694 ▽都市内外の攻防
「クソが……!」
ゾンネは歯噛みした。
完全に魔王軍に裏をかかれた形になった。
まさか投石器を使って街壁を越え、都市内に直接エヴィルを送り込むとは。
頼りにしていたシルフィード王女の歌も聞こえてこない。
どうやら最初の投石によって放送局が破壊されてしまったらしい。
王女の安否も気になるが、それよりも暴れるエヴィルをどうにかしないと。
「きゃーっ!」
「誰かっ、助けてくれー!」
民衆の叫び声が聞こえる。
燃える人家の側に立つのは巨人。
身長三メートルを越す鉱物のエヴィル。
「うおおおおおおっ!」
輝攻戦士化したゾンネは一気に距離を詰め、敵の頭部に剣を振り下ろす。
しかし、強固な肉体を持つ鉱石人族は彼ほどの戦士でも一撃では倒せない。
「輝術師団! 攻撃開始!」
「全隊、火矢発射!」
コーナーのかけ声を合図に、輝術師たちが一斉に火矢を放つ。
全身を炎に包まれた鉱石人族は絶叫を上げ足下から崩れ落ちていく。
集中攻撃でようやく一体撃破。
見える範囲だけでもまだ六体の鉱石人族がいる。
それだけではなく、見上げればまた別のエヴィルが降って来ていた。
「これではきりがない……!」
とは言え、この状況を無視することはできない。
結果として連合輝士団は街の中に留まることになった。
もはや彼らに街壁の外へ対処するだけの兵を裂く余裕はなかった。
「情けない限りだが、頼んだぞ、ヴォルモーント、ベレッツァ殿……」
彼女たちに投石機を破壊してもらわないことには何一つ行動を起こせない。
ゾンネは外の敵の集団へと飛び込んでいった女戦士たちの名を呟き、彼女たちの迅速な作戦成功を祈った。
※
「光舞桜吹雪!」
輝言を唱える。
ベラの周囲に光の花びらが舞った。
超高熱によって触れたものすべてを溶かす閃熱の花吹雪だ。
灼熱の花弁を纏いながら、ベラは輝動二輪を全力で走らせた。
「うおおおおおおっ!」
目指すは前方敵集団。
その中に見える巨大な投石器。
あれを最優先で破壊し、街の被害を食い止める。
「な、なんだこのヒト……!?」
「ぎゃああーっ!」
誰も彼女に近づくことはできない。
触れた瞬間、閃熱の花びらが周囲のエヴィルを焼き尽くす。
やがてベラは最初の投石器を射程内へと収めた。
「爆炎弾!」
オレンジ色の光弾を掌から放つ。
それは投石器に着弾して爆発を巻き起こした。
「まずひとつ!」
完全な破壊には至らなかったが、岩を支える柱は折れた。
とりあえず投石能力さえ失わせたら十分である。
この調子ですべての兵器を無力化する。
「おいベラ、突出しすぎだ!」
彼女の片腕であるアビッソが遠くで叫んでいる。
彼もまた巧みな操縦技術でエヴィルの群れを避けながら輝動二輪を走らせていた。
「このォ! 下等なヒトごときがァ!」
そんな彼の進路を半人半獣のビシャスワルト人が塞ぐ。
アビッソは軽く機体を傾け、通り過ぎ様に敵の身体を斬り裂いた。
彼を援護するために旧グローリア部隊の隊員達が一斉に輝術を撃ち込んでいく。
「腕は錆び付いていないようだな!」
「当然だ、何度こんなことを繰り返したと思っている!」
敵の数は確かに圧倒的だ。
だが、ベラたちは人数的な不利になど慣れている。
総勢六名の輝士たちは敵軍を掻い潜り、二つ目、三つ目と投石器を破壊した。
西門方面に残った投石器は、あと七つ。
※
そして、南門側の外。
「一人だと? 人類戦士か!」
「いや。光の粒がねえし、何の魔力も感じねえぞ」
「ケケケッ、自殺志願者かよ!」
街門から出てきた人間に、三体のビシャスワルト人が近づく。
間抜けな獲物を発見した捕食者のように獰猛な笑みを浮かべながら。
「邪魔です」
「……あへ?」
彼らは閃く白刃に両断された。
三体まとめて一太刀で宝石と化す。
「なんだ、どうした!?」
異変に気づいた別のビシャスワルト人が近づいてくる。
