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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第2章 盗賊団 - black stranger & silver prince -
70/800

70 凶猿軍団

 牛頭の巨人はその姿を失って細かい粒になる。

 金に近い黄色の宝石がころりと音を立てて転がった。

 その石が彼女が存在していたことを証明する唯一の証だった。


「馬鹿な……」


 ようやく左手の火が消えたアンビッツは呆然としながら静かに呟いた。

 焼け落ちた袖の下には火傷の痕が残っている。

 彼の顔が怒りの形相に変わる。


「スカラフ! なぜ援護をしなかった!」

「おや。私が輝術中和レジストしなければ今ごろ団長殿の左腕は消し炭になっておりましたが?」


 団長の八つ当たりを副長のスカラフは淡々とした言葉で返す。

 それがさらに彼の憎悪を燃え上がらせ、その矛先は私たちに向けられた。


「許さん、許さんぞ……貴様ら!」


 憎しみの目で私たちを睨みつけるアンビッツは王子とは思えない下品な音を立てて苦々しげに唾を吐いた。

 傍らのスカラフは相変わらず嫌らしい笑みを浮かべている。


「へっ。頼りの番犬を失ったオマエらに何ができるってんだよ」


 ある意味スカラフ以上に小憎らしい挑発をするダイ。

 スカラフの余裕は気になるけれど、あいつがすごい輝術師だとしても輝攻戦士のダイが負けるとは思えない。


「クケケケ。誰が手札を切り尽くしたと言ったか……良いですかな、団長殿?」

「いいだろうスカラフ。奴らを解放しろ」


 アンビッツはもはや悪役まるだしの形相だ。

 その言葉、その自信、こいつらはまだ何かを隠している。


「もちろんですとも。可愛い子らを次々と倒されて私も少々気が立っております。それにやつらはガキとはいえ放っておくには余りに危険」


 スカラフは懐から親指くらいの小さな筒を取り出した。

 底の紐を引っ張ると小さな打ち上げ花火のように光が飛び出す。

 地面が振動した。

 彼らの後ろにある建物から何重にも重なったうなり声が聞こえ始めた。


「キー! キキーッ!」

「キェー! キェーィ!」

「キッキッキー!」


 建物の中から出てきたのは、無数の猿。

 もちろんただの猿じゃない。

 その顔は凶悪に歪み獲物を求める肉食獣のように荒く息を吐く。


「悪魔の薬量産の過程で生まれた凶暴化した獣(イーバレブモンスター)マッドエイプ。動物実験段階での失敗作だがね。このさい数で押し切らせてもらうよ」




   ※


 ダイが剣を振ると先頭のマッドエイプは腹部から両断された。

 体がびしゃりと音を立てて地面に落ち数回痙攣して絶命する。


 その死骸を乗り越え次の猿が手を伸ばす。

 ダイは剣を構えずに左手で頭を打ち払った。

 その背後からやや小ぶりな三体目が襲いかかる。

 ナイフのように尖った爪がダイの背中に突き刺さる、その直前。


!」

「キィーッ!」


 私が放った火球が着弾した。

 全身を炎に包まれながらこちらを向いたマッドエイプ。

 その身体が灰に代わる直前までゾッとするような無表情を崩さなかった。


「こいつら一匹一匹はたいしたことねー。一気に片付けるぞ!」


 ダイは勇敢に敵の真ん中に飛び込んで行く。

 マッドエイプの知能は低く、近くにいる相手だけを狙うようだ。

 おかげで私に狙いが向くことはなく安全な距離から援護できる。


 ダイは接近して剣を振り続ける。

 私は逃げ回りながら火球を放つ。

 役目はひたすらに遠距離からの援護。

 即興の連携は意外と上手く機能していた。

 けれど。


 十体ほど倒した頃、急に劣勢になり始めた。

 常に敵に囲まれ続けているダイは絶えず反撃を食らい続けている。

 動きが鈍くなりはじめ攻撃にも精彩を欠いていく。


 私も息があがり始めてきた。

 輝術の使用は精神力を消耗する。

 術を撃つたびに見えない疲労が蓄積されていくようだ。

 また一体の首を刎ね飛ばしダイは敵の囲みから逃れてこちらに一時避難する。


「はぁはぁ……大丈夫?」

「へっ、たいしたことねーよ。ちょっと休憩だ」


 ダイの横顔には明らかな疲労の色が浮かんでいた。

 彼はさっきのシミアとの戦いの怪我も癒えていない状態で闘っている。

 無意識だろうけれど、さっきから身体の左側を庇っているのがわかった。


「そっちこそ疲れたんなら休んでろ。残りも少ねーし、あとはオレ一人でも十分だ」


 強がっちゃって、と茶化すような余裕は残っていない。

 二人とも限界が近づいている。

 私も立っているだけで辛いくらい。


「いや素晴らしい! これほどまでとは予想以上だ!」


 アンビッツの声は上空から聞こえた。

 スカラフの輝術だろうか狼雷団の二人は空に浮いていた。

 さっきみたいな奇襲を警戒してなのか高みの見物のつもりなのか。

 とにかく非常に不愉快。


「どうだルーチェ、そして少年! 君たち二人には狼雷団の精鋭一〇人以上の価値がある! 今一度問う! 我々の仲間にならないか!?」

「クズの仲間になるくらいなら死んだ方がマシだ。待ってろ、こいつら片付けたら次はオマエの番だ」

「ああそうか、ならば死ね。貴様は死んでも輝攻化武具さえ手に入ればいい」


 ダイの言葉にアンビッツは不快感を露わにした。

 それも一瞬コロっと表情を変えて私を見下ろす。


「ルーチェ、君はどうだい? もう一度よく考えてみてくれ。私に協力するのならばこれまでの非礼は水に流そう。このわずかな間にも進化を続ける君の力を私と共に世界の役に立てようじゃないか」


