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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第12章 竜の反乱 - big monsters attack -
702/800

702 ▽妖将と竜将

「あははっ、あははははっ!」


 広く薄暗い部屋の中、黒い衣服を纏った少女の笑い声が響いていた。

 丸い帽子から流れる金髪が声に合わせて揺れている。


 黒衣の妖将カーディナルである。


「笑い事じゃないよ!」


 そんな彼女に文句を言うのは、同じく真っ黒な不定形生物。

 敗退して戻ってきたばかりの黒将ゼロテクスだ。


「あー、おかしい」


 カーディナルはゼロテクスの怒りを笑って流す。

 やがて彼女は笑うのを止め、小馬鹿にするような声で言った。


「魔王に命じられて将を三人も投入してヒトの国に総攻撃をかけた。その結果、すべての軍が敗北して、将がふたりも死んだ。絵に描いたような完全敗北だ。これが笑わずにいられるか?」

「だから笑い事じゃないって! っていうか何がおかしいのさ!」

「おまえたちの無能さに決まってるだろ」

「ぐぬぬ……新参のくせに!」


 カーディナルは魔王軍に属しているが、正式に選ばれた将ではない。

 魔王の直属ではなく夜将リリティシアの個人的な配下という立場なのだ。

 勘違いされることも多いが『妖将』は人間がつけたケイオスとしての異名である。


 なので魔王軍における立場的にはゼロテクスの方が上ということになる。

 だがカーディナルはそんな軍内の序列など全く気にしていなかった。


「わたしに文句があるならいつでも相手になるぞ?」

「文句は山ほどあるけど戦っても勝てないからやらないよ!」


 もっとも、現在のカーディナルの戦闘力は夜将にも匹敵する。

 あえて序列に加えるなら二位から四位の間といったところだろう。

 少なくとも序列五位であるゼロテクスが勝てるような相手ではなかった。


「というかさ、リリティシアが死んだ今、ぼくはおまえが魔王軍を裏切るんじゃないかって、すっごく心配してるんだけどね!?」

「安心しなよ。少なくともヒトの側に立つことはないからさ。まあ、お前が気に入らなくて殺すことはあるかもしれないけど」

「ぜんぜん安心できない!」


 カーディナルはゼロテクスが嫌いである。

 まず外見が気持ち悪いし、しゃべり方も気に入らない。

 それにこいつはカーディナルの友人であったグレイロードを殺し、その体を乗っ取って自らの力としている。


 とは言えグレイロードが死んだのは戦いの中のこと。

 こいつが使っているのも、所詮はあいつの残滓に過ぎない。

 それだけを理由に将と争うほどカーディナルは短慮ではない……が。


「ふん」

「痛っ!? なに、なにしたの今!?」

「何もしてないよ」

「うそだ! ビリッてしたし!」

「してないって。文句があるなら、やる?」

「ぐぬぬ……誰がやるか!」


 まあ、これくらいの()()()()で許してやろう。

 後々どうなるかはこいつ次第だ。


「あー、ほんとむかつく! これもぜんぶあのガキのせいだ!」


 魔王が命じた総攻撃には、獣将、夜将、黒将の三人の将が参加した。

 普通に考えれば、まず間違いなく勝利できる戦いだったろう。


 その際、ゼロテクスが受けていた役目は、魔王の娘ルーチェの()()()であった。

 リリティシアでさえ倒されかけた相手に勝てるかどうかは微妙なところだが、ゼロテクスの持つ嫌らしい能力をフルに使えば、総攻撃の間くらいは動きを封じておくこともできただろう。


