705 消えた新世界のイブ
「は? 嫌だぜ」
ダイは紫色の髪の輝士さんの「勇者に演説をしてもらう」という要求をすごく嫌そうに断った。
「なんでオレがんな面倒なことしなきゃいけねーんだよ。第一、オレは勇者なんかじゃねーし」
まあ、ダイならそう言うよねえ。
この子が皆の前で演説とか想像もできないし。
「どうしても無理か」
「無理ってか嫌だ。それよりオマエ、オレと勝負しろよ」
「ちょっと待ってダイ。なんでいきなりそうなるの? ばかなの?」
とはいえ、さすがにケンカを売るのは見過ごせない。
私は紫髪の輝士さんにくってかかるダイを止めた。
「誰がバカだコラ」
「初対面の人にいきなりケンカを売るような子は十分ばかだよ」
「初対面じゃねーだろ。忘れたのかよ、こいつとは前に会ってんだろうが」
ええ?
……そうだっけ?
うーん、確かにどこかで見たことある気もするんだけど。
「星帝十三輝士二番星のゾンネだ。キリサキ・ナコの一件でお前たちと会っている」
あっ、思い出した!
事件が終わった後で遅れてやってきた人!
ショックを受けてるダイをボコボコにして、偉そうなことを言ってた!
「そっか、あの人か……」
そりゃ恨みに思っても仕方ないね。
でも、もうずいぶんと前のことだし。
「……あの時の非礼は詫びよう。気が済まないと言うのなら、二、三発殴ってくれても構わない。だから決闘は勘弁してもらえないだろうか。獣将を倒すほどの剣士と戦って無事で済むとは思えないのでな」
「ああ言ってるけど、どう?」
「んじゃ、別にいいや」
あら、思ったよりあっさり許したね。
「そうするとやはりヴォルモーントに頼むしか……」
「アタシだって嫌よ。っていうか今回アタシ、まったくたいしたことしてないし」
「北門を守っただろう。市井の民はお前を北の使徒と呼んで讃えているぞ」
「正直迷惑。何が使徒よ」
「その『使徒』って何のことですか?」
勇者ってのは街を救ったヒーローってことで意味がわかるけど。
使徒ってたしか神様の使いとかそういう意味だよね?
私が尋ねると、ゾンネさんはなぜか気まずそうに説明をした。
「恥ずかしいことだが、今回の戦いで連合輝士団は街中に入り込んだエヴィルの対処に追われてしまい、まったく外からの攻勢に対応できなかった。我々の代わりに街の四方を守ってくれた四人の女戦士を市井の者が敬愛を込めてそう呼んでいるのだ」
「それがなんで使徒?」
「新世界のイブ様にあやかってのことだろう」
新世界のイブって、創世神話の登場人物だっけ。
よく知らないけど街を守って戦ったとかそういう逸話でもあるのかな。
「現れたんですって。新世界のイブが」
「はい?」
ヴォルさんがよくわからないことを言う。
私が視線を戻すと、ゾンネさんはまじめな顔で頷いた。
「事実だ。新世界のイブ様は純白の翼で空を飛び、裁きの光で街に入り込んだエヴィルの群れをあっという間に殲滅して下さった。あれこそまさに神の奇跡というやつだろう」
いや、そんなこと真剣な顔で言われても……
さすがにちょっと信じられないよ。
「新世界のイブ様は勇者のことにも触れていたが、何も知らないのか?」
「ぜんぜん知りません。そんなの初めて聞いたし」
「なんでもいいよ。それより腹減ったから、なんか食わせてくれ」
相変わらずダイは空気を読まないね。
私は新世界のイブのことが気になるんだけどな。
だって絵画に描かれたそのひとって、私の友達にそっくりなんだから。
もちろんあの子がこんな所にいるわけないし、空を飛んだり裁きの光を放ったりもしないから、全く関係ないんだけど。
「では連合輝士団の本部へ移動しよう。演説のことは置いておくとして、今後のことも話し合っておきたい」
※
というわけで、ゾンネさんに連れられて連合輝士団本部にある食堂にやってきた。
「あー、うぜー。何が勇者だよクソ」