 甘く囁くような声も私をイライラさせるだけ。


「子どもたちを利用するような人が世界をよくできるとは思えない」

「優しいなルーチェは。しかしこれ以上抵抗をすれば君は死ぬ。君は都市教育を受けている。物事を判断できないような馬鹿じゃないはずだろう?」


 どうせ私はバカですよっ!

 バカだけどいい事と悪い事の区別くらいつくし!


「君の大切な彼だって話を聞けば必ずわかってくれるさ。裏切りだなんて思わなくてもいい。君たちの仲を裂くつもりもない。三人で新たな世界を築いていこう」


 ぴくん。

 ……ちょっと今のは頭に来た。

 なんだか知らないけど自信ありげにさ。

 あなたはジュストくんの何を知っているって言うのよ!?


「わかってくれ、私には君が必要なんだ。傍にいてくれるだけでいい。君たちに最高の人生を約束す」

「うるさい! ばか! 私はあなたが嫌いなの! ハッキリ言うけど、絶対、絶っ対にあなたと一緒になんか行きません!」


 アンビッツは言葉を失いみるみる顔を紅潮させていった。

 ……言い過ぎたかな?

 けど勘違い王子様にはこれくらいはっきり言わないと伝わらなそうだし。

 自分は正しいから何でも思うとおりになるなんて思ったら大間違いだぞ!


「クケケッ。団長よ、見事に振られましたなぁ。クケケケケッ」


 おかしそうに笑うスカラフを睨みつけアンビッツは怒りの表情で見下ろす。


「ならば望みどおりにしてくれるわ! 喜べ、貴様の想い人は探し出してやるぞ。無残な死体となった貴様の姿を見せつけるためにな!」

「振られた腹いせの嫌がらせにしちゃちょっと暗すぎるんじゃねーか?」

「ぷっ」


 苦笑交じりに言うダイの声に私は思わず噴き出してしまった。

 ダイがこちらを向くと私たちは声を上げて笑いあった。

 あはははは。あー、楽しい。

 べつに楽しくないけどな!


「もういいマッドエイプたちよ、さっさとそいつらを殺せ! 特に黒髪のガキは二目と見れないよう引き裂いてしまえ!」


 半円状に拡がる残りの猿部隊に視線を戻せば冗談も言っていられなくなる。

 アンビッツが語っている間、命令を受けていたのか攻撃の手は止まっていた。

 おかげで多少は休めて体力を回復できた。

 ばか王子様の無駄話のおかげだね。


「さてどうする? 本気で死体になって対面したいわけじゃないだろ?」

「もちろん。せっかく好きな人に会えるなら可愛い姿を見てもらいたいもんね」


 あいつの悪趣味に付き合うつもりはない。

 当たり前だけど再開するなら生きてに決まってる。


「へっ。どんな奴か知らねーけどそれだけ想わてりゃ幸せだろうな」

「うん、そうなの! ジュストくんね、すごくかっこよくって、でも優しくってちょっと可愛いところもあって方向音痴なのが玉にキズだけど、マジメで立派な人でね! あ、あとすっごく強くって多分ダイより強いよ。戦ったら瞬殺だよ」

「おいうるせーぞ。ちょっとは緊張感持て」


 ダイは怒った顔で私の頭を小突いた。

 せっかく人がジュストくんのかっこよさを語ってあげていると言うのに。

 むむ、まてよ?

 この態度、これはもしかして……


「はっはーん? さては嫉妬してるね?」

「は?」

「そっかぁ私にホレちゃったかぁ。けどごめんね、私の心はジュストくんのものなの。ダイの気持ちには答えてあげられないわ」

「おいだまれ」


 まあもちろん本気で言ってるわけじゃないけど。

 コイツ相手だとなんだか平気で冗談が言える。

 ジュストくんとは違うけど話しやすい男の子。


「前言撤回だ。オマエなんかに好かれたその男に同情する」

「照れない照れない!」


 ばっちーん!

 私の平手がダイの背中にいい音を響かせた。


「ぶっとばすぞこのやろう」

「あ、よかったら可愛い女の子紹介するよ。私の友達でね、気が強いけどやばいくらいの美少女でダイとは気が合いそう――」


 しびれを切らしたのか地響きと共にマッドエイプの群れが駆けて来た。


「いつまでもおしゃべりしてる場合じゃなさそうだね」

「わかってる!」

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