それもまた、無造作に振った彼女の刀によって首を落とされた。
斬輝使い、霧崎奈子。
彼女は無人の野を往くかのように歩を進めた。
正面に布陣する三〇〇〇の邪悪なる異種族の軍勢の中枢へと向かって。
「なんだ、テメェ!」
「一体何をしやがった!?」
魔王軍とは言え、その多くが各地の部族から集められた荒くれ者である。
選ばれし先遣部隊と比べれば、その質も知恵も知性も劣る。
彼らは目の前の出来事を冷静に受け止められない。
事前に注意せよと聞いたのは人類戦士と呼ばれる光を纏った強敵のみ。
それ以外の人間など、自分たちに逆うだけの力を持たない雑魚だと頭から信じ込んでいた。
それでなくとも圧倒的多数で取り囲んでいるのだ。
油断するなという方が無理というものである。
「死ねぇ!」
その怠慢が、不要な犠牲を増やす。
「フフ……」
「ぎょおぴっ」
奈子はうっすらと笑みを受けべ、愚かなる異界人を斬り捨てる。
彼女の脳を蝕んでいた邪悪な病はすでに癒えた。
もはや人間を斬りたいと思うことはない。
しかし、理性とは別に、彼女の手は覚えていた。
この手で敵を斬るという、剣士としての快感を。
「この野郎、よくも俺のダチを!」
「ぶっ殺してやるよぉ、貧弱なヒト風情がぁ!」
「私はやはり汚れた人間ですね」
歩調を緩めず、剣を振る。
目の前に立ち塞がった異界人を三体同時に斬り裂く。
うち二体は宝石に変わったが、エヴィルストーンを破壊された獣人の死体は消えることなく、腹部で両断された無残な屍となって横たわった。
消滅しなかった敵の身体から飛び散った返り血を浴び、誰に聞かせるでもなく彼女は独りごちる。
「人を殺めた罪の償いが、異界の敵の殺戮など」
「ひっ……!?」
ようやく周囲のビシャスワルト人も異変に気づいたようだ。
こいつは人類戦士ではないが、恐ろしく強い。
しかし奈子の戦法はただ剣を振って目の前の敵を倒すだけである。
派手な技も、飛び道具や術の類いも、まったく使わない。
多勢で囲めばなんとでもなりそうではないか?
そんな錯覚がビシャスワルト人たちにまたも判断を誤らせる。
「何をやっている、取り囲め! 周囲を囲んで四方から嬲れ! たった一匹のヒトに好き放題やられたとあっては獣将閣下に笑われてしまうぞ!」
愚かな獣人の指揮官が大声で部下に命令する。
彼は部族の長か、はたまた蛮勇の戦士か。
「う、うおおおおおおっ!」
ビシャスワルト人は立場の強い者には決して逆らえない。
思慮なき命令を受けた若き異界人たちが一斉に奈子へと襲いかかる。
そして挑む側から宝石へと、あるいは肉塊へと姿を変えられる。
数を頼りの戦術では奈子の足を止めることすらできない。
「何やってる! なんで殺されるんだ! そんな命令は出していないぞ! ……こ、殺せ! そのヒトを殺……うわああああっ!?」
指揮官が気づいた時には、奈子はすでに彼の正面にまで迫っていた。
奈子は視線を向けることすらなく、その他大勢と同じように斬り捨てた。
「ひぃっ!」
「なんだ、なんなんだよコイツ……びぎーっ!?」
「どいてくれ! 逃げなきゃ殺される!」
剣が届く範囲にいる者はすべて斬り殺される。
やがて異界人たちは自ずと彼女に道を譲るようになった。
彼らにとって幸いだったのは、奈子が積極的に敵を追うつもりはないこと。
今のところは進路を妨害する者しか相手にしないことだった。
「これが街に石を放り込んだ絡繰り仕掛けですね」
妨害をものともせず、異界人の軍勢の直中にある投石器の元へと辿り着いた奈子は、その装置の基部となる柱を一刀の下に斬り倒した。
投石器の破壊に成功した奈子は進路を変え、また別の投石器へと向かう。
「フフ……」
「ひいっ!?」
彼女がうっすら微笑むと、進路上にいる異界人たちは一斉に後じさった。
かつて見たこともない驚異を相手に、パニックはあっという間に全体へと伝染する。