ここに来るまでの途中、道行く人たちみんなから「勇者さま! 勇者さま!」ってもみくちゃにされたダイは、かなりご立腹の様子。
感謝されてるだけなんだから別に怒らなくても。
素直に手だけ振っておけばいいのにね。
そういう意味で一般の人が入れない輝士団の施設は、ゆっくりと食事をするにはちょうどいい場所かもしれない。
「勇者様って呼ばれるのはお嫌いかい? なら街の恩人さん。せめてもの礼としてご馳走を用意したから、良かったらたらふく食べてってくんなよ」
「おっ、美味そうだな!」
それも食堂のおばちゃんが料理を運んでくるまでだった。
熱々の食べ物を前にしたダイはすっかりご機嫌だ。
「いっただきまーす」
「それで、新世界のイブさんはどこに行っちゃったんですか?」
がつがつと食事にありつくダイを横目に、私はサンドイッチを手に取りながら、ゾンネさんにさっきの話の続きを尋ねた。
「わからん。街のエヴィルを一掃した後、西門側へと飛び立って行った所までは確認してるのだが」
「そっちの門も使徒さんが守ってたんですよね?」
「ああ、ベレッツァ殿が少数の部下と共に防衛に当たっていた」
おおっ、お姉ちゃんも使徒って呼ばれてるんだ。
「北のヴォルモーント、西のベレッツァ殿、そして南のキリサキ・ナコ」
ぴくり。
パスタを巻いたフォークを口に運ぼうとしていたダイの手が止まる。
「その霧崎奈子って人は今どこにいる?」
「南門を単身守護していたナコ殿は深手を負っていて、今は医療輝術師のところで治療を受けているそうだ。命に別状はないらしい」
「そっか」
お姉さんが無事と聞いて満足だったのか、ダイは黙ってまた食事に戻った。
「残る一カ所を守ってた人は?」
「それが不明なのだ。現場を見ていた国衛軍の者が言うには、身の丈ほどもある大剣を振り回す女性だったらしいが」
身の丈ほどもある大剣って、もしかしてカーディ!?
「黒い服を着た短い金髪の女の子?」
「いや、違うな。軽鎧を着込んだ長髪の女性だったらしい。もちろん連合輝士団の人間ではない」
一体何者なんだろう。
ひとりで大勢のエヴィルと戦える猛者なんて、そんなゴロゴロいるもんかな
「そん中じゃアタシが一番多くエヴィルをやっつけたし」
なんか知らないけど張り合おうとするヴォルさん。
使徒って呼ばれるのは嫌だって言ってたのに。
「それで、これからのことついてだが」
「ヴォルモーントはいるか!」
建物の玄関の方で誰かが叫んでる。
あっ、この声って……
「ここか? お、みんな集まっているな」
「ベラお姉ちゃん!」
食堂の入口に姿を現したベラお姉ちゃん。
その姿を見るなり、私は席から立ち上がった。
「えっ、ルーチェ?」
「ごめんなさい! 酷いことした上に、勝手に飛び出したりして!」
最後に別れたとき、私はお姉ちゃんの輝力を奪って、無理やり気絶させてしまった。
あの時の私は、ジュストくんに会いたい一心でなりふり構ってなかった。
今になって思えば、たぶんお姉ちゃんは、ジュストくんがシルクさんと、その、そういう関係だったことを知ってたんだと思う。
だから私をジュストくんに会わせないために、あんなしらじらしい態度をとってたんだ。
「お姉ちゃんの気持ちも考えずに、本当にごめんなさい」
「あ、うん。いや、別にいいんだ。しっかり説明しなかった私も悪かったしな」
お姉ちゃんは私から視線を逸らし、窓の外を眺めながら呟いた。
「そっか、戻っていたのか……悪いことをしたな」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
そんなベラお姉ちゃんにゾンネさんが質問をする。
「ベレッツァ殿は西門に向かった新世界のイブ様を見ていないか?」
「そいつなら知り合いを探してどこかに行ってしまったぞ」
へー、本当にいたんだ、新世界のイブさん。
お姉ちゃんが言うなら間違いないね。




