんなさい。絶対に無理だし気持ち悪いから近寄らないでください」
「ルーちゃん冷たい!」
隙あらば変なことをしようとするヴォルさんは放っておくとして。
ほんと、これからどうしようか。
すぐに新しい恋なんて言われても、簡単に気持ちは切り替えられない。
そもそも、そんな理由で人を好きになれるわけがないんだよ。
ジュストくんのこと、本気で好きだったんだけどなあ。
フィリア市での生活を捨てて街を飛び出しちゃうくらいに。
あ、ダメだ。
また悲しくなってきた。
「うえーん!」
「ああ、よしよし。泣かないの」
「今晩はルーちゃんのなぐさめ会ね。フロントに酒を持ってこさせましょう」
ベラお姉ちゃんの胸にすがりついて私はわんわん泣いた。
ヴォルさんもそんな私の背中を優しくぽんぽんと叩いてくれる。
そういうことで、今夜は年上のお姉さんたちにたっぷり甘やかしてもらうことになりました。
※
むくり。
真っ暗闇の中、起き上がる。
「くー、かー」
「すやすや……」
ベラお姉ちゃんとヴォルさんの寝息が聞こえてくる。
二人とも床で眠ってしまったみたい。
部屋がちょっとお酒くさい。
「おてあら」
私は二人を踏まないよう、軽く浮き上がってドアの方へ向かった。
低速の風飛翔くらいなら今でも使える。
廊下に出ると、オレンジの灯でほんのり明るい。
私はトイレを探してふわふわと漂った。
「発見た」
輝光灯をつけ、個室に入って一息つく。
「ふう……」
お姉ちゃんたちが開催してくれた失恋なぐさめ会。
私はお酒を飲んで、たくさん泣いて、いっぱい愚痴を言った。
あと、ジュストくんのすばらしさを二人にたっぷりと語って聞かせてあげた。
いろんな意味で吐いたら、ちょっとは楽になったかもしれない。
二人にはずいぶんと迷惑をかけちゃったなあ。
明日、ちゃんと謝ろう。
用を足して、トイレから出る。
そのまま部屋に戻ろうとして――
「ん?」
廊下で怪しい人物を見かけた。
ドロボウみたいなほっかむりをした女の人だ。
怪しすぎて逆に怪しくないという不思議な格好の人だった。
その人は物陰に隠れるよう移動しながら、ひとつずつ客室に聞き耳を立てている。
っていうか、あれって……
ちょっとしたイタズラ心が沸き上がる。
足音を立てないよう宙に浮いたまま、背後へとこっそりと忍び寄る。
そして、手が届く距離まで近づくと――
「しーるーくーさん! わっ!」
「きゃあああああああああっ!?」
おわっ!?
ちょっと脅かしただけなのに、ものすごい悲鳴を上げられてしまった。
その大げさなリアクションにむしろこっちがビックリする。
「わ、私! 私ですよ、シルクさん!」
「きゃあああ……えっ?」
「私。ルーチェ」
「ルーチェ……さん?」
「はい」
「いやああああああああああああっ!」
なんで!?
どうして私だってわかって、さらに大声を出すの!?
「あの……」
「ごめんなさい! すみません! 申し訳ありません! 何でもします、何でも差し上げます! ですから、どうか、どうか命だけは許してください!」
「待って、どういうこと!? っていうか土下座するの止めてよ!」
「しっ、死にます! 今すぐ自害しますから、殺すのだけはご容赦を……!」
「意味わかんないよ! 落ち着いて!」
「どうした、何事だ!?」
シルクさんの大声で目を覚ましたらしく、部屋からベラお姉ちゃんとヴォルさんが飛び出してくる。
「あっ、ルーちゃんがシルフィード王女を土下座させて踏みつけてる!」
「させてないし踏んでない!」
「一体何があったんだ?」
そんなのむしろこっちが聞きたいし!
いきなり現れた恋敵さんの謎の行動に、私の方こそパニックだよ!