 だが、ゼロテクスは敗北した。

 ルーチェにではなく彼女と一緒にいた少年剣士に。

 その少年はそのままルティアに向かい、獣将バリトスを倒してしまった。


 剣士の名は霧崎大五郎≪きりさきだいごろう≫。

 魔王軍にとって、とびっきりのイレギュラーであった。


「しかし、あいつがな」


 カーディナルは少年の顔を思い出す。

 かつて共に旅をしていた仲間のひとりである黒髪の剣士。

 当時はそこそこ強い輝攻戦士程度だったが、まさか斬輝使いになっていたとは。


 斬輝使いはビシャスワルトの生物すべてにとっての天敵である。

 大五郎の姉である霧崎奈子や五英雄のダイスもそうだった。

 カーディナルも大いに苦戦させられた記憶がある。


 とはいえ身体能力はあくまで生身の人間である。

 やり方次第では絶対に勝てないという相手でもない。

 馬鹿力だけが取り柄の獣将バリトスや、モノマネと人形遊びしかできない黒将ゼロテクスにとっては、少し荷が重かったようだが。


「そうだ。提案があるんだけどさ」


 途端に軽い口調に戻ったゼロテクスが言う。


「城下で飼ってるヒトの奴隷たちだけど、今のうちに皆殺しにしちゃわない? 大陸からヒトが攻めてきたときに連携されたら厄介だからさ」

「ダメだ」


 しかし、その提案はこの場にいる最後の将があっさりと却下する。

 支配地域を監督する将の序列一位、竜将ドンリィェンだ。


「なんでだよ! ヒトの奴隷なんていくらでも代わりが手に入るじゃん!」

「理由を話す必要はない」

「……ねえドンリィェン。きみはいつもクールぶってるけど、この状況をなんとも思わないわけ? 魔王軍のピンチなんだよ」

「さあな」


 ドンリィェンはまったく興味なさそうに答える。

 視線はゼロテクスの方を向いてすらいない。


「あーあ。リリティシアもバリトスもいなくなっちゃったし、残ってるのはこんなのばっか。これからぼくたち、どうなっちゃうんだろう……」


 魔王軍は元々、ミドワルトに住む雑多な部族の集まりに過ぎない。

 それが上手くいっているのは現場にいる将のカリスマに頼るところが大きい。


 特に積極的に直属の部下を作り、信賞必罰をもって各部族をまとめ上げていた獣将と夜将が死んだことは、魔王軍による今後のミドワルト侵攻作戦に大きな影を落とすだろう。


 人類による反撃も始まるはずだ。

 開放されたマール海洋王国、攻勢を乗り切ったセアンス共和国。

 そして後方の二大国もますます勢いを増し、この魔王城に攻めて来るのも時間の問題だろう。

 魔王軍の将という立場を考えれば、ゼロテクスの出した案も間違ってはいないはずだ。


「もういいよ、ぼくは勝手にするからね!」


 ゼロテクスはびちゃびちゃと気味の悪い水音を立て、文句を言いながら部屋の外へと出て行った。


「実際の所はどうなんだ。黒衣の妖将」


 部屋の中に残ったドンリィェンがカーディナルに話しかける。


「なにが?」

「本当に魔王に反逆する意思はないのか」


 その口から出たのは恐ろしい質問であった。

 いくら将とはいえ魔王城の中でするような話ではない。

 もしこれが他の将の前ならば即座に争いになってもおかしくない。


 ビシャスワルトの絶対者である魔王。

 それに対する反逆の意思確認など……


「本当にないってば。少なくとも、今のところはね」

「今のところは、か」


 カーディナルは窓の側へと歩きながら答えた。

 流読みを使い、周囲に聞き耳を立てている者がいないことを確かめる。


「本当に恐ろしいのは斬輝使いでも魔王の娘でもない」


 厚い雲に覆われた薄暗い外の景色は、どこかビシャスワルトの空を思わせる。

 さすがに、あんな気色の悪いマーブル色ではないけれど。


「リリティシアを倒したっていう機械の翼を持つ女。あれがきっとわたしたちの本当の敵だ。愛着なんて微塵もないが、いま魔王軍をバラバラにするわけにはいかないんだよ」

「かつての仲間と敵対する道を選んでも、魔王を()()して目的を果たすことを選ぶか」

「お互い様でしょ。そっちこそ、何か悪いこと企んでない?」

「企んでいるさ。竜族が魔王に降った時からな」


 竜将は赤いマントを翻し、カーディナルに背を向ける。


「協力関係を結べなかったのは残念だが、これだけは言っておくぞ、黒衣の妖将。死にたくなければ決して俺の邪魔をするな」


 魔王軍最強の将である竜将ドンリィェン。

 彼は不穏な言葉を残して暗がりの中へと消えて行った。


「さて、と……」


 カーディナルは窓枠に腰掛け、これからの事を考えた。


 人類の反攻が始まる。

 竜将もいよいよ動く。


 選んだ道にも、戦うことにも、迷いはない。

 あらゆる状況を利用して生き延びる、それだけだ。


 少しだけ気がかりがあるとすれば……あの少女のこと。


「なあルーチェ。おまえは人類の敵に戻ったわたしのことを、裏切り者だと思っているだろうな」


 空を眺めながらカーディナルは独りごちる。

 今はここにいない彼女に向けた言葉を。


「でも、もし世界の真実を知ったとしたら、おまえはどうする? 自分の運命も知らずヒトの世界で生きてきたおまえは……」


 釈明のような呟きに、答える声はなかった。

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